第1話 底辺
「人間、何か最後に言い残すことはありますか?」
場所は魔王城の門の前。
俺は今、複数の兵士に囲まれて、暗くて冷たい石の床に転がっている。突きつけられた剣の先から聞こえたのは、優しくも芯のある若い声だった。
声の主は、俺と同じくらいの歳に見える少女。……いや、自称”魔王”のそいつは、まるで路上のゴミを見るような目で俺を見下ろしている。
動きやすそうな鎧と黒いマント。耳が尖った、白髪ショートの美少女。……なのに、握っている剣だけは、不気味なほど真っ黒で禍々しい。
今、俺が少しでも動けば、一瞬で首を飛ばされる。そんな冷たい空気と気迫。そこに立ち込める殺気だけで、胃液が逆流してきそうなほどの圧迫感を感じる。
俺は今、魔王に殺されかけている。
尻もちをついたまま、指一本動かせない。ボロボロの体は、動かそうとするたびに砕けた背骨が肉を内側からゴリゴリ削って、痛すぎて叫び声すら出ない。
ていうか、そもそも重度のコミュ障の俺には、魔王と目を合わせるなんて無理ゲーだ。相手が女ってのもあって、余計に挙動不審になりそうだし、目のやり場に困る。いや、死にかけてる時に何を気にしてんだって話だけど。
……えっと、ここから入れる保険はありますか? 誰でもいいから助けに来てくれよ。アン〇ンマンでも誰でもいいからさ。
冗談はさておき。
一体なんで俺がこんな状況になってると思う?
理由は簡単。俺が「チー牛」だからだ。……まあ、死ぬ前に詳しく話してやろう。
時は20XX年。
クッソ気持ち悪い顔で、猫背で覇気もない低身長の男子高校生が、死んだ魚の目で通学路をのろのろ歩いていた。
そう。このチー牛こそ、俺……牛島千温だ。
別に自慢じゃないけど、自分でも性格は相当こじらせてると思う。でも、今まで受けてきた扱いを考えれば、こうなるのは「自然の摂理」ってやつだろ。
楽しそうに歩いてるリア充の集団を一瞬見つめる。そいつらと一瞬目が合って、クスクス笑い声が聞こえると、「俺の顔を見て笑ったのか?」と反射的に目を逸らす。キッショ。絶対俺のこと笑っただろ……。
自意識過剰かもしれない。でも、俺のこの顔だ。バカにされても仕方ない。正直、このキモいツラを晒して歩くのは毎日が地獄。顔の半分を隠せるマスクは、俺にとっての「命綱」だ。
友達? 中学の頃がピークだったよ。高校で出来た友達は、……マジで0人。俺の好きなゲームをやってる奴もいねえし、いたとしても、自分から話しかける勇気なんてあるわけねえ。
あ、俺、一応いじめられてるから、そもそも無理か。
人間って、自分より下だと確信した獲物を見つけると、本当に嬉しそうにいじめるよな。自分の方がマシだって誇示したいわけ? 殴っていい?
前の方を女子生徒たちが歩いてる。
後ろを歩き続けると「ストーカー」扱いされかねないから、あえて遠回りして回避。冤罪を着せられた瞬間に、俺の詰んでる人生は完全に終わるからな。
……え、なにこれ。俺、毎日リアル「サバイバルゲーム」でもやってるの?
冗談抜きで、そんな感じだ。生きづらい世の中だよ。
ああ、今日も退屈で地獄で、何の価値もない学校が始まる。このまま死んで、異世界に転生して、イケメンに生まれて、イージーモードで人生を謳歌したい。
マジな話、容姿がいい人間は生涯年収が17%も多いってデータがあるんだ。年収じゃねえ、”生涯”だぞ? 取り返せない差だ。俺のために誰か死んで、ガワだけ俺に寄越してくれ。
ため息をついて、俯きながら校門をくぐる。
人とぶつからない程度に、視線は地面だ。余計なトラブルは勘弁してほしい。すれ違いざまに舌打ちや笑い声が聞こえても、気にしない(めちゃくちゃイライラしてる)。
靴を履き替え、廊下の隅っこを歩いて、階段を上がる。
絶対に誰とも目を合わせない。そう自分に言い聞かせながら、自分の教室へ向かう。
2年2組のドアの前で、一旦止まる。
中からは、楽しそうなクラスメイトたちの声。俺はここでいつも深呼吸をして、「覚悟」を決める。
なぜかって? 入ればわかるよ。
震える手で教室のドアをスライドさせた。ガラガラと、嫌な音が響く。
その瞬間、空気が凍りついた。
クラス全員の視線が、一斉に俺に突き刺さる。俺はこの空気が怖くて、怖くて仕方ない。……殺してやりたいよ。容姿にトラウマがある俺にとって、この視線がどれだけの暴力か、お前らには分からないだろ。
まあ、本を読んでて気にしない奴や、スマホにすぐ目を戻す奴もいる。全員そうならまだマシなんだ。
一番の問題は、俺の席に当たり前のように座って、ニヤニヤしながらこっちを見てるアイツだ。
「よお、チー牛」
鼓膜を震わせる、太くて野太い声。サイドを刈り上げて剃り込みを入れた、三白眼のクソ野郎。さっき言った「いじめの主犯」だ。名前は”棒緑”(ぼうりょく)。皮肉にもほどがある名前だぜ。
ていうか、なんでいつも俺の机に座ってんだよ。俺のことがそんなに好きか?それとも、自分の強さを確認しなきゃ死ぬ病気か?
殴りたい。殺したい。でも、俺は拳が白くなるまで握りしめて耐えるしかない。普通を装って自分の席に歩いていく。
その周りには、いつもの取り巻き。
キザで整った顔がイラつく”半寒”(はんさむ)。
茶髪で安っぽい香水の匂いをさせた、分かりやすい”魏屋琉”(ぎやる)。
どこにでもいそうなモブ顔の”モブ崎”(もぶざき)。
今日も俺を見て、楽しそうに笑ってやがる。
怒りと、惨めさ。やり返したくても人数で負ける。1対1でも勝てねえよ。仮に勝てたとしても、「キモいチー牛が暴力を振るってきた」って言われれば、クラスのヒエラルキーが低い俺の言い分なんて誰も聞かねえ。どうあがいても無駄だ。
適当に筆箱を出して、授業の準備をする……フリをする。この空気の中で何をすればいいか分からないから、とりあえず手を動かしてやり過ごすしかない。
すると、半寒が俺の筆箱からペンを抜き取った。それは毒親からもらった少ない小遣いでやっと買った、俺のお気に入りのシャーペンだ。グリップがモチモチしてて、唯一の癒やしだったのに。
「なあ。チー牛のくせに、なんでこんな良いシャーペン使ってんの?」
魏屋琉とモブ崎も、面白そうに俺のペンを弄り回す。
「何このグリップ、プニプニしててウケるんだけど」
「これ、改造しようぜ」
おい、やめろ……。
声を出しそうになっても、自分の気持ち悪い声が響くのが怖くて、目立つのが怖くて、言葉が出ない。手を伸ばしても、棒緑にバシッと叩き落とされる。棒緑は勝手にシャーペンを解体し始めて、グリップを引き抜いた。
「おい、魏屋琉、これやるよ」
「マジ!? ありがと……あ、やっぱいいわ。チー牛が使ってたやつでしょ?」
「ハッ、確かに。汚ねえもんな」
……そうだろ。チー牛が触ってた物なんて、お前らには汚物に見えるだろ。
今すぐにでも、こいつらをブチ殺して、拷問して、泣き叫ぶ顔を見たい。脳内では何度も実行してる。現実でやったら、俺の人生が完全に終わるからできないだけで。
「おい、ほどほどにしておけよ。風紀が乱れる」
「そうだよ。牛島君、嫌がってるでしょ」
また、いつもの「優等生」たちが現れた。
1人は、イケメン委員長の”池麺”(いけめん)。鼻につく名前だ。整った黒髪、勉強も運動もできる完璧超人。こいつの失敗なんて誰も見たことがない。
池麺が笑うたびに、女子たちは頬を赤らめて溜息を漏らす。卑屈さを知らない高い声。俺ですら惚れそうになる。……まあ、真面目すぎて彼女はいないらしいけどな。
もう1人は、”清楚”(せいそ)。なぜか俺を庇う美少女。手入れされた指、優しい目。長く綺麗な黒髪。……ま、本心じゃ俺のことをどう思ってるか知ったこっちゃないけどな。
こいつらは俺っていう「弱者」を助けることで、自分の善人ポイントを稼いでるだけだ。良かったな、俺がいて。
この2人が来ると、棒緑たちは舌打ちしながら席に戻っていく。面倒な奴らを追い払ってくれるのだけは感謝してやるよ。成功者(勝ち組)を見てると、羨ましくて反吐が出るけどな。
「もうっ、牛島君もちゃんと言い返さないとダメだよ?」
清楚が頬を膨らませてアドバイスしてくる。知らねえよ。お前には俺のこの汚い声も、言い返した後に待ってる地獄も、何も分かってないんだ。
「はあ、牛島。清楚の言う通りだ。僕たちがいない時にどうするつもりなんだ? まあ、何かあったら相談してくれ」
……あ? イケメン気取りか? イケメンだけど。でも、こいつは性格が良すぎて完全に憎めないのが、余計に腹立たしい。
そんなやり取りをしていた時だ。地面がぐらりと揺れるような、変な違和感を感じた。周りの生徒も気づいたみたいで、「地震?」「え、なに」とざわつき始める。
一瞬の静寂。
次の瞬間、教室の中が眩しい金色の光に包まれた。足元を見ると、床一面に光輝く「魔方陣」が描かれていた。
「なんだこれ!」
「何!? 怖い!」
「逃げろ! これマジでやばいやつだ!」
「もしかして、異世界転移……?」
「なんでお前はそんな冷静なんだよ!」
パニック。絶叫。走り回るクラスメイト。俺はと言えば、「なんのドッキリだよ」とか「時限爆弾でも埋まってたんか?」とか、冷めたことを考えていた。
……でも、ほんの少しだけ期待もしていた。
もしかして異世界に行けば、俺も最強(俺TUEEE)になって、こいつらを見返せるんじゃないか、なんて。アホらしいけどな。
気づいた時には、視界は真っ白になっていた。
俺はあまりの眩しさに、反射的に目を閉じた。
名前とかは結構前作品の使いまわしです笑
名前考えるセンスが……
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