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3-5 お前の左腕はどうなってんだ?

 荒木、という女子がいるのは体育館だった。


「彼女はバスケ部です。キャプテンとしてやっていたはずで」

「詳しいな。俺、クラスメイトがどの部活入ってるとかぜんぜん知らないや」

「仲良くされてるお二人はどちらですか」

「帰宅部だ」


 部活に入ることは強制されていない。勉強を重視する、ということもあるのだろうけれども、それが俺には性に合っていた。

 体育館には校舎から一度出なければ行けない作りになっていた。六月も下旬だというのに温度は上がらず、南茶良中学校でも夏服が許されているはずなのに、ブレザーを脱げないでいた。

 それは俺も鶴喰も同じである。冷夏の予報が出ているのをスマートフォンで確認をしていた。

 運動部の生徒たちもジャージを着ている。冬でも半袖半ズボンなんていうのはたいてい、小学校で卒業してしまうものだ。

 体育館に近づいていく。中からはボールが跳ねる音と、シューズが床をこする甲高い音が響いていた。

 扉は解放されいる。俺と鶴喰はその隙間からこっそり中を見た。

 「あ……」と鶴喰がつぶやきを漏らした。

 目線の先には、左腕を三角巾で吊るした女の子だった。短髪でハキハキとした雰囲気は、なんとなく柊さんを思い出す。

 その少女こそが荒木さんなのだろうということは察しがついた。彼女はコートへ声を出して指示をしていく。

 視線を動かすうちに俺と鶴喰に気づいたのだろう。脇にいる後輩に声をかけて、荒木さんは俺たちの元へと駆け寄ってくる。


「鶴喰さん、珍しいね。何か用? あ、もしかして船戸くんに用事?」

「いえ、荒木さんにお話が」

「……ここじゃないほうがいい?」

「そう、ですね。注目されるのも嫌ですし」


 二人がそういう会話をする。少しギクシャクした関係が伺えた。

 俺は会話の邪魔をしない程度に距離をとりつつ聞き耳を立てる。盗み聞きをしているようで嫌になるが、これも仕事だと割り切る。鶴喰が。

 体育館の裏で会話なんてベタなシチュエーションであったが、このときばかりは不穏な気配があった。鶴喰と荒木さんの、お互いが大事なところを避けているような関係性が、どうにも落ち着かない。


「その、腕はどうされたんですか?」

「いやあ、昨日事故ってね。自転車に乗ってたら車にぶつけられちゃって」

「もしかして大会も」

「……まあね」


 痛ましいことだろう、というのは理解ができる。中学校時代最後の大会であれば、相応に懸けているものもあるはずだ。それに進学先だって関わってきたりするだろうし。

 見ただけの印象になるけど、人望も、実力もありそうだなという雰囲気だ。身長も中学三年生にして、男子では低い方ではあるが俺よりも高いあたり、女子では有望な選手だろう。


「でも、キャプテンは続けるよ。みんな頑張ってるし」


 それは眩しい言葉であったが、俺にはどうしても痛ましく思える。

 ……この子だってコックリさんを行ったのだ。知識があったのかなかったのか、知りたいことがあったのかどうかもわからないけれど。

 何かを知っているはずなのだ、と思わずにはいられない。


「すみません、お時間ないですよね。すぐに済みますので」


 そう言うと鶴喰はスマートフォンを出して、写真を見せる。

 驚いたような顔を見せる荒木さんだが、すぐに納得の表情を見せる。


「誰から聞いたの?」

「矢部さんからです。でも、他の参加した人からも聞いてます」

「春日井さんからも?」

「……これから、です」


 ふうん、と荒木さんは言う。その問いはいじわるだろう、と思わないわけではない。


「荒木さんはこの石を誰が持っていったか知らないですか? 矢部さんからは、荒木さんか田城さんだと聞きましたが」

「え、そんなはずないよ。だって最後に教室に残ってたの、春日井さんだし」


 鶴喰がわずかに固まる。新しい情報だった。そしてそれは、矢部さんの証言とも異なるものである。


「……そう、なんですか?」

「コックリさんの結果が出て、最初に出てったのは矢部さん。で、私と田城さんがその後に出てったの。春日井さんは、その、紙とか石とか放っておけないって言って残ってんだけど」

「わかりました。ありがとうございます」

「知りたかったのって、それだけ?」


 鶴喰が頭を下げてそう言うと、荒木さんは思ったよりも食い下がった。


「そうですけど」

「気にならないの? 占ったことが何か、とか」

「知るべきことではないですから」


 きっぱりと鶴喰は言う。そうか、と荒木さんはむしろ不安げな笑みを浮かべた。


「あれ、雪花じゃん、珍しい」


 声が遮ったのは、そのときだった。

 背が高い男子生徒が走ってやってくる。着ているのはバスケ部のユニフォームだ。俺の顔を見ると軽く会釈をした。


「船戸くん、どうしたの?」

「荒木さんが出てったって聞いたから、休憩がてらどうしたんだろうと思って」


 そう言って笑う顔は爽やかな印象があった。

 船戸、という名前はさっき荒木さんが出した名前だった。鶴喰がバスケ部を訪れることとどう関係があるのだろうと思ったが、ここにきて本人の登場であった。

 俺は船戸、という年下の男子を見る。まず、背が高い。俺より高いやつなんてごまんといるわけだが、それを踏まえても背が高い。さすがはバスケ部だ。

 それに、顔もいい。男っぽさもあるけど、可愛げもある感じだ。テレビに出る男性アイドルというわけでもないけど、それに類する顔である。


まさるくん、お疲れ様です」

「そっちこそ。あ、わるい、荒木さんとお話中だった?」

「いえ……終わったところです。練習のお邪魔にもなりますので、失礼します」


 鶴喰が頭を下げて二人の元を去る。俺も軽く頭を下げると、鶴喰に並んだ。

 すると船戸くんは、俺たちの背中に声をかける。


「雪花! 今度の試合、見に来てくれよ! 部のやつも待ってるから」


 その言葉に鶴喰はちょっと笑うだけで答えはしなかった。

 距離をとって、ふうと鶴喰はため息をついた。とりあえず坂芝さんの元へと戻ろうということになり、校門に向かっていた。


「……ぱいせん、その」


 鶴喰がそこまで言って口ごもる。何を言おうとしたのかさっぱりわからない。心当たりがありすぎる。

 だからここは、俺の方から聞くべきだ。


「あの船戸って子はなに?」

「小学校のときからの知り合いです」

「幼馴染ってやつか」

「そうなるんですかね。いまいちわかりません。小学校からの知り合いなんていっぱいいますし、琴音ちゃんも、中学校に上がってから仲良くなったんですよ?」


 それは初耳だった。あまり二人のことに立ち入ったことがないから、知りようがない。

 俺と鶴喰の間の話に、他人が出てきたことなんてほとんどなかったことにいまさらながら気づく。だからどうというわけではないけれど、あまりに知らなかったのではないか、と思わずにはいられない。

 きっとあの、船戸くんや春日井さんは、小学校時代の鶴喰のこともよく知っているのだ。そう思うと話したいような、話したくないような、不思議な気持ちを抱く。


「モテそうなやつだな」

「事実、モテてますよ。男子バスケのキャプテンで、勉強もできますし」

「背も高いし顔もいい。うわあ、俺そういうの苦手だ」

「は、はっきり言いますね」


 若干引き気味に鶴喰は言う。笑いどころだと思ったのだけれど、そうでもないらしい。

 校門を出て角を曲がると、坂芝さんのパトカーがあった。脇に立ってるのは坂芝さんである。どうしてか靴を脱いでいた。


「どうされました?」

「あ、二人とも聞いてください。飲み物買いに行こうと思ってたら、そこで転んでヒールの踵が取れたんです……」


 そう言いながら、坂芝さんは俺と鶴喰にペットボトルを渡してくる。中身はお茶だった。ありがたくちょうだいすることにし、俺は二本とも受け取った。

 そして一本を鶴喰に渡す……よりも前に。


「ぱいせん?」

「鶴喰、お前の左腕はどうなってんだ?」


 俺の言葉に、鶴喰の顔が強張った。

 ペットボトルを受け取ろうとした手が止まる。少しの間があった。


「ど、どういうことですか?」


 坂芝さんが戸惑う。それは尤もであるが、俺が口にするよりも鶴喰が見せた方が早い。

 逡巡の末に、鶴喰はブレザーの袖を捲った。内側に隠されていたものがあらわになる。

 そこにあったのは彼女の白い肌ではなく、強く打ち付けたような青い痣だった。

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