ティライム・ティラミス
1章16話からのifと言うかティラルート。
・昼休みの事だ。
ライラはティラ、ラモン、シュトラ、ケーラと共に昼食をとっている。
「昨日のキリエさんの試合すごかったよね。あたしあのカード初めて見たよ」
6月。パラレル部最初の試合を迎え3回戦で終わったあの日の翌日。
ティラが激甘いちごカレーを頬張りながらに言う。
あのカードとは恐らく蒼のカードの事だろう。
そして昨日の試合とは全国放送されたタイトル戦の話か。
「対戦相手の女の子が可愛そうなほど強かったからね」
「相変わらずあなたのお姉さまは最強ね、ユイム」
「あ、はい。そうですね……」
ユイムを騙るライラは手を離せずに返す。
キリエ・R・X是無ハルトはユイムの姉でありライラからしてみれば
目の前にいるシュトラ以外で唯一自分の正体を知る人間だ。
そして、そのシュトラさえ預かり知らぬことなのだが昨日キリエと戦った女の子と言うのは
ライラの妹であるリイラ・K・円cryンである。
連絡手段がないためこのような状態になってから2か月近くも会話をしていないが
きっとあれだけの大敗を全国放送されてしまえば落ち込むに違いない。
しかし、あの結果は仕方がない事だ。
確かにリイラは小学生ながらかなりの実力者だ。
だが、それでも自分の半分程度の実力しかない。
ライラでも恐らく勝ち目がないキリエが相手では結果は目に見えていた。
「でも、あの子。えっと、なんて名前だっけ?」
「リイラ・K・円cryンでしょ?」
「……円cryン?」
ラモンの言葉にシュトラが箸を止める。
「そう! リイラちゃん! あの子すごいよね。
まだ小学生なのにタイトルに出られるんだよ? きっとあたし達より強いんだろうなぁ……」
「そうだろうね。きっとこの中で勝てるのはユイムかケーラくらいじゃないかな?」
「いえ、私にタイトル出場が果たせるほどの自惚れはありません」
きっぱりとケーラは返す。
対してライラは非常に複雑な事情から苦笑するしかなかった。
・昼休み終盤。
各々が自分の教室へ戻ろうとする中ライラはシュトラに止められた。
「ライラくん、さっきのリイラって子、もしかして……」
「…………はい。僕の妹です。試合を見ていたので間違いありません」
「……そう、なんだ。連絡してないんだよね?」
「…………はい」
「キリエさんは何て言ってたの?」
「ラストネームで僕の関係者だと言う事は分かったみたいなんですけど
まともに話す暇がなかったそうです。あいつ、すぐに逃げてしまったみたいで」
「…………」
「シュトラさん?どうかしました?」
「…………ううん、やっぱりライラくんも男の子なんだね。妹をあいつ呼ばわりするなんて」
「……あ、すみません。はしたなかったですか?」
「そんなの私は気にしないわよ。でも、心配ね。結構な負け具合だったんでしょ?」
「……はい。でも、あいつの実力では目に見えてましたから」
「……そうなんだ」
廊下。
肩を並べながら小声で話す。
ライラがユイムの姿を借りた”少年”である事はこの学校では現在絶賛不登校中のキリエと
このシュトラしかいない上ここは女子校だ。知られるわけには行かない。
だが、緊張が抜けているのか二人はまるでそれを意識していないように会話する。
「…………」
二人の後ろで自らの教室から出た直後のケーラが二人の背中を見やる。
「…………まさか、ね」
数秒見やってから踵を返してトイレへと急いだ。
・放課後。
パラレル部、部室。
ライラとケーラが主導してトレーニングメニューをこなしている。
本来顧問であるはずのMMは最近姿を見ないのだが完全に5人は存在を忘れている。
とは言えこれ以上の試合をするのならば顧問の力は必要不可欠だ。
なので今日のメニューを終えたらライラとケーラで直談判をする予定でいる。
のだが、
「…………」
「ティラさん?どうかしましたか?」
ジョギング中。
ライラがティラの背中に声をかける。
ライラが出遅れているのでなくティラが周回遅れをしているのだ。
「う、ううん。何でもないよ?」
振り返り、微笑む。
確かにティラはあまり運動神経に優れている方ではない。
速力も間違いなくライラには劣るだろう。
しかしだからといって周回遅れになってしまうほどではない。
今までのトレーニングで少なくとも一般生徒よりは速くなっているはずだ。
その彼女が今はこの足並みだ。
「……どこか調子でも悪いですか?」
「…………大丈夫だよ」
逡巡。
答えを濁すがしかしそれが答えを示しているようなものだ。
そして、
「あ……」
ティラは自らの靴紐に足を取られて転倒してしまった。
「わ!」
目の前でティラに転ばれたためライラも躓いて転んでしまった。
「ティラ!ユイム!大丈夫!?」
向かいを走っていたラモンが中央を切って走ってくる。
「あ、あたしは大丈夫……」
「ぼ、僕は……」
ライラの、ユイムの体はティラの下半身にのしかかる形だ。
ライラが慌てて立ち上がろうとしたが、
「あ……!」
すぐにまた倒れてしまう。
「ユイムちゃん!?」
「……これは……足を挫いているね」
ラモンが診る。直後にケーラとシュトラもやって来た。
「どうなさいましたか!?」
「ライ……ユイムさん大丈夫!?」
「な……何とか……ううっ!!」
声は平然を構えるがしかし足が言うことを聞かない。
後ろからラモンに支えられて持ち上げられる。
「ゆ、ユイムちゃん……」
ティラが心配そうな目で見つめる中ライラは
ラモンとシュトラによって保健室に運ばれていった。
・検査の結果はこうだ。
ライラの左足は確かに捻挫していた。
しかし、転倒の際に右膝を床に激突させていた。
それにより右膝の半月板が壊れてしまい、しばらく入院することとなってしまった。
X是無ハルトが口を効かせたために最新医療の病院に運ばれたため
一週間ほどの入院で済みそうだがその間練習は愚か登校も出来ない。
「…………」
病室でライラは虚空を見やった。
自分がまだ自分の肉体を持っていた頃、何度も受身の練習はした。
転んでも傷を負ったことはなかった。
しかしそれが今傷を負うどころか両足を怪我してしまった。
その事に強く自責の念を感じていた。
敢えて言い訳を考えるであればティラの下半身が邪魔になっていて
受身に失敗したために半月板を損傷してしまったのだが
それも最初に足を捻挫などしていなければ避けられたはずだ。
全く自分が愚かで仕方がない。最低の愚物だ。
だから、病室の扉の向こうでティラが立ったまま硬直しているのも気配で分かっていた。
それを察知して刹那でも彼女に対して悪意を孕んでしまった自分が決して許せない。
「……ティラさん?」
「あ、う、」
声をかけると扉が開けられてティラが申し訳なさそうに入ってくる。
「ティラさん、ごめんなさい」
「え、どうしてユイムちゃんが謝るの……!? ひょっとしてあたしの妄想かな?ごめん!」
「あ、いえ。妄想ではありません。現実です。
僕は、自分の至らなさをティラさんに由来させそうになりました。本当に申し訳ありません」
「…………ふぇ、」
「え……?」
頭を下げると、何故か嗚咽が生まれた。
顔を上げるとティラが大いに表情を崩して涙していた。
「ティ、ティラさん!?」
「ごめんね……ごめんねユイムちゃん……。
あたしの、あたしのせいで……こんな……こんな…………!」
「ティラさん……」
それからティラは完全に泣き崩れてしまい、しばらく話にならなかった。
………………
…………
……
1時間ほどが経過しただろうか。
やっとティラが泣き止んでくれた。
「ごめんね、ユイムちゃん」
「い、いいですよ。僕の方こそすみません」
そうして再び頭を下げた。
「……あ」
先に顔を上げたティラがライラの、ユイムの頭を見て声を上げる。
いつもはライラよりも背が低いため気が付かなかったが
彼女の側頭部と耳の中間程度には小さな火傷があった。
「ごめんね、その火傷もまだ治ってないんだよね」
「え……?」
「あ、そっか。記憶ないんだったね。ごめん」
「火傷?」
「うん。ほら、ここ。
1年前にあたしがホットケーキを焼いたんだけどフライパン初めて握ったから
ユイムちゃんのそこにホットケーキを掠めちゃったんだよ。
……あ、でも後から気付いたから結局ユイムちゃんには言えなかったんだよね」
「…………」
ライラが思案した。
この体は2か月前に本物のユイムによってチェンジのカードで
ユイムそっくりの姿に外見を変えられた物だ。
ティラの話が本当だとしたらその火傷がここに残っているはずがない。
そう言えば先日の試合の際にもこの体には前にも何度か魔力暴走を起こした跡が
あると診断された。その時から微かに引っかかってはいた。
……脳を一瞬掠めた可能性。それが恐怖過ぎた。
「あの、ティラさん。1つお願いがあるんですけど」
「え?」
・数時間後。
ティラを通してライラに呼ばれてキリエがやって来た。
「どうしたのかしら?何か変化でも?」
「キリエさん、聞いてください。僕のこの体は、ユイムさん本人のものである可能性があります」
「…………なんですって?」
「僕は今までチェンジのカードで僕の体の外見だけがユイムさんの物になってるって
そう思っていました。でも、もしもチェンジの効果がお互いの肉体を交換するものだったら?」
「…………」
「……もし、この考えが正しければ本物のユイムさんは現在僕の体を使っている可能性があります」
「……分かりましたわ。すぐに議会で調べます」
そう、義手の少女が振り向いた時だった。
「あ」
「…………」
閉ざされていたはずの病室のドアが僅かに開いていた。
そして、ドアの向こうにはティラがいた。
「…………ゆ、ユイムちゃん、今の話ってどういう事……?」
「ティ、ティラさん……」
唇を噛んだのはライラだけではなかった。
共通項同士の二人は顔を見合わせ、1つの決意をした。
「……………………え?ら、ライランド・円cryン?」
「…………はい、それが本当の僕の名前です」
全てを話し終えたライラが頭を下げる。
「嘘……でしょ?男の子……?」
「…………」
「ティライムさん。この事は口外禁止と議会から命令が出ています。
なのでくれぐれも口外しないように。家族相手でも許可は出ません」
「……………………」
「……キリエさん、申し訳ありませんが少しいいですか?」
嘆願。
その意図に達したキリエは嘆息してから部屋を出た。
それから数秒。
「……ティラさん、本当に申し訳ありませんでした。
僕は、今まであなた方を騙していました。それを衒うつもりはありません」
「………………他に誰か知ってる人いないの?」
「シュトラさんが知っています。その事はキリエさんにもまだ言っていません」
「…………どうして?」
「……キリエさんは場合によってはユイムさんを殺してしまうかもしれませんから」
「…………え?」
「議会に属さない者がナイトメアカードを使用するのは厳罰に値します。
もしかしたらユイムさんは発見されたらただの死刑では済まされないかもしれません。
だからキリエさんは自分が最初にユイムさんを見つけたなら
その手でユイムさんを殺害するかもしれません。
だからその事に気付いた僕はシュトラさんに協力を求めました。
それでキリエさんの予想を上回る為にシュトラさんの事を今まで黙っています」
「…………そうだったんだ」
「先程キリエさんにユイムさんの事を話したのは、
もしユイムさんが今の僕と同じように僕を真似て故郷で暮らしているのだとしたら、
僕の仲間が守ってくれるかも知れない、そう思ったからです。
一人一人ではキリエさんを止められる事は出来なくてもあそこには頼りになる仲間がいます。
だから総出で掛かれば何とか止められるかもしれません」
「…………それであなたはどうするの?」
「…………分かりません。
もしかしたらユイムさんを守るために彼女を匿って遠いどこかへ行くのかもしれません」
「…………それであなたはいいの?」
「……………………昔、一人の少女がいました」
「え?」
「でもある出来事のためにその少女は怪物になってしまった。
昔大空を飛んでいた猛禽類のような翼と爪を持って殺意だけに囚われた怪物。
その怪物になった少女を人間に戻してくれたのがユイムさんでした。
彼女の強さを放送で見た少女は自分も彼女のように強くなりたいと思ったんです。
……直接会ったのはこの前の試合の時だけでしたがすごく心強かった。
…………僕が今ここで生きていられるのも彼女の、ユイムさんのおかげです。
もしも彼女に会わなかったなら僕はただただ命を奪うだけの怪物として飛来していたでしょう。
だから僕は、彼女を救うためならもう一度人間をやめるつもりでいます。
少なくとも僕はこの体をユイムさんに返すまでは立ち止まるわけには行かないんです。
…………だから、烏滸がましい事は重々承知しています。
それでもお願いします……どうかキリエさんの指示に従ってください。
そして仮に僕が体を返せた後に何かあった場合にはユイムさんの事をお願いします」
「…………」
黙るティラ。やがて、面会時間終了のチャイムが響く。
「……ティラさん」
「あなたは、あたしや他の部活のメンバーをどう思ってるの?」
「…………大切なお友達だと思っています」
「……その大切なお友達を騙しているんだよ……?」
「……………………はい」
「…………あたし達はあなたを信じないかもしれない。
それでも、あたし達を信じられる? 大切だと思える?」
「…………はい」
「……………………そう、うん……。分かった」
「…………え?」
「あたし、あなたとの約束を守るよ。
それだけじゃない。あなたの力になりたいな。
だって確かにあなたはあたし達を騙していたかもしれない。
でもあなたのせいじゃないもん。と言うかあなたは被害者でしょ?
今はさ、それでいいじゃない。ユイムちゃんを見つけ出すまではさ」
「…………僕が怖くないんですか?
怪物だった頃の僕は…………人を殺してるんですよ?」
「…………………………うん。それでもあなたはあたし達を信じてくれる。
大切だと思ってくれている。それなら理由は比べるまでもないよ」
「……ティラさん……」
「じゃ、あたしもう帰るね。あ、ちゃんとラモン達には黙っておくから
シュトラちゃんには大丈夫なんだったよね?」
「あ、はい」
「じゃあね、ライランドちゃん」
そうして笑顔のままティラは病室を去った。
その笑顔はいつもの物とは少し色が違っていた。やはり多少の混乱はあるようだ。
部屋を出ると同時に見回りのナースに出くわして何やらごまかし笑いをしている。
そしてピューっと言った擬音が聞こえそうに去っていってしまった。
「…………はぁ」
誰もいなくなった夕暮れの病室でライラはため息をついた。
まさか自分の素性を語ってしまうことになるとはここまで自分は冷静さを欠いていたとは。
山TO氏で一番の親友だからと言って甘え過ぎただろうか?
「……はぁ、話しちゃったな」
口角を上げユイムのものでも自分のものでもない声で言葉を捨てた。
・一週間が過ぎた。
ライラも杖で右足を庇いながら登校が可能となった。
もちろんまだ部活への参加は不可能であるが。
「そう。なら決して無理はしないように」
「はい、MM先生」
MMに話を済ませてから教室へ向かう。と、
「やっほ、ユイムちゃん」
職員室を出るとティラとラモンが待っていた。
「ティラさん、ラモンさん……待っててくれたんですか?」
「まあね」
「足は大丈夫? カバン持ってあげようか?」
「いえ、これくらい大丈夫です」
「…………」
「ティラさん? どうかなさいましたか?」
「あ、ううん! 何でもないよ!?」
「…………」
ティラの不審をしかしラモンは見逃さなかった。
「ティラ、何か隠してない? 最近の練習でもあんた様子が変だよ?」
「そ、そうかな?」
「ティラ、あまり私を舐めるんじゃないよ? どれくらいの付き合いだと思っているのさ」
「…………ごめん」
「で、何かあったの?」
「…………」
問われているのはティラだ。しかしモノがモノのためライラも唾を飲む。
「…………うん、実はね」
ティラは俯きから顔を上げ二人の顔を見やる。
真面目に言葉を待つラモンと緊張した表情のライラ。
「あたし、パラレルに向いてないかな? って最近思うようになったんだ」
「え?」
二人して首をかしげる。
「あたし、体力あまりないし。最近のユイムちゃんの体術も上手く出来てないし。
タッグでもラモンがメインでしょ? あたしはサポートだけで……」
「そんな事は……」
「ランニングだっていつも周回遅れだし……。
あたし、文字通りみんなの足引っ張ってばっかりだなってちょっと自信なくしてたんだ」
言われて二人は最近のティラの練習風景を思い出す。
そしてついでに少し前にタイトル戦での話をしたことも思い出す。
「だから今度町内大会に一人で参加してもしベスト4入り出来なかったら
あたし、パラレルをやめようと思う」
・週末。町内大会。
ティラがこの大会に参加する。ティラも含めて参加選手は16人。
この中でベスト4入りするには2回勝つ必要がある。
ライラ、シュトラ、ラモン、ケーラが応援に付いている。
その中でまず一回戦目、全8試合が始まった。
この大会は誰でも参加出来る非公式大会のため基本的に選手のレベルは低い。
全くの素人だったり趣味の一種として参加していたりな人も多い。
しかし中には本来地区大会や全国大会に参加出来るレベルでありながら
身近にパラレルのチームがなくて公式大会に参加出来ず代わりにここで腕を磨くと言う者もいる。
ライラがかつて戦った伊達・リュフト・X・ヴァルヴァッハも地区大会レベルではあるだろう。
ついこないだタッグとは言え地区大会で3回戦まで勝ち進んだティラも間違いなく同レベル以上はある。
そのため今回は場合によっては優勝することも十分にありえるだろう。
そうして少しでも彼女に自信が付けばいいのだが。
「あ、始まりますよ」
ケーラが言い、4人が注目する中ティラの一回戦目が始まった。
非公式とは言え正式な形式の試合で1対1を行うのは久しぶりだ。
決して緊張していないわけではなくむしろ心臓バクバクだ。それでもやるっきゃない。
何も自暴自棄のために自分でルールを絞ったわけではない。
自分に自信を付けまた、みんなと一緒に部活で楽しみたいからこそ律したのだ。
一回戦の相手は主婦だった。齢は40を超えているか。
だが、彼女の魔力は全く素人とは言えない精度だった。
恐らく学生時代は自分と同じように部活でパラレルをやっていたのだろう。
もしくは若い時には実業団だったかもしれない。
いざ試合が始まりカード同士をぶつかり合わせると、
確かに魔力や戦術は低くはなかったが決して高いというほどでもなかった。
間違いなく素人ではなかったがここ2か月猛特訓していたティラの相手ではない。
慎重すぎたからか本戦では決着をつけられなかったが延長戦では開始20秒でKOに成功した。
「はあ……はあ……やった……」
汗をぬぐい、呼吸を整える。客席を見ると仲間達の喜ぶ顔が見える。
15分後には二回戦が始まる。それまでに一度客席に戻って声をかけてみるか?
いや、ただの一回戦突破だ。それで慰めてもらうのは情けない。
トイレにでも行って頭を冷やしてこよう。
「あ……」
道すがらビニール傘の無料販売を発見した。
これがあればレイン・ド・レインが使える。だが飽くまでも選択肢の1つだ。
あれは一騎打ちには向いていない。とは言え強力な手段には変わりない。
「これください」
だから一本だけ買っておく。
「…………」
しかし、その光景を2回戦の相手が偶然目撃してしまっていた。
そして15分後。
二回戦に挑む8人がステージに集まる。
ティラの相手は自分と同じ高校生の少女だった。
その顔に覚えはある。確かあのカードショップ主催のミニ大会で何度も顔を出していた人だ。
5月の時にはケーラに一蹴されていたがそれはケーラが強すぎるからだ。
自分にも同じ結果が得られるとは思えない。けど負けていい理由にはならない。
号令と号砲が掛かる。同時に互いにカードで宙を切る。
相手の戦術や魔力は先程の主婦とは比べ物にならなかった。
「くっ……!」
飽くまでも正統派な攻撃の連続。あっという間に持っていた傘は破壊されてしまい、
これではレインは使えてもその先は使えない。レインだけでは試合ではほとんど意味はない。
よって今ので3枚の手札の内1枚を無駄にさせられたようなものだ。
相手はフレイムだけを使って距離を選ばず攻撃から牽制、防御までをこなして見せている。
「あたしだって……!!」
手にするはアクアのカード。フレイムに対抗する汎用カード。
フレイムが攻撃寄りなのに対してこちらは防御寄り。
放たれた火炎弾を水の盾で防ぎ相殺しつつ跳ねた水しぶきを操り、相手の視界を塞ぐ。
その間に接近し、体術に持ち込もうとするティラ。
だが、突如正面の足場が爆発を上げた。
「!?」
噴き上がる爆炎がティラを焼き尽くす。
相手は足でフレイムを放ったのだ。
足を止め炎上するティラを見て相手は火炎弾を連射してさらに爆炎を強化させた。
やがて、
「…………あ、ううう……」
炎の中からティラが一歩出てくる。
その手には1枚のカードが握られていたがしかしそれもやがてこぼれ落ち、
ティラはその場に倒れてしまった。
・翌日。
「ねえ、ティラ。考え直しなよ」
「ごめんねラモン。でも、あたしもう決めたんだから」
職員室。ティラは退部届を片手にやってきた。それには他の4人も心配そうに眺めていた。
実際にティラは2回戦を突破できなかった。相手の方が1枚上手だった。
「でもこれでパラレル部は4人。部活に認定されなくなっちゃうんだよ?」
「…………それはそうだけど……」
「せめて次の部員が入るまで待てない?」
「…………でも」
「あんたにやめられると私達の迷惑になるんだよティラ」
「ら、ラモンさん、そこまで言わなくても……」
「いいんだよユイム。事実は言っておかないと。そしてそれは私の役目だよ」
「…………」
ラモンの言に退部届を伸ばす手を下ろすティラ。
言葉を作ろうとしていた唇を噛み締めて静かに震えた。
放課後。ティラは部室に来なかった。ラモンは僅かに注意を向けたがしかしそれ以上は捧げなかった。
対してライラはトイレに行くと言って部室を出た。
窓の外、校門に向かうところティラを発見した。
「ティラさん!」
「……え?」
声が届きティラが踵を返す。ちょうどそこへライラが脚力強化を発動して走ってきた。
「……ユイムちゃんどうしたの?」
「ティラさんこそどうしたんですか? 本当に部活を辞めるんですか?」
「…………ライランドちゃん。男と女を経験したあなたなら分かるでしょ?
女の子にだって二言は許されないって」
「でも、せめて本物のユイムさんに出会うまではパラレルにいませんか?」
「…………本物のユイムちゃんだって戻ってきてくれてもパラレル部に来てくれるとは限らないもん」
「……ティラさん……」
「…………ごめんね。でも、あたしもう自信がなくなっちゃったんだ。
もうどうしたらいいのか分からないの。あたし、今前に進んでも後ろに下がってもみんなの迷惑になる」
「…………ティラさん、それがどうしたって言うんですか?」
「…………え?」
「僕達はティラさんを友達だと思っています。
僕だってティラさんはユイムさんや家族の次に大事な人だと思ってるんです。
ティラさんは僕を受け入れてくれた。僕の存在は間違いなくティラさんにとって迷惑になったと言うに。
それでもティラさんは僕を受け入れてくれた。
そんな僕がティラさんの迷惑を受け入れられないと思っているんですか?
ラモンさんやシュトラさん、ケーラさんだってあなたがどれだけ迷惑な事をしてしまったとしても
絶対に許すんです。だって仲間だから。掛け替えのない友達だからです。
だから、一度や二度の迷惑で僕達を裏切らないでください」
「…………ライランドちゃん」
決して目を逸らそうとしないライラを前に俯くティラ。
そのまま数秒の躊躇を以てそして、
「ライランドちゃん、あたし強くなれるかな?」
「もちろんです。諦めなければ誰にでも勝機はあります。
この僕だって偶然かもしれませんがユイムさんに勝ててしまったんですから」
「……あたし、またみんなと一緒にパラレルやれるかな?」
「もちろんです。誰もティラさんの事を諦めてはいませんから。
僕だってみんなを騙しているんです。正直罪悪感で潰れてしまいそうです。
でも、烏滸がましい事かもしれませんが僕は皆さんを信じています。
シュトラさんやティラさんが僕を信じてくれたように。
だから僕はラモンさんやケーラさんも信じています。その信じる心があれば恐怖なんて怖くないんです」
「……恐怖なんて怖くない……」
「はい。だからティラさんも僕達を信じてください」
「…………おかしいな、あたし」
「え? どこか調子でも悪かったんですか?」
「ううん、そうじゃないよ。
どうしてライランドちゃんの言葉だとこんなにも勇気が出てくるんだろうって」
「……え?」
「あたしね、ライランドちゃんの事、好きだよ?」
夕日を背にティラは告げた。ライラの、ユイムの顔が赤くなったのは夕焼けのせいではなかっただろう。
・ティラがパラレル部に復帰して一週間が過ぎた。
MMによって予てから存在していたと言う入部希望者述べ20人が一斉に入部し、
次の12月に行われる地区大会で準優勝以上をしてそのまま全国大会を目指す事になった。
しかし入部したのは全員中学生。公式試合に出られるのは高校生のみのため
現状そのままでは地区大会でも前回と同じ結果に終わるだろう。
一応補欠では1名までなら中学生も参加出来ることになっているがそれを依存すると負担が大きすぎる。
「はあ……はあ……はあ……」
ティラが中等部に混じって練習をしている。これは彼女自身の希望だった。
他の高等部メンバーはレベルが高すぎるのだ。
タイトル戦で6連覇したユイム、そしてそのユイムを撃破したライラだったり
そのライラを相手にしても互角以上の高い実力を持つケーラ。
この二人には及ばなくともラモンとシュトラも中々非凡な実力を持っている。
そんな中ティラの個人戦の腕前は平凡に毛が生えた程度しかない。
それに中等部でもパルフェ・可憐DOWと言う少女はライラ程ではないがラモンやシュトラをも
上回る実力を秘めている。ティラでは1分持たないだろう。
少し前まではこのような環境は心労を重ねるだけの辛い状態だっ たかもしれない。
だが、今のティラは前向きだった。
考えてみればいい。自分の周りには自分並みかそれ以上、さらにはきっと世界レベルに
名を連ねてもいい実力者が並んで自分と同じく強さを磨いている。
足を前に運ぶ者から見ればこれ程垂涎出来る環境は望んでしまう方が愚である。
毎日のように中等部から自分とほぼ同じ実力の後輩を認めては割と本気レベルの模擬戦を行う。
この一週間でティラが行なったシングル戦は26回。
「…………」
スコアをラモンが見る。勝率はどっこい程度。しかし十分すぎる。
「すごいですね、ティラさん」
「…………そうね。でもそれ以上にさ、あの子が私と組まないで模擬戦って言うのは
今までに10回となかった。それがこの一週間で26回。
……不思議なものよね。あの子が立ち上がるのを誰より望んでいながら
いざそれが現実になると心で否定しにかかろうとするなんて」
「それが愛情と言うものだと僕は思いますよ」
「…………さすがは愛故に世界を獲った女子中学生ユイム・M・X是無ハルトね」
「そんな事は……」
「ティラを励ましてくれたんだろう? あの子が最近あんたをよく見るようになった。
あんたに認めてもらいたい一心であそこまで頑張っているんだ。有難いものよ」
ラモンはスコアを引き出しに戻す。対してライラは躊躇を生んだ。
「? どうかしたの? 私何か変なこと言ったっけ?」
「あ、いや、その、実はですね。……この前ティラさんに告白されました」
「…………………………は?」
「もしかしたら僕の勘違いで実はそう言う意味ではないのかもしれませんが、
はっきりと好きだって言われたんです。ティラさんが頑張るようになったのはそれ以来なのでその……」
「…………驚いた。まさかティラまでそう言う趣味だったとは」
「そういう趣味って……」
「いや、そのユイムが中学時代にシュトラとそういう仲だったっていうのは結構有名だから
私達も知っているよ。けどだからこそもう成立しているカップルの片割れ相手に告るとは……」
「…………」
なるほど。そういう見 方になってしまうのか。
けどラモンは知らない。事実としてはユイムとシュトラは間違いなくカップル同士で
それに首を突っ込んでいるのは自分の方であると。
そうしてティラは自分の正体に対して好きだと言ってくれた。
もしも自分がユイムを諦めたのであれば見事に2カップル成立である。遺恨もないだろう。
……まさか女子校とは言え2カップル4人全員同性になるとは思わなかったが。
となると残りはラモンとケーラ? それこそ想像出来ない。
二人共落ち着いていて同性としても異性としても憧れてしまう二人だ。
ラモンはともかくケーラが男に靡く姿は全く想像出来ない。……すごく失礼だが。
「まあ、何であれ私はみんなを応援するよ。そして今度こそ全国へ行こう」
「……はい、そうですね」
しかしそれは現状叶わない。高校生は今5人しかいない。
公式戦5戦7人までにはあと二人必要だ。心当たりを用意するならばX是無ハルト姉妹なのだが
現状あの二人を鉢合わせるのはまずい。
……ユイムはどうなったろうか? キリエは相変わらず家にこもりっぱなしだ。
だからユイムが見つかったかどうかはまだ分からない。
今ライラが使っているこの体はほぼ間違いなくユイムの物だろう。
だから本物のユイムはライラの体を使っていると言うのはそれ以下ではあるが間違いない。
政府議会の強力な権力や動員を以てすれば三日と掛からずに済む話の筈だ。
それが今や2週間。事態は気になるがとてもキリエには聞ける雰囲気ではない。
「ん?」
懐で高い音が鳴った。P3の着信音だ。
ラモンに断りを得てから手に取り画面を開く。
1件のメールが届いていた。そのアドレスはかつてないほど見覚えのあるものだった。
「!? これは……!!」
「……? どうしたの?」
「あ、いえ! その、申し訳ないんですがティラさんとシュトラさんを呼んでくれませんか!?」
「……三角関係に決着か、と茶化したかったけどどうやら普通じゃないみたいね。分かった!」
ラモンが走り出し、ライラは文面を読む。
やはりそのアドレスは自分のP3の物だった。
つまりこのメールはライラのP3を用いて本物のユイムが送ってきたものだと仮定出来る。
文面はこうだ。
「まず最初にあなたに伝えたいことがあります。
僕はユイム・M・X是無ハルト。現在あなたの体を借りています。
勝手にチェンジを使ってあなたの生活全てを奪ってしまったことには深く謝ります。
ごめんなさい。そしてもう1つ。今、あなたの住んでいたこの街がピンチ です。
政府議会が送り込んだ機械人形が武装して僕を探しています。
昨日も近くの家が襲われて燃やされました。このままではいつこの家が襲われるか分かりません。
僕一人ではリイラちゃんを守りきれません。でも近い内にせめてリイラちゃんだけでも
そっちに送り届けるつもりです。だから心配はいりません。
確証はありませんがチェンジを使った僕が死ねばあなたも元の姿に戻れるかもしれません。
だから、本当にごめんなさい。あなたとの再会は果たせそうにありません。
せめて僕はあなたに殴られたかった。謝ることしか出来ない僕を許さないでください」
「…………ユイムさん…………!」
読み終えると同時に ティラとシュトラが走ってきた。
・空中。そこはスカイカーの車内。
ティラが実家から急いで呼び出した最速のモデルだ。
それを以てすれば通常の20倍、X是無ハルト専用の3倍の速度で目的地まで向かえる。
ライラの実家である旧帝都までを10分程度で進めるのだ。
その10分でライラは二人にユイムからのメッセージを見せた。
「…………何だかやばそうね」
「はい……。ユイムさんはもちろん、他のみんなも無事ならいいんですけど」
「……ライランドちゃん、別に畏まらなくていいんだよ?
あなたの故郷と大切な人の危機なんだからもっと慌てても大丈夫だよ?」
「……ティラさん……」
「………… ……えっと、ティラ? あんたがライラくんの事を知ったのはさっき分かったんだけどさ。
ライランド”ちゃん”って何さ。この子は男の子よ?」
「へ?」
「……あ、すみませんシュトラさん。伝えていませんでした。実は僕、生えてますけど女の子でした」
「………………………………悟った」
一瞬大仏のような表情になったシュトラはひどくエコーの掛かった声でその言葉を紡いだ。
そんなこんなで旧帝都に到着する。その風景は3ヶ月前のあの日と全く変わらない。
しかしよく見れば街を歩いているのは多くが機械人形だった。
「ライラくん……じゃなくてちゃん!」
「くんで大丈夫です!」
「そう! ライラくん! あなたの家はどこ!?」
「こっちです!」
ライラの先導で3人が走る。
と、一番近くを歩いていた機械人形が進路を変えてこちらを追ってきた。
「え!? どうして追いかけてくるの!?」
「……政府議会の手中だとしたら僕がターゲットになっていてもおかしくありません。
でも、ここまでするなんてキリエさんらしくありません……」
「…………本当にキリエさんなのかな?」
「え?」
「キリエさんは確かによくユイムちゃんと喧嘩ばかりしていたけど、
でも本当に仲が悪いわけじゃないと思うんだ。それに本当に仲が悪かったとしても
こんなやり方をするとは思えないよ!」
「…………確かにそうですけれど」
ライラが思考する。と、機械人形は背中のブースターを起動させて飛翔した。
「!?」
そうして3人の前方に回り込んで着地と同時に右腕をスタンロッドに変形させ る。
「ライラくん、ここってパラレルカードの使用可能圏内?」
「いえ、間違いなく圏外です!」
「じゃあカード使えないよ!? どうしよう!?」
惑う3人に機械人形が迫る。その時。
「ライラ!!」
「え、」
声。同時に一人の少女が走ってきて機械人形を殴る。
横からの拳が機械人形の顔面にねじ込まれ、その機体は激しく回転しながらコンクリートの地面に
頭から突っ込んで行き突き刺さって動かなくなった。
「升子……!?」
「やっぱりライラなのね!」
升子と呼ばれた少女はライラを確認すると駆け寄ってくる。
そうしてその胸に飛び込み、抱きしめた。
「ライラ……ライラ……!!」
「升子、大丈夫だった? 皆は大丈夫?」
「……正直危ない状況よ。ライラの関係者は片っ端から機械人形に追われてるわ。
これも全部あのクソユイムのせいよ!」
「く、クソユイム……!?」
「だってそうでしょ!? ユイムから全部聞いたわよ!
本物のライラと入れ替わって女の子ばかり襲いまくってリイラさえ騙して図々しく一緒にいて……!!
あまつさえこの状況を作り出してしまった! 今朝、ついにはライラの家まで襲われて……!!」
「そ、それでユイムさんとリイラは!?」
「何とか逃げられたみたいだけど今どこにいるかは分からないわ……」
「そんな……」
「ね、ねえライランドちゃん。この子は?」
「あ、はい。佐野升子って言って幼馴染です」
「ライランドちゃんですって……!? ライラ、あなたもしかして全部話したの……!?」
「…………うん。この二人は信頼出来るから」
「……………………そう。そうなんだ」
「とにかく、升子。急ごう。升子が一緒にいてくれたらありがたいよ」
「…………ええ、そうね」
升子が合流し4人で先を進む。
升子からの提案でライラはユイムのP3を使って自分のP3のGPSナンバーを検索。
人工衛星からの発信でユイムを追う事にした。
やがて、かつてライラが通っていた中学校に到着した。
「…………懐かしいな」
小さく呟くその先には普通に生徒達が下校の風景を刻んでいた。
ここは田舎のため超都会な山TO氏とは違いスカイカーを使って帰宅する生徒はあまり多く ない。
しかしいないでもない。
「ユイムさんはひょっとしてこの下校風景を利用してスカイカーで移動するつもりなんじゃ……?」
「だとしたら早く見つけないと移動されるわよ!」
「手分けして探そうよ! あ、でもあたしライランドくんの姿知らないや」
「私も分からないわ」
「なら僕とティラさん、シュトラさんと升子で組みましょう!」
「あ、うん!」
「……このゴリロリとか」
「何よ、何か文句ある?」
それぞれ関係を育みながらも4人は散開した。
この中学校の敷地はあまり大きくはない。校庭でスカイカーを呼ぶのは禁止のため
自然と範囲は校門前一周付近となってしまう。
全速力で走るライラとティラ。咄嗟には気付けなかったがティラはライラの全速力に追いついている。
どうやら一週間の努力は確実に実を結びつつあるようだ。
そうして走った矢先だ。
「あ!」
人群れの中に嫌というほど見覚えの ある姿が2つあった。
「ユイムさん! リイラ!!」
「え、あれは……」
「お兄ちゃん!?」
コールのカードを取り出していたのはユイムとリイラだった。
ライラとティラが二人の許へ走る。その時だった。
「悪いね、邪魔するよ」
「!」
両者の間に1台のスカイカーが飛来した。
そして中から巨漢と見紛うような巨体の女性が降りてきた。
本気で鍛えた男でもここまで至るのはほとんどいないと言う程の筋骨隆々。
その傷の入った顔には見覚えがあった。
「あなたは……最強人類ミネルヴァ・M・Hル卍!?」
「光栄だね、ライランド・円cryン」
「……!」
「悪いけどあんたの本体ここで葬らせてもらうよ」
ミネルヴァは背後にいるユ イムを睨む。
ユイムはリイラを背にやり懐からカードを取り出す。
「どうしてあなたが!?」
「理由はあんたが一番よく知ってんじゃないのかい?あんたの肉体。その危険性をさ」
「そ、それは……!」
「悪いけどあたしも詳しい事は知らないよ。だけど政府議会からの指示であり
そして付け焼刃の知識からあたし自身が判断したんだ。天死の危険性をね!」
ミネルヴァがカードを取り出す。
「ここでカードは使えないのでは!?」
「馬鹿かい? あたしゃ政府議会の指示で来たんだ。
このエリアが既に許可されていないはずないだろう?
さあ説明はここまでだ。死ぬといいさユイム・M・X是無ハルト! 跡形もなくね!」
ミネルヴァはカードにより両手にトマホークを召喚して握り締める。
そして凄まじい脚力で一気にユイムまでの距離を縮める。
「!」
「ステップ・行使!!」
咄嗟にライラは発動してそれに追いつき、ミネルヴァの左足にローキックを打ち込む。
が、それだけでは何の影響もなくトマホークの刃はユイムに迫った。
「ユイムさん! リイラ!!」
やり方は荒かった。地面を蹴破り、3人もろとも高度を下げた事で
トマホークの刃は3人の頭上数センチを掠めた。
「へえ、やるじゃないのさ」
「ユイムさん! リイラ! 力を合わせるよ! そうじゃないとこの人は倒せない!」
「う、うん!」
「お兄ちゃんの癖に命令するなんて」
「あたしだっているよ!」
4人がカードを構える。
「飛鷹!!」
ユイムの放った強靭な魔力の爪がミネルヴァの亜音速のトマホークとぶつかり合う。
すぐに威力で勝てないことを悟ったミネルヴァはそれを受け流して
その巨体からは想像も出来ないほどの素早さでユイムの側面に回り込んだ。
「ストリーム・行使!!」
その背後からリイラが魔力のビームを放った。
が、ミネルヴァは避けることも防ぐこともしないままそれを直撃する。
しかし、まるでびくともしやしない。確かにその巨体の多く が傷ついていると言うのに
まるで厭わずにトマホークをユイム向けて振り下ろす。
「アトム!!」
リイラが2枚目を発動、ユイムの体に破壊不可能な鎧を纏わせミネルヴァの一撃を防ぐ。
「うああああああああああああああ!!!」
が、威力までは殺せずにユイムの、ライラの体は背後のリイラをも巻き込んで大きく吹っ飛ばされた。
「アクア・行使!!」
ティラの発動したそれは瞬く間に水の塊となってミネルヴァの視界を塞いだ。
同時にライラが飛び蹴りをミネルヴァの腹に打ち込む。
が、あまりの腹筋により数倍以上にまで強化されたはずのライラの蹴りは跳ね返され、
ライラまでもが吹っ飛ばされてしまう。
「ふん!!」
さらに全身から吹き上がった膨大な魔力により顔面を飲み込んだ水が吹き飛ぶ。
「な、なんなのあれ……本当に人間……!?」
ティラが膝を震わす。ミネルヴァは確かにダメージを受けていた。
だが、怯む様子も苦痛を受けている様子もまるで見受けられない。
「みんな! 離れて!!」
立ち上がったユイムが叫び、他3人が距離を取る。
「ガイザレス!!」
それを確認してからユイムはミネルヴァを中心に広範囲に向けて魔力の爪を放った。
「ちっ! ストリーム!!」
逃げ場がないのを一瞬で悟ったミネルヴァが魔力のビームを放ち、ユイムのそれと激突させた。
当然ユイムの方が威力が上でミネルヴァの放ったビームは2秒で破られる。
しかし、その2秒でミネルヴァは範囲外に移動した事でユイムの一撃は誰もいない地面を破壊した。
さらにミネルヴァは移動しながら同じく移動していたリイラを背後から掴み上げる。
「あ……!!」
3人が気付くとミネルヴァはリイラの首に手を添える。
「誰も動くんじゃないよ!」
人質を取るミネルヴァのちょうど正面10メートルにライラ達3人がいる。
「リイラ!!」
「リイラちゃん!」
「この子が惜しければね、ユイム・M・X是 無ハルト。自害するんだ」
「……え!?」
「あんたは知らないかもしれないけどね。あんたが借りているその体はとても危険なものだ。
生かしておくのはもちろん適度に死にかけた状態でもまずい。
あたしでもまともにやりあえるのは1体が限界な怪物が数百体以上やってくるらしい。
だからユイム・M・X是無ハルト。あんたが自分自身で一撃でその体を消し飛ばすんだ。
あんたが他人の体で出来ないというのならライランド・円cryン。あんたがやりな。
妹を守るために自分の尊敬する女と自分の体をその手で消すんだ。
それすら出来ないならそこの君。あんたがやるんだ」
ミネルヴァは次々と3人を指差す。ユイムとティラはライラを見やっ た。
ライラは躊躇の後で静かに首肯した。次いで、
「ユイムさん、チェンジのカードありますか?」
「……あるけど、どうするつもり?」
「僕とリイラのためにあなたが犠牲になる必要はありません。
僕が僕自身に戻ってから自らに決着をつけます」
「そんな……」
「ミネルヴァさんもそれで構いませんよね?」
「……ああ、いい覚悟だ。それでこそ」
ミネルヴァはにやりと笑う。
「…………いいの? 僕だって罰せられるべき人物だよ?」
「それでも僕はあなた方には生きていてもらいたいんです。
……ユイムさん、どうかキリエさんには見つからずに生き抜いてください。
近くにシュトラさんも来ています。どうかお二人で幸せに……」
「……ライラくん……、くっ!」
ユイムは懐からチェンジのカードを出して発動した。
カードから大きな閃光が周囲を眩く包む。そしてその一瞬をティラは逃さなかった。
ここまで限界まで凝縮しておいたアクアの水球を光で目をつむったミネルヴァに放つ。
「!?」
ミネルヴァの顔面に凝縮された水球が激突し、その巨体を吹っ飛ばす。
「え……!?」
光が収まり元の姿に戻ったライラ とユイムが光景を見やった。
「ユイムちゃん!」
「あ、うん!」
ステップの効果が発動したままだった体でユイムは走り、リイラを救出して離れる。
「……やってくれたな」
顔面を抑えながらミネルヴァが立ち上がる。
「ティラさん、どうして……」
「だってあたし、ライランドちゃんの事好きだって言ったよ?
だからライランドちゃんには生きていてもらいたい! 例え選ばれなくても!
ユイムちゃんとシュトラちゃんだけでキリエさんから生き抜くのは無理だよ!
だから、ライランドちゃんも一緒にいてあげて……!」
「あんた、どこまでもハッピーエンドだけをお望みかい?
甘いったらありゃしないよ。あんたが好いたその女の体がどういうものか知っているのかい?」
「知らないよ! でも、関係ない! あたしはライランドちゃんを信じる!
例えどんな姿になってもライランドちゃんはライランドちゃんなんだから!!」
「それが甘いって言っているのさ! 現実は無情だ!」
「あたしは、それで諦めてしまうほど甘くはないもん!」
「……ティラさん……」
ライラは一度俯き、そして一歩前に出た。
「ライランドちゃん……?」
「ティラさん、もう一度お願いします。僕を信じてください」
「…………もちろん!」
ティラが懐から新たなカードを出す。
「レイン!!」
「レインだって!? こんな時に雨を降らせてどうしようって言うんだい?」
笑うミネルヴァに雨が襲う。
「レインだけじゃありません! テンペスト・行使!!」
続いてライラが発動して降り出した雨と暴風雨が混ざり合い、ミネルヴァの巨体を地から離す。
「ちっ……!!」
「行きますよ! ティラさん!!」
「うん! ライランドちゃん!!」
そして二人は2枚のカードを懐に戻し新たな1枚のカードを出して二人で発動した。
「「サンダー・双行使!!」」
二人分の魔力で発動された電光が雨で濡れ、空中で身動きの取れないミネルヴァに放たれる。
「この程度、ストリーム……がない!?」
「へへっ! さっき取ってきちゃったもんね」
ステップを発動させたままのユイムがストリームのカードを見せて舌を出す。
「くっ、うがあああああああああああああああああ!!!!」
そして今度こそ完全に無防備になったミネルヴァを雷撃が襲い、その巨体を感電させた。
・政府議会。
「ちっ、ミネルヴァは失敗したのか」
議員のステメラ・I・Hル卍がモニターを確認して舌を打つ。と、
「やはりあなたの策謀でしたのね」
「!?」
背後。キリエやマサムネなど他の議員が集結していた。
「貴様達……!?」
「ステメラ・I・Hル卍議員、国家権力不法適用罪で逮捕致します」
そうしてマサムネ率いる 警官隊によってステメラは全ての魔力を奪われた上で連行された。
「……どうしてステメラがユイムを殺そうとしていたのかしら」
それを見送りながらにキリエが首をかしげる。
・ミネルヴァとの戦いから数時間。
派遣されてきた警官隊によってミネルヴァは護送され、
ライラ達もシュトラ、升子と合流後に事情聴取のために任意同行させられた。
スカイカーで移動すること数十分で到達したそこは議会。そしてキリエが待ち構えていた。
「…………」
「…………お姉ちゃん」
ユイムがたじろぎシュトラの影に隠れる。
「ユイム、出てきなさい。今回の件で隠すつもりだったかもしれませんが
あなたの犯した罪 はあまりに大きい。この世界やその方々に別れを言いなさい」
「…………そんな、」
「キリエさん! 少し待ってください! 流石にそれはあんまりですよ!」
「……なるほど。あなたがライランド・円cryン。本来の姿に戻ったようですね」
「キリエさん、まずはユイムさんの事情を聴いてからでも遅くはないんじゃないですか!?」
「ですが結果は変わりませんよ?」
「しかし……!!」
「いや、それはどうかな?」
と、今まで聞いたことのない青年の声が響いた。
ライラ達の背後にあるエントランスから一人の青年が姿を見せた。
「誰ですの? あなたは」
「政府議会に身を置いているのなら俺の名と顔を覚えておいて損はないぜ?」
「キリエさん、この方は風行剣人さんだ」
「!?」
キリエの後ろからマサムネがその名を発するとキリエは凍りつく。
「あなたが伝説の……」
「言う程じゃないさ。それよりユイム・M・X是無ハルトだが、俺が調査している別件に
深く関わっている可能性が高い。ちょっとの間預からせてもらうぜ」
「あ、は、はい」
「え? ちょっと何この人!?」
「なに、君の中に隠れている天邪鬼をぶっ潰すだけだ」
そうして剣人がユイムと共に部屋を出てから1時間。ぐったりしたユイムを背負って剣人が戻ってきた。
「……なにしたんですか?」
「誤解されるようなことはしていない。ただ今のあんたらにそれを知る権利はまだない」
そうしてそのままユイムをキリエに預けた。
「この子は半年間の保護観察処分にする。異論は認めない」
「…………っ! 分かりました……」
キリエは渋々に了解した。
・それから一ヶ月が過ぎた。
旧帝都は政府議会の尽力もあって復興が進んでいる。
ライラは山TO氏から離れて本来進む筈だった萬屋高校に通っていた。
まだ自分の性別を明らかにしていいわけではないため男子として通っている。
かつての仲間達も多くいてやっと本来の生活に戻ったと言うところだ。
しかし全く同じというわけでもなかった。
「ただいま」
「あ、おかえり。ライラちゃん」
家のリビングにはティラがいた。ティラは山TO氏に通いながらも円cryン家にも通っていた。
「そうしていると格好いいね、ライラちゃん」
「まあ、男装ですからね。で もいつバレるか分かりませんよ」
制服のシャツを脱げば少なくともユイムよりは立派な膨らみが姿を見せた。
「ブラジャーしてないの?」
「はい。流石にしてたら速攻でバレるので」
「でも女の子なんだからおっぱい隠さないと……それにライラちゃんの体はあたしのものなんだよ?」
「……分かってますよ、ティラさん」
ライラは上半身裸のままティラに歩み寄り、唇を重ねた。
「こ、こんなところで……」
「大丈夫ですよ、ティラさん」
この生活を続けて一ヶ月。最近はほぼ毎日。
「ライラちゃん……大好きだよ」
「……僕もですよ、ティラさん」
互いに見つめ合い、荒い呼吸のまま再び唇を交えた。
「…………結局こういう生活がまだしばらく続くのね」
自分の部屋。ドアを半開きにしてショーツに手を突っ込みながら赤面したリイラがつぶやいた。
翌年、二人の間に子供が生まれた。
名前はティライラ・KYM。
その子供をめぐってまた新たな事件が起きてしまうのだがそれは未来のお話。
・本編でステメラがユイム殺害を策謀した理由は本編では知らされなかったライラ=天死と言う情報が
ブランチによって教えられブランチが天死と人間の生存戦争を早めさせるため。
本編とは違いライラの正体を知る者が一人増えてしまったためにブランチが早計した結果。
・ユイムが持っていたナイトメアカードは剣人によって封印され、ユイムはブランチから解放された。
・ライラが山TO氏を離れ男として一生を過ごす事となるルート。
・上記のために2章・4章・5章は本来とは違う形で展開される。それにライラとティラは関わらない。