第1話 もつれ
ミーーンミンミンミンミンッミーーンミンミンミンミン
庭のクヌギに、セミの声。青い空と白く大きな入道雲に、照りつける太陽。縁側でスイカと麦茶。まさに典型的な、日本の夏の風景。
池部輝彦 東京の高校に通う17歳。友達には「お前の名前って、なんか今じゃないよな、昭和から来た?」などと、よくからかわれるが、正真正銘21世紀生まれだ。そもそも名字からして昭和っぽい、しかし名字はどうにもならない。せめて名前ぐらいは、今風にして欲しかった。4人目と言う事で、オヤジが「母ちゃんに頼もう」と言う事になり、婆ちゃんが女子高生の頃好きだった、芸能人の名前を取ったらしい。なんかよく分からないが、婆ちゃん曰く御三家らしい。
で、今はその婆ちゃんちで、ザ・夏を満喫している。
ここは徳島県三好市。これは爺ちゃんが言ってたんだが、ここ三好市は源平合戦の壇ノ浦の戦いで、敗れた平家の落人が、隠れ住んだ伝説があるらしい。ここからもう少し奥へ行くと、日本三大秘境の【祖谷】と言う場所がある。小学6年生までは、毎年夏休みには来ていたが、中学に上がってからは来ていなかった。何故そんな秘境に5年ぶりに来る事になったかと言うと、去年の冬から付き合ってた彼女に振られて、夏休みの予定が全部なくなったからだ。と、言うのは言い訳で、本当は東京にいると、夏休みの期間、振られた寂しさに耐えられそうになかったからだ。夏祭りに花火大会、海水浴。全部なくなった。春休みも、その後は7月の頭まで、夏のこのイベントの為に一生懸命バイトして、お金を貯めたのに。結局使ったのは、徳島までの旅費だ。まぁでも、そのお陰で秘境とザ・夏を満喫できているし、婆ちゃんと爺ちゃんにも5年ぶりに会えたし、思いのほか気持ちも楽だ。
ここへ来て5日目。正直もうやる事が無い。昨日までは近くの川で、地元の子供たちと遊んでいたが、正直もう飽きた。縁側で横になると、日焼けの後がヒンヤリして気持ちいい。空を見ながらぼ〜っとしていると、ふと、爺ちゃんが言ってた【平家の落人伝説】が気になってきた。
(暇だし探索してみるか)
「確か祖谷って言ってたな」スマホで検索すると【祖谷のかずら橋】車で25分。
確か子供の頃に爺ちゃんに連れて行って貰った記憶がある。
「ヨシ!爺ちゃんにカブ借りて行くか!」
輝彦は、畑仕事をしている祖父に声を掛け、カブを借りて、祖谷のかずら橋に向かった。途中川で遊んでる、同い年ぐらいのカップルがいて(なんでオレは一人で、こんな田舎をバイクで走ってんだ?なにが【平家の落人伝説】だよ)とか思いながら、アホらしくなってきたが、どうせ暇だしと思い直し。祖谷のかずら橋に向かってカブを飛ばした。
祖谷のかずら橋の周辺に着くと、夏休みと言う事もあり。大勢の観光客がいた。
「全然秘境じゃねぇじゃん」
輝彦がカブを停める場所を探して走っていると、ちょうど【かずら橋星舞台】と書かれた建物を見つけた。駐車場も併設されている。料金は210円。ここにバイクを停めて、徒歩でかずら橋に向かった。
「イヤーちょっと待ってー!」「落ちる、落ちる!」
かずら橋に着くと、橋を渡ってる観光客の悲鳴が聞こえてきた。
(秘境感ゼロだな。まぁいいか、オレも渡ろ)
輝彦もかずら橋を渡ろうと、橋の入り口まで行ったが、他の観光客が悲鳴を上げる意味が分かった。つり橋になっていて、橋の素材は植物のツルのようなモノで作られていて、足元の板と板の間隔が広い。まるでテーマパークのアトラクションのようだ。
慎重に一歩一歩進む。ギシギシミシミシ。足元の板や手すりのツルが音を立てる。
橋の中ほどまで行き下を見ると、足元の板と板の間から、下の川が見えた。川はそれほど深くはなく、浅瀬には観光客がいる。目線をずらして遠くの方を見ると、遠くの茂みに何かが見えた。(なんだ?)輝彦は勉強はできないが、視力だけはいい。白っぽい何かが茂みの奥へ入って行く。(動物か?)その瞬間、輝彦を強い耳鳴りが襲う。
キーーーーーーーーーーーン
立っていられない。このままではマズイ。輝彦はなんとか橋を引き返して、その場にしゃがみ込んだ。息を整えて、冷静になると、耳鳴りは少しずつ治まっていった。
フ〜
(なんだったんだ?橋を渡る恐怖で耳鳴りがしたのか?)あまりの自分の気の弱さに、げんなりして。もう今日は帰ろうと思い。駐車場の方へ元来た道を歩いていると「あっ」遠くの茂みで、また何かが見えた。
川の水深が深く、流れが速い部分の茂みだ。耳鳴りですっかり忘れていたが、さっきも茂みの中に《何かがいた》輝彦は気になり、下の川岸まで降りて、手前の茂みへ入って行った。そこから奥へ奥へ行くと、ようやくその【何か】を見つけた。輝彦に付いて来いと言うように、近づくと離れ、離れると止まる。その【何か】を、取り憑かれたように、一心不乱に追いかけた。
どれぐらいの時間を歩いたか、ふとっ我に返って見ると、もう辺りは暗くなりかけていた。あの【何か】も、もういない。(しまった!ここはどこだ?オレは何をしていた?)
焦って来た道を振り返る。完全に森の中だ。自分が今どこにいるのかも分からない。(とりあえず戻らなきゃ)しかしどこをどう戻ればいいのか分からない。
パニックを起こした輝彦は、茂みの中へ足を踏み入れた。次の瞬間。ズシャァァァァ
滑落して、輝彦は崖の下に落とされた。
ザーーーーーーー
(雨が降ってる。冷たい。寒い)
「ハッ」輝彦は気を失っていた。どれぐらいの時間が経ったか?大粒の雨が体を打ちつけている。辺りは完全に闇に包まれ、自分の手のひらさえ見えないほどの闇。寒い。体中が痛い。足も動かない、おそらく折れている。闇の恐怖が輝彦を包む。
ハァハァハァ(痛い。怖い。死にたくない。誰か助けて)
(なんでこうなった?あっそうだ、アイツを追いかけて、こうなったんだ。アイツは?)
その時、ぼんやり白い光が見えた。
(アイツだ・・・)
残ってる僅かな力で、輝彦は光の方へ、死に物狂いではって行った。光が奥へ奥へと進む。もう雨は体に当たらない。洞穴のような所へ入ったのか?ぼんやりした光が輝彦の真上で止まった。
(なんなんだ?いったいコイツ)
その時。その白くぼんやりした光の中から、赤く眩い光る何かが、輝彦の顔に落ちてきた。
コンッ輝彦のオデコに硬い石のような物が当たって、顔の横に落ちた。
「うっううう」その赤い石のような物を掴もうと、残りの力を振り絞って手を伸ばす。
キュイィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン
橋の上での耳鳴りとは比べ物にならない強烈な耳鳴りが、輝彦を襲う。
(なんだコレは!)石を離そうとするが、手が開かない。
強烈な耳鳴りのさなか、聴覚でもない。触覚でもない。視覚でもない。そのどれとも違う。今まで感じた事のない。人間の五感とは違った、別の何かで【得体の知れない何か】と繋がった気がした。
頭が割れそうな、激しい耳鳴りが、少しずつ小さくなっていく。
その時、頭の中に突然。
《下等生物、何故お前が私のペアなのだ》
言葉では無い。なにか【意識】のような物が入ってきた。
(なんだ今のは?)
《言え!何故お前がペアなのだ》
(やっぱりなんか聞こえる。オレもう死ぬんだ)
《死なん!お前が死ねば私も死ぬ》
(ダメだ!幻聴だ。母ちゃんゴメンよ会いたいよ)
《フンッ下等生物が》
ドクンッ
体が突然暖かくなる(やっぱり死ぬんだ)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(アレ?体の痛みが消えてるぞ)
ガサガサ(脚も手も動くぞ)
あのぼんやりした光が遠くに見える。
立ち上がり、体中を触ってみるが、どこも痛みはない。耳鳴りも完全に消えている。さっきの【声のような】物も感じない。あの赤い石をポケットにしまい。光の方へ歩いた。
やはり洞窟のような場所だったのか、表に出ると、雨は止んでいた。
木々の間から、満月の光が漏れて、多少は周りが見える。深い深い森だ。しかし不思議な事に、体が動くからか、多少は周りが見えるからなのか、先ほどのような恐怖はない。
光がどこかえ進んで行く《付いてこい》と言われてる気がした。
どれぐらい歩いたか、ようやく森から抜け、何かお堂のような物があり、その前で意識を失った。




