白崎家の事情
夕食はハンバーグに目玉焼きというロコモコを想起させるものだったが、「夕食一品抜き」という罰は忘れていなかったらしく、俺のには目玉焼きが乗っていない。
ハンバーグではなく目玉焼きを選ぶ辺り、相楽はやっぱり優しいな、と思いながら、ハンバーグにオーロラソースがかかっていくのを見つめていた。
その間に、俺があの事件から少しして「自傷」という癖を持ってしまったことを改めて相楽に説明した。相楽は真摯に聞いてくれたし、その癖をむやみやたらに否定することはしなかった。「辛いよね」と同情の言葉が口にできるくらい、相楽はやはり、優しい。
ロコモコ丼のなり損ないを食べながら、どう向き合っていこうか、と考えた。自傷が相楽を傷つけるなんて思いもしなかった。相楽をもう二度と傷つけたくない。だから、向き合って解決するべきだと俺は考えた。
わりと真剣に悩む俺に、相楽は「そういえばさぁ」という軽い口調でとんでもない話題をぶち込んできた。
「幸葵くんの家族ってどうしてるの?」
僕からすると、普通の質問をしたつもりだったのだけれど、何故か幸葵くんの表情が硬直した。
何か悪いことを聞いたかな。
「ええと、記憶にある限りだと、幸葵くんの家族の話って聞いたことないなー、と思って聞いてみたんだけど……?」
何かいけなかったかな、と首を傾げると、幸葵くんは渋い表情で「いえ」と答え、オーロラソースを纏ったハンバーグを口に入れた。
「それでそれで? 家族構成は? 幸葵くん、兄弟とかいるの?」
机から身を乗り出して聞く。やはり好きな人のことというのは気になるものだ。……と、同時。
僕は「兄弟」という言葉に何か引っ掛かった。
兄弟……その言葉を頭の中で反芻すると、胸の奥の方から痛みがやってきて、その痛みはやがて脳へと駆け上がる。
「相楽?」
僕の異変に気づいたようで幸葵くんが心配そうに僕を見る。僕は大丈夫、とへらりと笑った。頭の痛みはすぐ消えたから、大したことはないだろう。
それより、幸葵くんの家族の話だ。
「家族構成は?」
再び訊くと、幸葵くんは淹れすぎた紅茶を口にしたような渋面を浮かべて、ぼそりと告げた。
「俺は一人っ子です。一応、両親がいます」
「一応は余計じゃないかな」
誰だって両親はいる。人間は親から生まれてくるんだから。
僕だって、両親はいる。よく思い出せないけれど。
「だって」と幸葵くんは苦い顔で続けた。
「父さんはともかく、母さんは難ありですよ……」
「どんな人でもどんとこいだよ!」
「……まさかとは思いますが、会いたいとか言うんじゃないでしょうね?」
「え? 駄目?」
流れ的に会ってみたいって話だと思っていたんだけど……
すると幸葵くんに盛大な溜め息を吐かれた。
「どんな顔して紹介すればいいんですか……」と頭を抱える始末。
「いいですか、相楽。父さんも母さんも、俺のしたことは知っているんですよ?」
それでも会いに行くんですか? と幸葵くんは問いかけてきた。
答えはもちろん、イエスに決まっている。
ぶんぶんと首を縦に振ると、幸葵く
「あー」と唸って机に突っ伏した。
「そんなに気にすること?」
「しますよ! 普通!」
がばっと顔を上げた幸葵くんは僕に人差し指を立てて説明する。
「いいですか? 俺が君にしたのは殺人未遂です。未遂で済んだからまだましかもしれませんが、それでも重罪なんですよ?
しかも、そんな相手をまた好いて、一緒に暮らしているなんて、普通あり得ないですからね」
「え、いいじゃん。僕、幸葵くんのこと好きだし」
言うと、幸葵くんの顔がぼふんと上気した。
「なんで君ってやつはこういうタイミングでそういうことが言えるんですかぁ……」
幸葵くんは力なく項垂れた。ぶつぶつと何やら呟く中に「ヤバい、ある意味母さんより相楽の方がヤバい」というのが聞こえたが、どういう意味だろう。
「幸葵くんのお母さんって僕に似てるの?」
「とんでもない!」
幸葵くんは動揺の余りか一挙手一投足がいつもより大袈裟になっている。
それから不服そうに口を尖らせてぼそりという。
「……あまり認めたくはありませんが、母さんはどちらかというと、俺と似てます」
「美人さんなんだね」
「そこですか!?」
容姿の話をしているのかと思った。
「いやいや、性格の話ですからね?」
「性格が似てる……」
ぼんやりイメージしてみる。
幸葵くんの性格というと頭がよくて、ちょっと人当たりが強くて、でも僕には優しくて……? って感じなのかな。
まさか説明しなくてはならないとは、と幸葵くんは頭を抱えて口を開いた。
「粘着質で執着気質、独占欲が強いです。あと頭がすこぶるいい」
「ふむふむ?」
「そのいまいちわかっていない反応やめてください……」
幸葵くんが粘着質で執着気質なんてあまり気にしたことなかったけれど、そうなのかな。
「……自分で自分のことを説明するのはなんだか……嫌ですね」
はあ、と深い溜め息を吐き、幸葵くんは続けた。
「相楽はもう覚えていないでしょうし、気づいてもいなかったのかもしれませんが、僕は相楽のためならあの頃はどんなことだってやりました。相楽が必死に取り消そうとした噂だって、あながち間違いではなかったんですよ」
噂……なんとなく思い出す。「白崎幸葵は危険人物」だっけ。距離感が近いってそういえば誰かに注意された気がする。
「……でも」
言い訳のような言葉が浮かんできた。彼の傍にいるための。
「誰か一人……僕だけでも傍にいなきゃ、きっと幸葵くんはずっと、ひとりぼっちだったでしょう?」
そう紡ぐと、ひどく複雑な表情で幸葵くんは顔を歪めた。




