あなたの言うとおり
10
アリシアとセリスは事件現場から学院へと戻り、何事もなかったかのように一時間目の授業を受け、体力の限界と戦いながら、ようやく一日を終えて夜になった。
やっと落ち着いたとばかりに、アリシアは精根尽き果ててベッドへ寝転んでいた。
晩ご飯に学食で食べた鶏肉のソテーのおかげで、ちょうどよく眠気もやってきている。
まだ会ったことのない寮母さんの料理はいつも美味しく、幸福感に包まれる。
「今日はお疲れさま。さっき衛兵の屯所から連絡が来たわ。全員ちゃんと捕まったみたいよ」
大浴場から帰ってきたセリスが、湯気を纏いながら労った。
「それは良かったです。……さっき?」
「私たちへの連絡なんて、優先順位は最後でしょ。予定通りなら私たちと入れ替わりで現場に到着しているはずよ」
ちゃんと行く前に連絡をしていたのか、とアリシアは安心する。
彼らを退治した後、セリスの腕輪探しはすぐに終わった。
「ここにはない」の一言だけを聞いて、学院へと走ったのだ。
長居したつもりはなかったが、走っても授業に間に合うかどうかの瀬戸際だった。
アリシアはそこまで無理して出なくてもいいだろうと言ったが、セリスは首を縦には振らなかった。
それから疲れ果てた体に鞭を打って、なんとか一日勉強し、夕飯を済ませてようやく今の状態なのだ。
「今回のことだけど、本当にごめんなさい。私が至らなかったばかりに、あなたに怪我をさせてしまったわ」
「矢のことですか? あんなの、なんでもないですよ。跡も残ってませんし」
実際のところ、ラピスの回復効果は絶大で、貫通した傷くらいなら簡単に治癒できる。
見た目の痛々しかった凍傷も同じだ。
袖を捲って綺麗に完治した腕を見せると、セリスは渋い顔をした。
「そういう問題じゃないのよ。痛くないわけではないでしょう」
「誰かと戦う以上、傷は仕方のないことです。死ぬほど痛いことと死ぬことは違うじゃないですか。痛いことに耐えられないならそもそも安全なところでひっそりと暮らすべきですよ」
矢継ぎ早にそう言って、アリシアは一呼吸置いた。
「ごめんなさい、言い過ぎました。……でもだからといって外されるのは嫌ですよ。絶対ついて行きますからね。むしろ、一人でどうするつもりだったんですか。五人相手なんて無理でしょう」
セリスは肩をすくめる。
アリシアがいなかったらもっと無茶をしていたに違いない。
「――で、セイレーンリングって結局何なんですか? あんな悪い人でも嫌がるようなものを探しているんですか?」
「……そうよ。人格を乗っ取る腕輪。十年前、あの腕輪のせいで、私の家族は全員死んだの。だから、私は自分の一生を捧げてでも、あの腕輪を壊さなくちゃいけない」
「だったら余計に一人じゃダメですよ! セリスさんが乗っ取られたら、誰が腕輪を壊すんですか?」
そう言うと、セリスはきょとんとした顔をして、それから小さな声で笑った。
「私が操られたら、あなたがどうにかしてくれるの?」
「当然です。そのために協力させたんじゃないんですか?」
「そのためじゃないわよ。単に私が寂しかっただけ」
「本当に?」
「本当よ。誰かに手伝ってほしかったけど、そのための理由を探すのが下手だった。あなたの実力なら私よりも上手にああいった場面を切り抜けられると思ったし、何より私を支えてもらえると思った。どれだけ探しても自分勝手な理由しかないわ」
「じゃあ、助けてもらうのも理由に入れていいですよね」
「……そうね。あなたの言うとおりだわ」
「だから絶対、一人で行かないでくださいね。私がいないと、セリスさんはそのうち死にますよ」
冗談めかさず真剣に、アリシアは言う。
セリスもその思いを受け取ったのか、静かに頷く。
「アリシア、あなた人と戦った経験があまりなさそうだったけど、そうなの?」
「正面から戦ったのは初めてですね」
「だから魔法に対する知識がなかったのね。納得したわ。これから魔法を覚えるつもりがある?」
セリスの氷魔法はかっこいいが、自分に扱えるものだとは思わなかった。
「いえ、あまり。私には少し難しすぎます」
「でもあった方が便利じゃない?」
「セリスさんの氷魔法くらい使えたら便利でしょうけど」
「私の魔法は無理よ。十年かけて覚えたんだから」
「ですよね」
「でも今から十年かけても無駄にはならないでしょう? せっかく良い相棒がいるのに、勿体ないとは思わない?」
ラピスの方に目をやると、なんとなく同意しているような気がする。
「考えておきます。機会があれば」
「今がその機会だって言ってるのよ」
頬を膨らませるセリスから目を背ける。
授業で少し習ったから分かるが、魔法は本当に難しい。
複雑な計算式と魔方陣の知識、魔力の操作が必要だ。
この中でアリシアに可能なのは魔力の操作のみ。
体を動かしながら計算するなんてとてもできない。
使うことよりも、使われることを警戒するべき技術だと思っていた。
「ああ、そういえばそろそろアレがあるわよ。出るでしょ?」
「アレ?」
「大会よ。模擬テストって呼ばれてるけど」
アリシアは首を傾げた。
なんとなく聞いた覚えはあるが、自分には関係ないと思っていたからだ。
「え? でもまだみんな相棒の魔物がいないんじゃないですか?」
「私たち一年生(フレッジリング級)はね。大会は二年生(モルテラ級)と三年生(グリフォニア級)まで含めて合同で行われるの。つまり、格上と戦えるチャンスってわけ」
「……えっと、それって出ないといけないんですか?」
「フレッジリングでちゃんと戦えるのは私とあなたしかいないのよ。出なくてどうするの?」
あまりにも当たり前の顔をしているセリスに、アリシアはもうそれ以上何も言い返せなかった。
ーーーーー
満月の昇る空に、一匹のドラゴンがいた。
鱗は紅玉のように鮮やかに赤く、光沢がある。
その背には、同じく赤い髪をした少年が胡坐をかいて座っていた。
「夜の散歩は気持ちが良いな、ルベルナ」
ルベルナと呼ばれた赤竜は喉を鳴らした。
「――しかしイグナート、夜に出歩くのはあまり感心しませんね」
「たまにはいいだろ」
「このところしょっちゅうではありませんか。気にかかりますか? あの気配が」
「……どうだろうな」
二人が感じているものが同じであるかどうかはわからない。
しかし、恐らくは同じなのだ。
細部まで伝達せずとも、お互いがなんとなく理解している。
――この町に不吉なものが持ち込まれた。
近くにあるというだけで、そわそわとして落ち着かない、そんなものが。
「面白ければいいけどなー」
「不謹慎ですよ、イグナート」
静かな夜空と星々だけが、彼らの会話を聞いていた。




