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少女とスライム、テイマーを目指して  作者: 上辻樹
第二章「孤高の竜」
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助けてくれ


真っ暗な校庭に小さな火が明るく輝いている。

アリシアとイグナートがルベルナの背から降りるのを待っているようで、彼女たちは一歩もその場から動かなかった。


「えっと……」


アリシアが緊張感に耐えられず話しかけようとすると、イグナートに止められる。


「マルタさん、すんませんでした! 俺が誘いました!」


状況を飲み込めていないアリシアを横目に、イグナートが頭を下げて謝罪をする。


「ガキ……。てめえ、何度目だ?」


ドスの効いた声で、マルタが言う。

その直後、瞬間的にマルタの魔力が跳ね上がった。


アリシアもそこまでは感知できたが、次の瞬間にイグナートが殴り飛ばされているのを見て、何が起こったのかを遅れて理解する。


「――前に言ったよな。次脱走したら、殺すって」


マルタの表皮にサラマンダーのような模様が現れている。

これはイグナートがやっていた、魔物から力を借りる技術だろう。


「あ、あの、私……」


「今年の一年だろ。何か言うことがあるんじゃねえのか?」


「ご、ごめんなさい! 寮を抜け出してしまって……!」


「ちげえだろ!」


アリシアの頭部にげんこつが落ちてくる。

いや、そんなに優しいものではない。


アリシアが咄嗟に、ラピスの一部で頭部にクッションを作ったからその程度で済んだのだ。

実際にはレンガで殴られた位の衝撃だった。

アリシアは遅れてきた鈍痛に頭を抱える。


「痛ーっ!」


「なんでてめえは、寮の鍵を開けて出て行ったんだ?」


「え……」


「鍵が、何のためについてるか、知ってるか?」


言葉を重ねるごとに彼女の怒りのボルテージが上がっていくのが手に取るようにわかる。


「え、あ、ごめんなさい」


「謝罪を聞きたいわけじゃねえ。何のためについてるか、知ってるかと聞いている」


「わ、私、田舎の出身で、鍵とか、あんまり使ったことがなくて……」


マルタが頭をぽりぽりと掻きながら、火の粉混じりの大きなため息をつく。


「鍵はなぁ。外から不審者を入れないためにあるんだ。だからなぁ、出て行く時に開けて、帰ってきたらかけてたらよぉ……。意味ねえだろうが!」


もう一度、凄まじい威力のげんこつがアリシアの頭部を襲う。

その衝撃で意識が飛びかけるも、なんとか踏ん張る。

すると、突然マルタは笑い、混乱しているアリシアの頭を撫でた。


「頑丈なやつだな。気に入った」


「え、え、何、なんですか」


「あたしの拳骨に二回耐えたやつはいねえ。見所があるなって言ってんだよ」


どんなに優しそうな表情と声色をされても、次の瞬間にもまた拳骨が飛んでくるかもしれないと思うと、全く安心できない。


「あっ、そういえばイグナートさんは……」


「ほっとけ。あのガキ、何度言っても人の言うことを聞きゃしねえ。あげくには真正面から勝負を挑んで来やがった。ボコボコにしてやったけどな!」


「あのイグナートさんをボコボコに……」


「なんだ? お前までまさかあたしと戦いたいなんて言い始めるのか?」


「い、いえ、私はけっこうです」


「なら、いい。あたしはお前を気に入ったが、お前が校則を破ったことは別だからな。明日中にはあのメガネに反省文を提出しろよ」


メガネ、と言われてエルネスト先生のことを思い浮かべる。


「ところで、何やってたんだ? 夜中だぞ」


「あ、えっと、夜景の遊覧飛行……?」


「……へえ、そう」


素っ気ない返事に、何かよからぬ勘違いをされている気がする。


「まあ、生徒のプライベートにまで首を突っ込む気はねえよ。でも、夜に出歩くのはそもそもあぶねえってことを頭に入れとけ。この学校にいるうちは生徒なんだからよ」


「はい……」


「さあ、とっとと部屋に帰って寝ろ。つか、昼間にあれだけ暴れといて夜中に出歩く元気があるのはどうなってんだよ。どういう体力だ」


ぶつぶつ言いながら、マルタは倒れたままのイグナートのところへ向かい、彼を担ぎ上げた。


「なんだ? 早く帰れって」


「いえ、イグナートさんでも気絶するんだって思って」


「こいつも人間だぞ。まあ、本気で防御固めてたら別だろうがな。お前が耐えられたのはこいつのダメージを見て、拳骨の威力のイメージができたからだ」


どんなに強くても不意を突かれたら危ないことの見本でもある。

アリシアは彼女にもう一度謝罪をして、寮へと帰った。


部屋に帰ると、何も知らずに熟睡するセリスがいて、なぜだか安心した。

彼女を起こさないよう注意をしつつ寝床に入ると、半時もしないうちにアリシアも眠りについた。


ーーーーー


真夜中のアストレイアの町は静まりかえっている。

僅かな灯りはあるものの、歩く人影はない。

――――彼の他には。


彼は、ふらふらと、足取りも確かではなかった。

まるで泥酔しているような、そんな酩酊状態にあると言ってもいい。


彼の寝床はこの町の裏路地の、人の出入りのないところにある。

それも、他人に会わないために考えて構えた居住だった。


十年ほど前に受けた精神汚染の後遺症で、本人の意思とは無関係に、身体のコントロールを抑えられない時がある。

だから初めは郊外に住むべきだと考えたが、それは許可が降りなかった。


加害してはならない状況に身を置くことで、心を鍛えられると啓示を得たからだ。


(僕は、誰だ)


もう何度繰り返したかすら曖昧な疑問を、何度も繰り返す。

ずり落ちそうになった眼鏡を反射的に指で抑える。


(僕はエルネスト。僕はグリフォネア学院の教諭。生徒たちを導く仕事をしている)


しかし、それは真実なのだろうか。

心の内のもうひとりの自分が常に語りかけてくる。

本当は誰なのだ、と。


昼間はあまり影響がないのだが、周囲が静寂に包まれると、途端に心の声が大きくなっていく。


(誰か、助けてくれ)


その救いを求める声を発することは許されない。

許可されていないのではなく、発しようとすると、声が出なくなるのだ。


限界まで徘徊を続け、やがて寝床へ帰る。

ローディウス学院長はいずれ救いの手が差し伸べられると断言した。


セイレーンリングに携わった者として、相応しい救いがあると。

学院長はいつでも具体的なことは教えてくれない。

しかし、そのことについて悩み続けることこそが、贖罪なのだ。


罪は償うものではなく、背負うもの。

いっそ断罪してもらえたらどれだけ楽だろう。

先の見えない闇の中にエルネストはいた。

いつ、手をひかれるかわからない恐怖と戦い続けている。


寝床に入り、死んだように眠る。

明くる日、目が覚めないことを祈りながら、深い眠りに落ちる。

そして、眩しい朝日に絶望するのだ。


「……エルネストは、暗い表情はしない」


鏡を見ながら、そう呟き、柔らかな表情を造る。

今日も学院へ向かう。

いつか、誰かが、自分を助けてくれるかもしれないと、信じて。

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