夜明け
「ごめんなさい。私のせいでこんなことに」
「アンタが謝ることじゃない。攫ってったのは俺なんだ」
人事のように、妙に落ち着いた口調で言った。システィーユは、ふと思い出したように
ポケットに入った月のブローチを握りしめて、鉄格子に向けて手を開いた。
「これ、本当はあなたの物だったのね」
システィーユの手の中で月のブローチは鈍い光を放っていた。
「あなたが怪盗になって探してたものって、これだったの?」
ソナタはしっかりと目を見開くと、痛々しい体を起こした。
「…あぁ。セルハイムに奪われた大事な家宝さ」
そういってシスティーユの手から、ソッとブローチを受け取る。するとソナタは
いつにもなく曇った顔を浮かべた。
「ごめん、システィーユ。あの時お前を攫ったの、これを取戻すためだったんだ」
システィーユはうんうんと頷くと、ブローチを持っていた手を手を重ねるようにして
閉じさせた。
「気にすることなんてないわ。私もね空を飛んだり、河原で夜空を見たり、とっても
楽しかったもの」
そう言ってシスティーユは自然と微笑んでいた。それを見て少し安心したのか、ソナタも
目線を下に向けたまま口元だけ微笑んだ。
システィーユは近くにあった木の机の上で、輪の中にたくさんの鍵がついたものを見つけた。それを取ると、一つ一つ鍵穴に差し込む。
「おい、何やってんだ」
冷えた口調でソナタが言った。それでもシスティーユは鍵と穴の方に目を
むけながら答える。
「ソナタ、ここから出るのよ。このままいたら、あなた殺されちゃう」
手応えのある音が牢獄の中に響いた。システィーユはソナタとの間にひかれた鉄格子の
扉を、きしませながら大きく開いた。
「出て、ソナタ」
「無理だよ」
意外な一言だった。
「あの時足をやられた。走ることもままならないんだ。絶対に掴まる」
ソナタの足は真っ赤な赤と黒を塗りたくったように、血だらけになっていた。
その痛々しさに思わずシステイーユは目を瞑る。
「ありがとな、システィーユ。もうお別れだ。…お前はもうここにいちゃいけない」
システィーユは重いまぶたを開けると、押し黙ったままソナタのいる牢獄の中へと車椅子を押した。
「システィーユ?」
「ソナタのお願いごと、まだ叶ってないもの。今度は私がソナタを助ける番よ」
その時、階段を駆け降りる音が聞こえてきた。リリスだろうか。もしかしたら
嘘がばれて、隊員達が戻ってきたのかもしれない。それでもシスティーユは動こうとしなかった。
「お嬢さま」
「リリス、無事だったのね」
安心したのも束の間。リリスが叫んだ。
「もう、限界ですわ。治警隊が戻ってきます」
それでも彼女は諦めていなかった。リリスの方に向き直ると、しっかりとした眼差しを
向けて言った。
「リリス、これが最後のお願い。私の車椅子を使ってソナタを助けて」
「お嬢さま」
これにはリリスも声を張り上げた。
「ソナタも車椅子に乗れば足が動かなくても平気だわ」
「いくらなんでも、それはできませんわ」
滅相もないといった感じでリリスは首を何度も横に振った。
「お願い、私じゃできないの。あなたにしか頼めないの」
手が小刻みに震えて止まらなかった。最後の方はまともにリリスの顔を見ることも
できずに下に俯いた。それでも、涙だけは流してはいけないとシスティーユは自分に
言い聞かせた。
「手、貸してくれないか。システィーユ」
牢屋の中からソナタはシスティーユに向けて手を伸ばした。システィーユはソナタの
土埃のついた手をためらいなく握った。
リリスもソナタを起こすのを手伝うと、ソナタは右足をひきずりながら歩き出した。
システィーユの手に支えられながら。
地上への入り口へ急ぐと、長い階段が立ちふさがった。
足を負傷して動けないソナタと、車椅子がないと動けないシスティーユたちにとって、
その階段は深い絶壁のようにも思われた。
「メイド、システィーユをおぶって登れるか?」
ソナタがリリスの方を見ていった。
「お嬢さまだけでしたら、多分なんとか…しかし、車椅子までは」
「十分だよ」
そういってソナタは、システィーユの手を借りながら近くに落ちていた鉄パイプのような物を拾い上げると、それを松葉杖の代わりに階段に向かい始めた。リリスはシスティーユを背中に背負うと、一歩一歩階段を上り始めた。それに続くようにソナタも登り始める。
しかし階段の半分まで来た所で、リリスのペースが一気に落ちた。
「大丈夫、リリス?」
心配そうにシスティーユは尋ねた。リリスは頷くと、さっきまでとは言えずとも少しだけ
ペースをあげた。システィーユは下を見ると、少しずつ慣れてきたのかソナタもそれに続いてちゃんと登ってきている。自分だけ楽をしてしまっていることに、少し心が重かった。
やっとのことで登り終えると、まだ治警隊がやってきていなかった。リリスはソナタが
登り終える前にシスティーユを床に座らせると、
「今車椅子を持ってきますわ」
そういって、どこかへ走って行ってしまった。しかしすぐに車椅子をひいて戻ってくると
外出用の車椅子にシスティーユを乗せた。その頃ソナタがやっと階段を上り終えることができた。
「とりあえず、私の部屋まで行きましょう」
リリスを先頭にシスティーユの部屋に向かって歩き出した。リリスの合図でシスティーユたちが後を追う。それを繰り返してどうにかシスティーユの部屋の前まで辿り着くことが
できた。ただ何人かの自警隊がシスティーユの部屋の周りをうろついており、気づかれずに行くことは無理だ。
リリスは覚悟を決めたように、治警隊の前に躍り出た。
「大変よ、怪盗ソナタが脱獄したわ!急いで地下に来て!」
そして近くにいた隊員の手を引いた。リリスはシスティーユ達の前を通り過ぎる時に
小さく微笑んだ。システィーユも胸に込み上げてくるものを感じながら微笑み返した。
部屋の周りに誰もいなくなったのを確認すると、すぐさま部屋の中に逃げ込み
鍵を掛けた。
それでもなんだか心配になったシスティーユは、持てる限りの物を部屋のドアの
前に積み上げた。ソナタは持っていたパイプを床に転がすと、窓枠に座って
ぼんやりと外を見ている。
「ソナタ、私あなたについて行きたい」
ソナタは驚いたようにシスティーユを見返した。しかしすぐに首を振った。
「助けてもらったのは感謝してる。でも、アンタを連れてはいけないよ」
「どうして?どうしてダメなの!?」
システィーユは高ぶった感情からか頬が紅潮しているのを感じていた。今を逃したら
もう二度とソナタに会えないような、そんな気がしてならなかった。
「今の俺じゃ…」
システィーユに聞こえないぐらいの声で呟いた。しかし何を思ったのか、ソナタは
首を振ると微かに微笑んだ。
「流れ星…流れ星にお願いしたら、また望み叶えにやってくるかもよ」
「そんな、星なんてもう出ていないわ」
その代わりにシスティーユの頬から滴が落ちた。ずっと我慢していたものが
崩れ落ちるように、システィーユは涙が止まらなかった。
ソナタは片足を引き摺りながら、苦痛そうに片膝立ちをした。そしてそっと
指でシスティーユの頬を伝った涙を拭った。
「願っててくれれば、きっと迎えに行くから。絶対」
ボロボロに傷ついたソナタの強い眼差しに、システィーユは小さく頷いた。
「ずっと、ずっと流れ星探すから。ずっとお祈りしているから」
それを聞いて満足したのか、ソナタはシスティーユの手を取ると、その甲に
キスをした。
「さよなら、システィーユ」
彼はその言葉を残して、あの時と同じ窓から姿を消した。
システィーユは見送ろうともせず、頬を伝う涙を拭おうともせず、まだ不思議の感蝕の
残る手を、もう片方の手でしっかりと握り締めた。
気づくと、システィーユの部屋に朝の光が立ちこめていた。
星降る長い夜は、ようやく終わりを迎えた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
少しでも読んでくださった方の心に残るものがあれば幸いです。
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P.S 誤字、脱字などのご指摘をいただき、さっそく修正致しました。
教えて下さり、本当にありがとうございましたvv