15 ネコ、夕飯をふるまう
「ひなのは今日ご飯食べてくでしょ?」
急にネコから話しかけられてひなのちゃんはびっくりして振り向いた。そう、我々が厨二病的な内容を話し込んでいた間、ネコは夕飯の仕込みをしていたのだ。
「え?ネコちゃん、ご飯作ってたの?」
「あったりまえじゃん、さぶろうに食べさせてあげなきゃいけないもん!」
ドヤ顔で言ってるけど、こないだまで猫だったじゃんよ、その間は俺がずっと作ってたんですけどと、心の中で抗議をしたが、ネコの体面を慮って黙っていてやった。俺偉い。
「…そ。か」
ひなのちゃんは腑抜けた声で応え、ネコくんの作ったご飯を食べてみたいと言った。ネコは人の姿になってまだ日が浅いため、そんなにレパートリーがあるわけではない。
「ネコさぁ、だいぶ大きくなったから、もう自分でご飯作りたいの…」とモジモジしながら、久しぶりに見る上目遣いで言い出したときは、その成長ぶりにすこしウルっと来てご飯の炊き方と味噌汁、カレーライス、応用で豚汁を教えてやった。
なので、今日は何回目かの豚汁とご飯、きゅうりを切っただけの副菜だった。だいぶ上達して、初めてつくったときのような肉の臭みもなく、塩味加減もちょうど良く、俺は感心して、ひなのちゃんの前だというのに親(猫?)バカ丸出しで美味い美味いと手放しで褒めた。ネコはホント?嬉しいーってな感じで喜ぶかと思いきや、いつになく頬を赤く染めて口の端をぎゅとひきしめ、目をぱちぱちとさせていた。照れてるのか?
「うん、本当に美味しい…」
ひなのちゃんの噛みしめるように言った一言がとどめを刺したようで、すっかり大人しくなり、顔を赤くしたまま下を向いて黙々と食べている。何だか俺も落ち着かなくなって、食卓は奇妙な雰囲気になってしまった。
なんだかんだで、想定より大分長居することになったので、兄のところに連絡を入れ、ひなのちゃんを車で家まで送り届けることにした。何処にでも付いてくるネコは食事の時の雰囲気のまま、片付けとかいろいろあるからとか言って珍しくついてこなかった。
「学校ずいぶんと言ってないんだって?」
静かな車内で、沈黙が気になった俺は何とは無しに質問していた。聞いた瞬間、この話題じゃない方が良かったかもと後悔しかけたが、夜の街灯が両側をしんみりと流れていく、乾いた空気の車内に、ほど遠い親戚と一緒という、あまり無い状況が、心の内を話すのに快適な場所だったからなのか、ウザい質問といった反応は無く、ひなのちゃんはポツりポツりと話し出した。
本当は別の学校にいきたかったんだ。
ママもパパも今の学校の方が偏差値高いし大学行くの楽だって言って、行きたいところは最初から受験させてももらえなかった。合格はしたけれど、クラスメイトともノリが真面目っていうか、合わなくて。そのうちなんとかなるのかなって、別に頑張って仲良くならなくたって良いしなって、そう納得したつもりだったのに。自分の行きたかった高校に行って楽しそうにしてる友達の話を聞いたり見たりしていたら、どんどん嫌になって来て…風邪をひいて一週間近く休んだらなんだが分からないけど行けなくなった。
学校に行く支度は出来てる。でも、なんかぼーっとしちゃって、動きが鈍くなる。遅刻してても行きなさいって親に言われて重い足引きずって嫌々行くんだけど、学校行く途中に、行く意味あるのかなって考え始めたら、なんだかやっぱり足が動かなくなって、そのままカフェに入ってぼーっとしたり、デカい商業施設とかに紛れて、時間が過ぎるのを根気よく耐えてたりしてた。
そのうち、そんなことがバレて親に怒られて、こっちも親のせいと逆切れて、そんな自分も嫌になってますます気が滅入って、気がついたら引きこもってた。
いわゆる自暴自棄ってヤツ?
でも…今日、ネコ君があんな料理まで作ってるなんて…
わたし何してんだろって…
だって、ちょっと前まで猫だったのに。
私はずっと人間で、しかも良い年齢なのに、何にもしてない。恥ずかしくなっちゃったんだ。
毎日、部屋の中で何してんだろって思ってたけど、なんかホントにヤバいというか…
ショック、だった…。
ネコというこんなイレギュラーに遭遇するミラクルをそんな風に思い詰めなくても、というのは置いといて、俺は黙って聞いていた。独白のようなそれを邪魔しないように。
元引きこもりだし。俺が何か言える立場ではない…ではない、ではないが、でも。
「…俺も一緒だな、ネコが家に来てからこのままじゃダメだって、ネコのために頑張ったよ」
「おじさんも?」
「ネコと一緒にいても不審者に間違えられないようになろうとか、美味しいものや良い暮らしのために稼ごう!とか」
「たしかに。おじさん、すごく変わったよね? 前に会った時のおじさん、髪も髭もボーボーで、浮浪…ンンッ仙人みたいだったもんね。パパとママ、話題になるとため息ついてたし」
俺は声を出さずに笑った。
「俺の方が引きこもってるのは長かった」
赤信号で停車したタイミングで、ふ、と横をみるとひなのちゃんは予想に反して真剣な顔して俺の方を見ていた。
「ひなのちゃんなんて、ニート期間も短いし、俺よりうんと若いってか、何でも出来ちゃうティーネイジャーなんだから、すぐ変われるよ」
「でも、今の学校じゃ…」
「転校するのはダメなの?」
「今のまま行かないより、良いんじゃないかな? 一度相談だけでもしてみたら?それが出来なくっても、部活とか、バイトとか別のところで青春は探せると思うよ」
あんまり無責任なことは言えないが、ひなのちゃんが前向きになれたら良いなと思った。ひなのちゃんも俺も、その後は何も話さなかった。
「また遊びに行ってもいい?」
車を降り際に、ひなのちゃんは聞いた。
「兄さんたちが良いっていうなら、俺は構わないよ。連絡だけしてくれれば」
本来なら玄関先まで付き添ってやるべきだったかもしれないが、兄の家は敷地内まで車で行けるというのもあって「兄によろしく」と伝えてもらうことにして、ネコの待つ我が家へ帰ることにした。




