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迷宮管理人のゆま  作者: 応龍
第一章 プロローグは、一章が終わるまでがプロローグです。
9/28

こういうの得意なんですよ

「肉肉野菜、肉野菜です」


「順番なんてどうでも良いじゃないか」


 私の指示にアルクさんは不満気だ。

 とは言え、どうでも良いというのは私も同意見だ。

 焼き肉は、好きに食べるのが一番美味しい。

 しかし、お約束だから言わずにはおられないのだ。


「仰る通りです、主様(あるじさま)。そしてユマリア、タレが無くなった」


 もぐもぐ言いながらテオドーラがお替わりを要求してくる。


「あー。はいはい。ちょっと待っててね。野菜もしっかり食べましょうね」


 私たちは今、テオドーラの部屋の隅で焼き肉を食べています。 

 これを焼き肉と呼ぶには、些か異論はあるのだけれど、タレ以外は焼き肉だ。



 何故このような事になったかというと、第九階層からアルクさんの居住区である最下層へと戻ろうとした時に、アルクさんから信じられない言葉を聞いたからだ。

 以下、回想シーンへ入る。



--------------




「さーて、今日のご飯はなんですかね~?」


 昨日は豆だけだったので、そろそろちゃんとした食事がしたいです。

 そういう思いを込めて、アルクさんに話しかけた。


「食事?そんな物はないぞ?」


「は?何ですって?」


 アルクさんの居住区には、料理どころか食材がなかった。

 唯一あるのは炒った豆で、後はワインなどの酒類のみ。

 あの炒り豆は、召喚された時に、私もボリボリ食べた。

 変わった味だったけど、あの時は『これがこの世界の食事なのか』と納得した。

 でもあれ、日本じゃ『コーヒー豆』と呼ばれるものなんだよね…。


 アルクさんは本来、料理を全くしない人だ。食事もしない。

 炒ったコーヒー豆は、召喚される私のためだけに、特別に作って用意してくれてたらしい。

 普段は『魔力さえあれば食事は不要』とのこと。

 体に必要な栄養素は魔法で生成して、食事がわりにしてたのだ。

 『後で君にも教えるよ』と言われた。あ、うん…教わりますよ。一応ね。


 だが!しかし!食のない生活なんて、私は死んでしまいます。

 例え職がなくても、食は必要なのだ。あとは駄菓子も菓子も欲しい。


 そう熱心にアルクさんを説得すると、何とか納得してくれた。


 納得してくれたものの、それで食材が湧き出すわけではない。

 アルクさんに『塩と水なら生成するよ』と言われた。でも、それだけじゃね…。

 じゃあお肉か魚を調達しに、迷宮の外へ食材探しの旅に出るか。

 でも今日はもう遅いから、豆だけ食べて、明日にしよう。

 そう考えていた矢先、テオドーラからナイスアイデアが出た。


「食材なら、この迷宮内で探せば良いではないか?」


「えっ、あるの!?」


 言われてみれば。そりゃそうだ、食用になるモンスターとか居るよね。

 もしかしたら、野菜的なモンスターも居るかもしれない。


「すぐ下の階層の最奥に、主様(あるじさま)を敬わぬ、丁度いい食用ドラゴンが居るぞ?」


「いや、ドライクは食べちゃ駄目…」


「では上の階層だな。確か伯爵の階層には、魔獣が彷徨いて居るはずだ。植物系なら第六階層に居るな」


「魚は?魚系は居ないの?」


「それは第七階層だ。まあ植物系も魚系も、食用になるかまでは判らんが」


「魔獣の肉は、食べられるの?」


「それは以前、伯爵が戦に連れてきたのを倒して、焼いて食べた事がある。味は悪くなかった」


 よーし、テンション上がってきた!なんだ、いけそうじゃない。

 何で教えてくれなかったのよ?迷宮内にも食材あるじゃん!

 そう思い、アルクさんの方を向くと『ふーん、そうなんだ』って顔で、関心してた。

 何で知らないんだよ…仮にも迷宮の創造主でしょ…。


「私は階層守護者にすら、興味がないしな。ましてや各階層に何が居るかなど、全く知らんし、興味もない。栄養は魔法で補うのが王道だ」


 視線に気がついたのか、私の疑問に答えてくれた。でもそれ邪道ですよ。

 まあいつもは最下層の居住区に、引き篭もりっぱなしなんでしょうね…。

 アルクの素っ気ない言葉に、テオドーラが少し寂しそうな顔で笑ってる。


「アルクは皆のご主人様なんだから、もう少し部下に興味を持ってくださいよ」


「やだよ。面倒くさい」


 膠もなく断られた。断り方が子供みたい。

 少しでいいから、興味を持って欲しいんだけどな。

 アルクさんに冷たくされては、テオドーラたちも報われないだろう。


「そうだ!それならこの迷宮内の食材を使って、私の世界の料理を作りますよ!」


「ほう!異世界の料理か」


 アルクさんが、ちょっと食いついた。食いついたのは『異世界』の部分だろうけど。

 でも、これで私が美味しい料理を作れば、迷宮内のことに、少しは関心を持つかもしれない。

 

「では、ひとっ走り食材を探してきますね!」


「ああ、頼む。いってらっしゃい」


「アルクはここで待っていて下さいね。料理は大勢で食べたほうが楽しいので」



 そう告げた後、アルクさんの返事も聞かずに、<奈落の迷宮>に命令し、自分を第八階層の伯爵の所へと<転送>させた。




「伯爵ー!先程はお疲れ様でした!所で、ここの階層で肉、狩ってもいい?」


「うわっ!出た!」


 伯爵がまるで幽霊でも見たかのように驚く。椅子から転げ落ちそうだった。

 なんで一歩後ずさるの?さっき『よろしくお願いします』って言ったじゃないか。

 私が一歩近づく度に、伯爵が一歩後ずさる。なんだよ、もう!磁石かよ!

 もう戦いは終わったんだし、そんなに怖がらなくてもいいでしょう。


「『出た』とは失礼ですね。これでも貴方の上司ですよ?」


「いらっしゃいませ、ユマリア様」


「こんばんは、ヘルメスさん」


 ヘルメスさんが、手にお盆を持って現れた。

 お盆の上には蓋がついた大きなお皿、これはもしかして…?


「ヘルメスさん、そのお皿はもしかして料理ですか?」


「ええ、そうですよ。坊っちゃまの夜食です」


 そう言いつつヘルメスさんは、伯爵の給仕を続ける。

 なんだ。迷宮内でも料理あるんだ。

 基本的にアルクさんもテオドーラも、魔法で何とかしてるから知らなかっただけか。


「坊っちゃまではない。伯爵と呼べ」


 伯爵はムスッとした顔で、ナプキンを広げてる。

 テーブルマナーとかしっかりしてそうだな、流石は伯爵か。


「そんな所で見られていると、気になる。お前も食べていくか?」


「いいえ。これからアルクの為に、食材を探しに行くので結構です」


「アルク様がご所望なのか?ならばウチにある食材を持っていけ。どれも一級品だ」


 それは、ありがたい。手間が省けて、助かるけれど…。

 伯爵は偉そうなのに、アルクさんには敬意を持っているのは、何か不思議だ。


「ありがとうございます。どんな食材がありますか?」


 伯爵に聞いても分からないだろうし、ヘルメスさんに聞いてみる。

 すると、ご自分で見て選んだほうが良いでしょうと、食料庫へ案内してくれる。

 そうだね、食材の名前を言われても分からないし、その方がありがたい。

 伯爵、ちょっと食料庫へ行ってきますね。


「アルク様の食事を作るなら、素材は厳選しろよ?変なものを出したら、ただでは置かんぞ…って、おい!ヘルメス卿!ピーマンが入っているではないか!こんなもの食えるか!」


 ヘルメスさんの出してくれた食事に、伯爵がケチをつけてる。

 ピーマンはしっかり食べなさい。好き嫌いしてると、強くなれないよ?




「あれっ?この世界でも、あの野菜を“ピーマン”って言うんですか?」


「そうですね、“ベルペパー”ともいいますが。我々はピーマンと呼んでますね」


 意外だった。異世界って、謎名称の食材ばかりだと思ってたのに。

 まあベルペパーとやらは日本じゃ使わないし、異世界仕様の名前だな。

 教えてもらった感謝の印に、私はヘルメスさんにピーマンの細切れ入りハンバーグのレシピを教えて喜ばれた。ヘルメスさんは、ここでは伯爵の料理人もしてるらしい。


 

 食料庫は思ったより広かった。中には<保冷>の魔法がかかってる。

 この施設、アルクさんの居住区にも欲しいな。言えば作ってくれるだろうか?


 いくつかの食材は、私の知ってるものだった。

 牛肉っぽい肉、豚肉っぽい肉、鶏肉っぽい肉もある。

 何より捌いてあるのが、ありがたい。自分で捌くのは大変だからね。

 これが本当はどんな魔物の肉なのかは、聞かないでおこう。

 そして卵と野菜もあった。魚は…なかった。第七階層に期待しよう。


 調味料や香辛料も欲しかったけど、それはこの迷宮では手に入らないらしい。

 唯一、胡椒っぽいものだけは植物系の魔物から取れるらしいけど、希少なもの(レアドロップ)だと言われたので、少しだけ分けてもらった。

 やっぱり迷宮外での補給は必要だな。



「どうだ?気に入った食材は見つかったか?」


「はい、伯爵。おかげで助かりました」


「そうか。この階層に住む魔獣はなかなか美味だからな。アルク様もお気に召されるだろう」


「伯爵は…アルクさんに対して、随分と敬意を持っているんですね?」


 私にはなんか冷たいのに。まあ初対面の印象は、最悪だったかもしれないけど。


「そうか、お前は知らないんだな。我ら悪魔は皆、アルク様を敬愛しているのだ」


 ピーマンだけを綺麗に残して、食事を終えた伯爵が、悪魔の歴史を触りだけ教えてくれた。



 神々の時代には既に悪魔は存在していたけれど、その時は惨めな扱いを受けていた。

 悪魔は今の人間と比べれば、強い魔力を持つものの、神々の持つ魔力に比べれば脆弱な魔力でしかない。アルクさんたち<古代人>と比べても、かなり劣る。

 悪魔の存在意義は『神獣の餌』、『神々の狩りの対象』、そんな扱いだったらしい。


 そんな、か弱い悪魔たちに魔法を教えたのが、あのアルクさん。

 魔法を使うようになった悪魔たちは、時には神獣を狩り、娯楽で狩りをする神々の手から逃れ、そしてやがて亜空間的な<魔界>を生み出して、そこへ移り住んだ。

 時代は流れて現在、悪魔は強力な存在として、不動の地位を得た。

 アルクさんは、悪魔にとって救世主であり、救いの神だったのだ。



「だから私がアルク様に召喚された時は狂喜した。こんな栄誉はないと思ったのだ」


「なるほど…」


 子供みたいな人だけど、あの人、やるときはやるんだな。


「いい話を聞かせて頂ました。お礼にピーマンを食べさせてあげましょう。はい、あーん。あーん?」


「いらないっ! …だからお前も、アルク様をもっと敬え。食事の方は頼んだぞ」


 まあこっちは無理矢理に召喚されたし、敬わないけどね。

 でも食事は頑張りますよ。こういうの得意なんですよ。

 私は籠いっぱいの食材と、いくつかの調理器具、お皿やフォークを借り受ける。

 そして調理場をお借りして、下拵えをさせてもらった。

 テオドーラの所は、テーブルすらないから立ったまま食べることになる。

 下手にコース料理を作っても、置く場所がない。

 

 だから、今日の料理はこれ。お気に召してくれるといいな。






「そんな訳で、ただいま!」


「…ああ、おかえり。思ったより早かったね?」


「伯爵が食材を分けてくれたんですよ。おかげで助かりました」


「ふーん」


 素っ気ないなあ。いいよ、美味しいの作ってあげるから!覚悟しなさい。


「今日は“焼き肉”にします」


「ヤキニク?」


「食材はあったけど、色々足りないものが多くて。手抜き料理になりました」


 足りないものは多いけど、調味料がなく、香辛料も胡椒しかないのが致命的だった。

 塩の包み焼きにするか、焼き肉くらいしか、思いつかなかった。

 でも良い感じの炭とトングがあったので、火鉢と金網も借りてきて焼き肉をやることにした。


 味噌も醤油もないし、タレの代わりになるものはないかと思案した結果、アイオリを作って代用することにした。

 アイオリとは、大雑把にいうとニンニク入りマヨネーズみたいな感じのソース。

 ヨーロッパの方では、焼いたお肉につけて食べることもあるソースだ。


 レモンがないので、白ワインビネガーで代用したけど、割と上手くいった。

 酸味を抑えるために、かなり試行錯誤して苦労したけど、これなら焼いたお肉にも合うだろう。タレの代わりにするものだから、塩気も弱めに抑えた。


 火をおこして金網の上に、大ぶりに切った牛肉っぽいものを乗せる。

 輪切りにした玉ねぎなどの野菜も端に置く。その上から軽く胡椒をまぶす。


 しばらくすると、香ばしい、いい匂いがしてきた。

 焼いている私の様子を、興味深く見ていたアルクさんが、そわそわしだした。

 やがて我慢ができなくなったのか『そろそろ食べていいんじゃないか?』と聞いてきたので、いい感じに焼けている所を選んでお皿に盛り付け、横にアイオリを添える。


 アルクさんは、皿を受け取ると躊躇うことなく、肉に齧り付いた。

 熱いから気をつけてね?


「…美味い!」


「良かった、お気に召していただけたようですね」


 気に入ってもらえたようだ。すぐにお替わりを所望された。

 アルクが食べ始めたのを確認してから、テオドーラもお肉を口にした。


 こんな流れのことがあって、話は冒頭へと戻る。




--------------



 以上、回想シーン終わり!


 そして私は突然叫びだす。


「どうしてこの迷宮の住人たちは、ピーマンを嫌うんですか?!」


 憤懣やるかたない!とばかりに私が項垂れる。


「だって苦いだろ?そんなものは避けて食べるのが世界の理だ」


 『何を言ってるんだお前は?』とでも言いたげな表情で、アルクさんが小首を傾げる。


主様(あるじさま)に倣うのは、下僕としての当然のことなのだよ、ユマリア」


 満足気な面持ちでテオドーラが笑う。


「ユマリア様、我ら<死霊の王>に仕える者も、同様にございます」


 もぐもぐしながらアンデッド幹部が答える。


「カタカタカタカタ」


 アルクさんとテオドールだけに食べさせて、他の人には食べさせない訳にもいかないので、アンデッド幹部の人にも振る舞った。

 スケルトンたちが、カタカタ言ってるけど、何を言ってるのかはわからない。 


 それは良い。


 しかし、揃いも揃ってピーマンを誰も食べないのが、猛烈に気に入らない。


「あー、もう!ピーマンばっかり残っちゃって!食べるの私だけじゃないですか!」




 結局、この日、私はピーマンピーマン肉ピーマンの要領で食べることになった。

 お肉、もっと食べたかった…。



「カタカタカタカタ!」


 スケルトンさんたちが私に詰め寄ってくる。ごめんね、君らが食べられるようなご飯は作れないんだよ。


 食事を終えて、後片付けをしていると、アルクが横に来て囁いた。


「ごちそうさま。食事は必要ないなんて言って悪かった。次はさらなる絶品を頼むよ」


 うん、やっぱり食事は大切でしょ?

 私は食べるのも好きだ。作るのも好きだ。

 食べてもらうのが大好きで、元の世界では自分の仕事に選んだほどだ。


 だから私は満面の笑顔でこう言った。


「じゃあ、次は最高のピーマン料理を作りますね!」


「いやいやいやいや!あれは食べ物ではない!そうだ、次も肉料理がいいな!」


 アルクが中腰の体勢で、手を猛烈に振りながら、ピーマンを全否定する。


 では、細切りピーマン入りハンバーグでも作ってやるか。

 そう私が考えていると、アンデッド幹部が、次々と倒れ出した。


「どうしたお前たち?!何があった?」


 テオドーラが駆け寄るその風景を見て、私は唐突にあることに気づき、青ざめた。


「あーーーーっ!」


「ユマリアもどうした?!一体、何があった?」


「カタカタカタカ!カタカタカカカ!」




アイオリの材料:

卵黄、異世界産の謎の植物油、白ワインビネガー、塩、胡椒。…そしてニンニク




 スケルトンさんたちが言いたかったのはこの事か…。




 ヴァンパイア(・・・・・・)の幹部たちは、そこから数日の間、寝こむことになる。





 幹部さんたち…ホントすまんかった。



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