魔法少女と西台高校
誤算だった。
西台高校の正門に辿り着いた時、手をつないできた少女がこっくりこっくりするほど消耗していた事実にやっと気付いた。
さっきまでなんともなかったのにな。と思いながら右手で頭を掻きたくなったが、残念ながら商店街で買ってきた飾り付けの材料とマジカルシェイクのスイーツを収めた小箱で塞がれていた。
あの後マジカルシェイク本店に戻ったところ、時刻は既に一時を回っていた。スタッフルームで昼食代わりのケーキと飲み物をいただいたが、流石にそれだけで満腹にはならなかった。非常に美味だったのはしっかり補足しておこう。
そんな俺たちを見かねたのか、用事を全て終えた別れ際に巻菱さんがこうしてシュークリームを六つ入れてくれた菓子箱を持たせてくれた。
「明日は何時に誕生日ケーキを取りに来るぅ?」
「うぅむ……十一時くらいですかね」
「分かったわぁ。もし変更がある時はお店にお電話ちょうだいね」
「はい。今日は色々ありがとうございました」
「ありがとうございましたっ」
と、俺と鈴白さんが巻菱さんにお礼を言って別れたのが一時間ほど前。それから二人で買い物を済ませて学校前まで来たのだが、
「鈴白さん?」
「はわっ……にゃ、にゃんです?」
寝起きだなあ。俺は頭を抱えたくなった。
別に彼女が眠たそうなことを咎めてそう思っているわけじゃない。大変な戦いを経てここまで来たことを知っているし、それで疲れているのなら休んでもらうのも当然だと思う。
問題なのは彼女が眠くて人手に数えられないとなったら、俺一人でボランティア倶楽部の部室を飾り付けなければならないということだ。
今の時刻は午後三時前。休日の学校って何時までいていいんだっけ? 六時か七時か……とにかく、一人でやるとなったら大忙しってレベルじゃないはずだ。
「ねえ。疲れてるんなら今日は帰って休んでもいいんだよ」
「大丈夫です! 本当に……。それに、あやめさんの学校の中、見てみたいです」
左拳を握りしめてそう言ってくれるけど、本当に大丈夫だろうか。
連れて行くだけ連れて行って、あとは部室で寝てもらうのもアリかもしれない。その場合はやはり俺一人で誕生日パーティの飾り付けをしなきゃならないのだが。
せめて誰か一人でもいいから助っ人がいればいいのだけど、そう都合良く知り合いがいるはずも、
「よ。相沢じゃん」
いました。日に焼けた肌にショートヘアのクラスメイト。部活を終えたばかりか、スポーツバッグを肩に担いだソフトボール部期待のスラッガーである。
「柏木さん。今帰り?」
「ん、部活終わり」
柏木京子。最近話すようになったクラスメイトの女子である。明朗快活を体現したような元気で明るい人柄をしているが、そういう性格だから少し男っぽいところがあるのはご愛嬌だ。
「あんたは何してんの? 妹さん?」
にしちゃあ似てないなあと言いながらずんずん歩み寄ってくると、女子同士で顔を突き合わせた。
「は、あの、えと……」
初めて会う人に緊張しているらしく、ドギマギと表情を強張らせている鈴白さんの手にキュッと力が込められた。
「違うよ。俺の友達……正確に説明すると音無先輩たちの友達で、その関係で最近仲良くなった中学生の鈴白音央さん」
「先輩たちの……道理であんたに似てないと思ったわ。よろしくな、音央ちゃん」
ニッと破顔して差し出された右手に視線を落とした鈴白さんが、おずおずと同じように右手を差し出し、握手を交わした瞬間ブンブンと力強く振られる。
「はわわっ、よ、よろしくです」
すっかり柏木さんのペースに呑まれたようで、それだけ言い返すのが精一杯の様子だ。
初めて会った子に遠慮無く接する。そこが彼女のさばさばとしたかっこよさ、男っぽいと評した点である。いや俺だったらまずは遠慮が先に立ってここまで距離を詰めて接することはできないはずなので、俺よりも尚更男らしい。
「そんで。その中学生のお友達を連れて学校に来て……どうしたんさ?」
この時、出会えたのが柏木さんで良かったと思った。
「明日は何の日か知ってる?」
「は? 馬鹿にすんなよこどもの日だろ」
「チッチッチ。違うんだなこれが」
「うわウッザ。はっきり言えよ」
「……明日は音無先輩の誕生日だよ」
女の子からズケズケ物を言われるのは若干堪える。素直に事実だけを伝えると、彼女の眼が見開かれるのが分かった。
「マジかよ! 知らなかった、そっか明日なのか……」
彼女にとって、運動もできて校内で有名な音無先輩は尊敬できる憧れの人。その人の誕生日を突然知らされて、もし一緒にお祝いしようと誘われたらどうするだろうか。
「明日、ボランティア倶楽部の部室でささやかながら誕生日パーティするつもりなんだけど。柏木さんも良かったらどう?」
「行きたい」
即答だ。想像以上の答えだ。俺は右手の荷物を掲げて見せた。
「実は今から部室の飾り付けとかしなきゃならないんだけど人手が足りなくって。手伝ってもらえるとすげえ助かるんですけどねえ」
「やるよやるやる! んだよそんな大事なことはさっさと言えよな!」
やっぱり、出会えたのが柏木さんで良かったと心の底から思った。これで人手不足は解消できそうだが、そのためにはいくつか確認しなくてはならないことがある。
「ていうことなんだけど……鈴白さん? 彼女も一緒に手伝ってもらったり、お祝いしたりしても大丈夫かな?」
まずはこの場にいる少女にお伺いを立ててみる。無断で見知らぬ年上の女子が参加したりすれば、居心地悪く感じてしまうかもしれないと懸念したからだ。
鈴白さんは柏木さんの顔を見上げてから、俺に言ってきた。
「きっと、大勢のほうがアヤメさんも嬉しいと思いますし……わたしは全然大丈夫ですよ」
彼女の許可が下りたことに俺はホッと安堵し、柏木さんも笑っている。後は誕生日パーティの主役である人物の承諾を得られれば憂いはない。
というわけで俺はある人物に電話をするためにスマートフォンを手に取った。
「最後に四之宮先輩に参加者が増えてもいいか、連絡してみるよ」
「音無先輩じゃねえの?」
「こういうのは本人に内緒のほうが面白いだろ?」
柏木さんも鈴白さんもああ、と頷いた。それから俺が電話をかける直前になって、柏木さんが慌てて話しかけてきた。
「ちょい待ち! 今智花が教室にいるんだけどさ、良かったらあの子も一緒に誘っていいか?」
智花、と言われて一瞬誰のことかと考えたが、すぐに答えが出た。
「智花っていうのは俺たちのクラスの委員長だよ。メガネを掛けた女子なんだけど。その子もいいかな?」
また知らない人が増えてしまう可能性が出てきたので鈴白さんに訊いてみると、彼女は大きく頷いてくれた。
「人が多いほうが、嬉しいと思います!」
フン、と鼻まで鳴らしてくれる。ちょっとやけっぱちになってないだろうか?
ともあれ許可をいただけたのには変わりない、俺はスマートフォンのアドレスから四之宮先輩を選択して発信した。
『毎日かけてくるだなんて、少しアプローチが熱烈すぎるわよ』
「開口一番何言ってるんすか……」
『冗談に決まってるじゃない』
「分かってますって」
『明日の時間が決まったのかしら?』
「えっとそれは……十一時くらいから始められたらいいかなって感じですかね」
『はっきり言い切ってくれないと心配だわ。大丈夫?』
「大丈夫です! 部室の飾り付けが終わったらまた連絡します」
『はい分かりました。あたしがアヤメと一緒にいるうちに連絡ちょうだいね』
「今、音無先輩と一緒なんですか?」
『ええ。中間テストに向けての特別講義中よ。今からやっておかないと、この子物覚えが悪い……ちょっと邪魔しないでよ!』
確かによく聞けば、四之宮先輩の声の後ろで音無先輩の声が聞こえてくる。仲良しなのはいいことだけど、これから伝えることは四之宮先輩にだけ伝えるように気を付けなくては。
「それであの、今一番伝えておきたいことがあるんですけど。音無先輩には内緒で……」
『まだ電話中! ほら離れて……ごめんなさい、何かしら?』
「明日のパーティに鈴白さんの他にも人が増えそうで……。俺のクラスメイトの委員長と柏木さんなんですけど。人数多い方が楽しいって鈴白さんも言ってくれて、後は先輩たちが了解してくれるかどうかってところなんですけど……いいですか?」
『いいわよ。あたしが許可するわ』
「ありがとうございます!」
俺は鈴白さんと柏木さんに向けて、片手で親指と人差指とで輪っかを作ってオッケーのサインを出した。二人とも喜んでくれている。
電話の向こうでは、音無先輩が何を許可したのか四之宮先輩に問い詰めているようだった。
『貴方は何も知らなくていいのよ。だから離れなさいってば……。ふう、他に用件はあるかしら?』
「いえ、今伝えるべきことは伝えました」
『そう。それじゃあまた後で。早く切らないとこの子しつこいの』
「はい。それじゃ」
電話を切ると同時に柏木さんが話しかけてくる。
「そんで、私はどんな手伝いすりゃいいの?」
すかさず訊いてくるだなんて気が逸っているのかもしれない。それだけやる気が漲っているということだろう、ありがたいことだ。
俺は二つの手荷物の内、シュークリームの入った菓子箱を鈴白さんに、商店街で買ってきた飾り付け用品を柏木さんに手渡した。
「とりあえずそれを持って部室まで行ってくれる? 鍵は開いてないから俺が取ってくるまで待ってて。ついでに教室に寄って委員長も呼んでくるから」
柏木さんが頷いて承諾したのを確認し、鈴白さんにもお願いする。
「悪いけど柏木さんと二人で先に行ってくれるかな? 俺もすぐ合流するからさ」
「分かりました。柏木さん、よろしくお願いします」
「京子でいいよ。んじゃあ行こうか、音央ちゃん」
「はい、京子さん」
初対面で心配したが、うまくいきそうだなと二人の後ろ姿を見て思った。
俺もボサッとしていられない。二人を長く待たせないためにも急いで部室の鍵を取りに行かなくては。
二人と別れて昇降口へ急ぎ、職員室を目指した。




