うん、成功です。
露店を店じまいした後、私とテオはパウロ君の待つ領主の庭園へと向かう。
パウロ君というのは、この街の領主の息子だ。
彼と妹さんは心臓に障害を抱えていて、魔法で解析してみた結果、あまり長くは生きられないと思われた。
歳の離れたお兄さんが居たけれど物心がついた頃に亡くなってしまった、という話も聞いた。
多分だけれど、彼の家系は身体が弱い、短命の家系なのではないかと思う。
「それで、ユマリア。今日はパウロたちを治療してやれるのか?」
「ええ、任せて頂戴。昨晩、アルクに専用の治療呪文を作ってもらったからね」
「そうか!ふふ、よかった……」
パウロ君から自身と妹さんの治療を頼まれたのだけれど、その原因は遺伝的なものなので、<治療>の呪文では、とてもじゃないが治せない。
だからアルクさんにお願いして<体質改善>という呪文を特別に作ってもらったのだ。
この呪文には人工知能的な力が含まれていて、人工知能が対象の遺伝子構造を解析し、必要な遺伝子情報を書き換えることで健常な身体に変質させる。
詠唱する私自身が遺伝子関連の知識を持っていなくても、人工知能が適切に処理してくれる。
だから詠唱する私にとっては楽といえば楽なのだけれど、対象を健常な人間の肉体へと強制的に変質させる、結構怖い呪文だ。
この呪文を動物に使ったらどうなるんだろう?という素朴な疑問をアルクさんにしてみたら、ケロリとした顔で『知能や精神は獣のままの人間が誕生するね』と言われてしまった。
一時的に外見を変化させるだけの魔法じゃなく、永続効果なのでタチが悪い。
使い方によっては問題のある呪文だ。私は心の中でこの呪文に“禁呪”のタグを張ることにした。
しかし仮令、禁呪だとしても、パウロ君にとっては救いの魔法になるはずだ。テオと仲良くなってくれたのだから、私としても彼には長生きして欲しい。
魔力も詠唱時間も相当な量を必要とする呪文だけど、気合を入れて唱えますよ。
そんなことを考えているうちに庭園に到着した。
魔法で姿を消して、待ち合わせ場所の芝生へと向かう。しかし、誰もいない。
少し待ってみたが、それでもパウロ君は一向に現れない。
「来たのがちょっと早かったかな?」
「いや、そんなはずは……パウロに何かあったのかもしれん。ユマリア、すまんが屋敷の中を魔法で覗いてくれないか?」
「あいよ~、テオ太くん。びかびかびかっ!<真実の観測者>」
「何故、そんなダミ声で……まあいい、どうだ?」
「んー。パウロ君は女の子の部屋にいるみたい。妹ちゃんの部屋かな?女の子は……発作を起こしてベットに寝てるわ、その周囲に大人も数人いる」
「なんだと!?た、助けなければ!」
女の子の生命力が、急激に萎んでいくのが判る。これはちょっと不味い感じだ。不審者として咎められるだろうが、それでも屋敷に乗り込んだ方がいいだろう。
「テオ、屋敷に忍び込もう」
「あ、ああ!」
意を決して屋敷内部を<真実の観測者>で詮索する。ついでにより詳しく女の子の身体状況をチェックすると、命が萎むどころか消えかかってるのが判った。
「訂正、忍ばない。乗り込むよ!」
「え?」
「うおおおおお!」
「うわああああ!」
私は急いで<高速飛翔>を起動した後にテオの首根っこを掴むと、そのまま屋敷の二階にある女の子の部屋へと一直線に突撃する。部屋までの移動の間に<多重詠唱>も起動して、バックグラウンドで<体質改善>の詠唱を開始する。
部屋の前に辿り着くと窓ガラス越しにパウロ君の姿が見えた。ベッドに横たわる女の子と、その横に母親であろう女性と医師もいる。残りの二人はメイドさんだ。
ガラスを割って突撃しようかしまいか躊躇してる間に、テオが窓ガラスをバンバンと叩きだし、パウロ君に窓を開けるように叫ぶ。
「テオおねーさん!ユマリアお姉さん!」
パウロ君が私たちに気づき、救いを求めるように窓へと駆け寄ってくる。窓が開くのを待つ間、私はもう一つの呪文詠唱を始める。
そして窓が開いた瞬間に、女の子へ向けて<生命活性化>の魔法を放つ。
これは術の対象となった相手の生命力を、魔力によって一時的に補う魔法だ。
苦悶に顔が歪み青ざめていた女の子は、柔らかな魔法の光に包まれると、ほんの僅かだが頬に血色を取り戻す。苦しげな表情も少し和らいだように見えた。
「あ、危なかった……」
あと一歩、遅ければ、女の子は死んでいただろう。だけど、その場しのぎの呪文が間に合った、これで少しの間は持ちこたえるはずだ。
「「曲者!!」」
私がホッと気を抜いた瞬間、メイドさん二人がスカートの中から短剣を取り出して投げつけてきた。慌てて<魔力障壁>を起動して短剣を弾く。
「ちょ!」
「待って!この人たちは怪しい人じゃないから!」
そう叫ぶパウロ君を、メイドさんが抱きかかえ、私たちから遠ざけようとする。
もう一人のメイドさんは二本目の短剣を取り出すと、真っ直ぐに私へと突貫してくる。その視線は私の喉元へ向けられていた。
そこへテオが私とメイドさんの間に割って入ってくる。
窓の外にいる私たちに飛びかかろうとして、メイドさんが窓枠に手をかけたその瞬間、ベッドの横に居た女性が声をあげた。
「リサ!お止めなさい!」
リサと呼ばれたメイドさんは無言で短剣を鞘に納めると、一礼して部屋の隅に戻っていった。
もう一人のメイドさんから開放されたパウロ君が、ベッドの女性に話しかけた後に私たちのもとに駆け寄ってくる。
「テオおねーさん、ユマリアお姉さん、ごめんなさい!大丈夫でしたか?!」
「ああ、問題ない。大丈夫だ」
パウロ君はテオの返答を聞いて安堵の溜息をつくやいなや、矢継ぎ早に状況を説明してきた。
「フランは僕の妹なんだけど、今朝から様子がおかしくてお医者様を呼んだんだ。でも様態がどんどん悪くなって……お願い、フランを助けて下さい!」
「お願いです!フランチェスカを、娘を助けて下さい!魔法使い様!」
パウロ君の母親であろう女性も、重ねてお願いしてきた。
普通なら見知らぬ小娘が窓の外で浮いているのを見れば、不審に思うのだろうけど、切羽詰まっているのだろう。私たちを藁にも縋るような目で見つめてくる。
<真実の観測者>の効果がまだ残ってるおかげで気付いたけれど、この女性の身体には少し気になる点がある。しかし今は後回しだ。
まずは妹ちゃんの治療が最優先だ。
「もとより今日はそれが目的で来ました。パウロ君の治療がメインのつもりだったけど、この状況じゃ妹ちゃんの方が先ね」
私とテオが部屋に入ると、お医者さんがフランちゃんの様態の推移を説明してくれた。それを聞きながら<体質改善>の詠唱を続ける。
それと平行して様態を見ながら時折、フランちゃんに<生命活性化>をかけていく。
<体質改善>はかなりの高レベル呪文なので、消費魔力も高ければ詠唱時間も長い。だから詠唱を完了させるまでの間、現状を維持する必要があるからだ。
「よーし、詠唱完了!行くよ!<体質改善>!」
ホムンクルスの体に蓄えられた大量の魔力が消えていく感覚とともに、目を開けていられないほどの眩い光が現れ、フランちゃんの体を包み込む。
やがて光が収まると、フランちゃんが穏やかな表情で寝息を立てているのが見えた。
<真実の観測者>による解析を試みたが、彼女の心臓に問題は見つからない。呪文はどうやら成功したみたいだ。
「うん、成功です。これでフランちゃんはお外で遊べる体になったよ」
「き……奇跡だ!神よ!」
「ああ!ああ!有難うございます、魔法使い様!」
お医者さんは天に祈り、お母さんはフランちゃんの手を握りつつ、私に感謝の意を捧げてくる。メイドさんたちはお互い手を握り合って、嬉しそうにしていた。
フランちゃんは今までずっとベッドの上での生活だったらしいので、体力をつけてからでないと、いきなり外へ遊びに行くのは難しい。
しかし心臓の問題が無くなった以上は、そう先のことじゃない。そんな私の説明を聞きつつ、お医者様やお母さんは泣きながら頷いていた。
しかし皆さん、あまり神様には祈らないで欲しいな。私ら神様の敵ですし。
「じゃー、次はパウロ君だね」
私は<魔導機関>に力を込めて魔力を回復させながら、二度目の<体質改善>を詠唱し始めた。
「娘の命ばかりでなく息子まで……。この度は本当に有難うございました。私はこの街の領主の妻、ベネディクタと申します」
「あー……私はユマリアと申します。こっちはテオドーラ」
パウロ君の遺伝子治療を終えたあと、パウロ君のお母さんであるベネディクタさんに改めてお礼をされた。
私たちは領主の庭園に黙って入った侵入者なのだけれど、パウロ君が『二人が路地を歩いていた所を、自分が敷地の中から声をかけたのが切っ掛けで知り合った』と説明してくれたおかげで、不審者扱いされずに済んだ。
もちろん、魔法で娘と息子を治療してくれたから、というのもあるだろう。
「しかしお二人はまだ若いのに、随分と魔法に精通なされているようですな」
お医者さんが感心したよう様子で話しかけてくる。彼はマードックさんと言って、神父さんであり、お医者さんだ。気さくな印象の人で、あまり偉そうに見えないけれど、この街にある神殿で一番偉い人らしい。
「まあ、師匠が凄い人なので、生徒もそれなりなんですよ」
「ほう!お師匠様のお名前は何と仰るのですかな?」
興味深げにマードックさんが聞いてくるが、正直に言ったら不審者に逆戻りどころか天敵として討伐されそうなので、何とか誤魔化したい。
「多分、知らないと思いますよ」
「いや、ユマリア。主様の名を知らぬものなど居ないだろう?」
うーん、テオは素直で正直者だね。後でお仕置きをしてあげよう。
「……私たちの師匠の名は“アルク”と言いますが、ご存じですか?」
「いや……聞いたことはないな。すまないね、テオドーラ殿、ユマリア殿」
「まさか!主様を知らないとは……意外だった……」
「私も存じ上げませんでしたわ。この国の高名な魔法使い様の名は殆ど知っていると思いましたのに」
「うちの師匠は引き篭もりなので、知らないのも無理はありませんよ」
よかった……二人とも知らないみたいだ。<魔導の神>の名は知られていても、ファーストネームはマイナーだったみたい。
私は話を逸らすため『それよりも』と切り出して、別の話題を振ることにする。
「私の魔法鑑定によりますと、奥様のお体には何かしらの<呪い>が掛かっているようなのですが……お心当たりはありませんか?」
「なんですって!?」
「まさか!?」
最初に会った時から視えていたんだけれど、ベネディクタさんの体、詳しく言うなら彼女の“子どもを宿す部分”には呪いがかかっていた。
パウロくんやフランちゃん、既に亡くなってしまったお兄さんの身体が弱かったのは、それが原因だろう。
誰が何のために掛けたのかは知らないが、随分と悪質だ。いや、悪質なんてものじゃない。彼女から生まれる子どもたちへの、遠回しな殺人行為だ。
「取り敢えず、破邪の魔法を掛けさせて頂いても、宜しいでしょうか?」
「え、ええ……お願いしますわ」
許可を得た私は、もう一度<真実の観測者>による解析を試みるが、呪いの内容は分かったものの、誰が呪いをかけたのかは判らなかった。
これ以上の解析行為は無意味だと判断し、<呪詛返し>を掛ける。
すると彼女の身体から、黒い靄のようなものが滲み出てきた。よく見ると、それは小さな蛇かミミズに似たものの群生による、テニスボールくらいの黒い塊だった。
耳を澄ますと、一匹一匹が小さな声で、金切り声を上げている。
『キモっ!』と思った矢先に黒い靄は館の外へ飛び出して、北の方へと飛んでいった。
「な、なんですか今のは!?」
「“呪い”ですよ。<呪詛返し>を掛けたので、呪いを掛けた術者に呪いが跳ね返っていったんです」
「なんと……」
マードックさんは驚いた顔で、靄が飛んでいった方を見つめているが、ベネディクタさんは青ざめた顔で声もなく自分のお腹を見つめている。
自分が産んだ子たちが虚弱な身体の子ばかりだったのは、自分が原因だったと知れば愕然とするよね。しかもあんなモノがお腹の中にずっと居たんだから。
正直に告げたのは失敗だったな……。もっとオブラートに包めばよかった。
「奥様の身体は、何の問題もありませんよ。パウロ君もフランちゃんも元気な体になりました。もう、大丈夫です」
「え、ええ……」
何とかフォローしてみたけど、彼女の顔は晴れない。パウロ君はお兄さんが居たと言ってたしな。もっと早く気付いて呪いを解くことが出来れば、お兄さんも亡くなることはなかったのかもしれない。
でも彼女が自分を責める必要はない。責めるべきは呪いをかけた相手だ。
「それで、もう一度お聞きしますが、<呪い>の魔法を使えるような魔法使いに何かお心当たりはありませんか?」
「……」
彼女は真剣に、過去の記憶を辿る。パウロ君のお兄さんがお腹に居た時には、既に彼女の身体には呪いが掛かっていたはずだ。
この手の特定の部位へ呪いをかける場合は、その場所に最も近い皮膚に触れる必要がある。
過去に彼女の身体へ触れることが出来た人間。その中でも、ある程度の強力な魔法を使える人間。
貴族の女性のお腹に触れることが出来た人間は、そう多くは居ないはずだ。
「一人だけ……心当たりがあります」
「それは誰ですか?」
「我らが<神々の主神>の大司教……パリトキシン様です」
「ま、まさか!?あり得ません!」
マードックさんが信じられないといった顔で否定する。しかしベネディクタさんはそれを無視して話を続ける。
「私がこのラントルコート家に嫁ぐ時に『強い子を宿せますように』と祝福してくださいました。あれが私にとって唯一、夫以外の男性から身体を触れられた時です」
「しかし!ユマリア殿のような女性の魔法使いによって、呪いを掛けられた可能性もあります!」
「いいえ、マードック様。私の身体に触れたことのある女性は、私の実家の侍女や代々仕える主治医のみ。後は両親ですが……それ以外となるとパリトキシン様以外はおりません」
「なんと……」
「それにあの塊が飛んでいった方向です。あの方角は……」
「……この国の首都、パリトキシン様も居らっしゃる“クラウソラス”の街ですな」
それなら呪いを掛けたのは、その大司教で間違いないかな。
しかし目的がわからない。彼女に子どもを産んで欲しくなかったのか?
世継ぎが出来なければ、貴族としての役目は果たせない。
その大司教は彼女に好意を抱いてて、出戻ってくるのを待っていたとか?
でもあの呪いは『子どもが生まれないようになる呪い』ではなく『生まれた子が虚弱になる呪い』だった。
生まれる必要があって、でも長生きして欲しくない?そこにどんな意味があるのだろう。全く意味がわからない。他に何か別の目的や意図があるのだろう。
「それにしても目的が解りませんね……」
私が首を捻っていると、ベネディクタさんは『もしかして……』と、青ざめた顔で呟いた。
「何か心当たりが?」
私がベネディクタさんに問いかけた時、突如として地響きが起こり、その直後に屋敷の窓が大きく揺れだした。
自身の振動に耐え切れずに窓カラスには幾つもの罅が入り、その何枚かは割れ、破片が部屋の中へと飛び込んでくる。
「きゃああ!」
「うわっ!」
「何?地震?!」
「いや違う!外を見ろ!」
ベネディクタさんとマードックさんは、屋敷が揺れた拍子に床に倒れてしまう。
その二人にメイドさんたちが近寄り、起き上がらせようとする。
テオは転ばないようにパウロ君の体を支えて居るが、真っ直ぐ窓の外を見つめていた。
テオの叫びに反応し、私は急いでテラスに駆け寄って、外の状況を確認する。
「なに……あれ……?」
違和感のある景色に、思わず声が溢れる。
見渡しの良いテラスの外に広がる街の風景の中に、白い羽を生やした巨人の上半身が幾つか見えた。




