3-4 コックリさん
「田城さんは手芸部です。教室、どこでしたっけ」
鶴喰の先導で俺は学校内を歩く。
部活動がいったい何があるのかさえろくに知らない。放課後もすぐにPIROへ向かってしまっていたから、野球部やサッカー部は当然あるだろう、くらいの認識だった。
向かっているのは二年生の教室の、さらに端だった。
「田城さんは知り合い?」
「去年、同じクラスでした。荒木さんもです」
「ってことは、今回のコックリさんに参加したのは全員、去年のクラスメイトってことになるんだな」
「そうなります。ただ、荒木さんはともかく、田城さんは……」
「手芸部なんだろ? インドアでも、おとなしい印象があるし、矢部さんと友達でもおかしくない」
俺がそう言うと、鶴喰は首を横に振った。
「うちの手芸部は、いわゆる溜まり場です」
「ああ、集まってわいわいやるだけの」
「田城さんもちょっと不良と言いますか。大人びている、って言う子もいますけど、私はあまり好きじゃありません」
余裕がないのか、鶴喰の言葉には棘があった。本人の前で言わないことを祈るばかりだ。
確かに鶴喰からして不良と言われる田城さんと矢部さんをつなげるのに、元クラスメイトというのは理由として弱い気がする。
どうしてコックリさんを行なったのか、という問題もあるが、いまはそれを問うべきではない。石に在り処にこそ集中すべきだし、変なことを言って事情を聞き出せない方が困る。
鶴喰がちらりと俺の方を見る。
「ぱいせんはコックリさんをどれほど知ってます?」
「昔流行った占い、ってくらいだな」
「最近はまったく見られませんからね」
鶴喰はコックリさんについて語り始める。
「簡単に説明すると、降霊術の一種です」
俺の猿神しかり、鶴喰の憑神である狼の神しかり、動物霊に関して降霊術は無縁ではない。
いまなお、巫女などはその身に神霊を降ろす術を持っており、強力な式神を呼び出したりその身を神と呼ばれる妖に変化させるのだとか。
聞いた話でしかないが、降霊術に対してはそういう印象を持っていた。
「コックリさんは十円玉……コインならなんでもいいんですが、そういうものに動物霊を憑依させることで占いを行います」
「それに指を乗せることで、気になることを占うのか」
「そうです。その言葉を仲介するために、五十音と『はい』『いいえ』の簡単な受け答え、そして鳥居を描いた紙を用います。この紙をウィジャ盤と言って、十円玉がそれのどこに向かうかで占いの結果を知るんです」
指の筋肉が微細に動いたからコインが動くのだ、という説はさておき。正式な降霊術としてのコックリさんというのはそういうものらしい。
「漢字では狐、狗、狸と並べて狐狗狸と読ませることもあるようです」
「なるほどな。ってことは、あの狐の印が押された石って、『狐印』なんていうダジャレか?」
「ありえなくはなさそうなのが困りますね……」
鶴喰が鼻の頭を押さえながらそう言った。
狐、狗、狸はいずれも動物霊としては有名だろう。鶴喰の憑神とて狼ではあるが、広義では犬であるとも言える。
それらを呼び出す、という背景を知りながらコックリさんを行う者は少ないだろうけれども。
そうこうしているうちに、件の手芸部が居を構えている教室に到着する。
中から下品な笑い声が聞こえる。男の前ではしないような笑い、となんとなく思った。鶴喰がいるから口にはしない。
鶴喰が覚悟を決めたように、扉をノックした。途端に白ける教室内から、少しドタバタと音がする。
「あ、どうも……って、鶴喰さん?」
先生だとでも思ったのか、愛想笑いを浮かべて出てきた女子生徒は鶴喰の姿を見るなり安心したような、拍子抜けしたようなため息をつく。
手芸部は溜まり場、と鶴喰が言ったように、出てきた生徒はいわゆる陽キャ、ってやつなんだろう。中学校だが薄く化粧もしているし、シャツも大きく着崩している。
俺と鶴喰とて模範的に制服を着ているわけではないが、シャツは出てるし、スカートもかなり上に上げている。
「田城さん、います?」
「え、いるけど。あーちゃん、お話しあるってさ」
あーちゃん、と呼ばれた女子生徒は気だるそうに答える。しかし鶴喰の顔を見ると、眉をひそめた。
鶴喰を押し出すように田城さんは扉の外まで出てくる。通せんぼをするように扉に寄りかかって、露骨に不機嫌な態度をとる。
雰囲気はさっきの女子生徒と同じ。化粧はナチュラルメイク、ってほど薄くはないが濃くもなく、手慣れた感じが伺える。髪は長めだがヘアアイロンで巻いているのだろう、カールがかかっている。
「なに?」
「少し聞きたいことがあるんですけど、これに見覚えはありませんか」
鶴喰はスマートフォンを見せる。狐の印が入った石を見せているのだろう。
田城さんはちらり、と廊下の先を見ると、すぐに鶴喰に向き直った。
「それ、おもちゃ? 鶴喰さんふざけてるの?」
「ふざけてません。矢部さんから聞いてますから」
ちっ、と田城さんは舌打ちをする。
「何が知りたいわけ?」
「この石がどこにあるかを教えてください」
「いや、知んないけど」
拍子抜けしたように、田城さんが言う。いや、拍子抜けしたのはむしろ俺らの方なんだけれども。
さっぱりわからない、
「なに? 鶴喰さんももしかして興味あるの? コックリさん信じるとかウケる。いやでも、彼氏さんは困っちゃうんじゃない?」
「か、彼氏とかじゃないです!」
「うっそ、まじで? 去年からべったりだったじゃん」
「そんなこと!」
大きな声を出したことに自分で驚いたのか、鶴喰は黙った。そしてちらりと俺を見る。
気にしてないぞ、と手で素ぶりを見せると再び田城さんに向き直った。
「コックリさんをしたのは他に荒木さん、琴音ちゃんで間違いないですか」
「そうだけど。まさか、みんなに聞いて回るつもり?」
「そうですが」
「なんで、そんなめんど臭いことすんのさ。センセに何か言われたの?」
「関係ないです」
「……あんたさあ」
田城さんの声が低くなる。元から友好的な態度ではなかったが、これは明らかに敵対する態度だ。
「関係ないって言うけど、あんたにとってどうでもいいことが、誰かにとってはそうじゃないことも考えた方がいいと思うよ」
じゃあね、と田城さんは言って、扉を閉める。
残されたのは俺と、立ち尽くす鶴喰だった。彼女は無言で俺の方を振り向くと、そそくさと歩き出す。
前を歩く鶴喰に声をかけようと思うと、鶴喰が先に言葉を発した。
「ぱいせんは田城さんの話、どう思いましたか」
「田城って子さ、化粧の割に香水きつくない?」
「また匂いですか!? 薄々思ってましたが、ぱいせんそういう趣味あるんですか?」
「思ってたのかよ! あるわけねえだろ!」
「信じられる要素どこにもないんですけど!?」
まだ根に持ってたのか。あのときは他に方法が思いつかなかったのだからしょうがないと思ってはいるんだが、そこまで言われるとさすがに申し訳なくなってくる。
だが、それとして、俺が田城という子に対して気になったのはその点だった。化粧は派手ではないがしっかりしている。それなりにいいものを使っているように見受けられた。それに対して、香水は不慣れだったのだろうか。
「鶴喰はどう思う?」
「女の子の匂いがそんなに気になるの、ぱいせんくらいですよ。まあ多少はしましたけど、きついとは思わなかったです。柑橘系の匂い、苦手ですか?」
「苦手じゃないはずなんだけど、まあいいか。あの子は嘘ついてなさそうだったな」
「……嘘がつけない子ではあります」
それはわかる。あと、鶴喰も同じくらい嘘や隠し事が苦手なのもわかる。
はあ、と鶴喰はため息をつく。
同級生への事情聴取、というのはかなり心労になるようだった




