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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動二
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魔法少女と勧誘

「いつ以来だっけ?」

「元旦に皆さんと参拝に行ったのが最後でしたわね」


 狼を模した黒い魔法少女と無機的な装甲を纏った青い魔法少女は横に並び座っていた。

 足を投げ出す彩女に対し、閉じた足を寝かせて話す玲奈からはその柔らかな口調も相まって、落ち着きと淑やかさを感じさせる。


「こんな格好で会うのは……大戦の日が最後だったね」

「そうですね。あれから随分時間が経ちましたわ」


 彩女の視線が美しく流れる玲奈の空色をしたポニーテールから、その衣装へと移っていく。


「九条さん、大分雰囲気が変わったね」


 視線に気付いた少女は小さく笑い立ち上がると、モデルが服を見せるようにくるりと一回転してみせた。と同時に、足元は地面から僅かに浮いた。

 ポニーテールを留めている青い金属リボン、鋼の胸当、そして背に負う青い羽。先程も見たとおり、監視するように展開されていたのはそこから射出された装備だったのだろう。


「前はもっと布っぽかった」


 装甲の下に身に着けたアンダーウェアが辛うじて以前の意匠を残している程度で、大部分がメカニカルなものへと変貌していた。


「大戦を契機に、今所属しているところに誘われたのはご存知でしょう? そこで私の魔法をベースに改修を加えられましたの。機関における魔法と科学のハイブリッドの先駆け……と言ったところでしょうか」


 ひとしきり見せびらかしたところで、玲奈は腰を折って彩女へ顔を寄せた。


「貴女も少し様変わりしましたね」


 彼女の記憶にあるのはブレイブウルフ以前の彩女、ブレイブドッグと名乗っていた頃の姿である。

 耳は垂れ、マフラーなどなく、ベルトにスマートフォンをあしらってはいなかった。


「前より格好良くなっています」

「それを言ったら九条さんもかなりカッコいいよ」

「ま! レディに対する褒め言葉ではありませんわ」

「あたしも、あたしも女の子!」


 笑い合いながら、彩女は考えていた。

 ここで出会った魔女を追っていたのは九条さんの所属する組織だったのでは。だとすれば彼女は刺客。ならば魔女を追う目的は何なのか。組織からの命令だとすれば、その組織は何をするつもりなのか。

 疑問は多く、また思考は苦手な彼女である。答えを知りたければ直接問いかけるしかないのだが、先じて質問をしたのは玲奈であった。


「アヤメさんはここで何を?」

「あたし?」


 訊こうかとしたことを先に訊かれたことで一瞬ドキリとしたが、すぐに正直に答えを口にした。


「魔女を見つけたからちょっと話をしたくてね」


 特に驚く様子もなく、ふうんと頷く玲奈に問い返す。


「そっちも同じ目的だったんじゃない?」

「ええ。探査班が見慣れない反応を感知したそうで、私に探索の任が回ってきた次第です」

「じゃあ、ここまで来てあたしと会ったのは偶然?」

「同じ標的を追っていた以上、遭遇するのは必然だったかもしれませんけどね」

「魔女を追っていたのは敵だったから?」

「それを見極めるためにも直接会って見たかったのですけど……残念ながら逃げられてしまったようで」

「は、はは……」


 逃げるよう促したのはあたしだけどね、とは言えなかったようである。口にしなくとも、含みのある玲奈の視線はそのことに気付いている風でもある。

 とはいえ、魔女が言っていたように魔女の力を欲しがっているようでもない。組織が彼女にそれを知らせずに探索させていたのかもしれない。

 そう決め付ければその件に関して考えることを彩女は止めた。考えるのに疲れたからではない、他の質問を浴びせられたからである。


「また魔法少女として復帰できたのですね」

「…………まあね」

「風の便りに聞いていましたが、本当に戻っていたなんて……驚きです」

「あたしもだよ」

「カリンさんも同時期に力を取り戻したと聞きました」


 その言葉には無言で答えた。質問者がどこまで把握しているのかは分からないが、花梨の身に戻った力は彩女以上に歪な形であるが故に、特に以前の花梨を知る同じ立場の者には言いづらい部分があった。


「……お二人が宜しければ、また肩を並べて戦いたいものです」

「それって……」

「勧誘、ですわ」


 微笑みを湛え差し伸べられる手。それを取るということがどういうことかくらい、いくら出来の悪い彩女の頭でも察しはついた。

 だからこそ、気軽にその手を取ることなどできずに顔を伏す。


「すぐに返事がほしい、というわけでもありません。ですが」

「ごめん」


 甘く語りかける玲奈にピシャリと言い放ち、彼女の言葉を遮った。拒絶の言葉を受け、その先を続けることができなかった。


「気持ちは有難いけど、あたしにはやらなくちゃならないことがある」

「……誘いを断ってでも、ですか?」


 視線を合さず頷く彩女には、玲奈がどんな表情で自分を見下ろしているのか分からなかったが、決していい顔はしていないとは予想がつき、尚の事顔を見るのが憚られた。


「大戦の最終幕のことを気にしているのでしたらお門違いですわ。カリンさんから実際に被害を受けたのは直接対峙した貴女だけですし、あの場にいた人物で彼女を責めようだなんて考えてる人は誰もいません」

「分かってる。けど理屈じゃないの。使命だなんて言うつもりもない、ただあたしがそうしたいだけ」

「協力すればもっと早く問題の解決が見込めるかもしれませんのに?」

「久々に会っていきなり協力を申し込めるほど、強い心を持っちゃないよ」

「……妬けますわね」


 俯いていたところにそのような台詞を投げかけられ、え? と疑問の声を漏らして見上げた彩女に、玲奈は変わらぬ笑みを向けていた。


「分かりましたわ。今回はこの手を引いておきます」


 視線が交わるのを確認し、玲奈は差し伸べていた手をそっと下ろした。


「ですが覚えておいてください。私たちはいつでもお二人を歓迎します。それだけは忘れないで下さい」

「そう言ってもらえると気が楽になるよ」


 玲奈は手をパンと打ち鳴らした。この話はここまでとするように、まったく別の話題を口にする。


「ところで今日はアヤメさんのお誕生日、でしたわね?」

「よく覚えてたね」


 目を丸くして感嘆の声を漏らしていた。


「覚えやすいですし、それに私と同じ月の誕生日ですから。記憶に残りやすくて当然ですわ」

「あ……九条さんも五月だったっけ」

「もしかして……お忘れですか」


 言葉に窮し、ごめんと頭を垂れる彩女を見てショックに泣き崩れる様は、彩女を慌てふためかせるには充分であった。


「冗談ですけれど」


 あたふたと駆け寄ったところ、ケロッとした表情を向けられ、からかわれたのだと気付いて嘆息した。


「それよりも何かプレゼントでもと考えたのですけれど」


 顎に指を当て模索する仕草をする彼女が背を向け、次に体を振り向かせた時、彩女の鼻先に鋭利な刃物が突きつけられていた。


「どうです? 一つ手合わせでも」


 その刃物には見覚えがあった。以前と変わらぬ彼女の得物であるスピアだ。片手で振り回せるサイズであり、それを流麗に扱う玲奈の姿は記憶に残っている。


「……本気で言ってる?」


 目の前の刃物を指で横に反らし、相手の表情を伺う。冗談なのか本気なのか判断のつかないその笑顔。


「冗談で武器を突きつけるほどユーモアに富んでいませんわ。それに私としましては敵と交戦した実績がありませんと……なんと報告していいものか困ってしまいます」

「むむ」

「魔女を発見し追撃を試みるも捕獲寸でのところで逃してしまいました、とでも報告するためにも是非交戦の形跡が欲しいものですわ」

「ああもう分かった分かりました! へいへいどうせあたしが勝手に逃しましたよ責任取らせてもらいますよ」


 観念したのか彩女は少しだけ玲奈から距離を取る。間合いを開けてから手首を振り屈伸をしたりと、体をほぐし始めた。


「プレゼントを受け取ってもらえて感激です」

「そりゃよかった……けど怪我しても知らないわよ?」

「ご心配せずとも怪我をさせないよう手加減して差し上げますわ」


 その言い草に彩女が微かに引き攣った笑顔を見せるや、玲奈は更ににこやかな笑みを浮かべて槍の切っ先を差し向ける。


「私が勝ったら勧誘を受けていただきましょうか」

「今日は手を引いたんじゃなかったの?」

「機会があれば積極的にお誘いしようと思いまして。案外しつこいんですのよ、私ってば」

「あっそう……それより負けた時のことを考えてた方がいいわよ」


 力を込めた右腕を前に掲げ、左手は腰溜めにして重心を下げる。


「んふ……無駄なことはあまり考えない主義ですの」

「……だったら尚更考えてた方がいいじゃん。今は主義に反したことしか考えてないよ」


 お互い表情こそ笑ってはいるものの間に張り詰めたピリピリとした空気は徐々に高まっていた。


「――参ります」


 玲奈のスピアの先端がスッと下がったのが合図だった。

 僅かばかり開いていた二人の間合いはゼロになる。




 この日、悲しいことに山が一つハゲることになった。


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