番外編・ever ever after
本日二話投稿しております(こちらが二話目となります)のでご注意くださいませ。
こちらは数年後の二人の話です。見たくないわという方は一話前を最終話としてください。
待ち合わせ場所に先について携帯を操作していたら、「真澄」と声を掛けられた。
「先輩、じゃなかった、かずさん」
うっかりするとたまに飛び出してしまう先輩呼び。最初のうちはにこにこと『先輩じゃないよ』とすぐに訂正を入れていたかずさんも、その回数が減るにつれて、だんだん間違えた呼び名の方を惜しむようになった。――今だって。
「なんかいいね、今の真澄にそう呼ばれるのかえって新鮮」と、ニヤケが止まらない口元を、大きな手で覆って隠している。もう、せっかくのスーツ姿も台無し。
「また、たまに『先輩』って呼んでくれる?」
「呼ぶなって云ったり呼んでって云ったり勝手なんだから……」
聞こえよがしにため息をつくとしゅーんとされてしまった。いけない、この人は私の言葉を何倍にも膨らませる性質なんだった。
「かずさん」
コートの下の、スーツの下の、シャツの下には、未だに『証』がぶら下げてある。それをコートの上から触れて、そっと呼びかけた。
「今日はかずさんにチョコレートがあるから、早く帰りましょう」
五秒にも満たないその一言で、かずさんはとびきりの笑顔になる。これも変わらない。
「真澄の手作りの、世界一のチョコだね」
「大げさです」
「ほんとの事だもん、……大好きだよ」
そうやって、チョコと私への気持ちと両方を囁くのは卑怯だと思う。
大人になったかずさんと私。なのに、こう云われた時の反応は、未だにぎこちないから。
駅に電車が到着して、人がわーっと行き交って、それが落ち着いてから、ようやく「……私も」と小さく返事をした。
「うん」
それをかずさんもそっと受け取って、花が咲いたようにはにかんでくれた。
「それつけてくれるの、嬉しい」
「いつもつけてますよ、ずっと隠れて見えてなかっただけ」
そう返すと、はにかみ顔がスライムなんじゃないかってほどに緩む。
マフラーがいらないくらいには暖かい今夜ならコートを開けて、ボートネックのセーターの襟に、ちらりとそのネックレスを見せることが出来た。最初のクリスマスの『先輩』からの贈り物は未だに大のお気に入りで、どの季節にも私と共にある。けれど、相変わらず犬のように素直にまっすぐ愛情を示してくれるかずさんを『犬』と称することも、私自身を『飼い主』と嘯くことも、今はもうない。あれは、初めて訪れた恋を持て余した私が、それでもまっすぐそれに向き合う為にこしらえた必要な立ち位置だったから。
大人になった私はそんなステップを踏むことなしに、名を呼ぶこともそばにいることも出来る。けれど、失われたものたちは『先輩呼び』と同じく愛おしくもある。
制服を脱いで、社会人になって。
その節目節目にも、当たり前の顔したかずさんが私のそばにいてくれた。
だいじょうぶだよ、こっちだよと導いて。そうするだけではなく時にはこちらが困るようなことも、――それはもうたくさん(その詳細については、人様に語るような内容ではないので省略)。良くも悪くもかずさんに振り回されるおかげで悩むひまがなかったからこそ、私は私のままで進めたのかもしれないなと、これは大人になってから気付いたこと。
「真澄」
当たり前に伸ばされた手を当たり前に取る。
待ち合わせをして同じ電車に乗って、私の借りている部屋へと向かう。
そのうちに、『私の部屋』でも『かずさんの部屋』でもなく、同じところへ帰ることになるんだろう。名字も指環もお揃いにして。
今すぐにだと、相変わらず子煩悩な父が『やだようやだよう、まだうちの子供でいてよー!』と泣いてしまうので、もう少ししてから。まあ、いざとなったらますます腹黒に磨きのかかってきている兄高樹の知恵でも借りるとしよう。
「真澄?」
ぼーっと考え事をしてたら、かずさんが覗き込んでいた。
「大丈夫? 疲れてない?」
「ん、平気」
「ならよかった」
目の前で私が他のことに気を取られていても、不機嫌になるんじゃなくこうして心配してくれる優しさは、高校生の頃から変わらない。
電車に乗ると離れた手は、体の横で油断していた。その大きな掌に『スキ』とゆっくり爪の先で書いたら、「……ここでそんな事伝えるとか卑怯」と、かずさんが書かれた方の手をぎゅっと拳にして、それを口元に当ててそのまま「まだかな」と一人ごちる。そして私の方に頭を傾け、「この電車、今日なんか遅くない?」と内緒話のようにひそめた声で話しかけてきた。返す私も、つられて小声だ。
「平常運転の急行ですけど」
「じゃあ、俺が焦ってるだけ?」
「そうなりますね」
「だって両方早く食べたい」
「……」
「あ、両方っていうのは真澄とチョ」
「全部云わなくても分かるからここで暴露するな変態!」
あー、もう。
年月を経て変わった部分はもちろんある――『隣にいるかずさんに直接伝える』、だとか(爪で書いた文字だけど)。
でも、人間の根っこや中身は、そうそう変わりはしないらしい。何年経っても偏執的に私しか見えないかずさんも、上手にお相手出来るようになったとはいえ、結局はその『過ぎる』愛情表現に耐えきれずに途中でぶん投げてしまう私も。
こんなの、いつになったらおちつくのかな。――一生、コレか?
まあそんなのも楽しいかと、私の唯一かもしれない人の手を取る。それだけで、かずさんの唇はゆるく弧を描く。単純、と思う私の心も、その様子を見て簡単に喜んだ。
あの日に二人でダンスを踊ったみたいな気持ちは今日まで途切れず繋がっていて、こんな風にぱちぱちと爆ぜながら、胸の中の灯りをともし続けている。かずさんはもしかしたらキャンプファイヤーくらいボーボーと盛大に燃えてるのかも。
そんなかずさんの逸る気持ちが繋いだ手から流入してきたのか、気付けば私まで『最寄駅まであと三つ』『ふたつ』なんて数えてしまっている。
はやくキスしたい、なんて大人になった自分でもさすがに云えないから、電車が着いてくれるのを大人しく乗車したまま待った。
きっと部屋まで『マテ』が出来ずに、かずさんは階段の陰や夜の街の暗がりにまぎれて、掠めるだけのものをいくつか唇にくれるだろう。それがまた、『もっと』になるって分かっていても、私もそれを咎めないだろう。せがむように私が背伸びをしたら、笑って。大好きな、犬の笑顔で。
パートナーのふたりの日々は、呆れたり絆されたりしながらきっと、ずっと。おうちに着いたらいくつかのキスのあとに、ご所望の二品を召し上がれ。
ありがとうございました!




