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36 皇国の事情 2


 エリックの告げる事実は、無関係の人間からすれば理解できない空想話にしか聞こえないだろう。だがそれでもいいとエリックは語る。十二勇将と、城内外にいる数少ない有志だけが知る真実を。


 救世主は人を操る能力を持っている―――方法は二つ。刻印と、見えざる力。

 フェリス=ブランシャールが残した調査書を詳しく掘り下げた結果、刻印は『対象人物の思考に介入する』効果があり、見えざる力は『感情、意思を塗り替える』効果があることが判明した。とは言っても、厳密には操ることにおいて変わりはないのだが。


 それが断定できたのは、フェリス=ブランシャールの追放だ。


「……彼女は、婚約者であったレオ皇子から処刑の沙汰を下された。こと精霊術において『最強』と謳われ、王妃として申し分ないと言われていたフェリス=ブランシャールが、救世主に対し疑惑の調査を行っていたときだ。あれほど相思相愛の様を見せていたレオ皇子の変わりよう、そしてあまりに救世主にとって都合よく事態が転がっていると、……我ら十二勇将のオルヴァド隊長が疑念を抱いた」

「……皇子の、婚約者?」


 対峙したシェルより元侯爵令嬢だとは耳にしていたが、まさか将来国を背負って立つ人物であったとは―――アレットは驚きに目を丸くする。


「君には突拍子もない話に思えるだろう。信じてくれとは言わない。ただ二人と一緒にいる君には、話さなくてはと」

「いや、信じる」


 きっぱりと言い切ったアレットに、今度はエリックが目を瞬かせた。


「……え、本当に? そんなあっさり受け入れられるような話ではないんだけど」

「人を疑うなど、騎士の器ではない。俺は帝国の騎士だからな」

「……すごいね」


 唖然とするエリックは、小さく笑う。彼の純真さに、荒みかけていた心が解れるようだった。


「なら、続きを話そう。疑念を抱いたオルヴァド隊長は、秘密裏に過去の刻印の者に関して再調査をはじめたんだ。そしてそれらのほとんどが救世主に通じていることが発覚した」


 最初の事件―――救世主が導いた遠征場所にて一部隊全滅した件は、遠征前に部隊長のひとりが、『救世主などまやかしだ、我らを謀っている』と周囲に喚いていたことがあったらしい。

 それだけでは断言できなかったが、続けて刻印に関する事件―――無差別に数十人もの民が殺害された件においては、彼らの身辺調査を行った結果、救世主に対し資金援助を打ち切ったばかりの者がいた。次に起きた、領地内にて大量の人体実験を行った事件では、『悪魔ミカエル降臨の儀』を密やかに行う、カルト宗教に属する者であることが判明した。


 調査するたびに、多くが救世主へと繋がっていく。

 これは『神の裁定』などではない。救世主の戯れに過ぎない、と分かったときには既に遅かった。


「……城内の主要権力者は、救世主寄りとなっていた。十二勇将内でも半数以上が憑りつかれ……仲間内で疑念と不信感が漂っていたものだ」


 ―――現在、救世主に魅了されていると判明できる者は、十二勇将内で4名いる。

 オリヴィエ、ザドー、シェル、ガヌロン。

 そして未だ判明できていない者は、アルス、ノア、ミラルドの3名。


 オルヴァド、レジス、エリック、ガーランド―――そしてリゲルの5名は正気を保っていたのだが、リゲルは突如として襲撃を機に、城から抜け出してしまった。


「そうか……ならば我が帝国の申し出を拒否し、かの者の首を刎ねたのも……騎士を殺めたのも、いや……戦争そのものも、その救世主が原因ということか」

「……」


 虚ろに呟いたアレットは空を眺め、静かに瞳を閉ざす。

 目の前で首を刎ねられた使者は、命の危険を伴うと知っていながらも自ら志願した者であった。正義感溢れ、国を想い、ライナス大帝を強く支持する者であった。

 共にいた騎士は、同郷の者であった。子供が生まれたばかりで、同行を渋っていた中を必死に説き伏せたものだ。必ず生きて戻るのだと、残す妻と子に約束していた。

 それなのに城が襲撃された際、混乱に乗じてアレットを逃がした。自らを犠牲として、帝国へ戻れと言い残して。


「……君には僕らに対して、恨みも憎しみもあると理解できる。すべてを救世主のせいとするには、あまりに責任の無い話だけど……君にこの話をしたのは、理由があるんだ」

「―――理由?」

「さっきの言葉で確信したことがある。きっと―――」


 そうして語りだした彼の言葉に、アレットは徐々に顔を強張らせていく。


 太陽が雲で覆われ、晴れ晴れとした空は一転し暗雲立ち込める曇天と化した。

 雨がぽつり、ぽつりと雫を落としていく。


 エリックがひどく憂鬱な顔で語り終えたあと、愕然としたアレットは言葉を失っていた。



***


「……雨、降ってきた」


 勢いが強まっていく雨を、フェイは眺めながら小さく呟く。

 オリヴィエの傍にいたエルはフェイへ視線をやると、興味のなさそうに身を丸くした。


 湿った空気と薄暗い空模様は、いやでもあの日を思い出す。フェイは自分を取り囲む世界が変わった日を、鬱蒼とした気持ちで脳裏によぎらせた。


「そういえば、前にエルに助けてもらったことあったよね」

「いつもだろう」


 不遜な物言いに苦笑しつつも、エルの隣へと腰掛ける。

 オリヴィエは規則正しい穏やかな呼吸を繰り返し、深く寝入ってしまっている。血も止まり、あとはどこか安静できる場所へ移すだけだ。

 フェイは彼女が濡れないよう、自身のローブをそっとかけながら続きを口にする。


「……国を追われたあの日、皇子の手にかかりそうになったときに声がしたの。『さあ、お逃げ』って」

「……」

「あれって風の精霊だよね。ずっとね、言いたかったの。ありがとうって」


 エルは、精霊術を放った高エネルギーから生まれた存在だ。意思を抱いた過程は違えど、原理は同じといえる。

 小さな身体に手を置き優しく撫でれば、エルの喉が鳴った。


「……我は知らぬ」

「またまた」


 照れ隠しに言っているのだと、フェイはからかうように言葉を返す。だが至って真面目なエルの空気に、フェイも冗談を言っているのではないと察した。

 じゃあ一体誰が―――、そう問おうとしたとき、エルは重い口を開く。


「貴様は、我々にとって特別な存在だ。世の多くが貴様を守るだろう」

「……特別って……この髪のこと?」


 精霊の恩恵を受けると言われる翠の髪。その加護をフェイは指すが、エルは否定もしなければ肯定もしない。

 しとしとと降る雨へ視線を投げたエルは、柔らかな毛を風になびかせた。


「黎明の子、明けの明星―――……我々は貴方の意志を守るまで。我らは貴方の欠片、『エル』のひとつ」

「エル?」


 様子のおかしいエルに、フェイは困惑しながらも声をかけた。応えないエルはただ、黙して空を見上げるばかり。

 ―――やがて、ゆるりと頭を垂れたエルは、小さく呟いた。


「……されどきっともう、永くは持ちますまい」


 どこか寂しそうにそう言ったエルは向き直り、黒くつぶらな瞳にフェイを映す。


「神の寵愛は続かない。フェイ、いいや、フェリスよ……貴様をあの時助けたのは―――」


 エルが何かを告げようとした瞬間。

 突如として遠くから、何かが爆発した音が響いてきた。遅れて風が吹き荒れる。


「な、なに!?」

「……っ」


 咄嗟にオリヴィエを庇ったフェイは、音のした方角へ目を向けた。

 

 ―――見えたのは曇天の空に伸びる渦巻く炎。そして炎に絡まる黒い影だ。


「まさか、リゲルとアレット……?」

「待て、フェイ!」


 駆け出したフェイを、エルは急いで追いかける。

 膨れ上がる力、そして満ちる殺気に、尋常ではない何かを察したのだ。普段の喧嘩とは違う―――そう、本気の殺し合いをしていると悟った。

 

ここから転機となるので、一気に投稿していきます。

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