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第九話 囮作戦

 作戦は開始された。

 荷台がむき出しの荷馬車が二台。囮用の武器とその他の補給物資を搭載して戦場へと赴く。

 一見地味だがこれがサリオス帝国の精鋭、囮部隊ことカニンヘン隊である。

 俺たちはサリオス帝国の軍服を着てカニンヘン隊に同行する。

 俺のオートマグ IIIはその軍服の下だ。特別にショルダーホルスターを作ってもらった。

 二台の荷馬車の周囲を護衛する形でカニンヘン隊の面々が歩く。実際に、魔族抜きで魔物に襲われたら撃退するために戦うそうだ。

 そんなサリオス帝国の兵士に交じってホートリア王国の兵士がいる。

 同じ軍服を着て、国は違えどこちらも精鋭部隊。ぱっと見違和感なく溶け込んでいた。

 そして俺のいるのは、馬車の御者台だった。俺の体力では馬車と並走して歩き続けるのは無理だ。

 小走りに近い速度で何十キロも歩かなくてはならないのだ。俺ではついて行けたとしても息が切れて、肝心な時に何もできなくなってしまう。

 俺は御者のやり方を教えてもらいながら馬車に揺られて進んで行った。


 サリオス帝国の帝都から主戦場となっているイエンス平原までは案外近かった。

 サリオス帝国は建国当初から、「魔族の脅威から人類を守るために戦う」ことを国是としていて、帝都は皇帝と帝国軍関連の施設が集中した戦う都なのだそうだ。

 そして魔族が現れれば即座に対応できるように、主戦場と想定されたイエンス平原から近い位置にあえて帝都を作ったということだ。

 帝都が落とされるリスクよりも魔族の侵攻に即座に対応できる利便性を取ったのだ、覚悟のほどが判るというものだろう。

 その代わり、平時には帝国の政治経済文化等の中心となる第二帝都、第三帝都が南の方に存在し、劣勢になればじりじりと南に下がりながら抗戦を続けるのだそうだ。

 そんなわけで、昼には早い時間に最初の戦場へと到着した。朝早くに出発したとはいえ、二、三時間で到着したことになる。


 「あれがゴブリンか。」

 迫り来る魔物と果敢に戦う兵士達を遠目で眺める。

 ここは既に最前線。

 その中でも後方に位置するこの場所は、戦場全体を見渡せる高台の上。この戦場の指揮を執る司令部を置くにはちょうどいい場所なのだそうだ。

 おかげで戦いの様子がよく見える。

 小柄なゴブリンはサリオス帝国の兵士に体格で負けている。ぱっと見、大人と子供の戦いだ。帝国兵は練度も士気も高く装備も優秀。一対一なら負ける要素はない。

 しかし敵は数が多い。単体では弱いと言ってもそこは魔物、見た目よりも力は強く、死を恐れずに向かって来る獰猛さも持っている。油断はできなかった。

 兵士達は孤立して魔物に囲まれないように、慎重に連携しながら戦っているようだ。

 その努力の甲斐あって、魔物の侵攻はきっちりと食い止められていた。

 「我々の戦いは、勇者様が魔族を倒すまでの間敵を食い止める防衛戦なのです。敵を倒すことよりも味方の損害を減らすことに重きが置かれています。」

 魔族との戦いにおいて、軍隊の役割は魔物に人々が蹂躙されないための防衛戦に特化していた。

 魔物をいくら倒しても魔族がいる限りいくらでも魔物は生み出され、再び攻めてくる。それは勇者が魔族を倒すまで終わることはない。

 長期にわたる防衛戦で重要なことは、消耗を抑えて戦い続けられる体制を維持すること。無理をして魔物をたくさん倒しても、それで軍が壊滅してしまったら次の侵攻を食い止めることができなくなる。

 だから血気に逸って無謀な突撃をしたりせず、また逃げる相手を深追いしたりすることもなく、チームワークで互いに助け合う手堅い戦いを続けている。

 しかし、いくら味方の損害を抑えると言っても無傷で済むはずがない。

 近場に目を移せば、救護用のテントに運び込まれる重傷者の姿があった。

 そして別の場所には、戦死者の遺体を一時的に保管する安置所もあった。

 先ほど、兵士の遺体が運び込まれるところを見た。おそらく治療が間に合わなかったのだろう。理術による治療も万能ではない。

 「物資の受け渡しは終わりました。次の場所へ向かいましょう。」

 国を守るための防衛線は横に長い。

 作戦はまだ始まったばかりだった。


 ◇◇◇


 部隊を送り出してしまうと後方支援の人間はしばらく暇になる。

 いや、交戦真っ最中のサリオス帝国の兵站は忙しく働いて物資を確保して最前線の兵士達を支えているし、戦況を見ながら何処にどの部隊を派兵するかといった計画を頑張って立てている。

 しかし、ホートリア王国から来た客人に関しては、作戦が終わって部隊が帰ってこないことには次に進むことができない。

 実際、フローラ王女は正人が出発してから与えられた客室で祈りを捧げ、正人たちの無事を願うだけだった。水面下では次の行動に向けての下準備は進めているにせよ、そのあたりを実行するのは別の者である。

 ただし、何事にも例外はある。

 サリオス帝国軍兵器開発部。この軍事機密の塊のような部署に、なぜかホートリア王国の要人が入り込んでいた。

 ホートリア王国宮廷理術士マシュー・イングラム。

 もちろん不法侵入ではない。むしろ、サリオス帝国軍から大歓迎で迎え入れられた。

 イングラム老がサリオス帝国にやって来た目的は二つある。

 一つはサリオス帝国とのトップ会談におけるオブザーバーとして同席すること。

 ホートリア王国における理術士の最高位である宮廷理術士を務めるイングラム老は、理術に限らずあらゆる学問に精通した知の巨匠である。

 サリオス帝国の皇帝も一目置く豊富な知識は、前例のない異常事態の今を乗り切る一助になると期待されていた。

 そしてもう一つが、サリオス帝国と共同で魔族を倒す武器を開発すること。

 これまで勇者と聖剣の組み合わせ以外では不可能と思われてきた魔族討伐が、かなりイレギュラーな形ではあるが現実のものとなったのだ。

 そこで使用された異世界の武器を再現したいと考えるのは当然だろう。

 イングラム老の見立てでは今回の魔族の侵攻には間に合わないとしても、五百年後、千年後には勇者を助ける、あるいは聖剣すらも凌ぐ主力武器になっているかもしれない。

 そこで兵器開発では他国の追随を許さないサリオス帝国と、異世界の武器を直接調べ正人から銃器の原理や歴史を聞き取ったイングラム老が協力することになったのだ。

 これは通常ならばあり得ないことだった。

 世界有数の頭脳であるイングラム老とその知識はホートリア王国の財産である。おいそれと他国に出してよいものではない。それにいくら同盟国とは言え、普通ならば他国の軍事力を強化するような真似はできないだろう。

 しかし、一度は国の滅亡を受け入れたホートリア王国の覚悟は一味違った。一国の利益よりも人類全体の存亡を優先したのだ。

 実際、ホートリア王国が滅亡する前に優先的に他国に逃す者のリストの上位に、フローラ王女と共に挙がっていたのがこのイングラム老だ。サリオス帝国で兵器開発に手を貸すことも想定済みだった。

 一方、サリオス帝国にとっても開発中の最新兵器は軍事機密の塊だ。本来他国の人間を入れていい場所ではない。

 サリオス帝国で開発している兵器は魔物や魔族に使用するためのものだ。魔族に効果のある武器の開発には成功していないが、今回囮に使った魔物に有効な理術剣などもその成果だった。

 魔族・魔物用の武器でも人間相手に有効なものも多くある。人類も決して一枚岩ではない。実際過去には魔族を倒し終わったタイミングで他国に戦争を仕掛けた国も存在していた。

 開発中の兵器の情報が他国に渡ることは、サリオス帝国にとっては大きなリスクだった。

 しかし、魔族に対して有効な兵器の開発は、そのリスクを押してでも進めたい魅力があった。

 たとえ倒せないまでも、魔族に傷を与えられるだけでも帝国の戦略は大きく変わるだろう。

 両国の思惑が交差する中、奇跡のコラボレーションは実現した。


 「さて、それでは実際に試してみるかのぉ。」

 イングラム老は正人から聞き、また正人の持つ拳銃(ハンドガン)を調べた結果から理解した銃の概略を説明したのち、そう言った。

 用意されていた鉄の鋳塊(インゴット)を手に取ると、理術をかけた。

 すると、鉄の塊は見る間に形を変え、長さが五十センチ程度の中空の棒が出来上がった。

 「マサト殿の持っていたものは片手で持てるように小型化したものという話じゃったし、まずはこのくらいの長さでやってみるかの。」

 簡単に作ったように見えるが、金属を思い通りに変形させるこの理術は錬成術と呼ばれ、高度で使い手の少ない理術である。

 一国を代表する宮廷理術士の面目躍如といったところだろう。周囲からは感嘆の声が聞こえる。

 なお、錬成術の使い手が少ない理由は、理術自体が難しいことの他に、使い勝手が悪いことも挙げられる。錬成術では完成品のイメージを術者がしっかりと持っていなければ成功しないので複雑なものは難しいし、出来上がったものの品質もそこそこどまりだ。

 今回イングラム老が錬成術を使用したのは、穴の空いた鉄の棒という単純な構造の物を実験的に作ってみただけだからだ。実用段階になれば鍛冶師が制作することになるだろう。

 イングラム老は同じものを何本か作成した。

 これは簡易的な銃身(バレル)だ。銃床(ストック)銃把(グリップ)引金(トリガー)もないが、ただ弾を発射する実験ならばこれで十分と考えたのだろう。

 「次は火薬じゃな。分量は……少しずつ変えて試してみるしかあるまい。」

 イングラム老は火薬の量を測って少しずつ変えながらそれぞれの銃身(バレル)に詰めて行った。

 この世界にも火薬は存在していた。黒色火薬とほぼ同じものとみてよい。

 ただ、火薬が武器に使用されることはなかった。この世界には理術が存在するからだ。

 火薬の爆発力で攻撃するよりも、理術を使った攻撃術の方が強力で融通が利く。

 同様に土木工事などで火薬が使われることもなかった。爆薬で地面に穴を開けるよりも、土系の理術を利用した方が安全確実なのだ。

 軍で使用している火薬と言えば、信号弾として使用される花火のようなものくらいだろう。理術士でなくても導火線に火を点けて空に放り投げるだけで使えるので、その手軽さから利用されている。

 「それから弾か。昔は鉛玉を使っていたという話じゃから、まずは鉛で作ってみるかの。」

 イングラム老は錬成術で鉛の塊から鉛玉を作り出した。大きさは銃身(バレル)に空けた穴のサイズに合わせてある。

 できた鉛玉を銃身(バレル)に入れ、棒で奥まで押し込む。

 「ふむ、後は実際に発射してみるかの。」


 兵器の研究開発を行っている施設だけに、作った武器をテストする場所もちゃんと屋外に用意されている。


 ――バン!


 火薬の破裂音と共に鉛玉が発射され、的にした木盾にめり込んだ。

 「うむ、最初にしては上出来じゃな。」

 イングラム老は満足そうに頷いた。最初の実験で武器として機能することを示せたのだ、上出来であろう。

 「やはり火薬の量を増やすほど威力も増すようじゃな。多すぎると耐えきれずに壊れてしまうようじゃが。」

 火薬の量を最も多くした一本は、圧力に耐えきれずに銃身(バレル)が破裂してしまっていた。そのことも想定していたのか、予め理術で防壁を作っていて周囲に被害はなかったが。

 「しかしイングラム卿、これで本当に魔族に通用するのでしょうか?」

 喜ぶイングラム老とは反対に、周囲の者達は浮かない顔だった。

 これまで多くの兵器を開発してきた彼らにしてみれば、もっと威力のある武器を数多く見てきた。

 歴史上、馬鹿げた威力の兵器も数多く作られてきたが、そのようなとんでも兵器であっても魔族に傷一つ付けることはできなかったのだ。

 ただ一つ、聖剣を除いては。

 「威力については火薬の量を増やし、それに耐えられるものを作ればさらに上がるじゃろう。それよりも重要なことは、異世界の武器が理力を必要としないことじゃ。」

 イングラム老の言葉に、何人かがはっとした表情を見せる。

 「これまで強力な武器は全て理力に依存しておった。強い理力を含む素材を厳選し、強力な理術を付与し、扱う者も理力で身体を強化して振るっておった。じゃがそれでは魔族に近付いただけで効果が消されてしまうのじゃ。」

 それは遥か昔から魔族を倒す武器を考えていた者達が突き当たった最大の問題だった。理力による強化は魔族に近付くだけで消失する。それは武具であっても同じことだった。

 「しかし異世界の武器は理力を一切持たないが故に魔族の影響を受けぬのじゃ! そしておそらくは同じ理由で魔族の持つ障壁も現れなかったのじゃろう。」

 魔族の障壁に邪魔されなかった理由は推測だったが、正人の証言から考えてそれが一番ありそうなことだとイングラム老は考えていた。理力を持たない武器で攻撃すれば、魔族の障壁は現れない。

 「魔族の厄介な性質の影響を受けなければ、後は理力による強化無しで魔族を傷付けられるだけの威力さえあれば良いのじゃ。それは大地を裂くような絶大なものではないはずじゃ。」

 イングラム老の言葉に、周囲の面々はようやく理解した顔になった。

 「魔族に対する武器として、我々は聖剣を目標にして魔力を打ち破る強い理力ばかり追求していたが、まさか理力が無いところに突破口があったとは……」

 魔族に唯一対抗できる武器、聖剣。それは強大な聖なる理力で魔族の魔力さえも相殺し、やすやすと致命傷を与える。

 人に扱える限界を超えた理力を有する聖剣と同様に物は作れなかったが、少しでも近付けようと思えば強い理力有する武器をと考えるのも当然だろう。

 実際に高い理力を持つ強力な武器は魔物の撃退に効果を上げていた。

 より多くの理力を籠め、あるいは理力の密度を上げ、魔力に掻き乱されて効果を失う前に魔族の障壁を打ち破る威力を持たせる。それが対魔族兵器開発のトレンドだった。

 その常識が、今覆った。

 「課題は山積みじゃの。今回は理術で火薬に火をつけたのじゃが、理力無しの仕掛けで行わねばならん。銃の本体も理力を持たない素材で強度を確保せねばならぬし、弾も理力を完全に抜くべきじゃろう。もちろん威力を高め、確実に相手に当てるための工夫も必要じゃ。」

 これまでの兵器開発とは明らかに方向性の異なる武器なのだ、この先何度でも技術的な壁に当たるだろう。実用化に至るのは何代か先のことかもしれない。

 それでもイングラム老は妙にうれしそうだった。

 宮廷理術士マシュー・イングラム、彼は好奇心の塊だった。たとえ役に立たないものだとしても、新しい知見を得ることに喜びを感じていた。

 今回の共同開発はイングラム老が持てる政治力を駆使して積極的に行動した結果実現したものだった。

 魔族を倒し、人類を守るという大義名分の下、大国の予算を注ぎ込んで自らの好奇心を満たそうと画策していた。

 世界最高の英知と老獪な知恵、そして少年のような心を併せ持つ老人、それがマシュー・イングラムという人物である。

 「マサト殿の持ち込んだ武器に追いつくのも無理としても、せめて一度くらいは魔族相手に試してみたいところじゃな。」

 個人的な思惑はともかくとして、大義名分がある以上イングラム老を止めることは誰にもできなかった。

 いや、そもそも止めようと思う者はいないだろう。

 たとえ将来多くの人を殺す大量殺戮兵器への道を拓いたのだとしても、魔族との戦いは人類の存亡をかけたものである。

 少しでも勝率を上げる可能性があれば挑戦するだろう。

 負ければ人類の未来はないのだから。


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