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(アークとしての固有能力はおろか共通能力すらも碌に使えない上、他者を傷つけることに忌避感がある。さらに武器と防具はまともな物を使わせず、向こう側もグルで色々と手を回してくれる。だから初手の奇襲から一気に畳み掛けろ)
こんな夢物語のような状況を用意したとぬかした時は何のつもりかと疑ったが、どうやら俺を陥れる意図はないらしい。
相手に視線を戻す。相手は未だ苦悶の声を上げるだけでこちらを見ようともしない。当然、この機を逃す訳にはいかない。下半身から生み出した力を丹田に経由させ、練り上げた力を槍に伝えて鋭く吐いた息と同時に撃ち出す。
狙うは心臓。いずれ訪れるであろう好機を信じ、毎日毎日ひたすら振るってきた槍は思い描いた通りの軌道をなぞり相手に迫る。
(殺った!)
しかし、槍の穂先はすんでのところで軌道を変えた。相手のフェイスガードを貫いて左目ごと頭蓋を抉り取り、ヘルメット割って抜け出た。
(チッ、指に当たって逸れた! あの状態でも反応しやがるとは。それにしてもこの手応え、あのフェイスガードとヘルメットも脆い材質にすり替えられてるな)
あっさり砕けた分厚いバイザーと割れたヘルメットの破片をこぼしながら絶叫を上げる相手の額を確認する。アークの紋章は……出ていない。左足を半歩引きつつ槍を引き戻す。間髪入れず、槍を大きく回しながら大きく一歩踏み込んで相手の右脇腹を全力で薙ぐ。
今度は何の抵抗もなく、狙った位置に綺麗に入る。
槍の穂が対戦相手の腹を存分に斬り裂き、中身をぶちまける……はずだった。しかし、ぶちまけたのは僅かなプロテクターの破片のみ。本体は無様に床を跳ねて転がるだけだった。
(防いだだと? 瞬間的に胴のプロテクターに大量の魔力を流して強化、刃を止めたのか。不完全とはいえ流石はアーク)
少し離れた位置で頭をこちらに向けて腹這いに倒れている相手の様子を探る。念のために反撃を警戒しつつ、側面に回る。
やはり、額に紋章は出ていない。血反吐を吐いて小さく痙攣するばかりで起き上がる気配はない。
(いけるか?)
下半身に力を入れ――踏み止まる。
やにわに相手の額が強い光を発し、少し青味のある暗い鼠色の紋章を浮かび上がらせる。
瞬時に攻撃を止めて体勢を整え、相手の動きを観察する。もし、ここで気を抜いて固有能力の直撃を受けでもしたら死は免れない。僅かな油断も許されないのだ。
そんな中、相手は痙攣する手足を動かして藻掻き始めた。何をするつもりなのかと警戒を強めたが、体を起こそうとしているだけ。それ以外には何のそぶりもない。
(いける)
相手は隙だらけで動きは鈍い。あの崩れた四つん這いの体勢なら次の動きも予測できる。槍のリーチを考えれば、もしもの場合の対処も十分可能だ。
(いける!)
ここで止めを刺すことに成功すれば長年の悲願が叶う。所有物の身分から解放され、唯一の家族である妹を救い出せる。母から託された願い、その成就が目の前にある!
刹那の間も惜しい極限の中。成功と失敗の狭間で期待と恐怖、そして焦燥に揉みくちゃにされ……とうとう最後の一歩を踏み出した。
(いけ!)
雑念を振り払い、渾身の一刺を放つ。槍は狙い違わず、相手の脇へと吸い込まれる。そして、あっけなく体内へと侵入した穂は肋骨に引っかかることもなく奥へと入り込んで行った。
間違いない。この手応え、この反応。確実に相手の心臓を貫いた。
即座に槍を引き抜き、半歩下がる。途端に相手は糸が切れた操り人形のように地に伏した。
(間違いなく即死。しかし、相手はあのアークだ。徹底しろ。詰めを誤るな!)
槍を床に突き立ててその場に残し、腰に吊っているバスタードソードを抜き放つ。一息に相手の傍に駆け寄り、相手の胸を蹴り上げる。そして、仰向けにひっくり返るや否やバスタードソードを逆手に持ち替え、そのまま突き立てる。
先ほどよりも鮮明な手応え、水をたっぷりと吸わせて丸めた分厚いマットを刺すような瑞々しくも鈍い感触。再び狙い通り、肋骨の隙間を抜いて心臓を貫いた。そのままバスタードソードの鍔を左手で握り締め、一気に半回転。
例えようのない不快な手応え。断末魔の吐息。
ようやく訪れた地獄の終着点に、俺はゆっくりと細く息を吐いた。




