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最後の一弾  作者: 水無月 黒


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第十話 強欲の襲来

 俺たちは戦場を東から西へと進んでいた。

 戦場は広い範囲にわたっているが、全ての場所で常に戦闘が行われているわけではない。

 ゴブリンは弱い魔物だという。

 一対一で戦えば兵士が遅れを取ることはまずない。攻めてきたゴブリンがこちらと同数以下ならば、味方の損害はほとんどないままに撃退できるそうだ。

 相手もそのことが分かっている――ゴブリン自身が分かっているかは知らないが、少なくとも魔族は理解している――ので、中途半端な攻撃はしてこない。

 必ず倍以上の数で攻めてきて、ある程度数が減ると退却するのだそうだ。最後の一匹まで戦い続けたという、憤怒(ラース)のサタン配下のドラゴンとは対照的だ。

 だから、広い戦場の中でも実際に戦っているのはせいぜい二、三箇所程度らしい。

 しかし、魔族側もまだ様子見だと考えられている。

 「最も効果的な攻撃、つまり全てのゴブリンを一ヵ所に集めて、そこに強欲(グリード)のマモンも参加する戦法を未だに使用していません。」

 数で押してくるゴブリンならば、これが正しい運用方法だった。

 「おそらくゴブリン強化のために武具を集めるとともに、帝国軍を探っているのでしょう。守りの薄いところを破って帝都を狙うのか、帝国軍によりダメージを与えるべく将校の集まっているところを狙うのか……」

 今のゴブリンの攻撃は威力偵察に近いものだと考えられている。かなりの数で攻めてきているように見えるが、あれでもまだ氷山の一角に過ぎないらしい。

 予め襲撃される場所が分かっていればこちらもそこに戦力を集中させて迎え撃てばよいのだが、読みが外れたり別動隊がいたりして守りの薄い場所を襲われたら目も当てられない。防衛戦の辛いところだ。

 「魔族にとっても勇者様が出てきてからが正念場です。その前に少しでもこちらの戦力を削ぐため、勇者様の参戦が予想される一、二ヶ月以内には大攻勢があるものと思われます。大攻勢が行われる前に魔族を倒せれば被害を大きく減らすことができます。」

 以上、囮部隊の隊長の言葉だが、サリオス帝国軍としての見解だった。


 一夜が明けた。

 戦線に作られた比較的大きな野営地で一泊し、囮作戦の二日目が始まった。

 昨日は幾つかの戦場を回り、襲撃される恐れのある危険地帯も一箇所通ったが、今のところ魔族は現れていない。

 一日だけだが、俺の御者姿もだいぶ様になってきた。

 昨夜は夜襲もなくぐっすりと眠れた。敵にも何か考えがあるのだろうが、今のところ夜戦が行われたことは無いそうだ。

 しっかり眠って元気を回復したところで、今日も戦場を廻る。

 囮部隊だからと言って囮だけをやっているわけではなく、少量ながら帝都から持ち込んだ物資を戦場の各部隊に配っているし、命令書とか最新資料なんかも運んでいる。

 逆に戦地からの報告資料なども預かることがあるが、魔族から襲われること前提の部隊だけに、重要なものは別途正規の伝令が運ぶのだそうだ。

 敵の出方次第なのでこのまま魔族に出会うこともなく戦場を一巡して帝都に戻る可能性もあるのだが、囮作戦は半月の間に三回行われて三回とも魔族に襲われたそうだ。

 今日か明日には魔族が現れる可能性は高い。


 「それでは次の場所に向かいます。途中、襲撃予想ポイントを通るので注意してください。」

 本日三か所目の野営地を出発することになった。

 途中、しっかりと作られた砦もあったが、最前線の戦場はだいたいが仮設の野営地に兵士が駐屯していた。

 魔族との戦いはまだまだ序盤、帝国軍は防衛の拠点となる砦や要塞から離れた地点で魔物の侵入を防ぐ体制を取っていた。

 戦況が悪化すれば段階的に防衛線を下げて粘る遅滞戦が基本となるらしい。

 「ん? あれは……」

 野営地を出発しようというところで、状況に変化があった。俄かに周囲が騒がしくなる。

 「いつものゴブリンの襲撃のようですね。この場はここの兵士達に任せて我々はいきましょう。」

 襲来する魔物への対応は野営地に待機している兵士の役目である。囮部隊は戦いに巻き込まれないように移動する必要があった。

 しかし――

 戦場に響き渡る怒声と悲鳴。

 なんだか押されていないか?

 そして、空に信号弾らしきものが投げ上げられた。一瞬赤い閃光が弾けると、上空に赤っぽい煙が漂った。

 「あれは! まずい、魔族が現れました。我々は急いでこの場を離れます!」

 ついに来た!

 予想していた状況とはちょっと違うけど、強欲(グリード)のマモンが現れたらしい。

 囮部隊は急ぎ戦場からの離脱を図った。

 逃げるためではない。

 魔族を戦場から引き離すためだ。強欲(グリード)のマモンが囮の武器に気付いてこちらに向かってくれば、ゴブリンと戦う兵士達の損害がぐっと減ることになる。

 そして、俺にとっても必要なことだった。

 俺の役割は魔族を射殺すること。そのためには確実に当てられる位置まで近付く必要がある。しかし、魔物がうようよいる中に突っ込んで行ったら俺の命が危ない。

 そんな俺を魔物から守るためにホートリア王国のマサト小隊やサリオス帝国の囮部隊の人たちが周りを固めてくれているのだが、少数部隊だし魔族が近付くと戦力が一気に落ちる。

 俺にとっても魔物の少ないところに魔族を引っ張り出すことは重要だった。

 自分たちの使命を果たすため、俺達は急いで戦場を後にした。


 「右前方よりゴブリン百以上、真直ぐこちらに向かってきます!」

 戦場から離脱して少し進んだところで、俺達は別の魔物の群れに遭遇してしまった。

 「既にこちらを見つけているようですね。やり過ごすことは無理そうです……。総員戦闘準備! 魔族が来る前に突っ切る!」

 敵はゴブリンが百体以上、こちらは魔物に対しては戦力外の俺を含めても二十名に満たない。精鋭揃いの部隊とはいえ、状況は厳しかった。

 隊長のローデ少尉は強行突破してゴブリンを振り切ろうとしたが、ゴブリンの方もかなり強引に進路を塞ぎ、馬車を止められてしまった。

 こうなると数の差は大きい。

 こちらも精鋭部隊なだけあって危なげなく戦っているが、敵の数を減らさないことには動きが取れない。

 百を超えるゴブリンを削り切るには時間がかかる。見事に足止めされてしまった。

 「グギャァ、グギャギャギャ!」

 「グゲッ、ギャギャアアア!」

 ゴブリンの言葉なのか、単なる雄叫びなのか分からないが、奇声をあげながら攻め立てるゴブリンにすっかりと包囲されてしまっている。

 後ろを振り返ると、先ほどの戦場から十分に離れたとは言い難い。いつ魔族がこちらにやって来るか分からない。

 この状況は色々とまずかった。

 ここで魔族に来られるとさらに困ったことになる。

 最悪ゴブリンに押し負けて俺達は全滅。武器を回収した強欲(グリード)のマモンはそのまま先ほどの戦場に戻ってそちらも壊滅、などということになりかねない。

 「仕方がありません、ここは作戦を中止して撤退を……、しまった!」

 ローデ少尉は荷物を放棄して逃げ帰ることを決めたが、少々遅かったらしい。

 変化は唐突に現れた。

 これまでは数に押されつつも危なげなく戦っていたゴブリンを倒す速度が目に見えて遅くなった。

 特に顕著だったのがホートリア王国から来たマサト小隊の人間だ。先ほどまでは調子よくゴブリンを倒していたポール隊長の動きが目に見えて鈍っていた。

 「もう来やがったか、強欲(グリード)のマモン!」

 そう、魔族が、強欲(グリード)のマモンが近くまでやって来ていた。

 これが魔族の影響か。

 ホートリア王国から来たマサト小隊の内、ポール隊長以下五名は俺を魔物から守るために普通に強い兵士が選ばれている。

 つまり、理力を使えなくなると一気に弱体化する。

 その落差がきついのだろう、マモンが近付くにつれ動きに精彩を欠き、手にした剣すら重そうだ。

 一方サリオス帝国の囮部隊の方は、それでも何とか普通に戦えている。このような状況を経験済みな分、すぐに対応できたのだろう。

 しかし、最初は一人で二~三体の相手をしていたのに、今では連携して一人一体以上から攻撃を受けないように腐心している。そのためにじりじりと後退して、俺達は狭い範囲に集まり始めていた。

 強欲(グリード)のマモンが更に近付いてきた。方向は俺達の後方、先ほどゴブリンと戦闘を始めた戦場を素通りして俺達を追いかけてきたのだ。

 後方のゴブリンと戦っていたポール隊長たちはさらに辛そうになったが、マモンを通すためにゴブリンたちが道を空け、一時的に攻撃が減ったことでどうにか持ち直した。

 戦えない俺は御者台を降り、馬車に隠れるようにして懐の拳銃(ハンドガン)を取り出した。

 「そうか、このゴブリンの襲撃は最初から我々を足止めするためのものか!」

 ローデ少尉が悔しそうに呟く。これまでの囮作戦ではなかった魔族の行動だったらしい。

 マモンがゆっくりと近付いてくる。暗い茶褐色の肌で、見たところ身長は二メートル半くらい。十分に巨漢だが、憤怒(ラース)のサタンに比べれば少々小柄だ。腕も二本で人間と同じだが、頭髪の無い頭はその額から一本の角が伸びている。

 筋肉質だったサタンに比べて全体的に丸みを帯びた身体だが、贅肉でできているというわけではないだろう。

 ゴブリンと戦っている俺達を見て、マモンは口を開いた。

 「あなたたちが囮となって私の気を引いていることは分かっていました。優秀な武器を運んで来るならばと泳がせていましたが、粗悪品ばかり。もうここで潰しておくことにしました。」

 丁寧な言葉遣いに聞こえるが、こちらと会話する気は無さそうだ。そのあたり、憤怒(ラース)のサタンと同じだった。

 しかし、囮であることには気付いていたか……サリオス帝国軍やローデ少尉はその可能性を考慮していたが、有効なうちは囮作戦を続ける方針でいた。

 このタイミングで魔族側が対応を変えて来るとは、運が無かった。

 強欲(グリード)のマモンはこちらに向けて手をかざした。

 すると、馬車の荷台に置かれていた箱の蓋がひとりでに開き、剣が一本飛び出して行った。

 これが『強欲(グリード)の強奪』か!?

 マモンは飛び出した剣を手に取ると、鞘から抜いた。

 「ほう、最後の最後になかなかの剣を持ってきましたね。これならばサタンも聖剣と打ち合えるかもしれませんね。」

 そうか!

 強欲(グリード)のマモンが武器を集めていたのは、ゴブリンを武装するためだけでなく、聖剣に対抗する武器を探していたのか!

 勇者の振るう聖剣は、魔族や魔物に対しては絶大な威力を誇る反面、人間相手には特殊な効果は持たない。

 人の作った強力な武器ならば、聖剣に対抗とまではいかなくても、ある程度は聖剣の攻撃を防げるかもしれない。

 俺は憤怒(ラース)のサタンの姿を思い出す。

 ゴブリンには大きすぎる剣もあの巨人ならば片手で楽々振るうだろう。

 四本ある腕にそれぞれ剣を持てば、手数で勇者を上回る。

 勇者の強さがどの程度かは知らないが、三本の剣で聖剣を止められれば残る一本の剣で勇者に痛手を負わせることも可能かもしれない。

 戦い慣れていない勇者が最初にぶつかる相手としては厄介だろう。魔族の策略も侮れないものがあった。

 強欲(グリード)のマモンは剣を鞘に納めると、再びこちらに向かって来た。


 ――十メートル。


 同じ剣は後数本箱の中に入っている。一本ずつ『強欲(グリード)の強奪』で奪うのは手間だ。おそらく箱ごと、あるいは馬車ごと奪っていくつもりなのだろう。


 ――九メートル。


 「く、来るなぁ!」

 ポール隊長が堪らず後退する。

 魔族に近付かれ過ぎて、ゴブリンの攻撃に力負けしていた。


 ――八メートル。


 「マサト殿、無事ですか?」

 マサト小隊の一人、トムがゴブリンに押し負けた風を装って俺の近くまでやって来た。

 彼は俺から拳銃(ハンドガン)の扱い方を習った狙撃手(ガンナー)の一人だった。

 ゴブリンから逃げたように見せかけて、俺の護衛に来てくれたのだ。


 ――七メートル。


 ポール隊長たちはさらに後退した。

 普段は頼りになる精鋭なのだが、それだけに弱体化の影響が大きいらしい。既に息が上がっている。

 ただ、マモンの進路を邪魔しないためにゴブリンたちは馬車には近付いてこなかった。

 その範囲の狭い安全地帯に次第に押し込まれて行った。


 ――六メートル。


 一方で狙撃手(ガンナー)の三人は比較的平気だった。

 理力が少ないことから選ばれたこの三名は、普段は理力切れを起こしやすく、兵士としては弱い方だ。

 しかし、理力切れを経験している分、今の状況に対応できていた。

 最初とは逆に狙撃手(ガンナー)のグレンとヒューが他の隊員を助けていた。


 ――五メートル。


 「これは、なかなかにきついですね。」

 ローデ少尉は少々焦っていた。

 囮部隊は魔族と遭遇して理力が使えない状況を何度か経験している。だからこの状況でも戦うことができていた。

 しかしこれまでは魔族に遭遇したら即逃げるのが基本であり、長期戦になることはほとんどなかった。

 現在、退路を断たれてしまっていた。ゴブリンの数がやや少ないのはマモンのいる後方のみ。

 このままでは脱出は困難だった。


 ――四メートル。


 「く、来るな!」

 トムが恐怖に駆られたかのように手にした剣をマモンに投げつけた。

 しかし、剣がマモンに届く前に半透明の板のようなものが現れて弾かれた。

 あれが魔族の作る障壁というやつか!

 「ふむ、なまくらですね。」

 マモンは弾かれた剣を一瞥すると、こちらには目もくれずに歩みを進めた。

 あれは確か、理力を付与しただけの粗悪品の剣だ。理術剣とは別に何本か持ってきていたものだが、マモンの気を引くこともできないらしい。


 ――三メートル。


 マモンは箱の中を見てほくそ笑む。

 「これだけあれば、十分でしょう。」

 マモンは手にした剣を箱に戻すと、満足そうに箱のふたを閉めた。

 そして――


 ――バァーン!


 「なに、が……ぐふっ」

 強欲(グリード)のマモンの胸の中央に弾痕が刻まれた。

 そしてその場に崩れ落ちるマモン。


 一瞬の静寂。

 その瞬間、誰もが動きを止め、言葉を飲み込んだ。ゴブリンたちでさえ動かない。

 いや、衝撃の大きさで言えばゴブリンたちの方がはるかに上だろう。

 魔族によって生み出された魔物は、生まれた後も魔族との繋がりが残り、魔族の意思に従って死すら厭わぬ行動をするという。

 その絶対の意思が突然消えてしまったのだ、呆然ともするだろう。

 しばらくして、一体のゴブリンが動き出した。

 「ギ、ギギャアァァーー!」

 悲しみか、恐怖か、悲鳴のような声を上げ、一目散に逃げだした。

 その一体を皮切りに、次々にゴブリンが動き出した。

 それはこれまでの数で攻めてきた集団行動が嘘のようにバラバラで無軌道、ゴブリンたちはパニックになっていた。

 「まずい! 全員馬車に集まって防御を! それから誰か、マモンの死体に魔力封じの結界を!」

 ローデ少尉の指示で全員が集まり、時々やけくそ気味に突っ込んでくるゴブリンを倒して行った。

 魔族が倒れて力が戻った精鋭の前に、統制の取れていないゴブリンなど物の数ではなかった。

 こうなるともう俺の出藩はない。オートマグ IIIの安全装置(セーフティー)をかけて懐にしまう。

 やがてゴブリンは周囲からいなくなった。

 ふぅ、どうにか生き延びることができた。


・マサト小隊

 戦場で正人を守り、支援するために編成されたホートリア王国の非公式部隊。

 魔族に接近する非常に危険な任務であり、隊長を含めいつ戦死するか分からないため、ポール隊長ではなく正人の名を取ってマサト小隊と命名された。

 構成員は以下の八名。

 ポール(隊長)

 コリン(副隊長)

 トーマス

 ベン

 イアン

 トム(狙撃手(ガンナー))

 グレン(狙撃手(ガンナー))

 ヒュー(狙撃手(ガンナー))


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