ルシェの部屋に…
ルシェの部屋に入ると、先客が布団の上に丸まっていた。「起こしちゃったね、トーナ」と、ルシェはあれから随分と老いたトーナを撫でる。ちらりと薄目を開けて、トーナは夕日を手で遮りなおした。
ソリューはトーナの隣に降ろされ、乱れた毛並みを整え始めた。ルシェはロナイ城からもってきた荷物を分類し、調合室と商品棚と自室を行き来する。ソリューが一通り白黒の毛並みを整え終わった頃になっても、その作業は続いた。抑揚のない一定のリズムで、それは続けられている。
「元気にしていたかな」毛足の長い手の下から、トーナがモゴモゴ言った。「向こうもそろそろ寒くなるだろう」
「マリネエもお元気でした。向こうに残っているタイノやクーシーも、冬を乗り越えるのに不自由はないようです」
「そうか」トーナはゆったりと伸びをして、大きなあくびをした。「こうも騒がしいと、目が覚めてしまうな。セネルは向こうで留守番か」
「ええ、近いうちに、シトスに行くみたいです。それの帰りに…フロリベルへも行くと」
「やめておけば良いものを。わざわざ姿を消した魔女を探して、何になるのやら」そう言って、トーナは毛づくろいを始めた。毛足の長い老いた彼は、それをのんびりと行う。
そうしているうちに、彼にあたっていた夕日はこちらを照らし出して、丁度ルシェが最後の荷物を取り出した。大袋の背負カバンから、今となってはそれほど大きくない本が一冊取り出され、ルシェは窓際へそれを持っていった。影がこちらへ伸びて、ページをめくる音が聞こえる。ルシェは窓台に腰掛け直して、もう一度その作業を始め直した。
「あれは傑作だったな。燃えない位置まで動かすのに、えらくかかったじゃないか」トーナは懐かしそうに言う。
「あれほど束になっていると、案外重たいものですからね」うつむいて眺められているそれを見て、ソリューはぼんやりと言った。火に巻かれるのは、金輪際勘弁願いたいところだ。焼けた毛の味といったら、とても心地よいものではない。
「安住の地を求めてここに辿り着いたが、こっちのほうが身持ちせんかもしれないなぁ。あの日、魔女に名を呼ばれ、二人の面倒を見るようにと頼まれてしまったしな」
我々に名前は元より無く、全てルシェが付けたものだった。古いしきたりを大事にした4代目は、家族やそれに準ずる者に名前を教えないし、また呼ぶこともない。この地を去るその日まで、我々は同居しているに過ぎなかった。我々はトーナが名も無き頃に、3代目と交わした約束を果たしていたに過ぎない。この魔女の家に住む孤独な4代目魔女を、支える約束だったのだ。
「ほれ」スルリとトーナは布団から降りて、言った。「面倒事はいつも外からやってくるな」
ルシェの隣にトーナは飛び乗って、窓の下を覗き込む。ソリューもそれに習おうとしたが、飛び乗るところがなかったので、ルシェの膝に乗った。ルシェは驚いたが、下の騒ぎに気づいてソリューを抱き上げ、窓台の上に乗せる。踵を返して部屋を出て、階段を降りていった。
若い猫達が、見覚えのある鳩を追いかけ回していたのだ。鳩は両足に、白い帯が結んであった。
とうとう見切りをつけた4代目が去る、あの最後の日。ずっと側に居たトーナに見送られる時。
耳元から頬をすっぽりと両手で包んで、魔女はトーナの額に口づけをした。「私の可愛い弟子を、よろしく」と、一言伝えて。




