7:真実
隣の帝国と戦争が始まった。
アマリリスの国であるジルモネア王国と帝国が隣接する地域に帝国軍が攻め入ってきた。
アマリリスはまた国王室に呼ばれた。
シアンが付き添いながら部屋へ向かう。
「アマリリスです」
重い扉をシアンが押し開けてくれる。
アマリリスだけ部屋の中に入り、シアンは外で待機することになった。
アマリリスは少し不安になり閉まりゆく扉の向こうにいるシアンをチラリと見た。
シアンはアマリリスを安心させるために頷いてくれた。
そしてゆっくりと扉が閉まった。
中にはお父様と兄姉が勢揃いしていた。
「……」
いつにない緊迫した雰囲気にアマリリスは目を見張る。
「……アマリリス、戦争が始まった。お前は辺境の古城に逃げなさい」
お父様がアマリリスを見つめてそう言った。
「!! ……お兄様たちは戦争に向かうのですか? お姉様は??」
アマリリスは不安気に揺れる瞳でお父様を見た。
この集まりは……おそらく、最後の家族の集まりだ。
ジルモネア王国は帝国ほど戦力を持っていない。
「もちろん戦争に向かう。エスメルはこの城を守ってもらう」
お父様は重々しく言った。
「わたしもエスメルお姉様と一緒にここにいます!」
アマリリスは叫ぶように言った。
エスメルお姉様が「アマリリス……」と悲痛な顔して呟く。
みんな王族として責を果たそうとしている。
私は??
「ダメだ」
案の定、国王に反対された。
「何故ですか? 私が王族として認められてないからですか?」
アマリリスは国王であるお父様をしっかり見据えて聞いた。
「……アマリリス、お前の母からの最後の願いがあるのだ。『王族として育てないで下さい』と……」
「……え?」
お父様によく聞くと、母は低い身分であるのに王族になってしまったことで息苦しい生活を味わっていた。
そのため娘であるアマリリスにそんなことは強いたくなく、自由に過ごして欲しいと言うことを死ぬ前に願ったらしい。
また、争いの元にもなりかねない美貌をアマリリスは受け継いでしまった。
政治の道具にされないように。
母のようにならないように。
母なりのアマリリスに向けての愛だった。
けれどもそれは同時に母からの愛の呪詛だった。
「それでっ!! それだけで!! 私は1人で離宮に閉じ込められたのですね!?」
アマリリスは怒った。
「そんな愛情いらなかった! お母様が亡くなった時、側にいて欲しかった!!」
アマリリスは泣き崩れて床にしゃがみ込んだ。
母の言いつけ通り泣くのを我慢して笑うことは出来なかった。
お兄様たちがアマリリスを慰めるために口々に喋った。
大泣きしているアマリリスは返事が出来なかった。
ディヤメントお兄様とジェイドお兄様は、この事情を知っていたらしい。
不憫には思っていて、みんな時間がある時に私に構ってくれてたのだ。
「……アマリリス……すまない」
お父様がしゃがみ込んだアマリリスの前に来て、ひざまずき娘の頭を撫でた。
「……母の願いをどうしても叶えたかったのだが、お前を傷付けていたのだな……」
アマリリスが顔をあげると、国王ではなく優しい父親の顔をしたお父様がいた。
「でも、母に続いてアマリリスまで無くしたくない。どうか古城に逃げておくれ」
お父様は寂し気に微笑んだ。
「……お父様……どうか、ご武運を……」
アマリリスの瞳から止めどなく涙が溢れた。
お父様をすぐに許すことは出来ないが、これが最後の父と娘の会話にしたくなかった。
それから兄弟たちに別れの挨拶をした。
「帰ってきたら、またアマリリスが作ったケーキを食べてあの離宮でゆっくり過ごそうね」
ディヤメントお兄様があの人懐っこい笑顔で笑う。
「古城まで迷わないようにね。シアンの言うことをよく聞くんだよ」
ジェイドお兄様が、意地悪く笑って言う。
いつまでも子供扱いだ。
「俺が負けるわけないだろ? 絶対に勝ってくるから、待っとけよ」
クレイお兄様がワシャワシャとアマリリスの頭を撫でる。
「わたくしはこの城にいるから安全よ。アマリリスこそ気を付けなさって」
エスメルお姉様と固く両手で握手した。
「……みんな……」
アマリリスは家族からとても愛されていたのだ。
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アマリリスはシアンと一緒に古城へ移動するために馬車に乗った。
涙に暮れるアマリリスの隣にシアンが座って、ずっと抱きしめてくれていた。
「……今頃になって分かったの。離宮でひとりぼっちだったけど、王族じゃないって言われたりしたけど……みんな私を大切には想ってくれてたの」
アマリリスは涙をポロポロ流しながらシアンを見上げた。
「……また、会えるよね?」
「…………うん」
シアンは優しい嘘をついてくれた。
そして〝泣き止んで〟と言うようにアマリリスの瞼にキスしてくれた。
古城につくと、従者が必要最低限だけ配置されており綺麗に保ってくれていた。
アマリリスは城の中の大きな部屋に通された。
……ここでしばらく過ごすのね……
夜、重厚感のある大きなベッドで1人眠ろうとするが眠れない……
アマリリスは窓際の椅子に座って、外の景色を眺めていた。
すると扉の外からシアンの声がした。
「アマリリス様、眠れてますか?」
「シアン……」
アマリリスは扉の方へ向かい、そっとドアをあけた。
「大丈夫?」
心配そうな表情をしたシアンが立っていた。
「寂しくて眠れなくて……しばらく側にいて欲しいの」
アマリリスは伏し目がちに言った。
そしてアマリリスはシアンを部屋に招き入れた。
2人はソファに並んで腰掛けた。
「……シアンは……私を置いていかないでね。決して1人にしないでね……」
アマリリスは消え入りそうな声でシアンを見上げて伝えた。
大きな瞳を潤ませて涙するアマリリスにシアンは馬車でしたように瞼にキスをした。
そして唇にもキスを落とす。
「……」
お互いをきつく抱きしめあい、何度もキスをした。
不安な未来を紛らわすように、相手の温もりを求めた。
それからは長年積み重ねてきた想いが溢れ、2人は止まれなかった。
アマリリスとシアンは肌を重ねた。
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「深い海を泳ぎ、あなたを必ず見つけます。
星空を切り裂いてあなたを必ず守ります。
いつまでも一緒にいよう」
子守唄のようなシアンの声が聞こえた。
あの姫を騎士の絵本になぞらえた愛の言葉だ。
シアンはベッドの中でアマリリスが寒くないようにしっかり抱きかかえてくれている。
アマリリスはシアンの腕の中にいると心の中の不安が溶けていくのを感じた。
アマリリスは安堵した笑みを浮かべて眠りについた。