第2話 小百合
お婆ちゃんの匂いがする布団で、仰向けになり、天井をぼんやりと見ている。古い木造の日本家屋なので、天井には薄い木の板が敷き詰められており、それぞれ違う木目で面白い。右の上の方の板は、なんだか怒った人の顔にも見えるし、左側は猫の目にも見える。と、今はこんなくだらない事を考えているが、実はオレが森の中にいた間、外では大騒ぎになっていたらしい。
暗くなっても孫が帰って来ない事を心配した、爺ちゃん婆ちゃんが、警察に相談に行ったのだ。
『確か、祖谷のかずら橋に行くと言っていた』
警察が、かずら橋付近の駐車場で、オレが乗ってきたカブを発見した。その後、かずら橋のすぐ脇にある、かずら橋を管理しているスタッフが『昼過ぎに、茂みに入って行く若い男性を見た』と証言したので、警察も遭難に切り替えて、消防に応援要請を掛けた。しかし日が暮れていたので、捜索は明日の朝一番に始める事になった。しかし次の日の朝。かずら橋から直線で22キロ離れた、つづらお堂と言う、古いお堂の前で倒れているオレを、地元の人が見つけて、警察に通報した。免許証から捜索願が出されている少年と分かり、朝一番で迎えに来た爺ちゃんに『このアホ!』と怒鳴られた。オヤジから『爺ちゃんは怖いぞ』と、昔から聞かされていたが、オレからすると、無口な爺さんと言うイメージしか無かったからビックリした。オヤジの子供の頃はしょっちゅうゲンコツを食らってたらしい。
帰って来た日は熱を出して寝込んでいたが、あれから2日、もう熱も引いた。
しかし意識がハッキリすればするほど、あの出来事はいったい何だったんだろう?と思うようになる。
(白い光に赤い石・・・・)それにオレはどうやって、あの22キロの距離を歩いたのか?平坦な場所じゃなく、深い森の中。警察からも『どうやって行ったの?』と、聞かれたが、自分でも全く覚えていないのだ。
布団から立ち上がり、タンスの上に掛けてある、ズボンのサイドポケットの中に手を突っ込んだ。カツッ
やはり夢では無い。ポケットの中には赤い石が入っていた。ポケットから石を取り出すと、眩い光は消えていたが、石自体は真っ赤なままだ。もう一度その石を握る。
(あの時、体の怪我が一瞬で・・・この石と関係あるのか?いや、ない訳がない)
などと考えていたら、後ろから「あんまり使い過ぎると、また寝込むよ」
(え?!!!!!!!!)
驚き振り返ると、そこに同い年ぐらいの女の子が立っていたのだ。一瞬思考が停止する。
(誰だこの子?)
「え!誰?」やっと声に出た。
しかし少女は無表情で、こちらを見ているだけ。
「爺ちゃんか、婆ちゃんの知り合い?」
「、、、違うよ」
「どっから入って来たの?」
「ずっといるよ、、、」
ゾゾッ(えっこわ)
カーテンが閉めらている薄暗い部屋の中。こんな真夏の田舎に似つかわしくない、ホラー映画で幽霊が着てそうな、長袖の白いワンピースに白い肌の少女。
(オレ、この間遭難した時に、なんかに取り憑かれたんじゃね?)
黒髪で生気のない目で、こちらを真っ直ぐ見ている少女。
(間違いない。絶対そうだ)
怖くなって部屋を出ようと、ふすまに手を掛けると「ちょっと!」ビクッ「ひゃあっ!」
突然少女に声を掛けられて、情けない声が出る。
「この姿にならないとアナタと意思の疎通ができないでしょ?」
(意思の疎通?何言ってんだ?)
「意思の疎通?どう言う事?君だれ?」恐る恐る聞いてみる。
「あなたを石の所まで連れて行ったじゃない?」
(石の事を知っている。それに連れて行った?)
「なんで石の事知ってるの?」
「だからぁ石の所まで連れて行って、その後ちゃんと外まで出してあげたでしょ?」少し気だるそうに少女が答えた。
「意味が分からない。どう言う事?」
目を細めながら、少女が「はっは〜ん。さては、お前、、、アホやな」
(いきなり口わる!何だよコイツ)
「アンタずっと私を追いかけて来てたでしょ!」
(追いかけて?ハッ)その時、白い光が頭に浮かんだ。
「あの白い光?」
「そうアレアレ。アレが私。アレのままじゃぁアンタと喋れないから」
「いや、だってちょっと待って。えっどう言う事?」
輝彦が呆気に取られていると、突然ふすまが開いた。
「何ブツブツ一人で言うとん?」入って来たのは祖母だ。
「婆ちゃん!」
「アンタ寝とる思ったら、女の子連れ込んどんの?」少女と輝彦を交互に見ながら祖母が言った。
「いや違うよ」
「まぁええわ。元気になったんだったらゴハン食べ」
「この子何さん?」祖母がカーテンを開けながら、輝彦に聞いた。
(何さん?)
輝彦は朝日の眩しさで、顔をしかめながら少女を見たが、少女は輝彦と目を合わせる事もなく、無反応。
何も答えない輝彦を、祖母が不思議そうに見ている。
「あの、あれあれ」何か誤魔化そうと考えるが、口から出るのは、この程度。
「なにい?」祖母が訝しそうに、輝彦を見る。
「あのぅあれ。そのぅえぇと」
明らかに怪しむ祖母
「さゆり!小百合!」輝彦が思い出したかの様に言う。
「さゆり?小百合ちゃん?ええ名前やねぇ」祖母が少女を見ながら微笑んだ。
少女も微笑んだ。
「ほいだら、小百合ちゃんもゴハン食べていく?」祖母が少女に聞いた。
「ハイッいただきます」屈託のない笑顔で少女が答えた。先ほどまでの、輝彦への態度とは大違いだ。
ーーーーーーーーーーーーー
畳の居間。3人でテーブルを囲んで、婆ちゃんが作った朝ゴハンを食べている。
(なんか気まずい。なんでオレが、こんな思いしなきゃいけないんだ)
「小百合ちゃんはこっちの子とちゃうよね?輝彦の東京のお友達?」
「そうそう」この際、面倒くさい事は全部【東京】にしとく事にした。
「田舎は初めて?」
「ハイ。初めてです。東京生まれ東京育ちなんで、新鮮で徳島楽しいです」満面の笑みで少女が答える。
「そうやろ。徳島ええやろ?お昼そうめん作ってあげるわ。食べにおいで」
(何コイツ。めっちゃ合わせるの上手いし、ノセるの上手いじゃん)
しかし、これ以上婆ちゃん達と絡んでいると、いつかボロが出る。とっとと食べて、この少女を外に連れ出そうと、ゴハンを口の中にかき込んだ。
「あんまり急いで食べたらアカンじょ。喉詰まるよ」婆ちゃんが心配そうに、こちらを見ながら言った。
「急いで食べたらアカンじょ」婆ちゃんのマネをしながら、少女がフザケてオレをからかった。
(人の気も知らないで、お前のせいだよ)
「婆ちゃん。ごちそうさまでした!」急いでゴハンをかき込んで立ち上がり、少女の手を掴んだ。
「小百合。外行こうか?行きたい所あるって言ってたじゃん」
手を引っ張り、強引に少女を立たせた。
「まだ途中やないの。どこ行くの?」婆ちゃんが困惑している。
「ゴメン婆ちゃん。小百合少食なんだ。気使って無理に食べてたから。このままでいい?」
「あっそうなん?そのままでええよ、婆ちゃんが片付けとくから」
少女の手を引っ張り、急いで玄関まで行って、靴の無い少女にオレのビーサンを履かせ、飛び出すように外に出た。
ーーーーーーーーーーーー
「最後まで食べさせてよ」
(なんでコイツ普通の会話してんだよ)
「それと変な名前つけないで」
「お前が言わねぇからだろ」
「名前かぁ?ウ~ンまぁいいや小百合で」
「お前いったい何モンなの?」
「だから道案内」あっけらかんと少女が答えた。
「どう言う事だよ!だから、ちゃんと言えよ!」気が動転して、つい怒鳴ってしまった。
「だからちゃんと言ってるよ。アナタを石まで連れて行くのが、私の使命」真っ直ぐこちらを見ながら、少女が答えた。
「じゃあ元の姿に戻ってみろよ」できないと思い、脅しのつもりで言ったみた。
少女が人目のつかない、茂みの方へ歩いて行く。
(何すんだ?)
川辺の土の歩道から、少し入った木陰の場所まで行って、こちらに振り向いた。
振り向いた少女の体が、一瞬歪んだと思ったら、そのまま中心の白い光に吸い込まれた。あの光だ。
(ウソだろ?・・・・本当にコイツ)
光はフワフワと浮いてると思ったら、一気に上昇して、茂みや後ろの木々を越えて上がって行った。
「えっ」いきなりの事で、目で追えない。完全に見失った。
空を見上げて探していると、後ろに気配を感じ振り向くと、あの光が真後ろでフワフワしている。
また茂みの方へ移動すると、そこで光から、また少女が歪みながら出てきた。
「どう?納得した?いきなりは難しいよね」苦笑いしながら、少女がこちらに歩いて来る。
「うん、うんうんうん」もう、[うん]しか出てこない。
「大丈夫?」少女が心配そうに聞いてきた。
無いアタマをフル回転させて考えた。
(この子はオレを石の所まで・・・・じゃあオレは?なんの為に石?)
「オレはなんで石の所まで連れて行かれたの?」
「アナタがペアだから」
「ペア?なんの?」
「もう片方の石の持ち主」
(そう言えば洞窟でペアがどうとか)
「あの洞窟で、石を握った時に聞こえた声?」
「そうよ。彼がアナタのペア」
「なんでオレなの?誰でもいいの?」
「いいえ。石に選ばれた者だけ。石はその能力に応じた者を見つけるの」
「オレのペアはどこにいるの?」
「遠い宇宙の果てよ」人差し指で、空を指しながら少女が言った。
「宇宙の果て?なんでペアを見つける必要があるんだ?」
「石のマスターは、ペアが長い間いないと消滅するの」
「マスター?消滅?」
「そう彼が石のマスター。そしてアナタが、そのペアよ」
「ペア・・・」
「体の傷が治ったのもそうか?石の力か?」
「そうよ」
「オレのペア。アイツは誰なんだ?」
「アンテイト。生命と魂を司るマスターよ」
「アンテイト・・・君もアイツの仲間か?」
「いいえ。私はただの光よ」
「光?そうか、、、」もうなんだか、考えるのが面倒くさくて、どうでもよくなってきた。
「君はこの先どうするんだ?もう役目は終わったんだろ?」
「そうね。アナタを石に合わせて、マスターの事も教えたし、私の役目は終わりよ」
「そうか。次はどこに行くんだ?」
「次?どこにも行かないわ。私はその石の案内人だから」
「そうか。まぁいいや。じゃあ、元気でな」
これ以上話を聞いても、また熱がでそうなぐらい、アタマが限界なので止めた。
「ええ分かったわ」
「じゃあな」
「うん、じゃあね」
こんな風に会話を交わすと、この少女もただの人間。もう何が自分に起きてるのか分からない。
一人になり、川岸の砂利道を歩きながら、この2日間で起きたことを整理した。
「かずら橋で光を見て、森を歩いて、洞窟で、、、赤い石、アンテイト」
(なんで石はオレを選んだんだ?『能力に応じた者』って言ってたな)
「能力?」
「まいっか、グダグダ考えてもしょうがねぇ。帰って婆ちゃんのそうめんでも食うか」
ーーーーーーーーーーーー
ガラガラガラ
家に着くと、引き戸の扉を開けて、玄関に入った。
「ただいま〜」なんだか中が騒がしい。
「あ、おかえり。あんた小百合ちゃんほったらかしにして、どこ行っとったん?」婆ちゃんが玄関までニコニコしながらやって来た。
「小百合?まさか?」
ダダダダダッ廊下を早足で歩いた。
ズズズッ「あ、おかえり」小百合がそうめんをすすりながら、オレを出迎えた。
「なんで、お前いるの?」
「お婆ちゃんが、お昼そうめん食べなって」
「いや、だからなんで?」
「いや、だからそうめん」
そんな会話をしてると、婆ちゃんがやって来た。
「あんた、小百合ちゃん泊まるとこ無いの、なんで言わんのん?冷たい子やなぁ。東京から遊びに来てくれとんのに」
「いや、泊まるとこって、、」オレが言葉に詰まってると
「こっちにおる間は、ウチに泊まってもらう事にしたけん」
爺ちゃんが、新しく茹で上がったそうめんを持ってきながら言った。
(コイツ爺ちゃんも懐柔してる。なんか楽しそうだし)
「泊まるって部屋は?」
「部屋なんか、ナンボでもある。お前の隣空いてるし」
「隣って物置じゃん」
「おう。そこでお前が寝ろ。小百合ちゃんに部屋貸したれ」
「いやいやいや」
「うるさい。もう決まった事や。グダグダ言うなら出て行かすぞ!迷子!」
「ええやないの男の子やし」
「えぇぇぇ」力なく声が出た。
ズズズッ小百合は他人事のように、そうめんをほおばっている。
「あんた、そうめん食べんのん?」婆ちゃんが面倒くさそうに聞いてきた。
「食べるよ!」
「急いで食べたらアカンじょ」小百合がイタズラっぽくオレの方を見て言った。
(いったいコイツなんなんだよ)
こうして宇宙人?光?との夏休みが始まった。




