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青い景色に空いた穴  作者: 香久山ルイ
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ゲームセンターへ

 クリーニング屋の戸に油を射す。少し滑りが悪くなっていたのだ。戸車が狂っているんでなければ、これでよくなるはず。

 そう作業していると、おれの頭上から影が射した。


「頼んでいたものは上がってるかい? 店員さん」


 聞き覚えのある声におれは顔を上げ、あまりものローアングルから見たその人の足の長さというか、脚線美というか──色々思うところがあり、立ち上がった。その人はかなり丈の短いぴったり肌にフィットするタイプのショートパンツを穿いていたため、あれを見るという下衆な行いをせずに済んだ。

 ……見るつもりなど微塵もないし、その人も見せるような服装は極力しないことはわかっている。ただ、やはり、そのスポーティーな脚が眩しいというか。


 苦笑いに近いはにかみを浮かべながら、おれはこう返した。




「上がってますよ、お客さん」

「優秀な店員さんだ」

「もういつものでいいですよ、春さん」


 おれを訪ねてきたのは店の客であり、おれの知人であり、……兄貴の友人だった人。東雲春子。おれは春さんと呼んでいる。

 本当なら年上の春さんのことは春子先輩だの東雲先輩だのと呼ばなければいけないところだと思うのだが、それは春さんの「あたし、そういう堅苦しいの苦手だから」の一言で吹き飛ばされた。以来、春さんと呼んでいる。

 春さんが高校卒業して以来、つい先日まで会うこともなかったため、もう会うことはないだろうと思っていた。




 ……のだが、そこに入ってきたのが東雲春子という客だった。

 それは高校生時代からあまり変わらない、唯一少し伸びた髪が時間の経過を示している、若々しい人だ。

 時間の経過といえば、


「かなくんいつの間にか目線一緒だね」


 おれの時間も経過していた。

 中学時代、150cmくらいしかなかったおれの背は17年──というか高校に入ってからの三年で随分伸び、170cm越えの春さんに届いていた。


「そりゃ、17年ですよ。遅れて成長期くらい来ます」

「男子は女子より成長期遅い確率の方が高いってなんかで聞いたわ」




 17年。

 改めて口にすると、その長さは途方もないようで、ただの20cmくらいしか進んでいないようにも感じた。

 同じ高さになった目線で、普段は鋭く見られがちな視線を和らげて、春さんはおれに問いかけた。


「今から暇かい?」

「んなわけないでしょう。これでも仕事してるんです」

「あはは、そんなことわかってるよ。仕事が終わったら、って意味」

「今からって言いましたよね?」

「細かいこと気にしてると彼女できないぞー」




 からかってくる春さんはあの頃より性格が夏帆寄りになった気がするのだが。夏帆とは春さんの馬鹿な幼なじみである。

 おれははぁ、と短く溜め息を吐いた。


「仕事が終わっても、おれには用事が」

「花屋だろ? 今日は臨時休業だ」




 予測されてしまった。


 それに、と春さんは付け加えた。


「ご店主さまに従業員をお借りしていいか直々にお伺いを立てたからね。君、今日の午後フリーよ」

「じゃあなんでおれに訊いたんですか」

「んー、気分?」


 誰かさんの気分屋が移ったか、それとも誰かさんの馬鹿が移ったか。春さんの変化におれは多少ながらに嘆いた。

 春さんはスポーティーなその容姿に似合いすぎな清涼飲料水を取り出して、おれに渡してくる。


「今日の午後、あたしと付き合ってよ」


 夏の暑苦しい空気が、すっとその言葉で鎮まったような気がした。

 どうせ差し出された清涼飲料水は拒否権などではないのだろう、と受け取った。


「店主に暇を出されたんじゃ、仕方ないですね」

「ちょ、店辞めるとかじゃないんだから」


 おれの台詞に軽く突っ込みながら、春さんはからからと朗らかに笑った。


 おれは何をやっているんだろう、と午後開始早々、そう思った。

 先にランチにでも行こうか? と本格的に「付き合って」が体現しそうなことを春さんが言うものだから、おれは、まだあまり腹は減ってないということにした。

 そうか、と呟いた春さんの目的を聞かないままついていくと、そこは中学以来あまり入ったことのなかったゲームセンターだった。




「くっそぉ、敵多すぎ!」

「苦手ならやらなきゃいいでしょう」


 300円目のシューティングゲームにむきになる三十路独身女性。しかもアラウンドフォーティというやつに足を引っかけている。

 その傍らで、100円でボーナスステージまで向かっている三十路独身男のおれもどうなんだろうと思ったが。

 やっているのはホラー要素のあるゲームだ。照準を定めて敵を打ち倒すだけの簡単な作業に春さんは悪戦苦闘していた。


「春さんがホラー系大丈夫なのは意外でしたね」

「意外って何!?」


「女子ってほら、きゃーこわーい、もうまじ無理ー、とか言いません?」

「あー、夏帆なら言いそう」

「だから女子力って言われるんすよ」

「嫌なことを蒸し返すね!」


 他愛もない話を繰り返すうち、三度目の正直はならず、春さんとおれはホラーシューティングゲームから出た。

 当然のように春さんがおれの手を引いていく。

今度はカーチェイスゲームのコーナーだった。

「運転免許って持ってる?」

「うちの店、出張サービスもやってるんですよ。ちなみに春さんは」

「なら大丈夫だね。あたしは持ってるよ」

「カーチェイスゲームに免許関係ないと思いますけどね」

「なら何故聞いた」

「先聞いたの春さんでしょうに」


 この人は会わなかった17年の間にボケに転向したんだろうか。

 各々100円を入れてバトルスタート。


 ここで明らかになる春さんの意外な才能。

 先程のぼろぼろだったシューティングゲームとは比較にならないほど上手い。テクニカルな運転技術もそうだが、上手い具合に妨害アイテムやらを蒔いて、おれの運転する車との差を広げていく。

 対象年齢小学生のゲームにマジになってるヤバい大人が隣にいると思いながら、おれは無難なタイムでゴールした。春さんがぶっちぎりだったのは言うまでもない。画面にはコングラッチュレイションなんて出ている。何故カタカナなんだと疑問に思ったが対象年齢が小学生だったことをすぐに思い出し、微妙な気分になった。

 負けたのが悔しいというより、いくらカタカナでも小学生じゃ「コングラッチュレイション」の意味がわからないだろう。確か「優勝おめでとう」的な意味だったと思う。




 さりげなく春さんが今日一の走りだったということを知った。


 次は同じシューティングゲームでもシュートの意味が違うゲームに向かった。要するに体力系だ。

 簡単に言うとバスケットボールのシューティングゲームだった。春さん得意そうだな、と思うと同時、なんとなく詰んだような気がした。

おれはなんでもそつなくこなすが、特化した人には敵わない。未だに、雇い主である由良さんほどの洗浄技術は身につけられていないし、花の知識なら、兄貴の方が勝るだろう。

 そう考えていると、スタートになった。隣のレーンで春さんの放ったボールが綺麗な放物線を宙に描いてゴールの輪に吸い込まれていくのを見ていた。バスケのセオリーはゴール上の四角の頂点にボールを当てることだから、このゴールはすごいとしか言い様がない。おれは堅実に四隅に当ててがつがつ音を出しているが、隣は異様だ。こんなに静かにバスケゲームやる人なんているんだ、と感心していたらまたしても圧倒的差で負けた。


 悔しさはない。春さんは見た目通り、スポーツタイプの人間なんだな、と実感した。一分で200点くらい入れているから……とんだ化け物である。

 本人は「うん、いい汗掻いた」とスポ根漫画みたいな台詞を吐いて、やはり次の場所へおれを引っ張っていく。

 次は……かなり久しぶりに見たがホッケーというのだったか。卓球台くらいの大きさの台でやるスポーツ系のゲームだった。

 これも春さん強そうだな、と思いながら、機械から流れる「Ready?」という声に構えを取る。

三点先取制なのだが、一進一退の攻防で、点数が一向に動かないまま体感で一分は過ぎたように思う。

 このゲームは単なる運動神経の問題ではなく、頭脳労働も必要だ。縁に当たれば曲がるし、角度を調整して相手に取りにくくする辺りなんかは卓球と似ている。

 まあつまりこしゃくな手を使うことができるのだが、春さんの反射神経の凄まじさよ。


 ゲーセンのゲームだから、確か時間制限があったはず、と考えていると、その時間制限に当たったらしく、その試合はドローで終了。

 決着つけます? と問いかけたが、別にいいよ、と冷めた様子だ。さあ、次々、とあっという間に春さんはおれを引っ張っていく。

 ホッケーにそこそこの観衆が群がっていたのは無視だ。




 次に向かったのは、リズムゲームコーナーだ。


「かなくん最近の音楽なんて知ってる?」

「音楽と言ってる時点で時代に乗り遅れてますよ。最近はポップスっていうんです」

「いやはや近年の横文字文化の広まりは凄まじい限りだね」

「50、60のおっさんみたいな発言やめてくださいよ」


 どうやら、春さんは音楽ジャンルに疎いらしい。だったらなんでこんなコーナーに来たんだと思うが、春さんのこれまでの傾向からすると、ゲーセンを楽しみたいのだろうと思い、黙って一つのゲームに向かった。


 「Congratulation!!」の文字が、今度はおれの目の前の画面で瞬いていた。対象年齢は中学生以上のゲームである。誇るべきか否か。


「すごいじゃん、パーフェクトじゃん。あれ、フルコンボっていうんだっけ?」

「フルコンボは違うゲームですよ」


 フルコンボとやったことは同じだが。にしてもえげつないゲームだった。手の動きまで制限がつけられ、リズムゲームをしているというよりダンスゲームさせられている気分。最近のリズムゲームも進化したものだ。

 衆目が気になるところだが、クリア特典でもうワンプレイできるというから、仕方ない。

 ちなみに隣の春さんはまあまあの成績である。難易度を高めに設定しているのだから、そこそこに凄いことだと思うのだが。




 ただ、気になるのは増えてきたガヤ。

 ガヤの中のこんな言葉に手が滑りそうになる。




「あのカップルさっきからヤバい」

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