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青い景色に空いた穴  作者: 香久山ルイ
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思い出して……

 俺はいたたまれない気持ちのまま、相楽の弟であったはずの彼──哀音くんが去った方向をじっと眺めていた。

 沈む夕陽に、相楽がふと、そろそろ閉店時間だ、と呟き動く。シャッターのがらがらと閉まる音が聞こえてきた。




 やがて、相楽が店仕舞いをすると、俺は相楽に問いかける。




「相楽、どこまで覚えてます?」

「どこまで、というと?」


 問い返されて、言葉に詰まる。

 覚えていない方がいい記憶だってある。例えば俺が殺しかけたあのときの記憶とか。

 いじめられていたときの記憶があるのか気になったが、口にするのは憚られた。きっと、思い出しても彼のことだ。傷つくことはないにちがいない。


「俺のことを、です」


 茶を濁すような口調になってしまったのは仕方のないことだと思う。


 少し考えてから、彼は口を開いた。


「君は白崎幸葵くん。幸せの葵と書いて幸葵。高校時代の同級生で神童と呼ばれていたけれど、誰よりも──僕に近かった人」


 とくん、と心拍数が上がる。相楽の言う「近い」の意味は図りかねるが、都合のいいように脳が解釈してしまい、少し心が満たされる。

 そんな心境を紛らすように、次の問いを口にする。




「他のことは?」

「さっぱり。しばらく父さんにも母さんにも会ってないし、二人が生きているのかすら、わからないなぁ」




 それは問題ではなかろうか。つまりは家族とほぼ絶縁状態ということだ。記憶喪失になった相楽を家族が見放した、とも考えられるが……少なくとも、哀音くんは今も相楽を見守っているようだが。


 相楽の口振りからして、いじめや高校生活全般のことは忘れているらしい。胸を撫で下ろすべきところか。


「この花屋は?」


 一つずつ、足りないピースを探すように確認していく。相楽は少し悩んでから、こう答えた。


「ええとね、僕が花屋やりたいって言ったら、知り合いだっていうおじさんが、この花屋を譲ってくれたんだ」




 知り合いだっていうおじさん。

 店を譲るなんて相当なことだ。推察するに、ただの知り合いではないはずだ。確か、記憶の中で相楽の進路を聞いたとき、花屋に雇われることに決まっていると聞いた気がする。就職活動を行ったわけでもないのに、常人より早く、やけにすんなり決まっていたあの進路。ただの知り合いが提供できるものではない。

 おそらく身内。そう遠くない血縁者だろう。……その人のことさえ覚えていないのか。

 いや、弟のことすら覚えていないのだから、これくらいの記憶の欠如は当たり前か。むしろ自分を思い出してもらえたのは奇跡と言える。




 相楽の弟。

 逃げるようにして出ていった彼、俺を殴り付けた彼の心情を慮ると、胸がずきりと痛んだ。


 相楽との再会も17年振りだが、思えば彼──哀音くんとの再会も17年振りだった。

 会ったのは一度きり。あのときも殴られた。そのことは鮮明に覚えている。

 あの罪はきっと相楽が許してくれても償えない。傲慢で強欲で愚かだった俺の人生最大の汚点と言えるだろう。あれ以上のものは存在しない。




 俺は17年前、相楽の首に手をかけた。




 誰にでも微笑む相楽が妬ましくて、

 誰とでも打ち解ける相楽が羨ましくて、






 こんな俺を見てくれる相楽が、愛しくて。




 その視線を俺だけに向けてほしかった。相楽は俺だけのものであってほしかった。そんな愚かな願いから、罪は生まれた。

 だというのに、何故相楽はあのときから変わらないままなんだ。




 優しい、ままなんだ……

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