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待つことしばし、そして痺れを切らせた。
(何だ? どうして何も合図が出ない?)
勝敗は決した。この契約戦は俺の勝利で間違いはない。だというのに、一向に何の合図も出ないどころか扉も開かなかった。
(一体どうなっている? ――っ、まさか!?)
『契約戦、続行!』
「クッソがァッ!」
突如として首筋を撫で上げる悪寒。反射的に体を翻しながら軽く腰を落とし、担いでいた槍を構え直す。
その先に立っていたのは先ほど心臓を念入りに破壊した対戦相手、だったのだが……そのあまりに現実離れした様相に総毛立つ。
頭と両腕は糸の切れた操り人形のように力なく垂れ下がり、足は内股気味に膝を曲げている。さらに、俺が突き立てたバスタードソードがそのまま残っている。まるで何かに首根っこを摘まみ上げられて無理矢理立たされているかのようだ。
(どういうことだ、これは? 心臓を徹底的に潰しても契約者として認められないのか? いや待て、アークが何の宣言もしていないから続行になっているだけで、今から契約者として認める旨の宣言がされるのではないか?)
完全に想定外の展開に逡巡する。アークからの宣言を待つべきか、攻撃を続行すべきかで悩む。すると、対戦相手がゆっくりと顔を上げ始め、そのまま目が合った。
「……っ!」
その隻眼は虚ろで全く生気が感じられない。目が合っているとは感じるものの、その実ただこちらに目を向けているだけかもしれない。
まるで、死んでいることに気付いていないまま動き続けているかのような不気味さに思わず腰が引けそうになる。
しかし次の瞬間、相手の額から光が迸る。
(ぐっ、何だ!? 先とは比べ物にならない光量だ!)
目を庇っていた腕で急いでゴーグルを操作し、視界を確保する。槍を握り直しつつ、相手をつぶさに観察する。
(……何も変化は見当たらない、か? 敵意や戦意も感じられない。一体何なんだ?)
そんな俺の戸惑いを余所に相手は緩慢に動き出す。
俺がその一挙一動に注視している中、相手は徐々に姿勢を正していく。だが、その様はまるで歪にはまったパズルのピースを一つ一つ組み直しているかのような不自然さであり、人間というよりは不出来なロボットという方がしっくりくる有様だ。
最後に、胸に刺さったままのバスタードソードの刃を握り込むと一気に引き抜いた。途端にどろりと大量の血液が傷口から流れ出すものの、それきりで出血が止まってしまった。
(治癒している? 共通能力を掌握したのか? だとすれば、心臓の損傷や腕の骨折も既に修復済みと見るべきか)
構えはそのままに、敢えて靴底で床を叩いて相手の気を引いてみる。いい加減どういう意図があるのか知りたいのだが、当の相手はこれに無反応。引き抜いたバスタードソードを足元に投げつけて突き立てていた。
そして、相手は自身の顔に手を近づけようとするが、砕けて僅かに残ったバイザーとひしゃげた金属フレームがそれを阻んだ。二度三度と同じ動きを繰り返した後、おもむろにヘルメットの固定具を引きちぎり、頭に装着していた防具の全てを脱ぎ捨てた。
(武器と防具を捨てた……のか? 契約者として認めてくれるのか?)
対戦相手の次の挙動でこちらの対応が決まる。思わず槍を握る手に力が入り、相手の僅かな動きも見逃すまいと固唾を飲んで注視する。
相手は――――バスタードソードの柄に手をかけた。
今までに戦士として積み上げてきた経験が警鐘を鳴らす。俺は期待をかなぐり捨て、戦闘態勢を整え直した。
(クソッたれ! 心臓を潰してもダメなのか!? なら今度は頭を……いや、もっと徹底すべきだ。心臓と頭の両方を潰す。これなら確実なはずだ)
相手を警戒しつつ、取り急ぎ方針だけでも固めておく。しかし、相手は相変わらず俺のことなど眼中にないようで、手にしたバスタードソードをゆっくりと頭上に掲げている。
そのままぴたりと動きを止めると、閉じたままだった左目を開いた。
(あれは……!)
そこにあったのは、データにあった黒い瞳ではない。
アーク特有の磨き抜かれた白銀の如き瞳。
「集え」
相手の凛とした声が空気を打つ。
何か、見えない波のようなものを受けたと感じた直後、全身に凄まじい悪寒が走る。
(固有能力がくる!)




