魔法少女と誕生日当日
音無先輩の誕生日当日。部室の鍵を預かる俺は誰よりも早く会場入りするために十時には学校へ来ていた。
九つの机で作ったテーブルにお菓子の袋を並べていく。俺が準備したのはここまで。あとは飲み物とケーキ、そして各人が持ってくる誕生日プレゼントが用意されるだろう。
ケーキは昨日、鈴白さんとの別れ際に念を押して確認したから大丈夫だと信じたい。
「……」
ただ、境回世界から戻ってからもずっと目を合わせてくれなかったし、返事もどこかよそよそしかった。不可抗力とはいえあのようなことをしてしまい顔を合わせづらかったのかもしれない。
もしかしたら嫌われたのかもしれない。
「はぁ……」
そう考えると気が重かった。折角コツコツと距離を詰めて仲良くなれたのに、これで関係がリセット……下手すればマイナスか。
「ウーッス」
「おはよう」
落ち込む間もなく部室にやってきた二人組に顔を向ける。
柏木さんと委員長が扉を開けて入ってくるところだった。
「おはよう。とりあえず荷物置いてくれよ」
制服姿の二人とも荷物を持っている。委員長は紙袋を二つ手に、柏木さんはクーラーボックスを肩から提げている。
「悪い、重かったろ? ありがとう」
「いいよこんくらい」
冷えたジュースを用意するために、彼女が態々持ってきてくれたのだ。女の子に持ってきてもらうのは忍びなかったが、ここは彼女の好意に甘えさせてもらった。
「委員長のはプレゼント? 二つも持ってきたの?」
「一つは京子ちゃんのだよ。荷物が重そうだったから、これだけ私が持たせてもらったの」
委員長は机の上に荷物を置き、柏木さんは足元へクーラーボックスを下ろした。
「なあ。他に準備するもんはなかったのか?」
「これだけで充分だよ。あとは先輩が来る直前に飲み物を出せばいいし、他にすることって言えば……掃除くらいか?」
「じゃあ軽くやっちゃおうか。後ろの用具入れに道具あるよね?」
俺は使ったことがないのではっきりと返事ができなかったが、多分あるだろう。委員長が率先し、柏木さんが続いていく。
「おはよーっす! って、なんかこうやって面子見ると教室と変わらねえな……」
「ここを新たに1Cの教室にするか」
「しねえよ! できねえよ! 部室だよ!」
次に顔を出したのはダブルオーの二人だった。着いて早々変なことを口走る友人に突っ込めば、部室にいた二人の女子も彼らに気付いた。
「おはよう」
「ッス。言われてみりゃ確かに代わり映えしない顔ぶれだよな」
柏木さんまで感化されているのか、あまり良い影響とは言えないぜと内心呟いた。
「あとは四之宮先輩と鈴白さんが来てないのかしら?」
「ああ。俺、ちょっと様子を見てくるよ」
四人に部室の手入れを頼み、旧校舎を出て校門へと向かった。鈴白さんにはマジカルシェイクへケーキを取りに行ってきてもらう都合上、少し遅刻してもいいからゆっくり来てねと言っておいた。
俺の言うことにちゃんと耳を傾けていてくれたのなら、そろそろ来てくれるはずだ。
校門へ着いた時、マジカルシェイクのレジ袋を手にした少女が歩いてくるのが見えた。
俺の脳裏に浮かぶのは、泣きそうな表情で目を逸らす幼気な少女の姿。一瞬声を掛けるのを躊躇ったが、ここで黙っていても数秒後には気付かれるのだ。
「おはよう、鈴白さん!」
大声を出して手を振って存在をアピールすると、彼女は俺の姿に気が付いた。
「おはようございます」
プイッと横を向いてから行儀よくお辞儀をしてくれて、なんて判断の難しい挨拶をしてくれるのだろうと慄いた。
これは避けられないまでも嫌われていると暗に伝えているのだろうか。
「部室、行こうか」
「はい、行きましょう」
会話はきちんとしてくれる。昨日よりは大分マシな具合だ。
「ケーキ持とうか?」
「大丈夫です。私のお仕事ですから」
断られた。これは嫌われているからなのか。ネガティブな考えが芽生えてしまう自分が情けない。
ポリポリと頭を掻きながら、特に会話もなく歩く。旧校舎までの道程が果てしなく長く感じられた。
だがこうして黙ったままでいいわけがない。ここは年長者らしく、自分から積極的に打開しにいかなくては。
「あのさ」
「昨日はごめんなさいでした!」
「あれぇ?」
会話の機先を制したのは鈴白さんだった。
「いや、そもそも君に謝られる理由がないわけで」
悪いのは幻龍王ってやつの仕業なんだ。それに抗いきれなかった俺も悪いといえば悪いのだが。とにかく彼女に非はないので、謝罪の言葉を受ける根拠がない。
「ううん、昨日お別れしてからずっと謝らなきゃって思ってたんです……」
「昨日から?」
俺は足を止め、彼女か語るのを待った。どういうつもりでいたのか、とても気になったからだ。
「わたし、気が動転しちゃってあれからずーっとお兄さんのこと見れずにいて……」
「まあ、うん。その気持ちは痛いほどよく分かる」
俺だって昨日、幻龍王の力に寄り色香増大した鈴白さんの顔、幻龍王を騙したせいで怒気を含んだ笑顔を覗かせる鈴白さんの顔、抱きしめたせいで泣きそうになる恥ずかしがり屋の鈴白さんの顔と、いくつもの見るに堪えない表情をさせてしまったのだから。
「たくさん話しかけてくれたのにあんな態度取っちゃって、いっぱい嫌な思いをさせたから」
「ちょっと待った。そもそも嫌な思いをさせたのは俺の方が先なわけだし、謝るのならそっちじゃなくこっちが先にするべきだよ。ごめんなさい」
頭を下げた俺の上から、彼女があうあうと言葉に詰まっている様子が聞こえてきた。腰を深く曲げすぎて萎縮させてしまったかもしれない、ゆっくり視線を上げて表情を盗み見た。
「わたしはいいんですよぉ……嫌だったんじゃなくって、は……恥ずかしかっただけなんですから……」
「本当?」
確認するように訊ねると、コクン、と小さな頭が頷いてくれた。俺は体を起こすと、腰を解すように大きく伸びをした。
「ああ良かった。嫌われてたから目を合わせてくれなかったんじゃないかと心配だったんだ」
「そんなことないです。嫌われてたのはわたしの方だと思ってましたから……だから」
「ああ、もういいよ!」
手を突き出し、また謝りそうな気配のする彼女を制した。
「俺ら、お互い勝手に嫌われたって思い込んでただけみたいだしさ。謝る必要なんてやっぱ全然なかったんだよ」
「でも」
「パーティの前に誤解が解けてよかったろ? これでこの件はおしまい、あとは笑って先輩の誕生日をお祝いしよう、ね?」
突き出した手を、今度は差し伸べるようにして彼女に向けた。結局、幻龍王の悪戯に巻き込まれてギクシャクしただけで何も変わっちゃいなかったのだと互いに分かり合えた。
「はい!」
俺の手を取る少女の顔を、久々に正面から拝むことができた。
「あらあら。あたしの知らない間に随分親しくなってるのね」
俺たちのやってきた方から声をかけてきたのは、ボランティア倶楽部の先輩の一人だった。
「おはようございます」
「かりんさん、おはようございます」
「おはよ。昨日はあんなにあたしに執心してくれたのに今度は音央ちゃん? 手が早いわねえ」
「冗談言ってないで早く行きましょう」
四之宮先輩の言うことを真に受けずにさらっと流す。少しは慣れてきたかもしれない。
「先輩で最後です。他の人は部室で待ってます……もちろん音無先輩以外、ですけど」
「ちゃんと十一時に来るよう伝えてるから、遅刻しない限りはあと三十分で来るでしょ」
「えへへ……楽しみです」
「それじゃ、まずは四之宮先輩に会場の下見をしていただきますか」
「いいわよ。しっかりダメ出ししてあげる」
「……お手柔らかにお願いします」
準備は整った。後は音無先輩が到着するのを待つのみである。やれるだけのことはやったのだ、喜んでくれると信じ、精一杯もてなしさせてもらおう。




