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入場の手続きが済んだ後、男子と女子で別れて更衣室に向かった。さっさと着替えを終わらせた俺と北上は更衣室から繋がっていた通路を出たところで西宮と南條を待っている。
今日来たのは屋内プール。屋根が日差しを遮ってくれているおかげもあり、かなり涼しい。なんとなく、屋外だと筋肉ムキムキのナイスガイが多いイメージがあるから、浮きにくいって部分でもいやすいな。
「で、さっきから北上は落ち着きがないけど、どうした? トイレならあっちにあるらしいぞ」
「ち、違うよ。もうすぐ、南條さんと西宮さんが水着になって来ると思うとどう反応したらいいのか考えて……似合ってるね、なんて褒めたら何様のつもりなんだよってなるし。かといって、何も言わないのも失礼な気がするし。ああっ。そもそも、僕ごときがそんなこと考えてることの方が二人に申し訳ないよね!?」
「落ち着け。一旦、落ち着こう。な。ほら、深呼吸して」
「う、うん」
大きく息を吸って吐く北上。けど、それで落ち着いたかといえばそんなことはぜんぜんなくて。なんか、ここまであからさまに動揺してるのを見てたらちょっと余裕が出てきた気がする。
「東野くんは落ち着いてて凄いね」
「そうだろ……ってのは嘘になるけど、今の北上よりはマシだと思ってる」
「だって、仕方がないんだ。クラスメイトの女の子とプールに遊びに来るなんて僕の人生において初めてのイベントで」
「一緒一緒。俺もだよ」
「去年までの僕といえば、夏休みとかはほとんど家に引きこもってて」
「一緒一緒。俺も似たようなもんだよ」
「それが、こんなことになるなんて……去年の僕に教えて先に覚悟を固めておく準備をさせたい」
「一年は長くない?」
「僕にはそれくらい必要だよ」
「おお。目が真剣だ……てか、そこまでなら、今日も無理しなくてもよかったんじゃないか。南條なら本気で嫌なことはさせないと思うけど」
南條からプールに誘われた時の俺達三人の返事が「行きたい訳でもないけど、行きたくない訳でもない」みたいな、曖昧なものだったからこうなっているわけで。北上が一人でも、本気で断ってたいら別の誰かがここにいたかもしれない。
「別に嫌なんじゃないよ」
「あ、そうなの?」
「嫌なのは僕のこの情けなさだよ。せっかく、南條さんが誘ってくれたのにあれこれ考えて……南條さんをガッカリさせたくないなって」
「申し訳なくなるもんな」
「そう。そうなんだよ。南條さんって友達が多いでしょ。絶対、僕よりも楽しめる相手だって多いのにその中から僕を選んでくれたから」
「だから、ガッカリさせて終わりたくないと」
「うん。でも、そんなことを考えると余計に緊張しちゃって」
「悪循環が発生して落ち着けないんだ。まあ、俺が言うのもなんだけど、南條はそんな北上でいいと思ってるから誘ってるんじゃないか?」
北上の言う通り、南條には友達が多い。その中であえて、俺達三人に声を掛けてきたんだ。それは、少なくとも南條からすれば俺達は一緒に遊びたいって思える相手になってるはず。
「気休め程度にしかならないけど、そんなに気負う必要はないと思うぞ。一応、俺もいるしな。頼りないけど」
これまで、ろくに女子との接点がなかった者同士、女の子とのプールがどれほどハードルの高いものかは理解しているつもりだし。北上が困っていたらなるべくフォローしよう。
「意外そうな目で見ないでくれるか?」
「……ああ、うん。ごめん。意外だったから」
「分かってるんだよ。柄にもないこと言ったって」
「ふ。ふふ」
「あ、笑ったな」
「ご、ごめ。あはは」
らしくないことを言ったのがツボに入ったのか北上が声を上げて笑い始めた。失礼な奴だ。まったく。でも、そうやって笑ってる方が南條とのプールを少しでも楽しめるはずだと思えば悪い気はしない。
「二人で楽しそうだけど、どんな話ししてるの?」
背後から声を掛けられ、北上と同時に振り返る。目に飛び込んできたのは西宮と南條……って、西宮の姿がない。
「あれ、西宮は――」
「な、南條さん。ちょっと待って、よ……」
南條に西宮はどこか聞こうとしたタイミングで奥から西宮がやって来る。着替えるために二手に分かれたんだから、次に会う西宮は水着姿だと頭では分かってた。一緒に水着を買いに行ったから、どんな水着かも知っている。
だというのに、いざその水着を着た西宮を目にしただけで心臓が大きく跳ねた。
「ごめんごめん。暑いから早く涼しくなりたくてさ」
あんまり水着姿を見られたくないのか西宮は南條の後ろで隠れるように立っている。でも、西宮と南條の身長差からぜんぜん隠れられてない。南條も西宮のことを少しも気にしてないように見える。
「男子諸君。先に感想でも言っとく?」
「感想ってなんのだよ」
「え、東野くん本気で言ってる? この状況での感想なんて一つだけでしょ。そう。私と西宮さんの水着姿について!」
胸に手を当てて言い放つ南條。南條に言われずとも分かってたし、ちゃんと西宮に可愛いと言うつもりでいた。なのに、こうも目にした後だと可愛いと言うのが恥ずかしいんじゃなくて、直視することじたいが恥ずかしくて難しい。
「へ、変なこと言わないで南條さん。ボクの感想とかいいから」
西宮が焦ったように南條の肩に手を置く。
「西宮さんは聞きたくないの?」
「い、いい。恥ずかしくて死ぬ」
「ん~そっか。じゃあ、私だけでいいよ」
西宮が感想をいらないと言ったところで南條の気持ちは変わらず。仕方なく、南條のタンクトップみたいな水着について無難なことでも言おうとして気が付いた。
あれ、俺って何も言えなくない? 西宮がいる前で他の女の子の水着姿について一言添えるのって普通にアウトじゃないか? よし。ここは北上の感想に同意する形で。
済ませようと北上に助けを求めて視線を送る。けども、北上は服みたいな水着とはいえ二の腕やら太ももやらが露出している南條に面食らっているのか気付いてもらえない。
「似合ってるよ二人とも。北上もそう思うよな」
あくまでも冷静なままを装って。南條だけにならないように。北上へのサポートも含めて先陣を切る。
「う、うん。びっくりして言葉を失ってた……南條さんも西宮さんもよくお似合いで、す、素敵だと思う」
しどろもどろになりながら口にする北上に南條は満足げに頷いて、西宮は頬を赤く染めている。
「まあ、二人にしてはこんなものかな。よく頑張った方だと褒めてあげる。特に北上くん!」
「あ、ありがとう……?」
「なんで上から目線なんだ?」
「女の子だから」
「いーみが分からん」
「まあまあ。深く考えなくていいこともあるから。それより、そろそろ泳ぎに行こ」
南條が先頭に立って通路の先にあった階段を降りていく。降りた先がプールサイドとなっていて、目の前には大きな流れるプールが広がっていた。
「ここまで来ると流石に涼しいね~」
気持ち良さそうに体を伸ばす南條に同感。冷たい風が肌に当たって気持ち良い。というより、少しだけ寒い。
「東野くんと西宮さんに質問なんだけど、浮き輪っている?」
「俺は必要ない」
「ボクも大丈夫だよ」
「オッケー。じゃ、いるのは私と北上くんだけだね」
「え。ぼ、僕もなくていいよ」
「うっそ。北上くん、泳げるの!?」
「う、うん。一応。それなりには」
「なーんだ。そっか-。てっきり、北上くんも私と一緒で泳げないもんだと」
「あはは……運動はそんなに得意じゃないからね。けど、水泳は親に習わされて一通りは泳げるよ」
「そうなんだ。私もまだまだ知らないことだらけでまだまだだね」
別に、南條が北上のことで知らないことが多くてもそう思うことなんてないのに変なの。
そんな風に思って聞いていれば西宮が腕を遠慮がちに引っ張ってくる。視線を向ければ西宮は黙ったままじいっと何か訴えるように見てくる。
「あ。もしかして、西宮も浮き輪欲しい?」
「……ブッブ」
違ったらしい。じゃあ、西宮が求めてることって何だ――ろう、と思った瞬間だった。
「ここはボク達の出番だと思うんだ」
西宮が耳元に口を近付けてきて、そう囁いたのは。
「じゃあ、こうしようよ。ボクと東野くんはここで待ってるから、南條さんは浮き輪を借りに行く。一人だと大変かもしれないから、北上くんは南條さんについて行ってあげて」
「あ、うん。行こう、南條さん」
「一人でも大丈夫だよー」
「や、南條さん女の子だから。僕も行くよ」
「……そ、そっか。それじゃ、お願いしようかな」
「うん。任せて」
「……あ、東野くんと西宮さんは先に遊んでてよ。私が泳げないから浮き輪を借りに行くんだし、待たせるのは悪いからさ」
「そうだね。合流なら後で出来るし。じゃあ、ちょっとの間、ボク達と別行動ってことで」
「りょーかーい。行こ、北上くん」
俺が西宮の囁きにドキドキしている間にとんとん拍子で話が進んでいった。ついでに、北上と南條も浮き輪を借りに売店コーナーへと向かって行った。
「南條さんもああ言ってたし、ボク達は先に遊んでようか」
「ああ、うん。そうしよう」
「目の前のプールから入る?」
「西宮の行きたい所から行こう」
「じゃあ、水の流れに身を任せながら東野くんとお話しすることに決定」
プールに入る前に軽く運動を済ませる。せっかく、西宮と二人になれたし、ありがたく合流するまで二人の時間を楽しもう。
「あ、そうだ。西宮に言うことがあるんだった」
「ボクに言うこと?」
不思議そうに首を傾ける西宮。
そんな西宮に俺はさっきは言えなかった言葉を伝える。
「その、水着姿なんだけど……よく似合ってる」
「っ。さ、さっきも聞いたよう」
「ちゃんと西宮には言えてなかったから」
「あ、ありがと。でも、ほ、本当にいいからね。ボクには別に何もなくて。何か言われても恥ずかしいだけだから」
「お、俺だって恥ずかしいよ。こういう経験ないし。けど、西宮のことを可愛いと思ってるってちゃんと伝えたかったんだ。……彼氏だし」
実際、西宮が選んだ白と水色が基調のセーラー袋タイプの水着はフリルがいっぱいで可愛らしくて。それを、着こなしている西宮は流石だと思う。おまけに、泳ぎやすいようにか今日は髪型もお団子のように一つにまとめて変えている。
それがまたいつもの西宮とは違っていて、総じて俺には可愛く見えて仕方がない。
実際、西宮を見て時が止まったからな。
そのことをちゃんと彼氏として。西宮が恥ずかしいから遠慮しているのを知っていても伝えなきゃと思った訳だけど……やり過ぎたかもしれない。
頬を真っ赤に染めた西宮がその場にしゃがんでうずくまった。顔を隠すようにする西宮に俺はただただ不安になる。
「あの、にしみ――」
「せ、せっかく、ちょっと水着にも慣れてこのまま誰にも触れられないようにしてたのに……」
顔を上げた西宮が不服そうに見てくる。
「お、ご、ごめん……」
「東野くんが謝ることじゃないよ」
「いや、でも」
「だって、嬉しいし。東野くんにそう言ってもらえてさ。恥ずかしいけど、この水着を選んでよかったなって」
そう言ってはにかんだ西宮に今度は俺がその場にしゃがむ羽目になった。
~~っ。ああ。いちいち言動が可愛いんだよなあ、西宮は!
大きな声では言えない代わりにうずくまったまま心の中で叫ぶ。一通り落ち着いてから顔を上げれば西宮と目が合った。
「ど、どうしたの?」
「西宮に嬉しいって言われて安心したら体から力が抜けた」
大きく息を吐いていると西宮が間の抜けたような顔で俺を見ている。かと思えば、次の瞬間には声を上げて笑い始めた。
「も。もう。びっくりさせないでよ~あはは」
「いや、だってさ。水着姿を褒めるのって受け取る方からすれば嫌な気持ちになることの方が多いはずでさあ。最悪、嫌われる可能性もあるわけで」
「東野くんはボクに嫌われたくないの?」
「そりゃそうだよ」
「わ。即答……」
「いや、西宮に嫌わないでほしいのは大前提なんだけど、西宮だって人間なんだから俺のことを嫌だと思う瞬間があるのは分かってるんだ。ただ、なるべくそういうのは避けていきたいというか」
「ふふっ。必死だ」
焦って自分でも何を言っているのか正直、理解しきれていない。冷静になって思い返せばかなり情けないことを言ったと悶絶する気がする。
でも、仕方ないんだ。
だって、それくらい西宮のことが好きなんだから。
「だいじょーぶだよ。ボクそう簡単に東野くんのことを嫌いになったりしないもん」
「そ、それは何よりです」
親指を立てて俺を安心させてくれた西宮が立った。俺も西宮に並ぶようにして、腰を上げる。
「東野くんのせいで余計に暑くなっちゃった。早く入ろ」
「あ、ちょ」
西宮に手を引かれたまま俺達はプールを目指した。




