廊下エスケイプ
トイレから逃げ出した打葉。
「あっ、待て!」
それをよくある口上とともに追いかける朱夏(それとオマケのように続く僕)。
廊下に出ると、
「待てと言われて待たないのもよくよく考えれば悪いな」
待ち構え、そんなことを言っていた。
……おまえ、格好良過ぎるよ。
何の達人まで行ったらそんななるんだよ?
「その問いには、太鼓のと答えるのが正解だろうな」
まあ、面白い答えを期待してた訳じゃないからいいんだけど、そういう風に言われるとそれが面白いと思えなくなるから不思議だ。僕の七不思議。
ちなみに、
「筑紫だったら燵陣の達人とか言うんだけどな」
この燵、こたつの『たつ』である。
言われただけじゃ絶対わかんない。
それに、普通は漢字が出てこない。
火に達。
……むしろ、朱夏に相応しいかもしれないな。
火の達人。
「ははっ、ホームドラマの冬の一幕みたいだな」
「……察し良いな」
というか、良すぎる。すげー。
『たつじんのたつじん』って言われただけでわかってるよ。
ここら辺でいい加減朱夏が焦れてるっぽいので(朱夏には、なんか僕の服が人肌ではなくあったまってきた! 焦れてるって言うかこれ焦げてるかも! という僕の心の叫びは届いているのだろうか……)本題に戻ることにする。
「……僕達はこれ以上騒ぎが大きくならない内に打葉には止めてもらいたいんだけど、これは聞いてはもらえないのか? 周りに迷惑だ」
僕は思ったほど冷静に話をすることができた。
……やっぱりそれほど思い入れが無いもんなあ。奴らに。
「俺はせめて弾き返すのが終わればそれ以上はしないと誓えるんだが、それは聞き入れては貰えないのか? どうせ周りには迷惑かからないんだ」
打葉は言葉返しというか、オウム返しというか(これは違うな)、同じような言い方で反撃してきた。
しかも『もらえないのか?』を漢字に直された。余計なお世話だ。
一つだけ気になるところがあるとすれば、僕と打葉で『周り』の定義が違う、というところか。
「聞き入れない。代わりに実力行使に出る」
「って待て待て待て待って朱夏! 手を振り上げないで待って!」
ブログの如く炎上しかけた朱夏を(なんて喩えだ……)僕は前に出て打葉に背を向けて『ストォォォォーーーーーーーッッッップ!』と全速全身のジェスチャーで収めることができた。
『待て』を五回も重ねてようやく、だけど。
おっそろしいなあ……。
「…………」
「じゃあ、こういうのはどうだ?」
僕が慌ただしく朱夏を収めていると、打葉の声が後ろから聞こえた。
大の字になっている僕が首から上を振り向かせる図は想像以上に間抜けだっただろうけど、そんなことを言ってもしょうがない。
「俺とそっちのどっちかが勝負をする。ああ、勝負の形式は何でも良い。例えばじゃんけんでも、スポーツでも、将棋でも良い」
何でも良いという言葉はつまり、自信の表れだった。
打葉は僕なんかとは違い勉強もできて(わざと二桁の順位になるようにするというところから、もう一つ察してほしい)、運動もできる(はっきり言って周りの環境が悪いので才能の発揮はされていないけど)、ゲームセンターに行くことはないからどのくらいできるのかは知らないけれど、ゲームも僕の遥か上を行っている(モンハンしかやっているのを見たこと無いけど)。
全てに()が付いて、但し書きみたいになってしまったけど、打葉は全般の物事に際して器用だ。
むしろ()はここの冒頭のように僕について付けられるべきだろうか。例えば、
打葉の方に体を向けて(僕は言った)。
…………ゴホン。
「それで勝った方は自分の要求を通す、ってか」
確認の為に聞いておいた。
いやその前に、勝負ってそういうもんだっけ。
「ああ、で、どうする? そっちが勝負の方法と人、こっちが場所と時間を決めるっていうのが正当で対等な取引だと思うんだが」
「そうだな……」
成程、確かに正当で、対等だ。
打葉は『何でもできる』から、打葉が方法や人を決められるとこっちが決定的に不利になる。だからと言って全てをこっちが決めてしまうと今度は打葉に対して釣り合いがとれない。
打葉にとって、丁度良いハンデだ。
……いつの間にか僕達、格下扱いされてるけど、今は置いておく。
さて、知的なのは向こうに分があるから、最初に選択肢から排除。
まさか運に頼るわけにもいかないので、じゃんけんも無いだろう。
……ぶっちゃけた話、選ぶ手も、選手も、最初から決まっている。
「僕が出て、方法は禁じ手無しの対戦格闘……あ、ゲームじゃないからな」
「何勝手に決めてん――」
「わかってるよ」
朱夏が何かを言ってしまう前に僕が勝手に決めた。まさか朱夏に、というか僕以外にこんな勝負をやらせるわけにもいかないだろう。
朱夏の正義に付き合わせるまでもない。
火の不始末ならともかく、僕の不始末だ。
「まあ、そうくるだろうなぁ。こういう状況だってことはそういうことだしなぁ」
何かを諦めたように、指示語を連呼した打葉。
何を諦めたのかは僕にはわからなかったけど。
「そうだな、時間は今夜の11時。場所はこの建物の音楽室あたりをスタート地点にするか、さて、そうと決まったら俺は早退した方がいいな。おっとその前に一つ聞きたいんだけど、いいか?」
「ああ……僕に答えられることなら」
打葉は右の人差し指を立てて、
「お二人さんは『俺のこの状態』について何か知ってるみたいだが、これは一体何なんだ?」
「と、言うと?」
「ああ、これは質問が悪かったな。そうだな、『俺は何になったんだ?』」
……人でないのなら、『これ』という表現も外れではないのだろうけど、僕はそれについて口出ししなかった。
「……多分、色採で間違いないっぽい」
「色彩? 曖昧だな」
「伝聞推定だから、かな。それに、色を採ると書いて色採」
「ああ、そう書くのか」
さすがの打葉も、知らないことはわからないらしい。
「それで封陣が出ていなかったのね……」
と、
不意に朱夏がそんなことを言って、
不意に打葉がそれに反応を示して、
「風神? いや…封陣、こうか?」
「……!」(朱夏)
「なっ」(僕)
声を出すか、出さないかにキャリアの差が表れていた。
ばっ、と。
この場にいる三人以外の風景がこの間みたいに、白黒だけの殺風景になった。
紛れもなく、この間のと同じ風景だった。
……おまえ、どんだけ吸収早いんだよ。
「おっ、しかし、これにどんな効果があるんだ?」
言葉に比べ、そんなに驚いた様子もない語調でそんなことを聞いてくるもんだから、僕は何の考えもなく正直に封陣の効果・効能・効用について喋っていた。
一通り聞き終えて、打葉は、
「まさかそんな非日常があるとはな。孤独な俺にぴったりだ」
と一息付いて、
「さて、本当に早退するとするか」
そしてトイレから脱出したときと同じように、打葉は僕達の脇をすり抜けて立ち去った。
捕まえる気すら失せる、そよ風のように。
……だから何でさりげなくカッコいいんだ。
なんだよそよ風のようにって。
とにかく、ビリヤードとかが上手そうなクールさだった。
「打葉!」
聞こえているかわからないが……いや、聞こえているだろう、僕は叫んだ。
「独りでいても、いいこと無いぞ!」
「…………」
……フツー。
フツー!
意味もなくフツー!
やっぱり反応なし!
むなしい虚空!
……いやまあ、朱夏も黙るこのお寒い光景、僕が作り出したんだよなあ……。
とまあとにかく、こうして僕と打葉の学園バトル成立、と相成った訳なんだけど、突然、後ろからピリピリした空気を感じた。
むしろパチパチ。
いや、メラメラ。
「何で、私を無視して決めたのかな?」
「え!? だって昨日だって朱夏結局あのままだったら負けてたし――」
そのことを責めるつもりは全く無いけど、事実は事実だからなあ……。
僕が台詞を言い終える前に、
「私は弱いって思ってたの!?」
紅蓮の瞳が僕を睨みつけた。
一応、髪も紅いからアルビノじゃない。太陽に弱いって言うか、むしろ太陽を殺しそうだった。
同時に一気に空気が乾燥してきた。これが朱夏の殺気か……と冷静に思っている場合じゃない。
乾燥注意報。
スプリンクラーは……只今封陣の中につき機械類、作動しないんだっけ!?
分析結果、やばいよ!
コード・レッド!
……あれ? ブルーだっけ?
「待って燃やさないでっていうか燃やしたら死んじゃう!」
カッターナイフでは炎に太刀打ちできない!
いや、太刀にも太刀打ちできないけど。
僕のそれはもう迫真の演技……いや、演技だったら殺される。迫偽の挙動に諦念したのか、ため息をついて、
「あの麻倉……だっけ? が只者だとは思えないんだけど……そこのところ考えてる?」
早速対策を考えだした。
しかし、今回においては朱夏の介入は無い。
尻拭いは他人の手でするものじゃない。
「大丈夫だよ。あいつは僕の友達だから」
「……それ、信じて良いの?」
「ああ。あいつはほとんど完全無欠だからな」
だから、安心して待ってくれていればいい、と僕は言った。
そして夜、僕はナイフ片手に打葉と対峙する。
用語解説。
燵陣:こたつで陣取ってる人のこと。
色採:省略。
封陣:省略。
むなしい虚空:空しい+虚しい+優しさ。
迫偽の挙動:あまりに必死で逆に白々しい動作のこと。




