ユイム・ロスト・サマー
2章11話からのif。
・空を舞う少女がいた。
満月を背にその少女は夜空を舞う。
その少女は体の周囲に12個の輝きを侍らせていた。
「……」
その少女が見下ろすは月下の草原。
その緑の海に立つ一人の少女。
「……破滅・行使……!」
1枚のカードが緑と藍の間の宙空で輝くと、
次の瞬間にはその少女の肉体に変化が起きた。
全身を覆うは闇より昏き甲冑。
カードの代わりにその右手に携えられるは一丁の拳銃。
「……ライラくん」
空を舞う少女が言葉を投げ捨てた。
「その命と体、ユイムさんに返して?
私も後を追いかけるからさ……」
「シュトラさん……、僕は間違っているかもしれない。
でも、間違っているのはあなたかも知れない。
少なくともあなたの後追いをユイムさんは決して望んだりなんかしていない!」
銃を構えた少女……ライランド・円cryンは真夏の夜に激昂した。
12個の輝きが稲妻のように幽かな夜明けを引き起こすのと同時に
ライラは引き金を引いた。
・それから2週間が過ぎた。
ここはX是無ハルト邸。
パラレルカードの名門たる一家の住む豪邸でありそして現在居候を一人構える家だ。
「…………」
ライラはそこにいた。
彼が借りる部屋はユイム・M・X是無ハルトの部屋。
しかし借りているのは部屋だけではなかった。
5ヶ月ほど前に彼女……ユイムとは互いの肉体を交換した。
当然普通の状況/状態ではないし、未だにお互い元の姿に戻ることはかなっていない。
彼女を闇の手先から救い出すことに成功した先月だったが
しかしまだ状況はあまりいい方には傾いていなかった。
そしてそれもまた2週間前に陥落した。
「ライラくん……」
義手を使って部屋のドアを開けるはユイムの姉であるキリエ・R・X是無ハルト。
彼女は部屋に入り、同じく義手でドアを後ろ手に閉めた。
「……キリエさん、僕はどうしたらいいんでしょうか……?」
ライラは姿見の前で俯きながら背後の姉に言葉を投げた。
その問はこの2週間で幾度目か。
彼の足元にはバラバラに引き裂かれた破滅のカードがあった。
しかしやがてそれも黒い輝きを発すると次の瞬間には元の1枚に戻ってしまう。
それを彼は彼女の右足で踏み躙る。同時に右足を制御しきれていない魔力が迸った。
「……」
キリエは答えない。
ライラがそれを望んでいないから。
ただ彼の背に自らも背を向けて佇むのみ。
背を向け合う二人の死角には1年ほど前に撮られたX是無ハルトの家族写真があった。
何度その写真立てを倒そうとしたか分からない。
けど、そうしてしまったら戻れなくなる。そんな気がしていた。
いたたまれなくて壁のカレンダーを見やった。
大きく書かれた数字は8。現在は夏休みの後半戦だ。
きっと多くの同級生含む学生はこの夏を謳歌しているに違いない。
だが、自分にはどうしてもその気持ちにはなれなかった。
・夜。
ライラは姿見から動きはしない。
しかし座り込んでは意識を闇に投じていた。
「ライラくん、」
声。
夢か現かの際で懐かしきその声を聞いた。
「ライラくん、」
二度。
その声は本来ならば今自分が抱くこの体から出るべきモノ。
だが、その機会は既に永遠に失われてしまった。
あの夏、泉湯王国で起きた出来事。
ヒカリ・軽井沢・SKAがユイムを殺害した。
死んでしまったユイムを救えるかもしれなかった唯一のカード・救済を
発動したシュトライクス@・イグレットワールドをライラは許さなかった。
正気を失い自分以外の全ての存在を壊すことで救済をしようとしていた彼女に
ライラは自暴自棄に破滅を与えてしまった。
その結果彼女の暴走を止めることは出来た。
だが、救済のカードは闇に消えてしまった。
シュトラは一命を取り留めた。が、ユイムの完全なる死を知った彼女は壊れてしまった。
……彼女を壊したのは自分だ。
今まで誰も壊したことのない破滅の力で大切な少女を二人消してしまった。
悪夢の力・ナイトメアカード。
本来は戦争に使われていたというその力は現代人類が御するには強すぎたのだ。
「ライラくん、」
三度。
もう幻に過ぎない、自分を呼ぶその声を聞いてライラはそれと同じ声で嗚咽をこぼした。
狂ったような魔力が全身から迸り、時折暗闇を引き裂いた。
・夏休み最終週。
山TO氏高校パラレル部は次なる試合のために一度集まることとなった。
その中にライラの姿はあった。
「ユイムちゃん、元気ないよ?どうかした?」
ティライム・KYMが屈託のない笑顔で声を放つ。
ユイムの姿をしたライラと言う事情を知る人物は少ない。
少なくとも今この場でそれを知るのは一人だけだ。
「いえ……何でもないです」
だからライラはもういなくなってしまった存在をここで演じて延命をする。
ユイム・M・X是無ハルトはもう死んだ。
だけど、みんなの中からユイムはまだ消えていない。
彼女が死んでしまったという事実はまだ浸透していない。
ならばここで自分がユイムを演じていれば彼女はここで生き続ける。
壊れた笑顔でライラはコートに立った。
「…………」
ケーラ・ナッ津ミLクは虚無な表情でそれを眺めた。
この場で唯一ライラの存在を知る少女。
今日はまだライラと会話をしていない。
最初彼の姿を見た時は心に幽かな晴れ間が見えた気がしたがそれはどうやら枯れ尾花のようだ。
「じゃあ、今度の試合のシフトを発表するわよ」
顧問のMMがデジタルボードを投影しながら放つ。
「タッグ戦1はティラさんとラモンさんで2はマリアさんとマリナさん。
シングル戦1はパルフェさんで2がユイムさん、3にケーラさん。
パルフェさんは初レギュラーだけど緊張しないで頑張っていきましょう」
「は、ひゃい!」
中等部の少女一人が噛みながら応対した。
……シュトラの不在は予め伝えられていた。
詳しい状態等は明かされていない。
それを知るのもやはりライラとケーラしかいなかった。
「では、練習を始めて」
MMが告げると各員がジョギングを開始する。
「どういうおつもりですか?」
走るライラに肩を並べケーラは小さく放つ。
「……ケーラさん……」
「……ここでは言いにくいというのなら後でお聞きしますよ?」
「…………」
返ってきたのは困惑と無言。
それに対するケーラもまた同じ色を並べた。
肩を通じて彼女から静電気より熱い力が走り伝わった。
・放課後。
練習を終えてライラとケーラは同じスカイカーでイグレットワールドの家へと向かった。
その道中の事だ。
ライラは自分の壊れた指針をケーラに告げた。
ケーラは敢えて追求をしなかった。
しかしスカイカーの行き先は変えることにした。
「……ケーラさん?」
「……あなたの考えは分かりました。
ですがきっとそれでシュトラさんに会ってしまったら今以上の不幸を呼ぶだけです。
今のシュトラさんはあなたを、ライランドさんを認識出来ません。
そんなシュトラさんにあなたはどう接するおつもりですか?
他の方々と同じようにユイムさんを騙るおつもりですか?
……そうすれば確かにシュトラさんはまた学校へやってこれるかもしれません。
もしかしたらまた笑ってくれるかもしれません。
ですがシュトラさんの最愛を幽幻の物に置き換えるおつもりですか?
せっかく呼び戻せるかも知れないシュトラさんの笑顔の先を虚無にするおつもりですか?
……あなた自身の存在を幽幻に上書きするおつもりですか!?」
ケーラは強く言葉をぶつける。
対面でケーラの言をぶつけられたライラは唇を噛み、肩を震わせた。
「だって……だって……もう……ユイムさんは幻なんですよ……?
もう、どんなカードの力であっても絶対に生き返ってはくれない……!
もう、もう僕に笑ってはくれない……僕の名前を呼んでもくれない……!
もう、この世界に残っているユイムさんの面影はこの姿しかない……!
だから……僕が……僕がユイムさんを演じて世界にユイムさんの軌跡を残さないと……」
「……世界は奇跡を残しませんよ。古い物語にありました。
死んだ人間はどうしたって生き返ることはない。
でも、その人のことを覚えてくれている人が残っていれば……それだけでいいじゃないですか。
今のあなたはユイムさんの軌跡に幽幻の色を塗りたくって
無理矢理終わりの先を作っているんですよ?
あなたは…………ユイムさんの死を陵辱しているんですよ……?」
「……!?」
言葉が終わり二人は俯いた。
やがて、数巡の後にため息をこぼしてからケーラは再び口を開く。
「…………ライランドさん、今のあなたに必要なのは行動ではなく休息なんです。
3週間程度で癒える程あなたの傷は浅くはない。
何も失った訳ではない私が言うには烏滸がましいかも知れませんが
これでも私はあなたの事を心配しているんです。あなたの、友達のつもりなんです。
今のあなたは……とても見ていて痛々しい」
「…………」
言葉は返せない。
ただ、視界は時折激しく輝きながらもとても滲んでいた。
・X是無ハルト邸。
ライラを届けたケーラはキリエの部屋に参じていた。
「……そう、やはりまだ……」
「…………はい。」
ケーラはキリエの背を正面に言葉を探る。
「……もし、もしも私があの二人を止めることが出来たなら……」
「ifの話はおやめなさい。それ以降に起きたすべての現実に対する侮辱ですわ」
「……」
次の言葉は探せなかった。
振り向かずとも生まれた静寂から意味を知ったキリエは自ら崩す。
「……シュトラさんの様子は?」
「…………はい。相変わらずです。ユイムさんの名前を呼び続けながら……」
「…………そう」
嘆息。
生まれたばかりの静寂を蝉の声が上書きする。
「……本当にこの夏は嫌な夏ですわね」
「……そうですね」
二人の少女は窓に映された月のない夜空を見上げて意味なく言葉を零した。
・夜。
ライラは相変わらず姿見の前に佇んだまま。
姿見に映った制服の少女はひどい表情をしていた。
こんな表情はユイムには合わないだろう。
それを自分はさせているのだとしたら……
「……僕は……」
声を漏らす。
その声は既に亡きあの少女の物。
「…………ライラくん…………」
彼女の声を使って自分の名を呼ぶ。
四度目は現実の音だった。
五度目、六度目も。
しかし七度目はなかった。
「…………僕は、私は何をしているんだろう…………」
姿見には自分の姿でなくかつての自分の姿が映ったような気がした。
その幻視を以て口を噤む。
「あなたはユイムさんの死を陵辱しているんですよ?」
ケーラの言葉を思い出す。
存外胸に深く突き刺さるその言葉は激しい頭痛を呼んだ。
血の気が引き下から上に何かが沸き上がってくるような感覚が意識を闇に誘う。
「…………私がユイムさんを…………穢している…………
そうだよ…………そうだよね。でも、私はどうしたらいいんだろう…………」
彼女の物より尚高い声でライラは哭いた。
………………。
どれだけの時間が過ぎただろうか。
何かを叩く音が聞こえた。
目を開けると、もう一度聞こえた。
方向や音質的にドアではない。
「……窓……?」
振り向く。
そこには、
「…………何をしているんだ、お前は」
かつての自分とよく似た顔がそこにあった。
「…………ラウラさん…………?」
窓を開けると徐ろにラウラが襟をつかみ彼女を押し倒す。
「ら、ラウラさ……」
「お前は、お前は何をしているんだ!?」
「……な、何を……」
「チェンジ・行使!」
カードが発動された。
暗闇の中を一瞬魔法の輝きが満ちる。
次の瞬間にはライラは自分本来の姿になっていた。
「……これは……」
「ライランド・円cryン。その体の負債を彼女は引き受けてくれたんだ。
……地獄の底まで。だのにお前はこんな暗闇でいつまでも過去に囚われ続けているのか?」
「……そんなことを言われても……」
声は自分の声だ。
その声が告げている。自分の是非を。
「ライラくん……」
「!?」
七度目。
振り向けば姿見に彼女の姿が映っていた。
しかしどこか虚ろで幽かな光。
「ライラくん……僕はもう幻だから。
……ごめんね、体を返せなくて。そして、あなたの想いに応えられなくて……」
「ユイムさん……」
手を伸ばす。
だが、触れたのは金属だけ。
「じゃあね、ライランド・円cryンくん。僕の永遠の人……。
でも、あなたは僕を永遠にしないでね……?」
「ユイムさん!!」
・耳に響くは小鳥のさえずり。
目に入るは窓から降り注ぐ朝陽の輝き。
ライラが起き上がる。
「……」
布団に入ったまま首を左に向けて姿見を見る。
そこに映っていたのはユイムの姿。
だが、自分と全く同じ姿をしている。
つまり、姿見に映っているのはユイムでなく自分だ。
「……夢……?」
窓を見やる。開けた形跡はない。
ならばやはり夢なのだろうか。
姿見に映る自分の姿を見てもあの夜に見たユイムの姿とは重ならない。
むしろユイムの姿が虚ろになっていく。
……自分はユイムを忘れようとしている……?
そんなこと許されるはずが……
「あなたは僕を永遠にしないでね」
「…………」
彼女の声が脳に蘇る。
「……これがユイムさんの願い……?」
両手を見やる。
狂った光は芽生えない。
それが答えだなどと言い切れるだけの進歩はまだ自分には見られない。
だが、光らない指を見てライラはベッドからその足で立ち上がるのだった。