9:終焉
アマリリスとシアンは寄り添って湖の近くを歩いていた。
「ハァ……ハァ……」
怖いくらいの静寂の中、苦しそうなシアンの息づかいだけが聞こえる。
シアンの右腹部からは血が滴り落ちており、来た道を点々と赤く染めていた。
2人はあれから何とか逃げ切った。
グリードと真っ向に勝負しても勝ち目が無いことをよく分かっていたので、シアンは馬の足を攻撃し体勢を崩させた。
少しでも時間稼ぎがしたかったからだ。
けれど、グリードからの攻撃をシアンは受けてしまった。
追いつかれるのは時間の問題だろう。
アマリリスに支えられながら歩いていたシアンはとうとう倒れ込んだ。
「シアン!」
アマリリスは倒れたシアンの上半身を抱き起こして、たまたま近くにあった大きめの石を背もたれのようにして座らせた。
シアンは息が苦しいのか、横腹を押さえながらのけぞって空を仰ぐ。
「……アマリリス……様、俺をここに置いていって下さい」
アマリリスが1番聞きたくなかったセリフをシアンが言った。
「ここで少し時間稼ぎをします……どうか隣国へ……逃げて……」
シアンは息も絶え絶えに伝えた。
喋る口元からも一筋の血が流れた。
絵本のお姫様と騎士のようにはいかなかった。
現実では魔王には勝てなかった。
けれど、ずっと一緒にいることは出来るよね……
「嫌です! ……私も一緒にいます。1人にしないで……」
アマリリスはシアンに優しく抱きついた。
「……アマリリス様……」
シアンの弱々しい声が頭の上から聞こえた。
アマリリスはそっと体を離すと、戦争が始まってから肌身離さず大事に持っていた宝剣を取り出した。
あのジルモネア王国の宝物庫にあった短剣だ。
王宮図書館で剣に書かれていた古い文字を調べ終わっても、なぜか返せないままでいた。
ーーそれはきっと今使うためだったのだろう。
アマリリスは心の隅でそう思った。
その宝剣の鞘を外しながらアマリリスはシアンに説明した。
「これは双剣になっているんです」
そう言って剣のグリップ部分を回してそっと外す。
剣が、両方に刃がついている双剣になる。
「この剣にそれぞれ命を捧げると、2人は時戻りが行える……という言い伝えのある宝剣です。これで私と時を戻ってくれませんか?」
アマリリスは涙を浮かべながら、ニッコリと笑った。
剣に書かれていた古い文字を調べて分かったことだった。
「……素敵なお誘いだね。 ……俺とでいいの?」
シアンが荒い息をしながらも、穏やかな笑みを浮かべる。
「シアンがいい……!」
アマリリスは泣きじゃくりながら笑った。
このまま私だけ生き延びてもグリード王子に捕まってしまう……
それなら、ずっとずっと好きだったシアンと一緒に……
アマリリスは願いを込めるように宝剣をギュッと握った。
「……もし時が戻っても、アマリリスのこと絶対忘れないよ」
シアンがそう言って宝剣を受け取った。
そして背もたれにしている石に傷をつけた。
「ここで会おう。ここで待ってる」
石に傷を付けたのは、この場所が分かるように目印だった。
シアンはアマリリスの瞳を真っ直ぐに見つめて約束の言葉を紡いだ。
アマリリスはゆっくり頷いた。
2人には分かっていた。
時戻り……そんなお伽話みたいなことあるハズは無い。
けれどただ死ぬだけではない。
どこかでまた会えると思いたかった。
アマリリスは宝剣を握っているシアンの手の上からさらに握り、剣先をお互いの胸に当てた。
「アマリリス、愛してるよ」
シアンがアマリリスを見つめて最後の言葉を贈った。
「私も……愛しています」
アマリリスがシアンの優しい琥珀色の目を見つめ返す。
2人は片手で宝剣を、もう片方の手でお互いをゆっくり抱きしめ合いながら最後のキスをした。
剣先も胸にゆっくりと沈んでいく。
薄れゆく意識の中、青白い炎のような光に包まれたのを感じた。
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晴れ渡る空。
心地よい風が湖の水面を撫でている。
模様のようなものが入った石の近くには1人たたずむ幼い女の子がいた。
ホワイトブロンドの長い髪が風に弄ばれてふわふわ舞う。
「私のことは絶対忘れないって言ってたのに。 ずっとそばにいるって約束したのに……」
女の子の悲痛な呟きが辺りに溶けていく。
彼女の青い瞳からはとめどなく清らかな涙が流れた。
彼女はいつまでも現れない想い人を待っていた。
約束の場所で。
いつまでも
いつまでも……
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
別作品
「【闇】が深い王女の愛が重すぎてゾクゾクするんですけど!」と対になっている物語ですので、ぜひそちらが未読の方は読んでいただければ嬉しいです。
両作品を読んでいただいた方、ありがとうございました!
この後、作者の自己満足満載のネタバレや設定について短編として投稿します。
同シリーズにまとめます。
気になる方は答え合わせとして読んでいただければと思います。