雷鳴-2
俺達三人はビンゴとコナン、ココロに会いにいった。まだ育成施設にいるから今のうちに見ておこうと宝田が提案したのだ。
以下は三人で車に乗り育成施設に向かう道中で瑤子と宝田の会話と俺の心の声である。
瑤「最近この辺りの関係者の間で、凄い大きな二歳馬が育成施設にいるって噂になっているわ。」
はい…私も聞いております…てか昨年見ました…。
宝「僕も聞きましたで~かなりごっついらしいでんな~」
そりゃもうサラブレッドと呼ぶには申し訳ないぐらい…。
瑤「どこの馬だろ~?その馬も見せてもらえるかな~?」
ええもちろん見れますとも…だってうちの馬ですから…。
宝「噂になるぐらいごっついデカイ馬やねんから、その馬の馬主さんも大変でんな~」
そりゃもう考えただけで胃が痛いです…。
しかし…俺はコナンを舐めていた…。この後…俺はさらに進化したアイツと対面する事となる…。
育成施設に到着した俺達は、まずビンゴ…いやファンタジスタを見せてもらった。
「いや~毎日いろんな新聞社の方が取材に来られますよ~」
担当の人は誇らしげに言った。
俺達の前に現れたファンタジスタは、まさに未来の大器を予感させる風貌であった。
「おお~…これは凄い…」
宝田が圧巻の声を漏らした。
漆黒の馬体はすでに他馬を寄せ付けない程の品格をかもしだし、体内に流れる父父のサンデーサイレンスや母父トニービンといった名血を彷彿させる威圧感を発信していた。
これがあのビンゴか…!?
額の鮮やかな流星は昔のままだが、瞳はもう走る為に生まれた競走馬の眼光となっていた。
「おそらくこの世代では一番だね」
突然背後から春文が声をかけてきた。ファンタジスタを預ける臼井調教師と共に視察にきたらしい。
「飛田くん。必ずこの馬はGⅠをとる。その時はキミにも生産者として表彰台に登ってもらうよ。」
春文の力強い口調からかなりの自信が感じられた。
俺はファンタジスタの流星を撫でながら、愛馬の活躍を願った。
続いてココロが連れて来られた。
ドルフィンリング。新しい名前だ。
しかし…なんでそんなに震えてるんだ…?
「本当に臆病な馬でね~。敷地内に忍び込んできた野良猫にもビビるんですわ~。」
担当の人は頭をかきながら言った。
「ちょっと体が弱そうやな~体調管理に気をつけたらなあかんわ~」
宝田がココロの体を見て言った。
体調管理ですか…残念ながらこの仔はスパルタ調教されます…。
「後、比較的早いデビューになりそうでんな~」
果たしてデビューできるのでしょうか…?
突然、瑤子が声を発した。
「ねぇねぇ!見て見て!あの放牧されている馬!」
瑤子の指差す先…。
いた…てかまたデカくなってないか…!?
「あれま~!?なんちゅうごっつい馬なんや~!?
てっきり闘牛かと思いましたで~!!」
宝田も驚いている…。
しばらく二人は驚きながら会話していた。
「さて!次はやっとコナンに会えるわね!」
瑤子は闘牛の話を打ち切りコナンとの再会に心躍らしはじめた。
「じゃあうちのもう一頭を見せてください」
宝田の声に担当の人は歩き出した。放牧されている先ほどの闘牛の方へ…。
宝田と瑤子にとっては一年半ぶりの再会となる。二人の記憶の中のコナンは可愛かった頃の仔馬である。
昨年春に俺はひとりで一歳のコナンと会った。
あの頃すでに500㎏は越えていよう雄大な馬体だった。
徐々に近づいてくる栗毛の馬は確実に600㎏を越えている。担当の人は他の作業をしていた二人のスタッフを呼び、三人がかりで馬をこちらに引っ張ってきた。
不思議そうな顔をする二人。顔には「そんな馬じゃなくて早くコナンに会わせろ」と達筆な筆文字で書き表されている。
栗毛の顔には少し曲がった四白流星。
「まさか…!?
瑤子が呟いた。
「………!?」
宝田は声を失っていた。
そして無情にも担当の人の声が轟く。
「こちらがフォーリンレインの仔です」
宝田がやっと口を開いた。
「これがコナンでっか!?」
はい…コナンです…。
宝田がさらに言う。
「しゃしゃ社長!去年コナンに会わはった時には何も言わなかったやないですか~!?」
言いたくなかったんです…。
そんな俺と宝田のやりとりとは別に瑤子はコナンをジッと黙視していた。
鼻息を荒くして首を上下に暴れるコナン。大人三人がかりでも抑え切れない。
「かなりの暴れ馬でしてね~あまり近づかないでくださいね!」
担当の人は力強く言った。しかしコナンの馬力は凄まじく興奮しているせいか担当の人を一人降り飛ばした。たまらず宝田や春文がコナンを抑えに行ったが、それでも大人四人を引きずりながら前進していた。俺や臼井調教師が加わり総勢六人でコナンを抑えた。
近くで見るとなんて狂暴な目をしているんだ!?
コナンは担当の人にガブッと噛みつきそのまま投げ飛ばし、宝田は飛んできた担当の人の下敷となった。春文はコナンに突進され宙を舞い、臼井調教師と俺ともう一人の担当の人は引きずられまくった。気がつくとコナンの目の前には瑤子。
なにをそんなに興奮しているんだ!?
俺はとっさに瑤子の前に立ちコナンを制止したが大きな唸り声と共に腕を噛みつかれ弾き飛ばされた。
「あぶないっ!!!」
誰かが叫んだ!コナンは瑤子の前で立ち上がった!
「キャーー!!」
瑤子の叫び声と同時にコナンは瑤子の腕に噛みついた!!!
コナンは瑤子の細い腕を噛んだ!!!
その場にいた全員の顔が真っ青になった。
この暴れ馬ぁーー!!
俺は噛まれて痛む腕を抑えながら再び立ち上がった!
瑤子の瞳から涙が溢れた。
そりゃそうだ。あんなやつに噛まれたら痛くてたまらん!
すぐに瑤子を助けなければ、あの細い腕は折れてしまう!
待ってろよ瑤子!今助けてやる!
再びコナンに挑もうとする俺を宝田が後から抑えた。
おい!宝田!なにやってんだ!離せバカヤロウ!俺の瑤子が…!
プヒンプヒプヒ……
馬が甘える時に発する声。次の瞬間瑤子はうわーんと泣き声をあげながら暴れ馬に抱きついた。
なんだ?なんだ?どうなってんだ?
コナンは瑤子の腕を今もしっかりモグモグ噛んでいる。
アマ噛み!?
馬のスキンシップのひとつだ。
「コナンは瑤子ちゃんの事を覚えとったんですわ…」
宝田が言った。
そんなバカな…。
「コナンはめっちゃ頭のいい馬ですわ…」
宝田の言葉は信じがたかったが…今まさに目の前の出来事を見ると…。
「コナン…私の事を覚えててくれてたのね…!」
瑤子は感涙しながらコナンに抱きつき、コナンは甘えた声を発っしながらアマ噛みをハミハミ続けている。
競走馬が自分の母親と再会する事はほとんどない。仔馬の時に親から離された時が一生の別れである。
しかしコナンは遠い記憶の中に瑤子と言う母親を留めていたのだ。そして感動の再会…だが再会に至るまでの被害が半端じゃなかった。
暴れ馬は母親に抱かれるために、担当の人三人、宝田、春文、臼井調教師、俺を蹴散らして、打ち身、捻挫、打撲という傷害を与える惨事となったのだ。
俺は土下座でみなさんに謝り、なんとか許しを乞うた。
なかなかの感動場面であった為、みなさん快く快諾。事なきを得た。
ただ帰る時に瑤子から離れないコナンを引き剥がすのに、また多少の被害が発生したが…。
帰り際、臼井調教師が言った。
「この馬力と闘争心はかなりの武器になるな」
グレイエスケープなどを育てた名調教師に暴れっぷりだけ褒められた。