音楽室ブラスト
「封陣ってのは、外から見るとこうなのか……」
日付の変わる一時間と少し前(僕は英語で言うところのパンクチュアル、つまりパンクだから、時間はきっちりと守るのだ)、僕は開いたままの校門の間に立っていた。
校舎のある位置には半球状の、藍鉄の色を表面に浮かばせた封陣が外から囲み、水のような、霧のような、どっちともつかない感じに光を屈折させ、校舎の形を歪ませていた。
「これに今まで気付けなかったっていうんだから、間抜けな話だよなあ……」
間抜けというか底抜けに抜けているというか。
しかしまあ、腑抜ける訳にだけはいかないので、結局は突入あるのみだ。
というか打葉に余計な策を練るだけ無駄である。具体的には巌流島作戦とか。
ザ・ワールド使いに連呼されるまでもなく、そんなことはわかってはいるんだ。
月並み人並みの並々なる台詞なのだが、用心して、し過ぎることはない……の逆、用心するだけ無駄なのだ。
僕は腰抜けな自分を押して、歩きながら封陣に触る。
……抜け過ぎだ、僕。
「うわ、何の感触もないな……」
近くに来ると、表面だと思っていた箇所が、おぼろげに霞んでいたのがわかった。
その粒子の一つ一つが打葉の色である藍鉄に薄く光り、拡散している。
その内を抜けて、いつの間にか夜の闇すら真っ黒に染める空間に入った。
……ここで気付いたんだけど、どうも色採というのは光の強さに左右されずにものを見ることができるらしく、『暗くて見えない』ということがなかった。
面は黒く、線は白く。
輪郭は白、空間は黒。
まるで写し取ったような世界。
まるで絵に描いたような世界。
「だけど色以外、変わらないんだよな……」
いや、
僕はさらにそこからおかしくなっているんだった。
僕は右腕を見た。
見える左目だけで。
「……やっぱり動かないよな」
ぶらんぶらん、と肩で揺らしてみたけど、くっついている以外には、何の機能も果たしていない。
視力検査みたいに、片目ずつ左手で隠して、やっぱり右が見えないということも確認する。
……辛うじて右足だけ動いているから、ある意味都合は良いのか?
もしも『右目』『右手』『右足』の三択でどれかだけ残せるなら、僕はやっぱり足を選ぶのだろう。
自由が段違いだ。
さて、果たしてこの選択にどれだけ意味があるのかと言えば、ゼロだ。
……そもそも僕は何でこんな疑問を抱いたのだろう?
……考えても仕方ない、か。
「さて、行きますか……」
僕は格好付けた台詞を誰にも聞こえないように呟き、下駄箱から音楽室を目指す。
……まさかその他もう一人が混ざっているということを、そのときの僕は思いもしなかったけど。
****
十一時ジャスト。音楽室。
壁一面、崩れそうに積み重なった金属木製問わない楽器の壁をバックグラウンドに、パンクな僕は打葉と向かい合っていた。
……吹奏楽部があるのかどうか知らないけど、もう少し楽器を大切に扱わないのか?
「時間帯が時間帯だけにホラーになるんじゃないかと思ったが、こうなるとリアルさに欠けて駄目だな」
「確かに、お化けの出そうな雰囲気じゃないよな……徹底的に人為の風景っぽいよな」
「人為か。裏、の方が俺は正しいと思うけどな」
「僕らが表なら、な」
「違うぜ四手」
打葉の語調が変わった。
開始の合図。
「表は、多数派だよ――正義が逃げ込む先の、な」
最初は爆破だった。
天井という、視界から外れやすい死角から砕片が爆風に押し出されて降り注ぎ、振動で楽器の壁(……山?)は崩れた。
がらがらがっしゃーんばーん、って感じ。漫画だと『ドーン』とか、そんな文字を打ってるところ。
勿論近くにいた僕も無事では済まなかった。
天井の砕片が細かく僕の皮膚を削いでいく。頭は咄嗟に守ったお陰で禿げなかった。……ナイス僕。
服はまたしても犠牲になったが、こんなこともあろうかと服装は制服ではなく中学生の頃背伸びして買っちまって、センスねえと僕の父親に――よりによって父親に馬鹿にされたせいで着れなくなった襤褸なのさ!
ちなみに背伸びってのは身長の方の意味で、年齢じゃない。
何故か今になってジャストフィット!
それにしても勢い良く裂けていったもんだ。
いい感じにパンクだ。
「爆弾、仕込んでたのか!」
「手製だ」
如才ない!
言葉の意味は良くわかんないけど如才ない!
「警察に捕まってしまえ!」
「お前に言われたくはないな。そして次だ」
「っ、わあぁぁ!」
足下が膨れ上がり僕は足下から持ち上がるように吹っ飛んだ。
いつの間にか(よくよく考えなくても最初からだけど)この部屋は地雷原になっていたらしい。
「お前にむざむざ無策に接近するつもりはないよ、四手。何でもありといったのはそっちだ。俺はちまちまちくちくとやらせて貰うとするよ」
「痛っ、てぇ……」
打葉は颯爽と音楽室を去った。……なんでこんな状況で颯爽なんて言葉が似合うんだ、打葉。
立つ風に一人バツ四、で颯爽。
……やべえ、寂しい人だ! 何この漢字の覚え方! 離婚しすぎだろ!? ああ、颯爽のイメージが勝手に崩れる!
……ゴホン。
対して僕は吹っ飛んだ勢いで楽器の山に頭から突っ込んでいた。ぐちゃぐちゃな視界で、勝手に混乱しそうだったけど、なんとか突き刺さった頭をもたげた。
「ど、こに行った……?」
言いながら、順当に廊下に出る僕。
一方を見ても、もう一方を見ても突き当たりまで何も遮る者は居なかった。
「逃げ足速いな……」
確率論的に考え、結果、より部屋の多い方に歩く。
今現在、僕のいる階層は一階である。ちなみにグランドピアノなんかの大きい物を持ち込む手間を省くため、というのが音楽室が一階にある理由……と僕は考えているんだけど、どうだろうか。
というわけで階層の話をしたからには僕は今、階段の手前にいるわけだが、どうしたものか。
一階には他に事務室、多目的室なんかが置かれていて、授業に使うような部屋は音楽室ぐらいのものだ。つまり他の授業に使う教室は二階より上にある……ということぐらいしか判断基準が無い。
……。
…………よし、
「どーちーらーにーしーよーかーなーてーんーのーかーみーさーまーのーいーうーとーおーりー、鉄砲撃ってバンバンバン、もう一つおまけにバンバンバン……よし、まずは一階を当たろう」
ちなみに僕はこれの奇数偶数を知らないのでこれは正当な運任せだ。
そのまま廊下を直進――ドーン。
どふぁっ――ずしゃぁぁぁ……。
がばっ。
「ここまでトラップあんのかよ!」
吹っ飛ばされて床を擦り、煤けた僕の全力の突っ込みは校舎に空しく響きわたった。
「ちくしょう、いいさ二階に上がってやる!」
僕は引き返し、階段を一段二段と上り踊り場に出――ドーン。
ごろごろごろごろっどっごろごろっごろっどふっ。
……。
…………あああああああっ!
ぴぎゃー!
「池田屋っちまっただろうが!」
僕は着々と優等地雷処理員の地位を固めていた。
堪えかねて、
「打葉……僕を殺す気か!」
なんて言った日にはもう、リアクション芸のそれになっていた。
一応、最後のパンクだけ意味が違います。
それと、颯はともかく、爽が寡と同類に見えて悲しいです。