危険人物
「あー、あの日、あたしらは小道具に使われたのか」
そんなことをこぼしたのは、春子さん。雑草取りをしながらぼやいた。隣で夏帆さんが頷く。
「ゆきはそういうとこあるよねぇ。花よ蝶よな乙女で恋に盲目。執着した相手のためならアタシらを……えーと、えーと、昆布や煮干しに使うことなんて何とも思わないんだ!」
「わかった、夏帆。それはダシにするって言いたいんだな」
「東雲先輩の翻訳能力って本当にすごいですよね」
春子さんに感嘆するのはごみ拾いを担当していた秋弥くん。ごみ拾いは終わったようで、捨てに行ってきます、と爽やかな笑みを残していった。
夏帆さんが普段のからからとした雰囲気には似合わぬ盛大な溜め息を吐く。
「この調子だと、アタシらいつ捨てられるかわかったもんじゃないね」
「ちょっと育った語彙力で縁起でもないこと言わないでよ」
話の流れはこうだ。
僕が北見さんに水をかけられた日に、別な用事で、春子さんと夏帆さんは北見さんに呼び出されていたらしい。けれど、呼び出された場所には北見さんは来ず、通りかかった幸葵くんの足止めに使われて……全部僕を嵌めるための計画性のある行動だったのだということが明らかになったのだ。
そりゃ、友人に他者を貶めるためのダシにされたんじゃ、ショックにちがいない。しかも、ターゲットにされていたのもまた友人の僕なのだから。
北見さんは友人である春子さんや夏帆さんを将棋やチェスなんかの駒くらいにしか考えていないのかもしれない。それを思うと、北見さんを友人として信じている二人には痛いだろう。
「まあ、恋は盲目っていうけどね。相手が悪いよ」
「幸葵くんのこと?」
「そうそう」
春子さんの発言に首を傾げる。相手が悪いとは一体。幸葵くんには何の欠点もないように見えるけど。
すると夏帆さんが珍しく声を潜めて言った。
「聞いた聞いた。白崎幸葵は危険人物ってやつっしょ?」
「なっ」
僕は絶句して整地に使っていた小さいスコップをからんと取り落とした。
幸葵くんが危険人物だなんて。
「そんな根も葉もない……」
「うーん、さがらんが信じたくないのはわかるけどね、実際数日前からそんな噂が流れてるんよ。神童は成績優秀だけど、中身がヤバいって」
一体どうヤバいというのか。人と関わりを持つことを嫌うとまではいかないまでもあまり好まない人間である幸葵くんが、自分の性格を晒す場面なんてあるのだろうか。
そこが疑問だ。
すると、半分呆れたような顔で春子さんが夏帆さんの言葉を次ぐ。
「あれだろ。女子に対する態度がこっぴどいとか、自分以外の人間を見下す傲岸不遜な人間だとか」
「ええっ? 幸葵くんはそんな人じゃないよ」
「相楽はそういうと思った」
でもねぇ、と春子さんは続ける。
「ゆきに聞いたんだけど、相楽に当たったとき、あいつからすごい言葉責め受けたんだって。あれは深い傷だよ」
言われてみると思い当たる節はある。あの日あの時の北見さんの謝り方は尋常じゃなかった。まるで誰かに手厳しく責め立てられていたかのように。
「ゆきもゆきだと思うけどさぁ、言葉責めにも加減ってもんがあるでしょう。ゆき思い出し泣きしてたし」
「思い出し泣きなんてする人初めて見たよ。よっぽど怖かったんだね」
春子さんと夏帆さんの会話に上手く突っ込めない。幸葵くんははっきり言ってモテる。しかし、お付き合いに至った人物をこの一年と数ヶ月、ついぞ見たことがない。前後の席だったときにこっぴどく振られる女子なら何度も見たが。
確かに幸葵くんは口調も踏まえると、恐ろしい怪人に見えることもあるのかもしれない。けれど、危険人物は言い過ぎだと思う。
「神童サマと親睦の深い身としてはどうよ? さがらん」
話題を振られて戸惑う。
だが、一つ意見は固まっていた。
「幸葵くんは悪い人じゃないよ」
それだけはわかる。人付き合いに慣れていなくて、言葉の選び方が苛烈なことがあるが、それだけで。
「言葉遣いはだめかもしれないし、冷淡に見えるかもしれないけど、暴力は振るわないし、見たところ、振った女の子とはなるべくその後関わらないようにしているし……むしろこんな噂が出回っていること自体が異常だね。幸葵くんを貶めるような噂を流して何がしたいんだか。受験シーズンとかで忙しいこの時期にこんな噂流す暇人がいたもんだね」
一息で言い切った。普段苛立ちというのは滅多に感じないのだが、今回は腹が立っていたらしい。ちょっとすっきりした。
周囲を確認すると、夏帆さんが「さがらん意外と毒舌ね」と言いながら、ぴっと小さい草を引き抜いていた。




