特別章2‐1 人見知りな私と不思議の国
「汐ちゃん。なんだか最近、よく笑うようになったね?」
夕焼けで店内が赤く染まっている中、カウンターにいた『Wonder Land』の店主さんである結衣ちゃんが声を掛けてきました。
結衣ちゃんと私……虎音汐は、店員さんとお客さんという関係です。
今日も、放課後に『Wonder Land』に立ち寄った私を歓迎してくれて、こうしておしゃべりをしています。
口下手な私でも、おしゃべりができる数少ない店員さんです。
というか『Wonder Land』には、他の店員さんはいません。
いわゆるワンオペというやつです。
しかし、結衣ちゃんはそんな労働環境を全く気にした素振りをみせず、それよりも私の先ほどの「店員さんとお客さん」と発言したことに、違和感を抱いているようでした。
「ふ~ん。汐ちゃんは私との関係をそんなドライなものだと思ってたんだ。残念だなぁ、私は汐ちゃんのこと、娘のように可愛がって来たつもりだったんだけど」
なんと、娘ときましたか。
それはちょっぴり意外です。年齢的には、姉妹といった感じだと思っていたのですが。
「姉妹かぁ。それもいいね。よし、じゃあそうしよう。汐ちゃんはこれから、私の妹だ」
ということで、やっぱり妹になったみたいです。
私みたいな人間の意見も取り入れてくれるところが、結衣ちゃんのいいところだと思います
『……なんでお前が評価を下してんだよ。年下のくせしやがって』
と、私の右手からツッコミが入りました。
さすが、長年私と一緒にいた子です。
よしよし、ブルースは今日も元気だね。
『ったく、いつもそれくらい喋れよ。そうしたら、オレ様がわざわざお前の代わりに喋らなくてもよくなるんだからよ』
う~ん、それができたらいいんだけと、やっぱりまだ恥ずかしいんです。
陸くんも華恋ちゃんも、私なんかには勿体ないくらいの、よく出来た後輩さんたちです。
こんな私を受け入れてくれただけじゃなく、廃部寸前だった人形演劇部を救ってくれた英雄と言っても過言ではありません。
『いや、過言だろ。そりゃあ、あの2人が「いい奴ら」っていうのは否定しねえがよ。まぁ、お前が頼りない先輩っていうのも否定しねえけどよ』
ブルースは私にだけ、とっても厳しいです。
たまに、私はブルースから嫌われているんじゃないかと思います。
『それはてめえの匙加減だろうが! オレ様はお前の分身みてえなもんなんだからよ!』
そう言うと、ブルースは、フンッ、と鼻息を鳴らしながらそっぽを向いてしまいました。
本当に鼻息は出ていませんが、多分、本人の気持ち的には出ているんだと思います。
ブルースはおこです。激おこまではいきませんが、プンプンしてます。
でも、すぐに機嫌を直してくれるのも、ブルースのいいところです。
なので、機嫌が直るまではあまり話しかけないようにします。
噛みつかれると怖いので。
えっと、それで結衣ちゃん。何の話をしてましたっけ?
「だから、汐ちゃんが笑うようになったって話。4月に来ていた頃は、本当に暗い顔をしていたから、私も心配だったのよ」
おっと、そうだったんですか。
知らぬ間に、私はお姉ちゃんに心配をかけていた悪い妹だったようです。
ですが、それも仕方のないことだったのかもしれません。
今年の4月初旬といえば、私以外の人形演劇部の皆さんがみんな卒業してしまって、私は、また1人になって落ち込んでいた時期なのですから。
だけど、今はもう、悲しくありませんし、1人ではありません。
「それはやっぱり、ブルースのいう『兄弟』と『嬢ちゃん』が人形演劇部に入ってくれたおかげなのかな?」
私は、結衣ちゃんの問いかけに、力強く頷きました。
陸くんと華恋ちゃんは、今の私にとって、欠かせない人たちです。
私とずっと一緒にいた、ブルースと同じくらい、大切な人たちになりました。
「それも縁ってやつだね。人の繋がりっていうのは、本当に面白いから」
はい、本当に、面白いと思います。
私みたいな子が、友達が出来て、後輩ができて、部長にまでなるなんて、私自身も考えていなかったことでした。
「だから、精一杯楽しむんだよ、汐ちゃん。人生は、後悔してからじゃ遅いんだから……」
結衣ちゃんは、そう言って笑ってくれました。
でも、いつも不思議に思います。
その笑顔は、どこか儚げで、消えてしまいそうな感じがするのです。
しかし、その表情はすぐにいつものお姉さん然としたものに変化します。
「ところで、汐ちゃん。私はちょ~っと気になってたことがあるんだけど、いいかな?」
はい、改まって何でしょうか?
「汐ちゃんは、あの男の子のこと、どう思ってるの?」
そう聞かれた瞬間、私の中で、1人の男の子の顔が思い浮かびました。
私が、廊下で泣いていたあの日、声をかけてくれた男の子。
少し目線を逸らしながら、だけどはっきりと、私を見つけてくれた男の子。
その日のことを思い出すと、今も少しだけ、私の心が締め付けられるような感覚がします。
でも、それが何なのか、私には分かりません。
『兄弟は兄弟だよ。それ以上でも以下でもねえ』
なので、私の代わりに、ブルースが答えてくれました。
しかし、しばらく結衣ちゃんは、じぃーっと私を見つめていましたが、最後は少し吐息を漏らしながら、こう言いました。
「そう。じゃあ、そういうことにしておいてあげる」
どうやら、そういうことらしいです。
「でも、お節介だけど一つだけ言わせて。せめて、手遅れにならないようにだけ、気を付けてね。これはお姉さんからの忠告だから」
結衣ちゃんは、最後にほんのちょっぴりだけ、真剣な表情でそう告げました。
なので私は、コクコクと、ニワトリのように頷くだけでした。
でも、やっぱりまだ、私にはその言葉の真意が分かっていませんでした。
だから、これから始まる物語は、ほんの少しだけ、私が大人になる物語です。




