第1話:母まで来たんだが?
「──もう、無理だ…!!」
俺は、たまらず裸足で家を飛び出した。
振り返らない。
振り返ったら、終わる。
そう思っていたのに──
「待ちなさい!!」
背後から、あの声がした。
「母さん……!!」
「あんたねぇ……!
こんな遅くに、どこいくつもり?
あんたは私が居ないと、何も出来ないのよ……!」
まるで呪いのように、声が響く。
それが嫌なんだ……!!
「……俺は、ひとりでも生きていける!!」
そう、生きて──
国道へと続く道に飛び出した瞬間、目の前にトラックが……
いや待て、ここで死ぬのは違くないか!?
──あぁ……痛い。
そこで、俺の意識は途切れた。
『私は、あんたのためを思って──』
『──いえいえ、うちの子なんて──』
「……もう勘弁してくれ……!」
思い出したくない幻聴を振り払うように、布団を蹴る。
「──って、あれ?
俺、生きてんの?」
恐る恐る、自分の身体を確認する。
手も足も生えてる。
動かしてみる。
動く、動くぞ……!!
──でも、ひょっとしたら顔面がひどいことになってるかも……!
ベッドの横に、ちょうど姿見があった。ラッキーだ。
……だがその前に、サイドテーブルにある水差しで喉を潤す。
「……さて、顔は、と──」
恐る恐る覗き込むと、見慣れた自分の顔があった。
大学出て、就職したのに──
ブラックだったから退職して、結局無職の俺。
母さんの声が、また脳裏に響き渡る。
『──ほらもう!
あんたには就職なんて無理だったのよ。
だから私が──』
「クソッ……!」
思い出してまたイライラしてきた時、部屋のドアが開いた。
入ってきたのは──
「……!?
すんません、ひょっとしてここ、メイド喫茶でしたか?
あ、それとも死後のサービスですか?」
相手が話す前に、慌てて話しかけてしまった。
「……?何を仰っているのか、分かりません」
「えっ?
日本語通じてるよな……?
それとも、……通じてるのに、話が通じてないタイプ、とか?」
「……レオン様を呼んで参ります」
俺がブツブツ言ってるのを見て、なんか引かせてしまったらしい。
メイドさんが、そそくさと退室した。
それにしても、レオン様……かぁ。
「俺の名前に似た空気を感じる……」
それとも、常連さんのニックネーム的な……?
などと考えていたら、またドアが開いた。
「……大丈夫か」
低くていい声だった。
あれだ、イケボってやつ。
どんな顔してるのかと視線を向けると──鎧姿の男が立っていた。
「あっ。
……すんません、ここ、コスプレ会場でしたか?
……それとも、スタジオ……?」
よくよく見渡してみると、室内はめっちゃ豪華な造りだった。
デカいベッド、高い天井──
ふかふかの絨毯。
俺がキョロキョロし始めたのを見て、コスプレの人がまた話しかけてきた。
「気がついたなら何よりだ。
……もう一人も──」
もうひとり?
疑問に思った──その瞬間。
「はるとぉ!」
聞きたくない声が、部屋に響いた。
この絶妙に神経を逆撫でしてくる声──
さっきまで脳裏にこびりついてた、忘れたくても忘れられないこの声は……
「母さん……」
「ええそうよ!
陽翔、無事で良かったわ!
この人が助けてくれたみたいなんだけど、最近の子ってよく分からないわね?
ナントカ王国だの……私、ゲームなんかしないから、サッパリ分からないのに、全然言うこと聞いてくれないし!」
母が、コスプレの人を押しのける勢いで入って来る。
そして、俺へとにじり寄ってくる。
──いつものパターンだ。
「いや、母さん……!
助けてくれた人に失礼だよ…!!
確かに、俺も知らないジャンルのコスプレだとは思ってたけど──」
親子でごちゃごちゃ話していると、レオン様と呼ばれた人が話しかけて来た。
「……その、先ほどから、我々も分からないのだが…
お前たちは、一体どこから来たんだ。
珍しい黒い髪だが、魔物の類いではないと聖女様が仰ってはいたが……」
……ん?
「……あの、……レオン様?
真面目に聞きますけど、ここってどこですか?」
「ここは、アルトリア王国だ」
「……アルトリア?
え、ちょっと待って、聞いたことあるような、ないような名前きた」
一瞬、今まで遊んだソシャゲが脳裏を過ぎる──
ダメだ、記憶にない。
「ちょ、ちょっと……待ってください」
コスプレの人──じゃないっぽい、ガチの騎士らしき人が待ってくれている。
──いや。待てよ……?
「あーー!!
『アルトリア戦記』!!
『アルトリア戦記』だ!!
思い出した、そのイケボ!!
チュートリアルでお世話になった、レオンだーーー!!
なっつ!
そういえばあれ、チュートリアルだけやって、そのあとなんとなくログボだけゲットしてた!!」
──と、いうことは……?
「異世界転生、
キタワァーーーー!!!」
ベッドの上で、ガッツポーズする。
(よし、これで母さんから解放──)
……いや、待てよ……?
ここが異世界だとしたら、なんで…
「なんで、母さんも居るんだよォォーーーー!!」
喜びのテンションのまま、地団駄を踏む。
「転生の!仕様が!!
おかしいだろーー!!」
(初回特典、『お母さん』てか?)
(いや、特典はそういうのじゃねぇのよ!!
レアアイテムとか!
これ一本あれば序盤イケる的な武器とかあるだろ!!)
(特典に母親は無い、無いわーーーー!!)
俺の百面相を、レオンと母さんが無言で見てる。
……落ち着け俺。
もう成人もとっくに終えたんだ、オトナになれ──
「……それで」
レオンが、少し間を置いて口を開く。
「お前の名は?」
「……あ。はい」
そうだ、まずそこだ。
名前。自己紹介。
──そう、それは社会人の基本。
「平 陽翔です」
「タイラー……」
レオンが復唱しようとしたところで、慌てて首を振る。
「すんません、タイラの方がファミリーネーム?
で、ハルトが名前です」
「ハルトか」
レオンが頷いたところで、すかさず母さんも口を挟んできた。
「ハルトの母です。
……ごめんなさいねぇ、レオンさん。
うちの子、ほんと手がかかって……
小さい頃からねぇ、ほんっと、すーぐ癇癪起こして……」
「いや今のは状況が悪いだろ。
ていうか、すぐ過去ほじくるのマジでやめて」
このままでは、ノンストップ劇場が始まってしまう。
母さんの言葉を遮る。
「……仲が良いのだな」
「どこが!?」
レオンの言葉に思わず突っ込む。
すると、俺の腹が「ぐぅ」と鳴いた。
──そういえば、夜に飛び出してから何も食べていなかった。
「……空腹か」
レオンが、俺の腹の音に気づいて言う。
「食事を用意させよう」
「……あ、いえ!そんな──」
「遠慮はいらん」
有無を言わせない声音だった。
「ありがとうございます……!
じゃあ、遠慮なく──」
実はものすごく嬉しかったが、ここはオトナの余裕で一度断るのが筋だろう。
「まぁ!そういうことなら、ちゃんとしたものをお願いね?
この子、好き嫌い多くて──」
「ないけど!?」
母さんのブッコミに慌てて遮る。
(それ、絶対ピーマンとかニンジンだろ!?)
「味付けもね、濃すぎると体に悪いから──」
「母さん、いつも味付け濃いからな!?
弁当茶色って、中学んとき、めっちゃイジられて──!!」
「……案内する」
わずかに、間があった。
(あ。……うるさくて、すんません……)
なんとなく居たたまれなくなって、心の中で、めっちゃ謝った。
(ほんと、すんません……)
「目覚めたばかりだ。
……軽めのものを用意させた」
通されたのは、やたらと長いテーブル。
……いや長すぎるだろ。
反対側に人居ても、これ顔分からんぞ……
で、その上に並んでるのが──
パン、スープ、肉料理、魚料理、サラダ、デザート。
「どこが軽めだよ……!!」
思わずテーブルを叩きたくなったが、落ち着け俺。
にしても。
これで軽めって、普段どんだけ食ってんだよ……
騎士だから?
騎士だからなのか??
「まぁ……意外とちゃんとしてるじゃない。
でも、このスープ、ちょっと塩が──」
「やめろ」
さっそく食べ始めていたらしい。
ちゃっかりしている母さんを遮った。
「……足りなければ、追加も可能だが」
「いやもう十分です!!」
ツッコミに疲れて、いっそ泣きそうになる。
(……なにこれ、異世界って来ただけで勝ち確とかないの……?もう帰りたい)
「……ていうか、マジでこれ、食いきれる気がしないんですが……?」
「安心しろ。
食べきれない分は残せ。
使用人たちの食事になる」
「へー!
そんなシステムになってんすね…
って、それ、確か貴族のやーつ!!」
「ここは公爵家だが」
……は?
「へぁっ!?
レオンて公爵だったんだ!
ごめん、キャラの詳細覚えてなくて」
「……問題ない」
……本当に問題にしていない顔だった。
「陽翔……。
ほら、喋ってないで、さっさと食べなさい。
あと、姿勢が悪いわよ。みっともない」
「今それ言う!?」
「あと、パンはちぎって食べなさい」
「いやそうするけど!!
ねぇ!母さん、俺がテーブルマナーも知らない残念な子みたいな目で見るの止めてくれる!?
そんくらい、大学のビジネス講習でやってるし!!」
俺の反論に、母さんがさらにヒートアップした。
「大学で習ったからって、身についてるとは限らないでしょ!」
「今この状況で、“身についてるかどうか”試すな!!
もう!
こっち見んなーー!!」
近くで控えていた使用人たちが、わずかに目を逸らした。──気がする。
「……賑やかな連中だな」
レオンが、ぽつりと呟いた。
「だが──」
ほんの一瞬だけ、視線が鋭くなる。
「お前たちは明日、王宮に連れて行く」
使ってたフォークが、ぽとりと落ちる。
すぐに使用人さんが新しいやつを持ってきてくれたけど、それどころじゃなかった。
「なんか……それ、下手したら……
死ぬルートじゃね……?」
とたんに、食欲が失せた。
続く




