探索ライアー
歪み、歪む。
ひずみ、ゆがむ。
ゆがみ、ひずむ。
散歩、のような。
そんなくだりで僕は町を朱夏とうろうろうろうろして、しばらくそんなことを続けていると、窓枠が両腕をまっすぐ水平に伸ばして親指を縦、人差し指を前、中指をそれぞれの反対側の手に向けて、そのまま「うーん」と彷徨いているのを見つけた。万が一『いつぞやの風船はどこに?』と思っている方の為に言っておくと、今回は小さく可愛らしいリュック(チューリップの、アップリケ)を背負っていて、それに唯一存在するチャックの金具に紐が括り付けられていた。故にハンズフリーである。
……あの風船何でできてるんだ? この間は自分でぶら下がってたよな?
まあ、ここで考えてもどうせわからないことなのだろう。後でなんかフシギナチカラがどうのこうのってなるに決まってる。
ちなみに、待ち合わせとかは特に決まった場所を指定していなかったらしく、跡路市の僕と朱夏が住んでいる近辺、ぐらいにしか決められていないらしい。なんて杜撰な人達なんだろう。
「……何やってんだ?」
「あ、統那君だー。こんにちはー。こちとらは元気だよー」
「こんにちはー!」
僕も今元気になったよー!
さっき軽く背中に火傷の感覚が染み着いたけど(僕の尊厳の為に割愛してるけど)、そんなこと吹っ飛ぶくらい元気になったよー!
「……何でそんなに嬉しそうなのよ」
「今僕は洗われた……!」
洗礼というのはこのことか!? 今ならどんな高潔なことでもやっていけそうな気がする!
何かに殉じることができそうだ! 具体的には少女!
……ゴホン。
大丈夫。ギャグで済む範囲の突発暴走だから。
「で、今は何やってんのって、統那が聞いたよね?」
「朱夏ちゃん可愛いねー。こちとらは二人をちゃーんと待ってたんだよ?」
曰く彷徨いているのは待っているのと同義、だそうな。
……そんな訳ないですよ?
「そのキョンシー擬きが待っているって言うのか」
「これはねー、ダウジング」
「フレミングすげえ!」
フレミングの左手と……あれ? 右手ってあったっけ?
「あるよー。親指が導線を動かす力で人差し指が磁場になって、中指がその二つから出てくる誘導電流なんだよ」
「ふー、ん?」
……左手との違いがわからない……。
なんだっけ……電・磁・力だよな。……あれ? 変わんない? 何だ?
「だから、左手の法則は相手を持ち上げて落とすの」
「ここでビンヤードを出さないで!」
リメイク版の1・2に出ているって言うけど3をやっていない僕はこのキャラクターの本質がまるでわからないんだ!
……ゴホン。
ここまで僕のテンションにお付き合い頂き、誠に有り難う御座います。
「実はこちとらも忙しいんだよー。だから必要なことだけ言うとねー、これ」
リュックから一枚、二枚と紙を取り出してそれらを僕と朱夏それぞれに渡してきた。
「……地図、だよな」
いつかの僕の絵よりずいぶんマシな出来だった。泣けてくる。
朱夏の方のを覗き込むと、そっちも同じような図面だった。
「そこに行ってくると良いことあるよー。きっと」
そう言うと、風船少女・川井窓枠は今までと別の方向を向いた。
「もう行くのか?」
「うんうん。こう見えてこちとらは本当に急ぎ忙しいからねー。これからきみたちの他に三人と会わないといけないんだ」
「…………」
三人。
また、三人、か。
何となく引っかかるものがあった僕は、聞いてみた。
「窓枠……ちゃん?」
その前に(しょーもない)課題があった。
川井窓枠。年齢不詳。
〝さん〟か〝ちゃん〟か、それとも個別にあった呼び方をすればいいのか。
「んー、こちとらは見た目は子供、頭脳は大人だからどっちでもいいよー」
「じゃあ窓枠ちゃんで」
「何で即決なのよ……」
呆れ果て見下げ果てた朱夏、に気付かない僕。
「これが洗礼効果か……!」
「は?」
「何でもありません……」
うわぁ……朱夏がドライに……。本当の意味で乾燥注意報発令中。
きっとドライが移ったのだろう……か?
「で、ちょっとだけ聞きたいんだけど」
「いいよー。愛と勇気だけが敵っていう魔王のような人の話でも世界に多大なる影響をもたらした覇者のような人と人の間の話でも代わり映えのしない異世界の話でもどこにでも行けるからこそ動きたくないという境地に至った人や何でもかんでも作った人や誰が直接依頼したわけでもないのに望まれた暗殺を実行する人の話でもいいよ」
……ちょっと興味をそそられる内容だけど、今はそこじゃない。
「……とりあえず、尾上蔵波、筒井羽織、戸井竹美嘉の三人について、何か知ってたりする?」
僕としてはあんまり期待していなかったんだけど、窓枠ちゃんの反応は、
「……うーん、なんて言ったらいいのかなあ」
予想外のそれだった。
「そう言う存在の話は知っているけど、所在は知らないし、もっと言っちゃえば実在も知らないんだよねー。お話に聞く程度で」
「なるほど……そりゃあ残念」
「探してるの?」
「ああいや、ついさっき会った人がその三人を探してるって言うから」
「なるほどなるほどー。三人つながりでねー。でもこちとらが会うのはその三人とは違ってたから残念だったねー」
「とっても残念だよー」
「遺憾だねー」
「遺憾だよー」
「やったねー」
「やったよー」
「…………」
とんだ茶番をやっている僕の背中に朱夏の沈黙と白い目が突き刺さった。
さくっ、と。
「それで幸せ?」
一言。
ぐさっ、と僕の心、が大量出血した。出血多量。サービスどころではない。
打ちひしがれ伏せる僕を、窓枠ちゃんがつんつん、と突っついた。服の上からなので、感触はよくわからなかったけど、素晴らしいものだったに違いない。
どうも今日の僕は年少者に突っつかれるらしい。
「大丈夫ー? 統那くん」
「その言葉だけで、僕は立ち上がれる……!」
「うざっ」
やばい、段々朱夏のキャラが固まってきてる!
厳しい!
「はあ……付き合ってらんない」
朱夏は僕から離れるように去っていった。
「え……」
……スタスタ行っちゃった!
この状況で二回目の置いてけぼり!
いやまあ、はぐれるとかはともかく、勝手知ったる土地で迷子はないけど。
「……丁度いいや。お話ついでに言っておくことがあるんだ。統那くんだけに」
「何だい♪」
……残念なことに今の僕の表情はとても気持ち悪いことになっているだろう。
そりゃあそうだ、『統那くんだけに』というニュアンスにどれだけのものを感じていたか。少なくとも並々なものではなかった。今ならチョコボールで銀のエンゼルぐらいは引き当てられそうな有頂天にいる。非想非非想天にいる。いや、煩悩ありまくりだけど。
しかし、窓枠ちゃんの表情は僕の行動で揺らぐことなく、常のようににこにこ顔だった。
「きみは、朱夏ちゃんのことについて、どんなことを、どれぐらい思っているのかな?」
目に優しい空色、です。
そして『空色って○ライオに似てるなあ』と思ったはいいものの、ところで○ライオってなんだ? というところを思い出せなかったのが残念ですね(正解はウェブでどうぞ)。
名前は知ってるけど何だったのかを思い出せないって惜しいなあ、という話です。