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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動二
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魔法少女と魔女の決着

「ちくしょう! それより鈴白さんです!」


 俺の涙なんてどうでもいいんだ。今、みんなのために戦っているのは彼女なんだ。

 涙を拭い目をほぐし、再び顔を戦場に向けた。

 俺が巻菱さんの手を借りて魔法式を見る目を覚醒させ、馬鹿な涙を流している間に戦場の様相は一変していた。

 鈴白さんと彼女の召喚獣の頭上の紋章は見えなくなっているのはさっき確認したが、それだけではない。その召喚獣はドラゴでもルナでもなくなっていたのだ。

 鈴白さんを守護するように構えているのは、全身を鋼鉄で覆った巨大な剣士だった。

 球体のように丸い体に、逞しい豪腕。それに比べると足はマッチ棒のように頼りなく見えるが、そんなことはなんら問題でもないようにドッシリと砂浜を踏みしめていた。


「火炎が主体の龍じゃあ苦戦すると考えたのねぇ。直接の攻撃が強い子に変えたみたい」


 巻菱さんの解説のとおり、見ただけであの名も知らぬ召喚獣は力強いというのが分かる。

 美しい曲線を描く曲刀を携えた右腕を振り上げる。その動作は俺の目でも追える。

 対して魔女の方は変わらず、三つ首のケルベロスだけが騎士の前にいた。いや……振りかぶったのを見た時点で騎士の前から姿を消した。四つ足の獣が足場の悪い砂浜を物ともせず動く姿は、俺の目では追い切れない。

 直後にケルベロスがいた場所に振り下ろされる曲刀。砂を大量に舞い上げ、大穴を穿った一撃は当たればひとたまりもないだろう。だが素早く動くケルベロス相手にかすることすら難しい。

 ケルベロスは騎士の左に回りこんでいた。大振りの一撃を放ちガラ空きとなった左脇は格好の的だ。

 俺はただ見届けていた……ケルベロスが死角を突き牙を剥き出して襲いかかるまさにその時、その猛獣を蹴落とす新たな四足獣が現れたところを、だ。


「あいつは……?」


 そいつも初めて見る奴だ。ケルベロスが強靭で獰猛な外見に対し、そいつはしなやかですらりとした四肢をしている。そして特に目を引くのは、周囲の大気をバチバチと震わせ弾ける雷だ。

 足、ヒゲ、尾。体の端々から電撃が立ち上がっている。見ているだけで体が痺れそうだ。事実、蹴られたケルベロスは地に伏すように警戒を続けている。痺れてすぐに動けないからかもしれない。


「緩慢な動きを補うために素早さが自慢の雷獣を出したのねぇ……なかなかどうしていいコンビね」


 騎士と雷獣。威風堂々とした二体の立ち姿に見惚れてしまいそうだった。ああいうのを従えられるなんて、鈴白さんはかっこいいな。当の彼女も二人の後ろでバトンを構え、注意深く敵を観察していた。


「本当なら雷獣も一緒に攻撃に回したいんでしょうけど……攻撃の相性が悪いかもしれないわねぇ」

「……電撃を返される、かもしれないからですか?」


 解説してくれる巻菱さんに合いの手を入れるように答えてみると、んふっと満足そうに声を漏らされた。色っぽいです。


「龍の火球を返されたことが頭に焼きついてるのねぇ……もしかしたら電撃も同じように、そう考えるとどうしても攻撃の指示を下せないでしょうね。特に雷は一瞬で目標に到達するから当たれば効果は高いでしょうけど」

「もし返された時のリスクを考えてしまうんですね」


 巻菱さんはゆっくりと頷き、更に言葉を続けた。


「けれど……召喚獣同士の戦いよりも先に召喚者同士の決着がつきそうねぇ」


 んふふ。にこやかに笑う彼女の言葉にえっと思った俺は二人の召喚士の姿を見比べた。


「いばらの!」


 バトンを振りかざしながら、鈴白さんが同時に三体の召喚獣を使役し始めた。彼女の頭上に新たな召喚陣が描き出され、そこから飛び出すのは鞭の如くしなやかな蔦の束。


「女王さま!」


 素早い雷獣の動きに攻めあぐねていたケルベロスの後ろ足に棘を備えた蔦が絡みつく。


「やったね! ありがとう!」


 バトンを持つ手を胸の前で握ってぴょんと跳ねる彼女の表情は、戦いの最中にあっても明るく光に満ちている。


「チィ! その程度払い除けろ!」


 魔女の怒号が飛ぶ。その表情には焦りの色がじわりと滲み出していた。余裕がないとか切羽詰まったとか、そんな言葉が相応しく思えた。

 ケルベロスはもがき、どうにか茨から逃れようと試みていたが足を這い上がった蔦はその胴までを呑み込もうとしていた。

 二人の表情を見ていると、巻菱さんの言っていたことの意味が理解できそうだった。


「戦の流れは鈴白さんがしっかり掴んでいるわねぇ」

「ええ……そうですね」

「常に二体を使役する鈴白さんに対してあの魔女は獣一匹しか出せないのかしらね。数的優位もあるでしょうし、なにより彼女の強みはああして出せる召喚獣を自在に入れ替えられる点ね。状況を的確に見極める力があれば、戦っている相手にとってはやりづらくて仕方がないでしょうね。対策を取ろうにも次の瞬間には違う召喚獣が襲いかかってくる……余裕をなくして手を打ち損ねれば」


 いよいよケルベロスにまとわりつく蔦はその全身を覆い尽くした。茨に包まれた体で四肢を暴れさせているが、

あいつの力じゃ彼女の拘束は振りほどけないらしい。茨の女王の縛りから逃れたやつを目の前で見たことはある。逃れるにはそいつと同等以上の力が必要なんだ。


「解説ありがとうございます。どうなるか、よく分かりました」


 そう言うと、巻菱さんは柔和な笑みを向けてきた。

 鈴白さんの勝利で決そうとしている魔女と魔法少女の戦い、そして不完全とはいえ自分の力を引き出し取っ掛かりを掴めそうな俺。この場に導いてくれた彼女の労に応えることができたのかもしれない。


「さて。もういいかしら、ね」


 戦いに関して静観を貫いていた巻菱さんが動き出す。それはつまり、戦いが終わったと判断したことを意味していた。

 戦場であった魔女の領域に一瞬だけ静寂が訪れた。

 巻菱さんの動きを察し鈴白さんは顔を上げ、魔女は俺たちの顔を忌々しげな表情で見回していた。


「終わり……ですか?」

「ええ。これ以上鈴白さんがそいつと戦っても得るものはないでしょお? この辺で幕引きとしましょうか」


 魔法少女の問いかけに答えた巻菱さんの左手には片刃の得物が握られていた。

 刀だ。漫画などのフィクションの世界でしか見たことのない代物だ。あの直刀で敵を斬るのだろうかと考えると、生々しい惨状が脳裏に浮かびそうになる。魔法の飛び交う幻想の世界から現実に引き戻された気分だ。

 だがそんな俺の注意を引きつけたのは、魔女のくぐもった笑い声だった。


「不愉快だな。勝手に話を進めおる」

「あらあら? 一応あなたのことも気遣ってあげたのだけれど」


 訝しげに眉根を寄せた魔女の表情は、続く巻菱さんお言葉を聞くとみるみる憤怒に顔を歪めていくのだった。


「子どもだと侮った魔法少女に押し切られて負けを喫する無様で惨めな年寄りに成り下がるより、私に殺された方が格好だけはつくでしょお?」


 にこやかにそう言うものだから余計に相手の感情に油を注いでしまっているんじゃないですか。

 冷ややかさを醸し出す巻菱さんと怒りの感情を露わにする魔女の間で渦巻く空気に、俺と鈴白さんはあわあわと震えていた。


「……勝負は決まっていない。貴様こそ侮るんじゃあない!」


 声を荒らげ、魔女は右腕を突き出した。その掌が向く先は茨の繭であり、俺が何事かと疑問に思うと同時に繭の形容が不気味に歪み始めた。


「な、なんだぁ!?」


茨の女王が蔦で編んだ繭が膨らむ。その隙間から、中から赤い閃光が漏れだしている。中で何かが起きているのだ。


「離れなさい!」

「女王さま!」


 巻菱さんが叫び、鈴白さんが指示し、茨の繭が解かれたのと同時に赤く発光していたケルベロスの躯体が爆発四散した。


「ヒッ」


 弾けてもげた三つ首の一つがこっち目掛けて飛んでくる。驚いて尻餅をついてしまったのが運の尽きだ、獣の首は座した俺に向かって牙を剥き出しながら正確に突っ込んでくる。

 手足を引っ込めて腕を顔の前で交差させた。目を硬く閉じ、来る衝撃に備える。

 腕を噛まれたらどうなっちまうんだ、肉を削がれるのか骨ごと喰い千切られるのか、それだけで済めばいいのかもしれない。いやそれも滅茶苦茶痛そうだから勘弁して欲しいぜ。

 肝が冷えたせいか頭の中ではそんな思考が展開されつつ、構えた右腕に走るであろう壮絶な痛みを覚悟した。

 一体何十秒そのままの姿勢でいただろうか。一向に体のどこにも噛みつかれる痛みは来ない。

 恐る恐る目を開き、腕越しに世界の様子を窺いまず視界に飛び込んできたのは、こちらに迫っていた獣の頭部が生気を失った表情で中空に張りつけられている光景だった。


「下僕を囮に隙を作って自分だけ逃げ出すなんて、滑稽な幕切れだったわねぇ」


 俺の目は、脳天から直刀を突き立てられピクピクと顔の筋肉を痙攣させるケルベロスの頭に釘付けだった。

 精魂尽きていくそいつの顔に、戦いの代価に命を差し出すこともあるという現実を目の当たりにさせられた気分だった。

 ようやく巻菱さんの言葉に反応できた俺は、魔女がこの場から立ち去ったという事実を飲み込めた。彼女を見ると、その右手は先程まで魔女がいた方に向けられ、その右足には彼女を狙い襲いかかったであろうケルベロスの頭の一つが踏み潰されていた。

 周囲に立ち込めていた不穏な空気も払拭されており、昼下がりの浜辺の陽気へと戻っていた。魔女がいなくなったことで、魔女の領域とやらから解放されたのか。


「……す、鈴白さんは!?」


 砂浜に足をとられそうになりながらも立ち上がり、まだ確認していなかった少女の姿を探した。

 いた。彼女の身を守るように寄り添う雷の獣と樹の精霊、そして全員を庇うように我が身を盾としていた巨大な騎士が。仁王立ちし、待ち構えていたその甲冑の腹部にはケルベロスの首が暴れ狂いながら牙を突き立てようとしていたが、やがて力尽きボトリと砂の上に落ちた。


「ありがとう。アルフ、シーズー」


 召喚獣の陰に隠れるように守られていた少女が彼らに触れながら姿を表した。背を触られた騎士のアルフと、雷獣のシーズーは出現した時と逆に魔法陣の中へ吸い込まれるように消えていった。

 遅れて茨で援護していた女王様にも手を振り、彼女も陣と共に姿を消した。

 バトンを胸の前に抱えてふうと息を整える鈴白さんの足元では、千切れ飛んだケルベロスの首が黒い煙を噴き上げ、風に吹き消されるようにその場から消え去った。

 ハッとした時、巻菱さんが突き刺していた首も踏み潰していた首も同じように煙を上げながら、後には何も残らなかった。

 死んだ、っていうことなのか。何が起きたのかははっきり分からないが、危機が去ったことは確かだ。

 鈴白さんも無事だったことを確認したら全身から力が抜けてきた。戦わずに見ているだけだったのに、とっても疲れている。

 戦っていた当人がこちらに駆け寄ってくる。その最中に彼女の体は光りに包まれ、衣装は制服に戻っていた。


「すみません。逃げられちゃいました」


 開口一番、申し訳無さそうに巻菱さんにそう告げる少女に、左手に携えていた直刀を奇術のように消し片付けた女性は微笑みを絶やさずに言葉をかける。

「いいのよぉ。ここに連れてきた甲斐はあったみたいだし」

その言葉は俺にも向けられていた。確かにここへ連れてきてもらったおかげで、俺も自分の力のことが掴めた気はしているが。


「でも逃げられたってことは、魔女退治は失敗……ってことですよね」


 俺と鈴白さんは目的を果たすことができたのかもしれない。けど誘ってくれた巻菱さんと、元々魔女退治の話を受けていた真神店長の目的は未達成だ。鈴白さんもそのことを気にしているのがさっきの声音と表情で分かった。

「だから気にしなくってもいいのよぉ」

 そう言ってもらえるが、俺も鈴白さんも表情は浮かないでいた。


「機関も動いているなら、あれだけ魔女の力を削いでおくだけでも充分手助けになるでしょうから」


 巻菱さんが続けたその言葉が気にかかった。


「機関って」


 俺が追及するより早く踵を返される。


「もうこんな時間ねぇ。お店に戻りましょうか。お腹も空いてるでしょ?」


 俺が問いかけようとしたことをはぐらかすように言い、スタスタと砂浜を歩いて行く。今問うても無駄だろうと思わせられるには充分な仕草だった。

 諦めとともに嘆息しつつ、そういえばあの魔女も初めて俺たちを目にした時、機関の犬かと訊ねてきたことを思い出した。

 機関……真神店長の面倒事……どういう経緯でもたらされた話だったのか、機関と何か関係してるのか。


「あの……お兄さん?」


 色々と思案しかけたところを遮ったのは、制服の袖を引っ張ってくる鈴白さんだった。


「れんさんもう行っちゃいますよ」

「ああ! もうあんなところに!」


 彼女は既に階段を上った先の歩道を進んでいる。置いて行かれそうになり慌てた俺は、袖を掴む鈴白さんの手をとった。


「ごめんね。行こうか」

「あ、はい!」


 歳相応の小さく柔らかな手。この手でどれだけの人を助けてきたのだろう。思いを馳せながら、彼女の手を引いて少し小走りに巻菱さんの背を追いかけた。

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