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3-7 俺は鶴喰の味方でいるべきだ

 車に揺られて、公園にまでやってくる。

 札幌に来てから遊ぶと言えば大通公園方面に出ていったり、ショッピングセンターへ行くとかであったから、こうした近場の公園というのは慣れなかった。

 けれども鶴喰や春日井さんにとっては、待ち合わせ場所として使ったり、日常的な光景として名前を出せばすぐに通じる場所なのだろう。

 公園のベンチに春日井さんはいた。私服に着替えているが、少し気を抜いているのか洒落っ気に欠けている。だが柔らかい彼女らしさがあって、少しほっこりとする。

 こちらに気づいたのか、春日井さんは曖昧な笑みを浮かべるが……不思議と安堵しているようにも見えた。

 鶴喰に呼び出されたにも関わらず俺も同伴していることに疑問を持ったり、戸惑ったりするかと思ったが、そうはならなかった。

 彼女の方から駆け寄ってきて、俺に軽く挨拶をする。返事をして、俺は少し距離をとった。


「雪花ちゃん、どうしたの? 学校じゃ話しにくいこと?」

「……琴音ちゃん」


 鶴喰は親友の名を呼ぶので精一杯だった。

 けれども俺は口を出さない。それは鶴喰がここに来るまでに決めたことだった。「琴音ちゃんとは自分で話したい」と言われてしまえば、俺が割り込んでしまうのは野暮だ。

 勇気を振り絞る鶴喰の背中を眺める。抱いている思いは想像もできなかった。

 呪いに蝕まれる身体、いつ死んでしまうかもわからないようになってしまっている自身のこと。そして、その呪いをかけただろう張本人は親友であり、彼女もまたコックリさんの呪いでどのようになっているかは不明だ。

 意を決した鶴喰は顔をあげた。


「聞きたいことがあるの。この石のことなんだけれど」


 コックリさんに使われた石を写したスマートフォンを差し出された春日井さんは、うんと頷いた。


「雪花ちゃんにはすぐわかっちゃうか」

「それは」

「前からずっと、勘がいいなあって思ってたから」


 へへ、と笑う彼女は、けれども自分の行ったことを後ろめたく思っているのだろう。すぐに笑顔を曇らせた。


「あのあと、由貴ちゃんに聞いたんだ。コックリさんをした人が大変なことになったって」

「それは……」

「雪花ちゃん、正直に答えて。雪花ちゃんはいま、どうなってるの?」


 真摯な言葉だった。普段のふわふわとした姿からは想像できないほどに。

 むしろ鶴喰が戸惑ってしまっているようだった。いつになく弱気な彼女は、決心はしたものの、あまりのことに思考が追いついていないようだった。


「私は、私は……」

「っ! 待て、鶴喰!」


 俺は慌てて鶴喰に駆け寄る。鶴喰の身体が傾いた。肩を抱き止めると、彼女は俺を手で押しのけようとする。

 無理やりその顔を見れば、赤く上気していた。照れや羞恥によるものではない。明らかな体調不良だった。

 額に手を当てれば熱があることが容易にわかった。


「お前、いつから」

「わかりません。なんか、急に……」


 ということは、鶴喰と繋がっている誰かが発熱したということだ。

 おそらくは田城さんだろう。鼻の調子が悪いのは発熱のせいだったか。こうなる可能性は予見して然るべきだったということだ。

 どうにか立ち上がるも、やはり足はふらついていた。


「雪花ちゃん、どうしてこんな」

「お願い琴音ちゃん。あの石はどこにあるの?」


 息も絶え絶えながら、俺の腕を掴んでまっすぐ立って、鶴喰は春日井さんへと問いかける。

 えっ、と言葉を漏らして、その石の在りかを春日井さんは口にする。


「由貴ちゃんが持っていったはず……」

「なっ、そんな」


 そんなはずはない。そう口にしそうになった。

 いや、いや。そもそもなぜ俺はそこまで彼女に信頼を置いていたのか。

 彼女こそ、山井透子のことを一番よく知っていたのだ。その形見とも言える品を簡単に手放すはずがないのだ。

 石を手放したくないから、嘘をついた。本当の中に隠された嘘を。

 だがなぜ、そんなすぐにバレるような嘘をついたのだろうか。


 ————鶴喰さんも、そういう人だったんですか。


 ……もしかして、あの言葉は。亡くなった人のことを不躾に聞いてくることへの拒絶ではなく、呪いのことを知る者であるか、という確認だったのか。

 俺の勘違いか、直感が正しいか。

 何が真実でそうでないかなど、いまは大切ではない。この事態を解決するには、矢部さんの元をもう一度訪れるしかない。 

 ふと、俺のスマートフォンが鳴る。画面には非通知と表示されていた。

 鶴喰を支えながら片手で電話に出る。


「もしもし」

『ごきげんよう、デイヴィットだ』


 意識が冷める。デイヴィット、謎の助言者の存在が俺を現実的な思考へと引き戻す。


「……なんだ?」

『時間がない。そちらに狐が向かっている』

「狐? それは……そうか、狐狗狸さんか!」


 そして、こちらに向かっている狐の正体はひとつしかない。

 俺は道路の方を見た。迫り来る霊力の気配に、危機を察知した。

 スマートフォンを放り投げ、鶴喰と春日井さんを抱え込み、大きく跳ぶ。

 轟音とともに地面が抉れる。現れたのは黒い獣だった。四足を持ち、その額だけが白い。俺の目にはそれが骨に見える。

 そしてその腹にいるのは、矢部さんだった。

 狼の神(ホロケウカムイ)を纏う鶴喰のように、彼女は黒い狐を纏っていた。それもより色濃い。霊体でありながら、物理的に影響を与えているかのようだった。

 その姿を見た鶴喰が声をあげる。


「あれは黒狐の神(シトゥンペカムイ)! でもなんでこんなところに」

「コックリさんの降霊術で呼ばれたのはあいつなんだ。きっと矢部さんは、アイヌの末裔!」

「そんな!」


 俺は電信柱の上に降り立つ。左右に抱えている鶴喰と春日井さんは大して重くはない。鶴喰は黒狐を見つめており、春日井さんは急な跳躍に目を白黒させている。

 それでも、彼女は混乱する中で冷静だった。


「由貴ちゃんは、葉沼先輩の言う通り……」

「悪い、しゃべるな。舌を噛むぞ!」


 俺は電信柱から再び跳んだ。黒狐の突撃が電信柱をへし折る。

 稲荷に代表される狐の妖怪というのは、縁を結んだり辿ったりすることに長けているのだという。それはアイヌにとっての狐にも共通される特徴だった。

 コックリさんを用いたことによって、潜在的な憑神(トゥレンペ)であった狐が引き出されてしまったことも頷けるだろう。

 背後を見た。奇しくも、そこには広い場所……野球場があった。無人の場所は戦うのに都合がいい。

 野球場に逃げ込み、鶴喰と春日井さんをベンチへと下ろす。黒狐がフェンスを突き破って入ってきたのは、ちょうどそのときだった。


「ぱいせん、あれは!」

「お前を狙ってるんだ! 春日井さんを狙うだけでも、お前を殺せるからな!」

「そうじゃなくて! 絶対に怪我をさせないでください!」


 驚きとともに鶴喰を見る。熱に浮かされてなお、彼女は真剣な眼差しを俺へと向ける。

 どうしてそんなことが言えるんだ。あいつはお前を恨んでいるんだぞ。

 はっきりとわかる。偶然が重なったのだろう。呪いはあるのだろう。制御できない妖の意思に人は簡単に屈してしまう。

 それでもなお、鶴喰に向けられた敵意は本物だ。

 アイヌに生まれた者の守護霊たる憑神(トゥレンペ)が、主人の意思を汲み取って、その主人の思いをねじ伏せてまでその願いを叶えるというならば。

 鶴喰はその身に狼の神(ホロケウカムイ)のノンノを纏う。手足にうっすらを青い霊力を、籠手のように身につけていた。不調な身体を無理やり動かすがごとくだ。


「私たちの、友達です」

「……そうかよ」


 いつか俺が言ったことを思い出した。

 柊さんは、初めて友達と俺を呼んでくれた人であると。仲が良いわけでもない。けれども少し、救われたのだ。だから助けたいと。

 それに鶴喰は応えてくれた。だから、俺がいかなる思いを抱いていたとしても、俺は鶴喰の味方でいるべきだ。

 喉を唸らせながら、黒狐が歩んでくる。もはや逃げる姿勢を見せない俺たちを、ゆっくり追い詰める捕食者として迫ってきていた。


「無理はするなよ」

「ぱいせんこそ足を引っ張らないでくださいね」

「可愛げのねえやつだな」


 俺はそう言って、まっすぐ前へ飛び出したのだった。

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