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青い景色に空いた穴  作者: 香久山ルイ
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漏れ出る感情との対峙

 汀が着替えに行っているころ、あたしたちは静かに待っていた。といっても、夏帆という例外がいるが。




「ちょっとぉ、春子、少しは突っ込んでよぉ。寂しいじゃん」

「静かにしろ」




 夏帆は正直鬱陶しいが、幼なじみのよしみで蔑ろにできない。愛すべき馬鹿くらいの認識だ。

 ただ、今はそれどころじゃない。夏帆がKYなのはいつものことだから仕方ないとして。






 見られている。




 怯えた眼差しの西園と目が合う。西園の目はどこか、助けを求めているようだった。やはり気づいているのか。

 というか、西園は気づいて当然だろう。あたしたちに向けられている眼差しは主に西園に向けられた悪意の塊なのだから。

 これほどの視線に充てられて無反応でいられるのは夏帆くらいだろう。




 あたしは、相楽と交流し始めてから、この視線をよく感じるため、慣れてはいる。おそらく、視線の主の正体もわかる。




 ただ、それが何故なのか、だけがわからない。


 目を合わせたら負けなゲームの気がする。だから、あたしは敢えて気づいていない風を装っていた。

 だが、目の前で震えている後輩──西園の怯えきった反応に、あたしは性で対処せずにはいられない。




 何故、そいつがあたしたちに、西園に、冷たい眼差しを注ぐのか──今までの傾向から考えて、原因は「相楽」にあるにちがいないと推測できる。何故ならその冷たい眼差しは、あたしたちが相楽と交流しているときにのみ注がれているからだ。

 そこから導き出される、単純解答は一つ。




 そいつが、相楽に並々ならぬ執着心を持っていることだ。




 そいつの目星はついている。だが、口を出すには、こちらの損害は少ない。西園が視線に気圧されて怯えているくらいしかない。

 ただそれだけの状況でやめてくれるものならば、そもそもこんな粘着質な眼差しは送って来ないだろう。




 さて、どうしたものか。


「とりあえず、西園。今日のことはあまり気に病まない方がいい。相楽も気にしてないみたいだし」




 それは事実だ。

 ここ数ヶ月、相楽と交流してわかったことだが、相楽は懐の深い人間だ。大抵のことは受け入れ、流してしまう。

 おそらく今回の池ぽしゃ自体はそんなに気にしていないだろう。悪い偶然が重なってしまったのだと本人が笑う様が目に浮かぶようだ。

 故に、西園が落ち込む必要はない。

 けれど、西園が落ち込むのは、やはり例の視線のせいだろう。日に日に苛烈さを増している。




 目を合わせたら負け、と言ったが、あたしは思い切って、視線の方向──三階の窓辺りを見返す。

 案の定、そこに人影はあった。遠いため、誰とは特定できないが、たぶんおそらくあいつだろう。




 相楽に危害を加えるつもりは全くない。ただ、視線の主がこちらに危害を加えるつもりなら、容赦はしない。

 後輩にトラウマでも残したら、ただじゃ置かない。

 その思いを込めて、睨み返した。


「おっと」




 廊下の通りすがり、相楽を視界の隅に捉え、一部始終を眺めていた俺は、一人の女子生徒の強気な目線に、声を上げた。確か彼女は東雲春子といったか。気が強そうというか、男勝りにも見えるその風体から、なかなか恐々とした雰囲気が立ち込めている。

 ……まあ、俺も人のことは言えないのだろうが。

 東雲春子の視線を皮切りに、俺は相楽と集っていた三人衆から視線を外す。

 眺めていたのは、なんとなくだ。いつものように、相楽の鶯色の瞳に目を惹かれて、思わず立ち止まっていた。

 どうやら小便小僧像の前の池掃除をしているようだった。相楽の他には、最近ではお馴染みとなった緑化委員三人組が集っていたから、緑化委員絡みの手伝いなのだろう。

 池の有り様は遠目から見てもひどいものだった。

 その中に長靴を履いた相楽が入り、作業を始めたところで、ふと嫌な予感を覚える。




 底の見えない池、泥水。




 そこから連想される事態に、相楽は物の見事に嵌まった。

 要するに、池の中でこけたのだ。


 三人もついていながら、何故相楽だけこけるのか。

 しかもその後がいけなかった。

 一緒に泥水に入っていた男子──最近相楽と仲のいい後輩、西園秋弥といったか、が、相楽の手を引き揚げようとして、失敗したのだ。




 再び泥水にまみれる相楽。

 無意識に怒りが漏れていた。

 途端、西園が慌てふためく。もちろん、他の二人もぎょっとしていた。




 三度目の正直で相楽が引き揚げられたのはほっとしたが、びしょ濡れな相楽を介抱する三人の姿に、俺は知れず、苛立ちを覚えた。

 いや、苛立ちというより、恨めしいといった方が正しいだろうか。


 西園という後輩がかけたタオルに、

 東雲春子が差し出した着替えに、




 俺は、嫉妬していた。


 何故、手を差し伸べるのが俺じゃないのか。

 何故、俺以外の手を相楽が取るのか。




 心を焼き尽くすような嫉妬に胸が焦がれていた。


 俺は自然と、冷たい眼差しを三人に送っていた。その三人の全てを見下すような眼差し。──俺の相楽への執着心が生んだ眼差し。

 見ていると、西園は怯えきっており、阿呆っぽい女子はお構い無しで、東雲春子だけが、こちらに真っ直ぐと視線を向けた。威圧するように。

 喧嘩上等とでも言い替えられそうな瞳は、間違いなく俺を威嚇していた。




 女のわりに、精神が強いというか、見た目の通り、男勝りなのだろうな、ということに気づき、馬鹿馬鹿しくて、威圧をやめた。

 俺に媚びることのない眼差しは、少し賞賛に値すると思ったからだ。

 相楽を池に落とした西園に対して、何か天誅でもしようかと考えたが、あの女子が絡んでくるのでは面倒そうだ。

 やめよう。




 といっても、俺の苛立ちが収まるわけではないが。




 おれはつかつかとその場を離れた。

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