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(あの日って…………どの日だ? どの日のことだ? 俺は、俺はここに来るまで、一体どこで何をしていたんだった!?)
出てこない。いや、思い出せなかった。
自分の名前は分かる。しかし、自分がどこで何をしていたのか思い出せない。いや、そもそもどこを思い出せないのかすらも分からなかった。
「お、俺は……どうなってるんだ? 夢でも見てるのか……!?」
「ミエニシ様? 大丈夫ですか!? ミエニシ様!?」
肩を揺すぶられた俺はドーンさんの顔に焦点が合った瞬間、反射的に彼のスーツの襟を思い切り握り締めていた。
「どうなってるんですか!? 俺は、俺はどこで何をしていてこうなったんですか!?」
「お、おちっ、落ち着いて! 落ち着いてくださいっ!」
ドーンさんの必死の説得に手から力が抜け、いつの間にかドーンさんの胸倉を掴んでいた手は俯いていた自身の頭を抱えていた。
そのまましばらくして、ドーンさんが気遣わし気に声をかけてくれた。
「ミエニシ様、落ち着かれましたか?」
「……すみません、どうにも頭が、こう、整理できなくて……」
「そうですか……私からも質問をさせていただきたいと考えておりましたが、少し休憩時間を設けましょうか?」
(そうだ。そうしよう。とりあえず落ち着くための時間がほしい)
しかし、頭のどこかが「そんなことに時間を費やしている場合か」と俺の想いをバッサリと切り捨て、気が付くと「大丈夫です。質問を聞かせてください」と答えてしまっていた。
ふと我に返り、しまったと思って今の発言を取り消そうとした時には既に手遅れだった。
「では、質問をさせていただきます。ミエニシ様、額に紋章を出すことは可能でしょうか?」
「…………はい?」
再びドーンさんの口から飛び出た意味不明な話に俺は苛立ち混じりの声を返してしまった。
「ご不快な思いをさせてしまい申し訳ございません。もし差し支えなければ答えていただけないでしょうか? これは冗談でも何でもなく、私共にとって非常に大事なことなのです」
ドーンさんの口調と表情はどこまでも真剣だと感じた俺は渋々と答えを返す。
「額、というか体のどこにも紋章なんて出ませんよ。そんなことできる訳ないじゃないですか」
「……左様でございましたか、ありがとうございます。では、次の質問……というより提案と言った方が正しいのですが、今から私の案内に従ってついてきていただけませんか? どうしてもお会いしていただきたい方がおりまして、その方に会っていただければより詳しく現在の状況について把握していただけると保証いたします。更に、様々な特典もご用意しておりますので……いかがでしょうか?」
(なんかキャッチセールスみたいな謳い文句だな……。でも、話は聞きたいし……というかこの状況ってどうしたらいいんだ? ここはひとまず従っておいて、話を聞いてから今後どうするか決めるか? 他は……いや、そもそもお金も何も持ってないし何もできな……)
そこまで考えて重大なことに気が付いた。
「そうだ! スマホ! 俺のスマホってどこですかっ!?」
「すまほ? すまほとは何のことでしょうか?」
「えっ? えーっと……あれ? 正式名って何だったっけ? あの、こういう平べったい長方形の携帯電話で……」
特徴や操作方法などをどうにかこうにかジェスチャーを交えて説明してみると、合点がいったという表情でドーンさんが大きく頷いた。
「ああ、承知しました! セルフォンの一つ、フラットスマートフォンのことですね。この市ではあまり見なくなりましたが、ミエニシ様がお住まいの地域ではそのような省略名を使われているのですね」
「えっ、まあ、はい。そうですね……?」
スマホという単語が通じなかったことにも驚いたが、それよりもスマホがあまり見ないものっていうのはどういうことなんだろう。スマホっていう名称はともかくとして、スマートフォン自体は一般的なもののはずだ。
「あの、ちょっと聞きたいんですけど、最近のスマートフォンってどんな感じなんですか?」
ドーンさんは懐から手のひらサイズで厚みのある縦長の直方体のものを見せてくれた。
「こちらです。プロジェクションスマートフォンと呼ばれています。これを中央で縦に開いて側面のボタンを押すことで画面が表示されます」
ドーンさんがちょうど扇子を開くようにL字型に展開すると空中に画面が現れた。
「うわっ、すごい! SF映画で見たことあるやつだ!」
俺は思わず声を上げてドーンさんの持つスマホと映し出される画面に釘付けになった。
「こちらが現在この市での主流の型となっています。操作はミエニシ様がお持ちのものとほぼ同じですが、画面サイズを一定範囲内において任意で変更可能であることが特徴です。しかし、このタイプのスマートフォンは価格が高くなりがちですので、フラットスマートフォンもまだまだ需要があるというところです。……あの、ミエニシ様?」
夢中で空中に投影されている画面を指で貫通させたりしていた俺は、慌てて指を引っ込めてドーンさんに顔を向けた。
「あっすみません。どうぞ、続けてください」




