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07. 半神騎士様の浴場ランウェイ

 都市アーナ、拝火教の同胞会。

 その日の拝火教の同胞会は穏やかではなかった。


「数時間前、ウズの囲いの施設でナイプニールが殺害された。どうやら返り討ちにされたらしい。」


「あの強力な暗殺ギフトが戦闘で負けたのか。」


「そう簡単にやられるよう者ではないはず。」


「アイロが一部始終を"聴いて"おる。アイロ、詳細を。」


 まかろんとピピ丸が透明化したナイプニールを返り討ちにした時、アイロは腰掛け椅子に変身して、身を潜めてやり過ごしていた。変身中は聴覚以外の感覚が遮断される為、共有できる情報は音声のみだった。


「アイロでございます。早速ですが、わたしの"聴いた情報"の全てをお伝えします。まず相手は二人組です。声からしてかなり若いと思われます。片方は相当戦い慣れており、ナイプニールの所持していた短剣を奪い、そのまま返り討ちにしました。」


「待て。透明化した者から短剣を奪ったというのか?」


「そうです。短剣で突き刺す音と同時に彼の呻き声が三度聞こえてきました。」


「相手は透明化を見破るギフトを使ったということか?」


「恐らくは…ギフトかと思いますが、あまりにも手際の良い戦闘でした。ギフトの効果は分かりかねますが、戦闘センスが非常に高い相手だということは間違いありません。決着は一瞬でした。」


「…続けてくれ。」


「その後、彼は拷問を受けました。恐らくですが、逃げられぬよう手足の腱を切られ、何度も何度も、肉を削ぎ落とすような音と悲鳴が聴こえてきました。あれは…狂気でした。常人の行いではありません。アイツは笑っていたのです。悪魔のように笑いながら、拷問を楽しんでいました。そしてその狂気に絶望したナイプニールは、洗いざらい吐きました。」


「一体どこまで話したのだ?」


「私達の活動も、ここの場所も、メンバーの数から何から何までです。私達の名前もです。」


「ウズの囲いは何処でそのような傭兵を雇ったのだ…。」


「その二人組は、"なの"という名と、"ピピ丸"という名を口にしていました。本人の名前か、もしくは関係者の名前かと。」


「探し出して排除しなければならない。」


「新参者の可能性が高い。人頭税や外国人登録の履歴を調べろ。アーナの各商店や赤鹿亭に訪れた形跡がないかも、併せて調べろ。」


――中略。


「ウズの囲い…絶対に許さん!」


 まかろんとピピ丸の活躍により、拝火教とウズの囲いの対立は一層深まった。


 拝火教によって張り巡らされた情報網により、なの達はすぐに特定された。しかしログアウトした後だった為、すぐに"仕返し"とはいかなかった。


 そこでハンサムがキーマンとなった。


「どうやら、彼らの仲間のハンサムという大柄な男はこの世界に残っているようです。」


「体格や振る舞いから、相当な手練れかと思われます。ナイプニールを倒したという人物かもしれません。」


「数で対処しろ。十人以上連れて確実に倒してくれ。」



 


 なの達の次の目標は、1週間後にルプ島に"現地集合"。

 そもそも新エリアのルプ島が何処かさえ知らずに現地集合とは無謀も無謀だった。


 なのとピピ丸がログアウトし、その少し後によわみとまかろんもログアウトし、ハンサムだけが残った。

 ハンサムは異世界ギフトのAIの為、ログアウトはできない。突然独りになってしまった。


「はて、孤独とはこれほど寂しいものだったのか…。」


 なのに隷属化され、支配されているうちにハンサムにも人間らしさが根付こうとしていた。ピピ丸ほどではないにせよ、なのとの間に出来た新たな関係が、ハンサムに孤独の味を覚えさせていた。


(1週間後まで随分時間がありますな…。筋トレするか、酒でも飲むか、筋トレするか、何にせよまずは金ですな。)


 ハンサムは1週間先まで余りある時間を自由に使うことにした。初めての自由時間だった。


 赤鹿亭を出たハンサムは街を見回り、たまたま出会ったゴロツキを懲らしめ、神殿を巡りそこで神々と会話し、なぜかまた赤鹿亭に舞い戻り、酒を飲み始める。


「友は人生を豊かにすると言うが、一人で飲む酒を不味くさせるのだな。」

 ハンサムは自由時間の使い方を知らない。多すぎる時間は余計な事や悩み事を増やすだけで、逆に彼を窮屈にさせていた。


「ふう…。」


 女店主のアニマは溜息をつくハンサムを察して、話しかけてきた。

「お手が空いてるなら浴場にでも行ってみたら?」


「…浴場とな?」


「公衆浴場ってやつよ。運動場も併設されてて、まあ…"男達のたまり場"なのよ。街の東側、行けば分かるわ。」


「浴場…。風呂、裸、運動、そして筋肉。ふむ、悪くない。」


――ガタッ。


 ハンサムはもう一度、街へ繰り出した。



「あれだ。行くぞ。」


 拝火教徒達はその言葉を合図に、雪崩れ込むようにハンサムを囲った。十人以上の数だった。


「拙者は、一騎討ちが好みなのだがな。」


「……。」

 男達はハンサムの話に応えず、詰め寄っていった。


「話すことは何もなし…か。」


 対話を求めるハンサムを無視するように攻撃が始まった。


——ヒュヒュン!


——ボウウウウウッ!!


——カキーンッ!!


 ハンサムは一斉攻撃を受けた。

 矢を放たれ、火に包まれ、槍と剣を受けた。しかしそこには大剣を両手で構えた甲冑の騎士が、無傷で立っていた。




ギフト名:半神の騎士甲冑

保持者:半神の騎士ハンサム

属性:戦闘

効果:ダメージを無効にする騎士甲冑を出現・装備する。

発動条件:武器を両手で構える。




 ハンサムには絶対防御がある為、通常攻撃は通用しない。なののギフトのように洗脳状態にしてしまうか、何らかの形で戦闘不能状態にしなければ、正面から戦って勝ち目はまずない。そしてハンサムは半神らしい超パワーの持ち主だった。


 ハンサムはなぎ払い一振りで半分の敵を倒し、もう一振りで残りを倒した。最後に残した一人は、その大剣で串刺しにし、そのまま空に向かって掲げた。男は自らの重みでゆっくりと沈んでいった。


「んぐぅ…んあぅ……んごぁ……うぐふ…。」

 男は沈んでいく度に呻き声を上げた。


(ふふ、どうだ?言いたいことがあるなら言ってみろ。)


 ハンサムは命を弄ばれ、痛ぶられる者の最期の"恨み節"から、自身を襲って来た理由を推測しようと試みていた。


「な、なぜ…半神(あなた)が…。」


 その言葉から得られるものは何もなかった。


「それが最期の言葉でいいのか?…残念だ。」


『か…くぁ…火球!』


——ボウッ。


 最後の力を振り絞って発動した男のギフトが、ハンサムの顔に放たれ炎に包まれた。


「火遊びが好きなのだな。」

 そう言うとハンサムは、緩急を付けて大剣を斜めに払った。


——ブンッッッ!!


——ドサッ。


 男は股下まで切断され、そのまま地に落ちた。顔や手足が痙攣して後にすぐ絶命した。


「情けをかけてやろう。」

 ハンサムはそう言うと、まだ息があり苦しむ者に近付き、首を刎ねて介錯(かいしゃく)した。


 拝火教徒達はものの数分で全滅し、またしても返り討ちに遭ってしまった。


「弓、剣、槍、防具、全て売れば…それなりの資金にはなるか。」

 ハンサムは装備品を奪うかどうか考えた。


「そうするとなると、丸裸にしないといかん…面倒だ。いや、だが待てよ…なの様は敵対者を丸裸にすることに美徳を持つお方だ。ならば拙者もなの様を倣ってみるのも一興か。」


 ハンサムの笑い声が響き渡った。


 ハンサムは十数体の遺体から装備品を根こそぎ剥ぎ取り、売れそうにないものと一言だけその場に残して、後は持ち帰っていった。


「風呂は明日にするか。」



 ハンサムがその場から立ち去ると、付近にあった腰掛け椅子から硝煙が上がった。

 その硝煙は大きくなっていき、中から男が現れた。その人物は拝火教のアイロだった。


 アイロが辺りを見渡すと、そこには数十人分の丸裸にされた遺体、生首、股間を裂かれた遺体が散乱していた。


「…鬼の所業だ。」




ギフト名:丁神の御使 "硝煙の避役(カメレオン)"

保持者:拝火教のアイロ

属性:祝福

効果:避役型の硝煙を発生させ、自身を無機物に再定義する。効果中は視覚と嗅覚と触覚が遮断されるが、聴覚は研ぎ澄まされる。

発動条件:拝火教の信者であること、硝煙に包まれること、既に他の"神の御使系ギフト"で祝福されていないこと。ギフト名を詠唱すること。他人には使用できない。2時間に1度使用できる。




 都市アーナ、かがり火の同胞会。

 先日に続いて、その日の拝火教の同胞会も穏やかとはいかなかった。


「…という経緯で、我々は返り討ちにされました。」


「アイロよ、十数人で取り囲んでそうも簡単に負けたのか。」


「はい…それから遺体は全て丸裸にされ、中には股を裂かれた者もいました。」


「それはどういう意味だ?」


「恐らくは死体を痛ぶるような趣味や性癖を持っているのかと…。とにかくアイツらは殺しを楽しんでいるのです。笑いながら…殺すのです。」


 アイロはとても臆病な性格だった。臆病故に、小さな事をパンのように大きく膨らませたり、想像と事実を混同する癖があった。アイロはいつも正確とは言えない情報を報告していた。


「それならば、早めに切り札を使おう。」


「呪いで殺すには相手の毛髪がいる。現場にはあったのか?」


「ここにあります。」

 アイロは髪の毛が入っているであろう布袋を周りに見せた。


「ウズの囲いの捕虜を一人用意してくれ。そいつを生贄にしよう。」


「では、後のことは呪いのトーチに任せよう。彼ならやってくれる。」


「それにしても、ウズの囲いめ…絶対に許さん!」


 ハンサムの活躍により、拝火教とウズの囲いの対立は更に深まっていった。





 戦闘状態、拘束状態、状態異常、屋外、他者との接触中、これらの状態だとプレイヤーは異世界ギフトからログアウトができず、現実世界に帰れない。無理やりログアウトすれば、致命的なペナルティを受けることになる。


 ウズの囲いの捕虜達は、手足を鎖で繋がれ拘束状態になっていた。また、ギフト名を詠唱されないよう口には詰め物がされていた。


(苦痛耐性の高い女の方が、適任ですね…誰にしましょうか。)


 広いおでこに鋭い目付きの小柄な男、トーチは生贄の選別をしていた。

「さあ、あなた、運がいいですね。あなたを解放しますよ。立ちなさい。」


 トーチは捕虜の一人にそう言うと、別室まで連れて行った。

 その部屋は広く、天井は吹き抜けており、三方を壁と窓に囲まれた中庭のような場所で、空気が滞留しない作りになっていた。


「但し、アーナに置いておくことは出来ません。あなたの仲間と同様に追放となりますが、よろしいですね?」


 捕虜は無言で頷いた。


「さあ、これを持って。」

 トーチは布袋を渡してそれを手に握らせると、優しい口調でゆっくり詠唱した。


『生贄の番い火(つがいび)。』




ギフト名:生贄の番い火(つがいび)

保持者:拝火教のトーチ

属性:呪い

効果:生贄に呪いたい人物の髪の毛を握らせてギフト名を詠唱すると、生贄と呪いたい人物に火が付く。二つの火は生贄が絶命するまで消すことができない。殺せなかった場合は呪い返しに遭う。

発動条件:火の神を信奉すること、1ヶ月に一度しか使用できない。



 

 ウズの囲いの信者は足元からじわじわと燃え始めた。のたうち回り火を消そうとするが、どう足掻いても消せず、さらに激しくのたうち回っていった。


「ぎゃあああああ!!うぎゃあああ!!」


「火炙りの悲鳴は、他の悲鳴と違って美しいですね…。逃れられぬと分かっているのに、それでも熱さから逃れようと力いっぱい激しく鳴いてくれます。まるで炎そのものです…何とも美しい命の悲鳴です。」


 トーチは悲鳴を楽しんでいた。


「まだまだ、まだまだ耐えて下さいね。あなたが耐える時間は、相手を呪う時間なのです。」


 彼女から立ち上る煙は吸い上げられるように天井から外へ排出され、三方の窓からは風がよく入り込んでいた。一酸化炭素中毒で早死しないように作られていた。





 呪いがハンサムに向け放たれようとしている時、当の本人はとある施設に入場しようとしていた。


「ここで一つ、リフレッシュでもしますかな。」


 ハンサムはその施設の使用料を支払い、脱衣所に入り衣服を全て脱いだ。大剣はその場に置くわけにはいかず追加料金を支払い、施設員に預かってもらった。

 ハンサムにとって"武器なし状態"は、絶対防御のギフト発動が出来なくなる為、自殺行為に近い。しかし、今のハンサムにとってそんな事はどうでも良かった。そう思わせるほどのお楽しみがここにはあった。


 ハンサムの鍛錬され尽くした体躯(たいく)は、誰よりも強く逞しく大きく、芸術品とも言えるほどの完成度。そして下腹部にはなのの隷属の証、"淫紋"。

 ハンサムは鏡の前でマッスルポーズを決めては鏡を見てと、繰り返し楽しんだ。飽きることなく何度も何度も繰り返した。

 ここまで楽しそうなハンサムを見た者は恐らく過去誰もいなかっただろう。自分の体をそれほど気に入っていたのだった。それはなの達にも見せない彼の裏の顔だった。

 そして気合を入れ、言った。


「さあさあ!いよいよ入浴のお時間ですぞ!…うりゃあああああああ!!」


 ボウンッ!と音が鳴り、筋肉が膨張した。


 古代都市アーナの入浴施設は、外国人であっても低価格で利用可能な人気施設の一つだった。そして、入浴場だけでなくサウナ、マッサージ、運動場まで兼ね備えた複合施設となっており、心身のリフレッシュの為、市民から親しまれていた。


 ハンサムは周り男達にその筋肉を見せつけるようにマッスルポーズを挟みながら、リズミカルに、だがゆっくりと浴場へ向かって前進した。


 フロントリラックスポーズ、一歩前進、サイドリラックスポーズ、一歩前進、フロントダブルバイセップス、一歩前進、サイドチェスト、一歩前進、アブドミナルアンドサイ、一歩前進…。


 周りの反応はというと、ハンサムの思惑通りだった。


「すげぇ…。」


「大したもんだ。」


「素晴らしい肉体だ。」


「なんだいありゃ?」


「何て身体だよ。」


「どうやったらああなるんだ。」


「おい、とんでもねえ奴がきたぞ!」


 歓喜と賞賛の一色だった。一部の者は竿が短いなど嫌味も言っていたが、ハンサムにはそれが聞こえないほど、賞賛の声で溢れ返っていた。


 ハンサムは自分に酔っていた。観客もまたハンサムに酔っていた。その場の雰囲気はファッションショーそのもので、ハンサムはランウェイを歩くモデルのようだった。


 ハンサムには浴場へと続く道が、光で照らされ、天井からは紙吹雪が舞い降っているように見えた。四つ打ちドラムと陽気な打楽器が打ち鳴らされているように聴こえた。観客からは歓声と拍手で迎えられ、この空間の全てがハンサムのために存在している、そう感じていた。


 ハンサムの筋肉行進は湯銭の前まで来て止まった。ハンサムはまるで孔雀のように、大きく大きく手を広げながら深呼吸した。

 観客達も歓声を止め、固唾を飲んで彼の次の言動を見守る。


 ハンサムは"みんなありがとう"と観客に感謝を述べようと振り返った時、それは起こった。


——ボオオオ!!


『生贄の番い火(つがいび)』が発動して、ハンサムの全身は一瞬で炎に包まれた。


「みん…ブアッチャアアアア!!アチャチャチャチャチャチャチャ!!」


——バッッシャァァン!!


 その瞬間を"エンターテイメント"として受け止めた観客達は、一斉に歓声を上げた。


——ワァァァァァァァァァ!!


 『生贄の番い火(つがいび)』は、ランウェイの演出効果として一役買った後、湯銭の中ではその燃焼状態を維持出来ず、不発に終わった。


 その日の出来事は瞬く間にアーナ中の男に知れ渡り、ハンサムは男湯の人気者となった。

 それからというもの、体躯(たいく)に自信のある者の浴場ランウェイは、習慣となっていった。





 都市アーナ、拝火教のとある施設。


 ギフト『生贄の番い火(つがいび)』が発動してから50分ほどが経過していた。


 人肉が焼け焦げた匂いが充満し、その場には真っ黒になったウズの囲いの捕虜と、トーチの焼死体が転がっていた。トーチは呪い返しに遭い自滅した。トーチの最期を聞いた者によると、彼の悲鳴はまるで炎のように激しかった、とのことだった。


 こうして拝火教は呪い殺しのギフトを失い、これ以上の損害は出せないと判断し、ハンサム殺害を諦めた。


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