5:帝国のグリード王子
えーっと、もう少ししたらこの扉から外に出てエスメルお姉様と合流するんだよね。
上手くいくかなぁ?嫌な汗かいてきた……
アマリリスはガーデンパーティ当日を迎えていた。
言われたとおりにエスメルお姉様の部屋に行くと、待ち構えていたメイドたちにあれよあれよと磨き上げられた。
ドレスはお父様から誕生日に贈られた真っ青なものに、それと合わせるように作られたゴールドのアクセサリー。
それとお母様の形見として大事にしまっていたサファイアのネックレスをつけた。
髪は結い上げられ、お化粧もほどこされた。
綺麗に着飾った自分を鏡で見て、お母様に似ているなってアマリリスは思った。
この姿を見たらお父様も喜ぶかもしれない……
そうアマリリスはちょっとだけ期待した。
「……よし、行こう」
アマリリスは気合いを入れてから従者にお願いして扉を開けてもらった。
開けた瞬間に外の喧騒が聞こえてきて何やら楽しそうな雰囲気だ。
外の眩しい光に目が慣れると、たくさんの人たちがいた。
アマリリスはこんなに大勢の前に出ることは初めてなので不安と緊張で尻込みした。
「アマリリス、どうしたの?」
「あっ、ジェイド…お兄様……」
たまたま近くに第二王子のジェイドがいた。
人がたくさんいるので、一応〝お兄様〟と敬称をつけた。
「エスメルお姉様に誘われて、パーティに初めて参加してみたのですが緊張して……」
アマリリスは極度の不安から、素直な気持ちをジェイドに伝えた。
「そっか、じゃぁメルの所まで案内してあげる」
ジェイドはそう言ってアマリリスの手を取ってくれた。
それから自分の腕にアマリリスの手を置き、エスコートしてくれる。
「……ありがとう」
アマリリスはほっとして、ニッコリ笑って歩き出した。
すると王族の兄が隣にいるためか、辺りがアマリリスの存在に気づき少しだけざわめき始めた。
エスメルお姉様の所に着くころには、なぜかみんなの注目の的になっていた。
私が誰か分からないからかな?
分からないのにジェイドにエスコートしてもらって歩いているから、目立つのかしら?
アマリリスは恥ずかしくて逃げてしまいたかった。
けれどエスメルお姉様に挨拶するまでは頑張ろうと我慢していた。
「まぁ、アマリリス! とっても綺麗ね」
エスメルお姉様が笑いながら迎えてくれた。
「エスメルお姉様もすごくお美しいです」
アマリリスはホゥとため息をつきながら称賛した。
エスメルお姉様は白と薄いゴールドをベースにしたドレスにゴールドの刺繍、アクセサリーは赤いルビーで揃えていた。
美しいエスメルお姉様自身の色だ。
「皆様、妹のアマリリスですわ。初めてお目にかかると思いますが仲良くして下さる?」
エスメルお姉様は先程まで喋っていた周りの人々に簡単に紹介してくれた。
「アマリリスです」
アマリリスも簡単に挨拶をした。
本来なら王族なので初めて貴族たちの前に出るときはそれなりの場が用意されるのだが、そんなものはアマリリスには当然無かった。
イレギュラーなことなのでこんな挨拶でいいでしょう。とエスメルお姉様と事前に話し合っていたので助かった。
「ではアマリリス、あちらに美味しいお菓子が並んでいるので取りに行きましょう」
エスメルお姉様が今までいた人の輪から自然に抜け出させてくれた。
そしてお菓子が並んでいるテーブルへ向かう。
「アマリリス、緊張しているの? そんなにお堅い集まりじゃないからリラックスしていいわよ」
エスメルお姉様がそう声をかけてくれた。
「……初めてだし知らない人ばかりでとてもリラックスできそうには無いです……でもエスメルお姉様たちと一緒のパーティに参加できたことは嬉しいです」
アマリリスが少しはにかみながらもそう答えた時だった。
「アマリリスッ!!」
誰かが呼ぶ声がした。
隣に立っているエスメルお姉様が思わずつぶやく。
「…お父様?」
少し眉をひそめてエスメルお姉様が国王であるお父様を見た。
……この人が、お父様……
アマリリスは初めて父親に会った。
急いで来たのか少し息切れしている国王は「アマリリス、今すぐ離宮に帰りなさい。お前はここに呼んでいない」と静かに言った。
「えっ……」
アマリリスは悲しくて揺れる瞳で国王を見つめた。
もしかしたら、お母様に似てきた姿を見て褒めていただけるかもと思っていたのがバカみたい……
「……分かりました」
アマリリスは涙をこらえるために少しあごを引き、真っ直ぐに父を見つめ笑顔で答えた。
それからオロオロするエスメルお姉様に感謝とさよならを伝えて、珍しく2人の護衛に両脇を守られながら離宮へ帰っていった。
**===========**
離宮に戻ったアマリリスは、せっかく着飾ったのに一瞬しか出番が無かったドレスなど脱ぐ気力もなく、そのまま園庭の噴水が見えるベンチに腰掛けていた。
辺りは薄暗くなっていた。
アマリリスはただただ空を見つめてジッとしていた。
お留守番をしていたサラはアマリリスの様子にひどく心配していたが、今は1人にしてもらっていた。
すると、アマリリスの離宮の外を歩いている男の人が見えた。
離宮の周りには低い柵があり1箇所だけ少し立派な門がある。
その柵越しに男の人の後ろを数名の人が連なって移動していた。
今夜あるって言われている夜会に来たどこかの貴族かしら?
アマリリスは何気なしにボーっと見ていると、その先頭の煌びやかな男の人と目があった。
「……!」
すると男の人は何やら驚いた顔をして歩みをとめた。
そしてあろうことか低い柵をヒラリと飛び越えてアマリリスのいるベンチへ近付いてきた。
「……名前は?」
男の人はアマリリスの前で立ち止まった。
アマリリスより随分年上の大人の男性だった。
格好的に身分の高い人なんだろうけど、アマリリスは貴族の顔なんか誰1人覚えてなかった。
「アマリリスです……」
アマリリスはベンチから立ち上がり、カテーシーをした。
「俺はグリード。隣の帝国から今日の夜会に招待されて来たんだが、いいものに出会えた」
グリードはそう言って、アマリリスの前で片膝をつけてしゃがみ、アマリリスの小さな手をとった。
そして手の甲にキスをした。
「!?」
アマリリスはビックリして反射的に手を引っ込めようとしたが、グリードの力が強くびくともしない。
アマリリスは意図が分からず、グリードを不安気な目で見つめた。
グリードは黒髪に黒い瞳をしており、体付きも大きくてしっかりしていて、とても威圧感があった。
顔立ちは恐ろしく整っており、その人間離れした容姿も威圧感を駆り立てていた。
「俺の妃にしてやろう。妖精姫として名高い第五王女のアマリリス」
グリードは不敵に笑ってそう言うと、アマリリスの手を引っ張ってどこかに連れて行こうとした。
えっ?どういうことなの??
妃……結婚?
妃ってことは隣国の王子様なのかしら??
でも、すごい年上の人だし本気で言っているの??
…………こわいっ!!
「……やだ。行かない!」
アマリリスは握られている手を振り払おうとがむしゃらに振り回したが、やはりビクともしなかった。
本能的な恐怖からか、自分を取り繕うことも忘れて涙が溢れてきた。
「俺の命令には逆らえない。例え隣国の王族でもな。あきらめろ」
グリードはニヤっと笑ったままアマリリスをお姫様抱っこし、涙が流れる頬にキスをした。
「!!!!」
アマリリスは声にならない悲鳴をあげた。
誰か……助けて!!
**===========**
グリードに抱っこされてどこかに運ばれているアマリリスは、これ以上キスされないために両手で顔を覆っていた。
怖くて怖くて涙が止まらない。
外から建物の中に入ったのは分かったが、ここがどこなのかも分からない。
「どこに行かれるのでしょうか?」
背後から聞き慣れた声がした。
グリードも歩みを止めて後ろを振り返る。
「わたくしの妹を連れて、どこに行かれるのでしょうか?」
アマリリスはそっと両手をのけて声のした方を見てみると、ディヤメントお兄様がいた。
慌てて来てくれたのだろう、少し肩で息をして髪も少し崩れている。
ただ、顔付きはいつものフニャっとした感じでは無く、真っ直ぐで力強い眼差しをグリードに向けていた。
「お、お兄さまっ…助けて!!!!」
アマリリスは見知った人が来てくれた安心感から大粒の涙が溢れ出し、声をあげて泣き出してしまった。
まだまだ16歳の世間知らず。
今の状況がまったくわからずに不安な心が限界だった。
「このアマリリスは俺の妃にする」
グリードの低い声が響く。
「でもすでに王妃様はいらっしゃるじゃないですか? 3人も」
ディヤメントお兄様がそう言い返す。
「?? 良いではないか。アマリリスは第五王女だろう? 帝国と縁が繋げて。第五にしては上出来だろう?」
グリードは冷たくそう言った。
「年もまだまだ幼いです。アマリリスは16歳です。離れすぎでは?」
ディヤメントお兄様は力強い眼差しを弱めることなくそう言った。
「一回り違うぐらい大丈夫だ」
グリードは少しかったるそうに答えた。
「ヤダヤダヤダー!! 結婚なんかしないー!!」
アマリリスは泣きじゃくっているテンションのまま、手足をジタバタさせた。
こわい!この人嫌だ!!逃げなきゃ!!!
落ちてもいい!!
アマリリスが渾身の力で暴れて身を捩ると、不意を突かれたのかグリードの力が少し弱まり床に落とされた。
「!!わわっ!」
アマリリスは運良く手をつくことができ、怪我をすることは無かった。
そして素早くディヤメントお兄様の方へ逃げ、背後に隠してもらった。
「ははっ!猫みたいな奴だな。けれど帝国の王子にその無礼な態度は処刑ものだぞ」
グリードがアマリリスを見つめながら、目が笑っていない笑顔を浮かべた。
ちょうどその時に騒ぎを聞き国王であるお父様がかけつけた。
「グリード王子」
お父様がディヤメントお兄様とグリードの間に入った。
私たちのやり取りは従者などにあらかじめ聞いていたみたいで、アマリリスを見て少しだけ安堵の表情を浮かべた。
「アマリリスの数々の無礼をお許し下さい。またこの子は王族の教育も受けておらず、グリード王子の伴侶を努めることは出来ません。王族と言っても名ばかりのものです」
お父様はそう言って深々と頭を下げた。
!!!!
アマリリスはその言葉に目を見開いた。
王族じゃないって言われた!
アマリリス自体も薄々感じていたことをお父様にハッキリ言われてしまった。
嫌なほど胸の鼓動が早くなる。
そのせいで胸が苦しい。
…………
お父様とグリードの声が遠くで聞こえだした。
頭がクラクラしだし、我慢出来ずにアマリリスは意識を手放した。
**===========**
アマリリスが次に目を覚ますと、離宮の自身のベッドの上だった。
近くにはサラがいた。
ずっと付いていてくれたのだろう。
少し疲れた表情のサラが心配そうにアマリリスを見ていた。
「アマリリス様……」
「……グリードは?」
アマリリスは気を失う前のことを思い出していた。
「隣国の王太子様はお帰りになられましたよ」
サラは安心させるようにアマリリスに柔らかく微笑んだ。
「……そう……」
アマリリスが隣国にムリヤリ連れ攫われるようなことは無さそうだ。
グリードのいっときの気の迷いだったのだろうか?
アマリリスは窓の外に視線を動かした。
花が咲き誇っているいつもの美しい離宮の庭が見えた。
それからアマリリスは塞ぎ込んだ。
なぜか隣国の王太子であるグリードに強引に迫られたことや、お父様である国王に王族ではないと突きつけられた現実が耐えられなかった。
アマリリスは離宮の中でひっそりと過ごした。
そんなアマリリスを心配してか、エスメルお姉様が離宮をわざわざ訪問してくれた。
花が咲き誇るあの美しい離宮の園庭で、サラがエスメルお姉様とアマリリスに紅茶と茶菓子を準備してくれた。
2人はソファにそれぞれ腰をかけて、ゆっくり紅茶をいただいていた。
「ごめんなさいね、アマリリス。わたくしがパーティに誘わなければ、着飾った貴方がグリード王子に見つからなかったかもしれないのに……」
おもむろにエスメルお姉様が喋り出した。
「エスメルお姉様のせいではありません。パーティに一度でも出れて楽しかったです」
アマリリスはそう言いながら弱々しく笑った。
「……アマリリス。怖い思いをしたわね。お兄様が間に合って良かったわ」
エスメルお姉様はいつかのようにアマリリスの手の上に自身の手を重ねて優しく握ってくれた。
「……お父様も倒れてしまったアマリリスを見て、グリード王子に必死に説明していたわ。〝この通り体が弱いので隣国に行けません〟とか言ってね。グリード王子はしぶしぶ帰っていったそうよ」
「……」
エスメルお姉様は、お父様がアマリリスを必死に守ったことを伝えたかったようだが、今のアマリリスの心には何も響かなかった。