53
今日は西宮達とプールに行く日だ。
集合時間に間に合うように電車に乗っている。西宮の最寄り駅に着くと西宮が乗ってきた。
「おはよう、東野くん」
「おはよ」
端に座っていたのを一つ横に移動して西宮が座れるスペースを作る。たまたま同じ席に座っている人が反対の端に座ってる人だけでよかった。今日はツイてる。
西宮が座ったタイミングで電車が動き出した。
「昨日、あの後はすぐに寝た?」
「寝たよ。プール楽しみたいし。西宮は?」
「ボクも寝たよ。だから、元気いっぱい。朝ご飯も食べてきたしね」
いつもは日付けが変わってからもずっと起きてることが多いのが休みの間の過ごし方。けど、体調を崩してみんなに迷惑を掛けたりしたくなくて、昨日は西宮とのラインが終わった後にすぐに寝た。
西宮もそんな感じなんだと思う。ラインでも、明日に備えてもう寝る用意は済ませてるって言ってたし。
「それにしても、今日もあっついね〜。電車の中が涼しくて助かるよ。はあ〜極楽極楽〜」
手で扇いで顔に風を送る西宮が気持ち良さそうに声を出す。
「最近の夏は異常だよな。うちわあるよ。ほら」
「わ、うちわ。珍しいね」
「母さんから持たされたんだ。今時ってああいう持ち運びの方がメジャーだとは思うからちょっと使うのに抵抗があるんだけど」
向かい側の席に座っている女性が持っているハンディファンに目を向ける。向かい側じゃない。よく見れば所々でハンディファンを手にしている人がいる。うちわは誰もいない。
「でも、ハンディファンは充電が切れると使えなくなっちゃうからうちわの方が長く使えていいよ」
「西宮は優しいなあ。ぜひとも涼しくなってもらいたい」
西宮に向かってうちわで風を送る。
「じ、自分でするよ」
「いいんだ。俺が扇ぎたい気分だし。それに、西宮は電車に乗ったばかりだし涼んでて」
「そ、それじゃあ、お言葉に甘えて……ありがと」
大人しくされるがままになった西宮をうちわで扇ぐ。
「力加減とかこれくらいで大丈夫?」
「うん。問題ない、です」
「畏まりました」
「なんか、東野くんが執事みたいだ」
「西宮お嬢様?」
「や、やめて。ボクがお嬢様なんてキャラじゃなさ過ぎる。どっちかっていうとボクも執事の方だよ」
「西宮の執事か……確かに、似合いそう」
「でしょ」
「つまり、西宮はどっちもいけるってことだな」
「……も、もう。東野くん!」
西宮をお嬢様として見ないのをやめない俺への対抗心からか西宮が頬を膨らませる。これまで、男の子扱いされてきたからこそ、西宮はお嬢様ってのが自分に合ってないって思ってるんだろう。
けど、俺からすればそんなことはなくて。どれだけ西宮が抗議してきたって反省するつもりはない。
「こ、この話はもう終わりね。南條さん達には内緒だよ」
「ん、分かった」
「南條さん達とは向こうで合流するんだよね?」
「うん。二人とも住んでるのがこっち方面じゃないらしいから」
北上と南條は住んでいる場所が俺や西宮と真逆らしく、現地で集合する約束をしている。
「南條さん達に会うのも久し振りだな〜って言っても二週間も経ってないんだけどね。東野くんは夏休みに入って誰かと会ってる?」
「西宮だけ」
「ボクだけかあ……そっかあ……」
「友達もろくにいない寂しい奴でごめんな」
「そ、そんなこと思ってないよ。ボクも東野くんとしか会ってないし。それに、夏休みに東野くんが会ってるのがボクだけなんだって特別みたいで嬉しいから」
「西宮ってよく俺のことを肯定してくれるよな。ダメ人間になっちゃうよ?」
「あはは。東野くんが言うんだ」
「どういうこと?」
「東野くんだってボクのこと肯定してくれてばっかりだよ?」
「……そう言われてみれば、そうかも」
そんなつもりはぜんぜんなかったけど、西宮からすればそうなのかもしれない。
「それが、ボクにとってはどれだけ助かってて。嬉しくて。ありがたいことか。あ、だから、そのお返しを東野くんにしてる訳じゃないよ。本当にそう思って言ってるから」
「ちゃんと伝わってるよ。俺だってそうだし」
「お互い様だね……って、なんで、こんな話になったんだっけ?」
「……さあ?」
北上と南條との合流する話をしていたはずなのにいつの間にか逸れていた。それが、なんだかおかしくて。西宮と同じタイミングで笑いが漏れる。
「ボク達仲良しだね」
「いいと思いますね。付き合ってるんですし」
「あ、そ、ソウダスネっ!」
「……そう、だすね?」
「も、もう。拾わないでよ〜照れて噛んじゃっただけなんだから」
「あ、こりゃ失礼」
「もう。絶対、思ってないでしょ〜」
西宮が身体を揺らして軽く体当たりしてきた。抗議のつもりなんだと思う。痛みはぜんぜんないから本気じゃないってのも伝わってくる。
けど、俺は急なスキンシップに激しく動揺していた。付き合ってるんだし、これくらい、普通なのかもしれないってのは分かってる。でも、そういう経験のない俺の心臓には悪過ぎた。
楽しくなってきたのか西宮は体当たりをやめてくれない。別に、痛くもなんともないからいいんだけど。いいんだけどさあ。そういうことされるこっちの身も少しは考えてほしいというか。
とにかく。西宮に動揺してることを悟られないように顔の筋肉に力を入れる俺だった。
「おーい。こっちこっち〜」
プール会場への入場口付近で北上と南條が待っていた。日傘を差した南條が手を振って呼び掛けてくる。その隣で北上がこんな人が多い中でよく大声を出せるね、とでも言いたげな顔をしていた。
「ごめんね、二人とも。待った?」
「ううん。私達もついさっき着いたばっかりだよ。ね?」
「う、うん」
「よかった〜。ボク達、ちょっと迷ったんだよね」
「分かりにくいナビだった」
「東野くんがこっちって自信満々に言った初っ端から反対だったもん」
「気付いてたら止めてくれてよかったんだけど」
「いやあ、東野くんの確信に満ちた目を見たらなかなか難しくて」
西宮の手前、頼りになるところを見せようとしたのが悪かった。結果的に、迷って西宮がこっちじゃないと案内してくれて着くことが出来た。そんな、みっともない俺を楽しそうに西宮が笑ってくれてるのだけが唯一の救いだな。
「楽しそうにしてるところ悪いけど、そろそろ中に入らない?」
「あ、うん。そうしよう」
「南條のお父さんがここのチケットを貰ったんだっけ?」
「そう。仕事先で貰ってきたんだ。だから、みんなで遊びに行きたいなと思って。あ、先に行っていいよ。手続き済ませてくるから」
「あ、ぼ、僕はついて行くよ」
「じゃあ、俺達も――」
「さ、先に行ってよ東野くん」
「え、西宮?」
焦ったように西宮に背中を押されて先に入場することに。
「俺達も一緒の方がよかったんじゃない?」
「そうなんだけど……そうじゃないんだよ」
「ええ」
西宮の言ってることがよく分からない。西宮は手続きをしてくれてる南條と後ろにいる北上を見て満足そうにしてるけど……なんで、北上はよくて、俺達はダメなんだろう。
「東野くん。今日は南條さんと北上くんをなるべく二人きりにしようね」
「四人で来たのに?」
せっかく、四人で来たんだから四人で遊んだ方が楽しいと思うんだけど。それに、南條と二人きりにしたら北上が耐えられなくなるんじゃないか。俺だって西宮と付き合ってなかったら、水着姿の同級生女子と二人きりなんて考えただけでも緊張するし。
なんだったら、付き合ってても緊張はするし。
「だって、その方が東野くんと二人で過ごせるし」
「な、なるほど」
そういうことなら仕方ない。北上には犠牲になってもらおう。
「頑張ろうね」
手を丸めて気合いを入れる西宮。得体の知れないやる気のようなものがメラメラと伝わってくる。
けど、何を頑張るのか俺にはさっぱりだった。




