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09. 弱虫男とホラー女 前編

ボカロ曲配信レーベルVocalotracksさんより、本小説のテーマ曲『わからせ無理無理ざこぴっぴ』がiTunes、AmazonMusicなどで配信開始!(2022/10/19〜)


よろしゅう。

「皆さんお疲れ様でした。また次の配信も来て下さいね。それじゃ〜、またね。」


——♪


 よわみはその日の配信を終えた。

(視聴者数、フォローワー増減数、トーク内容、うーん…どれもパッとしない。なんか調子出ないしダメですね。)


 バーチャルラビィ一期生よわみの配信モチベーションは低飛行気味。

 彼は純粋に配信を楽しめる心境ではなかった。心を逼迫しているタスクがそうさせていた。やるべき事を先延ばしにするほど、何をやっても集中し切れず中途半端になっていた。


(異世界転移ギフトからログアウトして丸三日。あれから一度もログインしてない。気が進まないけど、そろそろプレイしときますか。僕ってこのゲームあんまり好きじゃないんだよなぁ、良い思いしたことないし…。)


 よわみは電脳データから異世界ギフトを起動した。

 視界は現実世界の自室から、古代都市アーナの赤鹿亭に遷移し始めた。





 都市アーナ、拝火教の同胞会。

 先々日、先日に続き、その日の拝火教の同胞会も穏やかではなかった。


「我々はウズの囲い(ヤツら)の神殿で、暗殺ギフトを失い、呪いギフトまで失った。主力級ギフトを2つもだ。」


「それに数十名の戦闘員もな。」


「こんな事が立て続けに起こっていいはずがない。」


「実際に起こっているのだ。今後は慎重になるべきだろう。」


「挑発的な行動は控え、警備と守りに徹すれば良い。」


「ハンサムという男は、何故か都市内でバズっておる。人気ある者を無闇に倒すのはリスクが高くなってしまった。」


「どちらにせよ勝てないでしょう。」


「そのハンサムとやら、こちらが攻撃さえしなければ、反撃してくる見込みもないのだろう?」


「とにかく呪いギフトの喪失は、誰にも知られてはならない。」


「ただし、ウズの囲い(ヤツら)の残党狩りは続けてくれ。アーナから確実に締め出そう。」


「ウズの囲いめ…絶対に許さん!」


 ハンサムの活躍は、拝火教徒達にウズの囲いへの深い恨みを根付かせた。





"ウズの囲いのサリサさん達の依頼を受けたこと。"


"都市アーナの赤鹿亭に滞在していたこと。"


"一週間後に何処にあるか分からないルプ島に現地集合すること。"


"何処で何をしたらそこに辿り着けるのか、途方にくれていること。"


 電脳データの異世界ギフトが展開され、よわみは前回までのプレイ内容の記憶を取り戻していった。


(そうだ、そういう話だったんだ。うわぁ、こんなハードな世界でソロプレイだなんて…気が重い…。)


「あのさ、昨日のお兄さんもそう何だけど、店内でログインするの止めてよね。」

 女店主のアニマが話しかけてきた。


「あぁ、そうですね。」


 アニマを無視してよわみは考え込んだ。

 ハンサムと同様に、よわみにも行く宛はなかった。来たばかりの街なのだから当然だった。


(街に出て街の人に聞いて回る?助けを求める?頼れる人とパーティを組む?その為に自分から積極的に行動する?あぁもう考えただけでストレス溜まる…辛い。)


 目的地も分からず街をフラフラしながらヒントを探す。よわみにとって苦痛でしかないシチュエーションだった。一人になると急に心細くなり、他人に声をかけるのも躊躇う性格のよわみにとって、やれることはほとんどなかった。ハンサムのように危険に対処するだけの戦闘力も行動力もなく、大人しくしてトラブルを避けるのが関の山だった。


(でもこれじゃ現実世界と同じなんですよね。部屋に篭ってゲームして時間を過ごす…。出会いはないイベントもない。ただ時間を浪費して過ごす…。)


——コトッ。


 アニマが水を出してくれた。


「あ、ありがとうございます。」


(独身の方がメリットあるとか、色々言われてるけどさ…友達やパートナーがいた方が、

幸せの最大値は断然高いんですよ…。)


——ん、出会い?


 よわみは都市アーナに入った日のハンサムとの会話を思い出した。


"この世界で生きていくのはハードですからな。新しい仲間や有力な情報がほしい時は、酒の神や出会いの神でも拝むと良いですぞ。"


(酒の神、もしくは出会いの神…。僕はあまりお酒は飲めないですし、出会いの神ですかね。なのちゃんに冗談まじりに言ったことがここで繋がってくるなんて…縁があるのかも。)


——ガタッ。


「アニマさん、出会いの神様の神殿って何処にあるか知ってますか?」


「え、うん?分かるけど。」


よわみは、よわみなりの行く宛を見つけ街へ繰り出した。



「ふむ…。」


 よわみが立っている場所は、出会いの神の神殿の少し手前のT字路だった。


(右へ行けば出会いの神様の神殿、しかし左へ行けば豊穣の神様の神殿か…。こういう選択肢一つで、エンディングが決まったりするんですよねぇ。)


 よわみは迷わず左を選択した。


(ダンジョンでアイテムの取り忘れがないか入念にチェックして、それからボスエリアに入る。常識ですよね。)


 少し進むと神殿はすぐに見えてきた。

 その神殿はどの建物にも隣接しておらず、さくらんぼや野苺などが植えられた植樹帯のある広めの道に囲まれ、広い敷地を占有していた。建物自体も周りより二回り大きく、神殿内部で催しが出来るような余白のある空間になっていた。他の普通サイズの神殿とは異なる、"格の高さ"が伺えた。


(街角にちょこんと置かれた神殿もあれば、ここまで大きな神殿もあるんですね…多種多様。言っちゃ悪いですけど、神様にも格差ってあるってことですよね…。うーんSSR。)


 よわみはつい癖でネガティブな側面を中心に捉えていた。


 階段を数段登りそのまま神殿内部に入ったが、中には誰もいなかった。


(豊穣の神様…収穫祭では主役でも、普段はあまり見向きされない季節ものの神様ってことですかね。…イベントキャラ。)


 よわみは大きな女神像の前まで進み、足を止め、ハンサムのセリフを思い出していた。


"縁のある神殿に行けば、声が聴こえたり会話出来たりすることもありますぞ。"


(そんなこと、僕にありますかね。)


 静かで無人だが清潔な神殿は、よわみの心を素直にさせた。よわみは数分間、女神像を見上げ続けた後に心の内を明かした。


「神様、僕に出来ることって何でしょうか?僕ってやっぱり脇役にしかなれないんでしょうか?たまに思うことがあるんです、自分を小さく定義して、活躍する機会を自分で殺していないかって。なのちゃんみたいに自信と行動力で切り開いていく力は僕にはないんでしょうか…。サリサさん達でさえ使命感を持って必死になってるのに。」


 女神像は沈黙したまま応えなかった。


(……神様は何も応えてくれない。当たり前だ。そもそも、こうやってすぐに誰かに期待するから脇役なんだ。あぁ情けない。)


「はぁ…。」


(きっとストレスが溜まってるんだ。でも素直に言葉に出したせいか、少しはスッキリしたかも。)


 小さな効果だが、思いの内を吐露するだけでもここに来た意義は十分にあったようだった。

 そうして気分が軽くなり、振り向いて帰ろうとした時だった。


「待って。」


 よわみは驚きと期待から振り向いた。

「神様…?」


「その話、詳しく教えて下さい。」

 女神像の足元から、緑髪の女の子が顔左半分と左手をちょこんと出していた。


「あなたはサリサの知り合いなのですか?」



「私の名前は、エルザと言います。あなた、さっきからボソボソ小言を言ってちょっと気持ち悪いですね。友達いなさそうです。」


「な、何なんですか。失礼ですね。」

(それに恥ずかしいところを見られてしまいました…。)

 そう言ってよわみはその場から立ち去っていった。


——スタスタ。


「あちょっと待って!ちょっと待ってってば!実は私達、困っているのです!」


——ピタッ。


(どっかで聞いたことあるセリフ…サリサさん達の仲間?)

「もしかしてまた何かの依頼、とかですか?」


「"私達"を匿ってほしいのです。それから御神体の杖を取り返してほしいのです。可能ならご飯もです。寝る場所もほしいです。どの依頼を受けてくれますか?」


(何なんですか、友達いなさそうだからって見下してるんですかね。)

 そう思いつつも、エルザの困った顔とお願いは、よわみの心にグサグサと刺さっていた。よわみは困ってる人を放っておけない、お人好しな男でもあった。


「まずあなたはサリサさんの仲間ですか?そこで一体何してるんですか?匿ってほしいってあなたには"友達"がいないんですか?御神体とかいつの話してるんですか?もうとっくに回収しましたよ。ご飯はあげてもいいです。寝るところは僕もないです。」


「え、え、何でそんな一片に聞くの?」


「あなたが一片に聞いたからです。」


「え、うーん。じゃあご飯、いーい?」


「ええ。」

(あぁ、しまった…つい流れで…。)


「良かったね、キュウ助。」

 そういうと影からハリネズミが出てきた。


「良かったでキュウ。」


「AIですか。」


「そう、私の可愛い相棒。」

 エルザがそう言うと、キュウ助は顔を引っ込めて見えなくなった。


「それよりいつまでそうしてるんですか?」


「あ、え、うん。」


 エリザはゆっくりと女神像の影から身を出した。


 白くて薄い生地が体にフィットしたアオザイのようなシンプルなデザイン、腕は七分丈、足はミニ丈、それなりに露出のある服装だった。すらっとした細長い手足によく似合っていた。


 よわみの顔がほんのり赤くなったのを見て、エルザは説明した。

「これはっ、うちの正装なの。」


「正装…?」


(あれが正装?サリサさんはローブ姿で禁欲的でいかにも宗教的な雰囲気があったけど…。)

「サリサさん達とはだいぶ違う正装ですね。」


「詳しいことは伏せるけど、私のはサリサより上位の、"有資格者(みけいけんしゃ)"の正装なのです。」


「あー…なるほど、どうりでウブな反応するわけですね。」


 エルザは顔を赤らめた。

「あなた、何でそれを知ってるのですか?」


「強いて言うなら僕も有資格者ですから。」


「そんなこと聞いてないのですけど……変態ですか?」


「嫌味を言うのなら帰りますが。」


「あ待って!困ってるの!助けてほしいの!」


「助けてくれる"友達"がいないということですか?なら、僕が力になってもいいですけど?」


 よわみはその性格らしく、質問攻めには質問攻めで、嫌味には嫌味でキチンと返した。


「え…嫌味?やっぱり友達いなそう。」



「そうだったのですか…御神体がサリサの手に戻ったのなら話は早いです。私もサリサの元に向かいます。」


「それならそこまで僕も行きますよ。」


「あ、ありが…とう?でも…護衛としては心許ない気もするけど…。」


「僕は相手を拘束するのが得意なので。」


「フーン、呪い系ギフトなのですね。」


「ええ、まあ。」


「とにかく安全に、絶対に拝火教徒に見つからないように、外に出ないといけないです。」


「でも何で神殿で隠れてたんですか?」


「神殿内での争い事は禁忌なので、比較的安全なのです。」



「神殿内での争い事は禁忌だからな。待ってたぞ。」


 よわみとエルザは神殿を出ると、早速待ち伏せに遭ってしまった。


「大人しく追放されていればこうはならなかったのにな。」


 剣と革鎧を着た三人組の男達が、二人の前に立ち塞がった。拝火教はハンサムの件もあり、ウズの囲いの残党狩りに熱心になっていた。


(まずい…相手が単体なら僕のギフトで何とかなるけど、三人もいたらどうにもならない。)


 三人はじりじりと詰め寄っていった。


(どうする?この際、ギフトで一人を戦闘不能にして、残りの二人をエルザさんに何とかしてもらうか…。情けないけど。)


「分かったわ。降参する。」

 エルザはその場に膝を付いて手を上げた。


「フン、口先だけのお前らにはお似合いのポーズだな。」


 三人のうち二人が近付いていったが、リーダーと思われる一人が注意した。

「気を付けろ。何か隠してるかもしれん。」


 二人がエルザを捕縛しようとした時、背中に隠れていたキュウ助が動き出した。


「キュウ!」


 キュウ助が近付いた二人のうちの一人に飛び掛かり、相手の足元に体当たりした。


——ポシュン。


 男は煙と共にいなくなり装備品がガタガタと地面に落ちていった。


「よしっ!」


 装備品の中からハリネズミが顔を出した。

「キュウ!キュウ!」


 エルザは素早くキュウ助を掴み、もう一人に投げ付けた。


——ポシュン。


「キュウ!キュウ!」


「まずは二人ね。二体一で形成逆転かしら。」

 エルザは立ち上がりながら言った。


 最後の一人は長細い剣を構え、ゆっくり近付きながら言った。

「その力、攻撃が当たらなければ良いのだろう?」


 先ほどの二人とは雰囲気の異なる男の声から、戦闘への自信が伺えた。

「ならば私の得意とするところだ。次はそのネズミを真っ二つにしてやろう。」

(しかし…よく見ると可愛いハリネズミだ。)


(アイツはきっと戦闘特化タイプだ…。私のギフトは何の役にも立たないし、キュウ助のギフトも二度は通じない…。よわみ君をぶつけてその間に逃げちゃおうか…。)

 エルザはよわみをチラッと見ると、よわみがアイコンタクトを返してきた。エルザはその意図を受け止めた。

 呪い系ギフトには発動条件や詠唱など、隙が大きい場合が多い。エルザは少し時間を稼いでみることにした。


「なぜ拝火教に加担するのですか。」


「私は力を持たない者の言い分は聞かない。」

(孤児院の子達を守るためには、拝火教が必要なのだ。弱者に最も寛容なのは、結局彼らだけだ。)


「あんな傲慢で排他的な集団に何で味方するのですか?」


「黙れ。」

(傲慢…そう思えるのはお前達が裕福で呆けているからだ。弱き者達の声を聞かずに自分達にとって都合の良い正義を振りかざす、それこそが傲慢なのだ。)


 ウズの囲いは拝火教の暴力と失政を批判してきた。言い換えれば批判しかしてこなかった。一方、拝火教は暴力と呪いによって、富裕層から貧困層への富の再分配を行って来た。社会に混乱が起きたにせよ、それで救済された者も多かった。


 場外から批判するだけの者、過ちを犯しながらも行動する者、ハウスマンには両者がそう映っていた。


 ウズの囲いの主張は複数政党制により話し合いで法を定めることだった。賛成派と反対派に分かれ、それぞれの意見を取り入れたルールが良いものになると信じていた。

 が、ハウスマンは信じていなかった。政治とは権力闘争(パワーゲーム)の産物でしかなかった。無力だった拝火教が、力によって虐げられ続けて来たのだから、そう思うのも自然だった。


(綺麗事を並べるだけの輩では、世の中は変えられない。)


 正義感の強いハウスマンにとって最も確実に弱者を救えるのは、拝火教の力と価値観だった。


(世の中を変える為に必要なのものは、話し合いではない。話し合ってる間にどれほどの犠牲が生まれるか、お前達は知らない。)


「悪く思うな。」

(私は、未来を担う子供達を…この剣で守り抜く!絶対に。絶対に!)


『お前もざこになれ。』


 よわみの声が響くと、ハウスマンは剣を投げ出しその場に呆気なくペタンと倒れた。


「くっ、何をした!?」


 よわみのギフトは戦闘特化型タイプと相性がとても良い。ハウスマンの筋力は0になり、身動きが取れない状態になった。こうなるとパワーやスピードがいくらあっても意味はなかった。


「ぐっ…卑怯な。」


「キュウ助!!」


「お任せキュウ!」


 キュウ助はハウスマンに飛びかかり、防具で守られていない、顔面にコツンと体当たりした。


——ポシュン!


 ハウスマンは小さくなり、防具がガラガラと音を立てて地面に落ちていった。そしてその中から、一匹のハリネズミが顔を出した。


「キュウキュウ…。」


「その姿になると言葉を話すのが難しくなるキュウ。だから暫くはハリネズミ生活を楽しむといいキュウ。思考も動物的になってくるキュウ。」


 ハリネズミの三匹は、横一列に集まって前足をバタつかせた。何かを訴えようと必死に鳴いているようだった。


「キュウキュウ!キュウキュウ!(卑怯者!人でなし!元に戻せ!)」


「そう言われてもダメだキュウ。」


「キュウキュウ!キュウキュウ!(お前らさてはハンサムとか言う輩の仲間だろ!?)」


「そんな奴、知らないキュウ。」


「キュウ!!キュウ!!キュウ!キュウ!(バーカバーカ!アホ!ゴミカス!)」


「死ななかっただけラッキーだと思ってほしいキュウ。」


「キュウキュウ!キュウキュウ!(こんな姿でどうしろって言うんだ!)」


「虫とかミミズとか食べれば生きていけるキュウ。」


「キュウ!!キュウ!!キュウ!キュウ!(そんなもん食えるか!キュウ達にパンと肉を出せ!)」


 よわみは会話の内容が気にはなったが、知れば可哀そうな気持ちになりそうだと感じ、代わりにエルザに話しかけた。

「無事で良かったです。」


「使い勝手は良さそうだけど、ふざけたギフトね。一人じゃ何にも出来なそう。」

 エルザは四つん這いのよわみを見下ろしながら言った。


(フッ、その通り…一人じゃ何にも出来ない僕にぴったりなギフト…。これが僕らしさなのか…ははっ。)


「聞いてるの?」


「ええ、その通りです。僕は一人じゃ…何も出来やしない。」


「ふぅむ。自覚はあるのですね。」


 こうして拝火教はよわみの活躍によって、剣豪のハウスマン等を失った。




ギフト名:増殖するハリネズミ

保持者:エルザのキュウ助

属性:戦闘

効果:針で刺された者をハリネズミに変える、もう一度刺されると元に戻る。

発動条件:疲れるとしばらく使用できない。


ギフト名:お前も弱くなれ

保持者:よわみ

属性:呪い

効果:相手の筋力を一時的に0にするがその間自分の筋力も0になる能力。

発動条件:ギフト名の詠唱が相手に聞こえること。2時間に一度しか使用できない。




「あとは戦利品達ですね。」


(この剣なんか高く売れそうだけど、間違いなく売れば足が付く…。赤鹿亭に置いておきますか。)


 よわみは装備品を物色していると、とある物を見つけた。


「あれは…?」


 よわみは手のひらサイズの皮袋を手に取った。ジャラジャラと音が鳴り、すぐに中身がお金だと分かった。


(こ、これは…戦利品!)


皮袋を開けると、そこには数枚の金貨とメッセージカードが折り畳まれていた。


"一介の支援者より、孤児達の未来のために。"


「これは…献金のためのお金…?しかも署名…ですか。」

(このお金は…頂くのは気が引けますね。それにあの剣士、人徳のある方なのかも知れない…。良い人同士がこうも戦わなければならないなんて…。)


 よわみはハリネズミ三兄弟の側で屈んで、皮袋を見せながら優しく言った。

「あなたのこのお金、僕が責任を持って孤児院に届けます。それから武器は売らずに大事に預かっておきますから安心して下さい。」


「キュウキュウ!キュウキュウ!(モブ野郎が出しゃばるな!)」


「大丈夫。任せて下さい。」

 よわみがそう言い終わると、ハリネズミの一匹が飛び掛かってきた。


「うわっ!いたっ!」


 続いて残りの二匹も飛び掛かってきた。


「イッテ!痛い痛い!」


 よわみがよろけた拍子に、ハリネズミ達は革袋を奪い口に咥え走り去っていった。


「キュウキュウ!キュウキュウ!(バーカバーカ!)」

 去り際の捨て台詞のような鳴き声と憎たらしい表情に、よわみはバカにされたように感じた。


「うわー…なんか悪口を言われた気がするんですけど。何で…。」





 よわみ達は赤鹿亭に戻り荷物を預け、城壁外のサリサの元まで来た。


「まあ!エルザ!生き延びたのですね。」


「まあね、何とか。」


「体の方は無事なんですの?」


「そりゃあ…まあ。」


「よわみさん?でしたね。まさか私の妹の救出までしていただけるなんて。」


「いえ、たまたま偶然なだけですから。し、姉妹だったんですね…。」

(言われてみれば、お二人の見た目も名前も何となく似てるかも…。)


「エルザ、念の為です。資格者確認をしましょう。」


「こ、ここで!?」


「急いでいるのですよ。資格者がいれば、もうここ(アーナ城壁外)には用はないんです。」


「失礼するわね。」


 そう言うとサリサ達はエルザを囲むと、スカートを捲って中を弄り出した。


「ちょ。ちょっとぉ!」


「ちゃんと固定されてるわね。」


「…そうよ。」


「壊された形跡はなさそうね。」


「当然でしょ、おねーちゃん。」


「いいわ。」

 サリサはそう言うと、貞操具から手を離した。


「よわみさん、ありがとうございました。二度も助けてもらうなんて。これはきっと、神々が下さったご縁ですね。」


「そうかもしれないですね。」


(僕のしたことは結果的に彼女らを助けたことになった。だから僕から一つくらい頼み事を言ったって…構わないはず…。この後一人じゃ決してルプ島なんか到達できない。出来る自信が全く湧かない。情けないことかも知れないけど、誰かが側にいないと…。)


 よわみは自分から行動したい、誰かに積極的に働きかけたい、という願いも込めて、勇気を出して頼み事をすることにした。


「サリサさん、実は僕も、困っていることがありまして…。」



「事情は分かりました。目的地まで同行者を一人…ですね。少し相談する時間を下さい。」


 そう言うとサリサ達は、小さな声で相談し始めた。


(目的地が分からない旅に他人と行く…考えてみたら誰だって嫌ですよね…。あぁ、思い切って言わなきゃ良かったかも。断られたら嫌だなぁ。)


「……ということなので、——として適任なのは——。」


「そうでしょうけど、——ですか。」


「一人で同行させるのは——ですよ。」


「ではあなたが——しますか?」


「いえ、それは——。」


「恩を——なんて、できませんよ。」


「分かりましたが、キチンと——してもらうようにしないと。」


「これは——に役立つ——知れません。——に捉えましょう。」


 サリサ達のヒソヒソとした話し合いは終わった。どうするか決めたようだった。


「私達は急いでる。メリー、後のことは任せたよ。」


「はい。」


「しっかりサポートしてあげるのですよ。」


「はい。」


「勝手な行動は慎んで、協調するのですよ。」


「はい。」


「メリー、冷静さを忘れていけませんよ。」


「はい。」


「相手のことを怖がらせたらいけませんよ。」


「はい。」


「彼は恩人です、絶対に遊んだり壊したりしたらいけません。」


「はい。」


 サリサ達は会話を終えて、よわみに向き直って言った。

「それではよわみさん、私達は急いでいるのでこれで失礼します。」


「よわみ君、ここまで本当にありがとう。助かりました。また機会があったら何処かでお会いしましょう。」


 サリサとエルザがお別れの挨拶をかけてきた。


「はい、また何処かで。」

(エルザさんと少し打ち解けてきたのに…同行してくれるのは別の人ってことですね…。)

 よわみは新しい人と"また一から関係を築かなくてはならない"と、一抹のストレスを感じた。


 サリサ達はログアウトアイテムを使い、よわみの目の前で次々とログアウトしていった。一人、二人、三人…。


「え?ど、同行者は…?」


 遠巻きに聞こえていた会話から、一人は残ってくれる…よわみはそう思っていたが、目の前にいた集団全員が目の前からいなくなっていた。


「あぁ…そんな。」


(やっぱり他人に期待するのが、そもそも間違いだったんですかね…。)


 よわみが肩を落としてそのまま黙り込むと、囁くようなひんやりとした声が背後から聞こえた。


『私メリー、今あなたのすぐ後ろにいるの。』

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