実力で負けるなら
雲一つない青空の下。
以前、アリシアが編入の時に実力を見せるために決闘した時とは違い、全校生徒約百五十人が校庭に集まっていた。
テストとは言っても、大会の様式を為しているためか、お祭り騒ぎであった。
アリシアはこの学年の代表選手であったが、入学して以来、皆が怖がって近寄ってこない。
セリス以外に友人と呼べる人もおらず、人混みから離れたところでベンチに座っていた。
「こんなところでリラックスかい?」
「アルヴィスさん……?」
彼とこうして顔を合わせるのは初対面の時以来だ。
気まずさを感じて、アリシアの方から彼を避けていたこともある。
だからこうして向こうから話しかけてきたのは、アリシアにとって意外だった。
「隣、座らせてもらうよ」
「は、はい」
逃げるタイミングを失った、と緊張していると、アルヴィスの方から口を開いた。
「今日の大会の組み合わせがさっき発表されていたが、見たか?」
「いえ、まだです。それに事前に見たところで相手のことなんて何もわかりませんし……」
そう言うと、アルヴィスが大きなため息をつく。
「やっぱり僕は君のことが嫌いだ。僕が君なら、この短い時間の内でも、なんとかして少しでも相手のことを探ろうとするだろうしね。セリスを除けば相手は全員|二年生(デセント級)と|三年生(フルーエント級)だ。格上だよ。できることはやっておくのが敬意だと思うね」
「なんかすみません」
「さっきのは僕の感情だ。君にはそういう不遜な態度が許されるくらいの才能があるのは認めている。僕だけじゃない。|一年生(フレッジリング級)の全員が君の実力を認めている。だから、君がこうして学年を代表して出場することに文句を言う人間はいなかった」
「そうなんですか?」
「周囲からの第一印象は最悪で、近寄りがたいし、何を考えているのかわからない。唯一の交友関係がセリスときたら、君の正体が何者かなんて探ることすらも怖くてできないだろうね」
「私はともかく、セリスさんは仲が良いんじゃないんですか?」
「あの人が人間関係の構築が上手いなら、どうしてこの学年の代表になっていないのか不思議には思わなかったのかい?」
「言われてみれば、確かに」
「彼女は『氷雪の餓狼』なんて二つ名があるくらい有名だからね。君とは違う理由で僕らとは相容れない。まあ、経歴を考えればプロのテイマーと遜色ない経験とスキルがある。僕らの授業なんて子供の遊びにでも見えてるんだろうさ」
「セリスさんはそんなこと思ってないと思いますよ」
「僕はそう感じるってだけだ。君もだぞ」
「ええ? 私はついていくだけで精一杯なのに……」
心外だ、とアリシアは漏らす。
「――エルネスト先生に言われたよ。君らと僕らには大きな実力の差があるってね。同じ時期に入学したと言っても、スタート地点は同じじゃない。自分が前にいる時には感じなかったことを、君に気がつかされた。それを感謝するよ」
「はあ……。ありがとうございます」
「本当にむかつくやつだな、君は。――君は僕に圧倒的に差をつけて勝った。だから、君には勝ってもらわないと困る。それを言いに来たんだ。これは学年の総意だよ。さっきも言ったけど、君のことを表立って応援し辛いって意見も多いが、勝ってほしいという意見も聞いている」
彼は懐からメモ用紙を取り出す。
「どうせ君のことだから、僕がどれだけ言っても組み合わせ表を確認しないだろう。これが写しだ」
手渡されたメモにはトーナメントの組み合わせ表が書かれている。
一番左端にアリシアの名前を見つけた。
「全八人だけど、この中で知っているのは一人だけだろ?」
「そうですね。セリスさんだけです」
「だろうね。一年生から二人、二年生から二人、三年生から四人。トーナメントの左半分は一年と二年で固められている。つまり君とセリスの対戦相手は両方とも二年生ということだ」
「あれ? もしかしてこれ、二回戦でセリスさんと当たるってことですか?」
「もう勝った気でいるのか……。君の最初の相手はカイ。パートナーはサンダーホークという名の電気属性の鳥だ。相性が悪いんじゃないか?」
「どうでしょうか。キジ狩りは得意ですよ」
「狩るなよ。というか、ちゃんとルールは理解しているのか?」
「私のことなんだと思ってるんですか。魔物同士の戦いがメインで、テイマーは魔法のみ使用可能、基本的には足下の四角の陣地からは出ない。魔物が気絶した方の負け。あってますよね?」
「つまり、僕にやった時みたいに、君が前に出ることはできないってわかってるんだな?」
「…………はい」
「おい、なんだ今の間は。絶対わかってなかっただろ。危険行為はどれだけ優勢でも反則負けだ。スライムだけで戦わないといけないってちゃんと覚えておけ」
彼がちゃんと確認していなかったら自分も前に出ていただろうと簡単に想像できる。
体に染みついている仕草を意図的に抑えるのは難しい。
アリシアは前に出ない努力をしなければならないのだと、改めて考えることになったのだ。
「いいかい? 何度でも言うけどね、君が無様な負け方をするのは困るんだ。実力で負けるならまだしも、反則負けなんて情けないことはしないでくれ」
「期待に応えられるよう頑張ります」
アリシアがそう答えると、彼は呆れたようにまた小さくため息をついた。
ーーーーー
「こんなつまらん勝負なんかしてもな」
イグナートは屋根の上から校庭を見下ろしていた。
隣には赤い竜のルベルナもいる。
今年|三年生(フルーエント級)のイグナートは、自分よりも弱い相手をすることに飽きていた。
外の世界へ出るにはもう少しかかるが、すでにここで学ぶことは何もない。
|一年生(フレッジリング級)の時点で初優勝を飾り、翌年も勝って二連覇を成し遂げている。
今年も同学年は見知った顔ぶれ、あとは年下。
考えるまでもなく、自分が一番強いと理解している。
「しかしイグナート。早計では?」
ルベルナが嗜めるように言う。
「お前といい勝負ができるやつがこの中にいるって?」
「初学年の代表に、あなたと同程度の才覚のある者がいるやもしれませんよ」
「砂粒から宝石探せって言っても、ないところにはないんだよ。だいたい今年の新入生で元々実力があったのはあの『氷雪の餓狼』だけだろ。あれは実戦向きのやつだ。こういう遊びの大会で実力を発揮できるタイプじゃない」
北の名家出身だが、悲劇的な事件に見舞われ、今もその犯人を追っていると聞く。
彼女にとって、この学校で爪痕を残すことは何の価値もないだろう。
「もう一人、一年生の方がいらっしゃいましたよ」
「ん? あの学年代表の坊ちゃんじゃなくてか?」
「アルヴィスは出場していないようです。トーナメント表にはアリシアと記載がありました」
「知らんやつだな」
「なんでも、二ヶ月ほど時期をずらして編入してきたのだとか」
「なんでお前の方が詳しいんだよ」
「あれだけ目立っていれば、自然と耳に入ってくるものですよ、イグナート」
ルベルナはくすくすと笑う。
このドラゴンは人間のことが好きなだけだと言っているが、そこらの人間よりもよっぽど物事を覚えている。
恐らくこの学校の関係者は全員頭に入っているのではないだろうか。
「で、どうなんだ? 実際のところ」
「さて? 学内での評価はそれほど聞きませんね。交友関係が極端に狭いようです。あなたのように」
「余計な一言だな。俺より強いのか?」
「スライムを使うらしいですよ」
「スライム? あの、スライムを?」
丸くて柔らかくてできることが極端に少ない、生物としても極端に弱い魔物だ。
考えられる中でも最も弱い部類に入るだろう。
「特殊な個体なのかもしれません。東の森にはとても強い力を持つスライムがいました。『星喰らい』と呼ばれるマザースライムです。彼のスライムが持つ腐食の魔法は、竜の鱗でも簡単に溶かす力がありました」
「そいつ、今はどうしてる?」
「わかりません。人間との交易をしていたと聞いたことはありますが、山奥にいたために鉢合わせたことのある者も少ないでしょう。今もまだあそこにいるのかを確かめる者も居りません」
「ふーん。特殊なスライムか……」
好奇心がくすぐられるのを感じた。
そして、それはルベルナにも伝わる。
「やる気が出ましたか?」
「とりあえず一回戦を見てからな。例年通りの組み方なら決勝でしか当たらないんだろ?」
「そうですね。トーナメント表は学年で別れていますから」
ルベルナはイグナートのやる気の出し方をよく理解している。
興味以上に自分を突き動かす動機はない。
高所から眺めていると、試合会場の周辺でざわめきが大きくなってきた。
そろそろ始まるのだろう。
十五メートルほどの広さの四角形の両端にそれぞれのテイマーが立つ。
テイマーの足場は強固な防御結界で守られており、突発的な事故を防ぐようになっている。
その代わり、中に人間を閉じ込めておけるような作りにはなっていないため、そこから出ないという形での協力が不可欠となっている。
そうこうしているうちに開会式が始まるが、イグナートは出席せずに、今いるこの位置から動くことなく眺めていた。
最初はきちんと出ていたが、優勝を契機に煩わしいことをするくらいなら大会に出ないと宣言したところ、なんとなく居なくても許されるようになった。
「ルベルナ、目、貸せ」
イグナートは自分の目を閉じて、視界をルベルナと共有する。
ドラゴンの瞳は特殊な構造となっており、見える世界も人間とは大きく違う。
特に魔力の流れが色つきの空気のようにはっきりと見えるのは、ドラゴン種だけの特徴だ。
「一回戦目でセリスじゃないならあいつが例のやつか?」
「彼女がアリシアでしょう。衣服の中に生体がいます」
彼女の袖口から粘性のある藍色のスライムが顔を覗かせる。
「随分小さいじゃないか」
スライムは人間の膝ほどの背丈もない。
しかし、やはりイグナートの知っているスライムとは違う。
「スライムって普通半透明だよな。アレは色が濃いな」
「ええ。それに、知性も感じます」
普通のスライムは口頭での指示ですら理解できる幅が狭く、それ故にテイマーにはあまり好まれない。
指示を理解し、状況に合わせて自分で考えるなんて芸当は不可能な魔物なのだ。
それを連れて歩いているだけでも、ただ事ではない。
そして、アリシアとスライムの魔力の繋がりは強固で、それはイグナートとルベルナに匹敵する。
彼女が偶然でここに立っているわけではないことを、その立ち姿だけで証明している。
対峙する男子生徒が魔方陣から呼び出したのは、雷を纏う金色の鷹だ。
「相手はサンダーホークか」
「あなたならどう戦いますか? イグナート」
「俺なら、か……。上を取るかな。地面を強く叩けば反動で跳び上がって、先に上を取れるだろ。あとは絨毯みたいに広がって覆い被されば勝てる。鳥の骨格じゃ重さに耐えられないだろ」
イメージのしやすい勝ち筋だ。
他にはテイマーが魔法で直接打ち落とすことも考えられるが、そんな当たり前の方法など向こうも対策していないわけがない。
「しかしそれだと、開始早々に動かなければなりませんよ」
「ああ。溜めて跳んで、広がる。三手を相手の上昇回避よりも早く行う必要がある。油断しているうちじゃないと避けられるだろうな」
イグナートもスライムをパートナーにしたことはなく、何か見えていないピースがある気がしてすっきりしない。
そしてアリシアの出した解決策は、イグナートの想像とは全く違っていた。




