降参するか
バチバチと電気を纏う鷹を前に、アリシアは悩んでいた。
恐らく開始直後に取る行動は、上昇気流を起こしての急上昇、その後の急降下。
鷹としての行動は読めるが、しかし、電気をどう使ってくるのかが想像つかない。
(私みたいに知識がない人間はあれこれ考えても仕方ないか)
向こうの行動に合わせて迎撃する。
行動方針を決めて、ラピスへそれとなく伝える。
開始の合図が魔法の角笛で伝わる。
音が鳴ると同時に、敵のサンダーホークの放つ光の量が増した。
体の組織のほとんどが水分と同じような性質を持つラピスに直撃させるのは避けたい。
そう考えるのもつかの間。
「疾風迅雷!」
サンダーホークは超低空でその体を鋭い矢のようにとがらせて雷を纏い、ラピスへと突っ込んできた。
回避の姿勢をとっていたために、なんとかギリギリで触れずに避けられた。
サンダーホークの通った跡が衝撃波でえぐれており、その威力を物語っている。
「避けた!? 初手で決めるつもりだったのに!」
相手が悔しそうに呟くのが聞こえた。
(そうか。技の名前をつければ指示を減らせるんだ)
アリシアの関心はその一点にのみ向いていた。
細かい指示を出すより、決められた一連の動きを先に決めていた方が、伝達も少なくて済む。
対面にいるのはアリシアよりも一年多くテイマーのことを学んだ|二年生(モルテラ級)。
今学べることは学んでおくべきだ。
サンダーホークは空に向かって大きく上昇した。
これはアリシアも知っている。
鷹としての狩りの動きと同じだ。
このステージは四角で囲まれているが、上はどこまで行けるのだろう。
飛行に必要な上昇気流はテイマー自身が魔法で出しているようだが、これもアリシアには真似できない。
アリシアの想定はここからだ。
ラピスに指示を出す。
体を切り分けて作り出した水鏡を、サンダーホークへ向ける。
同時に、点に見えるほど空高く上昇したサンダーホークが、風を切りながらこちらへ迫り来る。
さっきの雷のことを考えると、突進しか攻撃方法がないのではなく、これが最も攻撃力のある行動だときちんと理解しているのだ。
しかし、鷹に対する知識はアリシアが上回っているのを感じた。
サンダーホークは直線で突撃してきた。
ラピスの作った水鏡を割る。
直後、距離感を誤った敵は地面にぶつかりかけ、急ブレーキをかけた。
完全に停止するというより、方向転換のための一瞬の減速だったのだが、その隙をアリシアは見逃さない。
「ラピス!」
鏡に身を隠し、筒状に姿を変えて待ち構えていたラピスは、その端をサンダーホークへくっつける。
そして内部の水を一気に移動させ、筒の中でぶつかり合わせて凄まじい衝撃を生む。
その衝撃を対象へ直接与えることをラピスは得意な攻撃手段として持っている。
サンダーホークはドン、と轟音を鳴らして、地面に転がる。
一応、死なないように加減をしたつもりだったが、一撃で意識を失ったようだ。
周囲の反応は薄く、アリシアはまたやりすぎてしまったかと反省する。
すると――。
「すげー!」
「今の何!?」
次々に歓声が上がり、やがて拍手喝采となった。
その状況に一番戸惑っているのはアリシアだった。
あたふたとしていると、対戦相手のカイが握手を求めてくる。
「良い勝負だった。悔しいよ。次も頑張って」
「あ、ありがとうございました」
やっとのことでお礼を絞り出し、逃げるようにしてその場を去る。
その途中ですら、好奇の視線から逃げられない。
これだけ大勢に注目されるのは初めてのことで、すごく恥ずかしい。
その顔は秋の果実のように赤かった。
ーーーーー
「おい、つえーじゃねーか」
イグナートは視界の共有を解きながら呟く。
アリシアに対する素直な感想だった。
さっきのサンダーホークの突進を、見て避けるのはかなり難しい。
攻撃をある程度予測して構えていたに違いない。
アレはいわゆる初見殺しの類だ。
ルベルナなら防御を固めれば弾けるだろうが、回避はできなかっただろう。
「回避指示も出ていませんでしたね」
「スライムの自己判断――じゃないだろうな。俺たちみたいに魔力での意思疎通が可能なレベルのテイマーなのかもしれん」
「感覚共有ができる段階であるなら、かなり強敵になるのではありませんか、イグナート?」
煽るように言うルベルナにイグナートは眉をひそめる。
「でも所詮はスライムだろ? さっきも敵の本能を利用して勝っただけだ。ドラゴン相手に同じ手は使えない。フィジカル差を埋められるだけの能力があるのかどうか、だな」
「自分の対戦相手だと認めていますね」
「どう考えたってそうだろ。フレッジリングとモルテラにあれ以上のやついねえよ」
イグナートは立ち上がって背筋をぐっと伸ばす。
「そろそろ俺か?」
「ええ、次の次ですね」
「順番で言えば次はセリスの試合か。別に見なくていいな。とりあえずトイレ行ってくる。ここで待ってろ」
対戦相手を確かめることもなく、イグナートはトイレへ向かう。
自分の目と感覚を心の底から信じている。
アリシア以外チェックする必要はないと確固たる自信を持っているのだ。
少し時間が空いて、イグナートの試合が始まる。
相手は同じ学年(グリフォニア級)の女子生徒サフィア、パートナーは女性型の霧の精霊であるミストセイレーンのネーベル。
もう三年目だ。
見飽きた顔と言っても過言ではない。
「恣意的な組み合わせだな。火に水をぶつけてくるか」
考えてみれば、先ほども水のスライムに雷の鳥をぶつけていた。
今年はそういう指向なのだろう。
「最悪だわ。初戦であんたと当たるなんて」
「だろうな。降参するか? 戦うだけ無駄だろ」
「舐めないで。もうね、決めたのよ。あたしらは結託してあなたを削って、優勝させないことにしたの」
「なんだそのくだらんプラン。お前が俺を削る? 二回戦目でも同じことをするのか? そして決勝で下の学年のやつに俺を倒させる作戦? 面白すぎるだろ。プライドないのか?」
「ハッ! なんとでも言えば? 負けてからもその傲慢な態度がとれるならね」
開始と同時に、霧の精霊が高密度の霧を張り、試合会場は何も見えなくなった。
目くらましなのだろうが、ルベルナの目はその程度では影響をあまり受けない。
「ルベルナ、任せる。適度にやってやれ」
他のテイマーであれば、人間の目に見えなければ指示が出せず、後手に回ることになるだろうが、イグナートにその作戦は通じない。
カチ、カチ、とルベルナが何度か石を打ち合わせるような音を喉から鳴らす。
これは威嚇であり、最終警告だ。
それを聞いて焦ったのか、霧の精霊が大勢の分身となってルベルナに襲いかかる。
各々の攻撃方法は様々だった。
水鉄砲、水球、氷のつぶて、氷柱。
ありとあらゆる方向から、多種多様な魔法攻撃が浴びせられる。
しかし、そのどれもが、ルベルナに触れる前に蒸発する。
せっかくの濃霧をまるで活かせていない。
ルベルナが大きく羽ばたくと、それだけで霧は晴れた。
少しだけ空へ飛び上がり、下を向いて、大量の炎を吐いた。
四角い試合会場全てを満たすほどの火炎地獄だ。
霧の精霊はその姿を保てずに一瞬の内に蒸発した。
精霊は物質的な肉体を持たないため、こうした魔法での制圧には信じられないほどに脆い。
それ故に再生もテイマーの魔力が保つ限り容易に行えるのだが、今回のルールではこれで試合終了となる。
イグナートの意に反して会場は大盛り上がりだった。
他の学生――観客が求めるのはこうしたわかりやすいパワー対決なのだと思うと、辟易する。
勝者としての笑みを顔に張りつけながら、イグナートは颯爽と退場する。
(本当につまらない。この程度で喜ぶ客も、これを強いと評する連中も。何一つ俺を満たすに値しない。だが――)
あのスライムなら、本当の勝負をさせてくれるかもしれない。
知恵と知識を使った、駆け引きのあるひりつく戦いを。
この飢えと乾きを埋めてくれることに期待しながら、イグナートはルベルナを連れて興奮に沸く会場を後にした。




