14 さぶろう全てを打ち明ける
To:ひなのちゃん
Title:こんにちはお久しぶりです。
先日はうちの猫が大変お世話になりました。
連絡先も教えてくれてありがとう。
お借りした洋服は返せるようにしています。
取り急ぎ連絡しました。
よろしくお願いします。
大山田三郎より
To:三郎おじさん
Re: こんにちはお久しぶりです。
連絡ありがとうございました!
いろいろ聞きたいことがあります
一度おじさんの家に行きたいです
洋服もその時にもらいます
○月△日、土曜の14時はどうですか
ひなの
To:ひなのちゃん
Re:Re:こんにちはお久しぶりです。
お返事ありがとうございます。
我が家はいつでも大丈夫ですが、
ひなのちゃんの両親に連絡したほうが良いかなと思っています。
なお、我が家の住所は下記リンクのとおりです。
△日、お待ちしています。
大山田三郎より
To:三郎おじさん
Re:Re:Re: こんにちはお久しぶりです。
ママが知ってるので
何も言わなくていいです
猫ちゃんは元気ですか?
△日会えるのを楽しみにしています
ひなの
俺は送られて来たメールを見るや、この先の面倒を考えて椅子に沈み込んだ。猫ちゃんは…
元気ですよ、人間の姿でね…。
「ひなの、うち来るの?」
元凶のネコがホットコーヒーの入ったマグカップをお盆に乗せて現れた。
「今週の土曜日のお昼に来るって」
「ふぅーん」
どういうつもりで返事しているのか分からないが、これまでのネコの人間関係のことを思うと、どうも比較的ひなのちゃんに好意的だ。いつも思うがネコのその基準は独特で、俺には全くわからない。
ネコはと言えば、久しぶりの人間の姿を存分に楽しんでいるようだ。俺より小さいとはいえ、以前と比べ物にならないくらいしっかりした手足となって俺の手伝いなど要らなくなってしまった。口調からも子どもっぽさが抜け、心配して何かきいても大丈夫だというので、頼もしい一方、一抹の寂しさを感じる自分自身の身勝手さに苦笑する。
結局俺からは何もしなかったが、ひなのちゃんが前もって母親に我が家に行くと話したことは、夫婦の間で一大事となったようだ。そりゃそうか。
案の定、後日兄から直接連絡が来た。どれくらいぶりかはわからないが、とにかく、相当久しぶりな彼女自身の自主的な外出らしい。いつも尊大に振る舞っていた兄に「ウチの娘をくれぐれも頼む」とお願いされたのは初めてで、なんとも複雑な気持ちになりながら通話を切った。
午前中、美容院に行ってきたというひなのちゃんは、出会った時と違い、サラサラつやつやのストレートヘアにグレーのシンプルなワンピースで最寄駅に現れた。俺たちに気づくと、ぴょこんとお辞儀をして挨拶してくれた。
「今日はお世話になります」
ふむ、ニートな高校生にしてはきちんとしているのではなかろうか。
「元気だった?」
いつになくネコが俺の背後から愛想良くひなのちゃんに声を掛ける。彼女はあきらかに動揺してビクついた。まじまじとネコを見て「やっぱり…本物…だよねぇ」としみじみ言う。
思えば、2人が出会ったのはあの日のあの一瞬だったから、そもそもネコの存在は半信半疑だったのかと、今さらながら思い直す。
リビングで落ち着いてすぐ、忘れないうちにと俺はまず彼女に服を返した。
「これ、ネコがこの間借りた洋服です。びっくりしたよね?ちゃんと洗濯したからね、ありがとう」
黙って服を受け取ったあと、しばらくの無言が続いたので、身構え過ぎたかと安心しかけたところで、恐れていた、留まることのない矢継ぎ早の質問が始まった。
「あのっ…!!」
いつからかネコちゃんと暮らしてるの?最初は猫?人間?どっちだったの?!なんで変身するの??(なんで変身するのかは、寧ろこの俺が聞きたいよ)おじさんはこのことをどう受け止めているの??周りは知ってるの?いや、周りにバレてないの?云々云々…
…続く問いかけをごもっともと思いながら、俺はいささかげんなりして黙って頷きつつ聞いていた。
…真っ白になった頭で直前を思い返しても、たった今、猫の首にリボンを巻いたところだったし、なかなか蝶々結びが出来なくて戸惑ったし、そう、そのリボンだってベロアの可愛いのがあったと、わざわざ引き出しから探し出したんだから、記憶に間違いはない。しかし目の前にいるのは、何度見ても素っ裸の男の子だったんだと、
そんな当時を思い返してひなのちゃんは語る。
「本当に驚くと、声って出ないんだって学びました」
白昼夢や勘違いで済ますには強烈な現実で、とりあえず着られそうな服を渡して自分も少し落ち着くと日本語が通じる。しかも、父親がいつも小馬鹿にしていた(!)末弟の三郎おじさんと一緒に来たと言い、そのおじさんのことを延々と褒めちぎるのである。
こんな数奇な出会いがあったと知っては、家に引きこもっている場合ではないと思ったらしい。
「とにかく仰天して、おじさんと話しないと、何も始まらないなって思ったんです」
その気持ちは痛いほど分かる…この数年、何もかもを受け入れている俺だって、根っこの所では未だに何が起きてるんだろうと思っているのだから。俺は観念して、夜中に未知で猫を拾った時から、2度の人間への変身を経てからの現在までを、変な誤解をされない感じに、かいつまんで説明した。
俺を取り巻く人間関係の中で、まさか彼女に1番最初にネコのことを話すとは思わなかった。普通に話は進められたが、何とも奇妙な気持ちになる。
自分の子供でもおかしくない年齢の少女に、正に中二病のようなこの話を…いや、しかしだからこそこんな荒唐無稽な話をくそ真面目?に話せたのかもしれない。
「……確証は無いんだけれど、猫の状態のときに、どうも首輪のようなものをつけると、人の形を取るみたいなんだよね」
「私の時もそーだったよ。首にリボンを巻いたはずなのに、気づいたら裸の美少年だったんだから!死ぬかと思った」
裸というのも、金髪碧眼の美少年というのも、猫から人間に変わると言うことも、確かに全てがファンタジーだ。
「まぁでも俺としてはさ、人間より猫の方がいいんだよね。やっぱり戸籍のない人間ていろいろ大変だよ」
俺は長い話に若干疲れ、ひなのちゃんが母親に持たされたという老舗菓子店「美濃忠」の水羊羹を口に放り込んだ。
「最近じゃ、子どもに保護者がいないと世間が厳しくてさ。俺は独り身だから説明しにくくって、余計に怪しいんだよ」
少し前、二郎兄さんも関わっていた誘拐事件により、子どもの姿だったネコが数ヶ月家を離れていたことがあった。全貌を知るのが怖くてきちんと説明をさせていないが、聞く限りでは、ネコがついた嘘や猫の姿に変化したことで円満に事件は解決し、ネコは家に無事帰って来て、しばらく落ち着いた日々を送っているところではある。
問題は、その事件のせいで二郎兄さんからは、俺が一人暮らしの寂しさ故に、怪しげなところから見目麗しい子供を手に入れたという、とんでもない誤解を受けていることだ。全く訳が分からないが、どこかからかそのように報告を受けた二郎兄さんから、心底気の毒そうに同情されている。しかも、どうもそれを一郎兄さんにも吹き込んでいるのだ。
誤解を良い感じに解きたいんだが、お互いにその話を避けているので、なかなか機会が訪れないままなのである。
この機会にひなのちゃんから上手く解消できるかもしれないと、俺はうっすら望みを抱いた。




