特別章1‐8 ツンデレなあたしと友達と初恋
「……か、華恋。なに、かな?」
マンションのロビーのエントランスで、待ち構えていたあたしを発見すると、陸は視線を外しながら声を掛けてきた。
「陸、あたしが今日、どこに行ってたか知ってる?」
そして、腕を組んで問いかけたあたしの質問に陸は律儀に答える。
「え、えっと……香澄さんと石橋さんと遊びに行ってたんだよね?」
おそるおそる、と言った感じで、陸は答える。
「ええ、その通りよ。あたしは今日、菫と菖蒲と一緒に買い物したり、アイスクリームを食べに行ったの。あと……映画も観たわ」
「へ、へー、そうなんだ」
どうしてか、とぼけるように答える陸。
何で、そんなオドオドしてんのよ、と文句を言いたくもなるけれど、陸からしたら、休日にあたしから連絡が来て「もうすぐ家に帰るからちょっと降りてきなさい」なんてメッセージを送られたら、そりゃあ警戒だってするかも。
だったら、陸のためにも、目的をはっきりさせてあげるか。
「あんた、菫たちにあたしがホラー映画嫌いだって言ったでしょ?」
「うっ……それは……」
元々、嘘を吐くのが下手なので、反応だけですぐに分かった。
「ってか、菫本人から聞いたし……」
「ええっ!? そ、そんな……香澄さんには言わないでって言っておいたのに……」
もちろん、そのこともあたしは菫から聞いている。
――だけど、あたしは陸本人とちゃんと話して、確かめたかったのだ。
☆ ☆ ☆
「…………えっ?」
菫から渡されたチケットを見て、あたしは呆然としていた。
だって、あたしたちがこれから観る予定だったのは『首切りゾンビと死霊が潜む街』という題名からして恐ろしい作品のはずで、あたしが今持っているチケットに書かれている国民的ニチアサアニメである『魔法少女マギ☆キュア』の劇場版作品ではなかったはずだ。
そして、あたしが固まっていることを不審に思ったのか、菖蒲が声をかけてくれた。
「どうしたの、華恋……あっ、もしかして……」
と、あたしが固まっている理由に心当たりがあったのか、あたしではなく菫に向かって、こう告げた。
「菫、あなた、華恋に映画のこと伝えてなかったの?」
「当たり前じゃん。だって、天海に華恋には言うなって口止めされてんじゃん」
「天海くんはそういう意味で言ったんじゃ……って、ちょっと、菫!?」
「あっ、やべっ!?」
天海……って、陸のこと?
「なんで……? どうして、陸の名前が出てくるの?」
「そ、それは……」
しまった、というように、菖蒲が表情を歪める。
「ってか、やっぱり隠す必要なんてないって! もう話しちゃったんだし、華恋にも教えてあげようよ!」
そう言って、呆然とするあたしに向かって、菫は事の顛末を全部話してくれた。
「えっとね、菫、実は金曜日の放課後に天海から呼び出されてさ。あー、これ告白だわー、菫ちゃんもついに青春が来たか~なんて思ってったら、今日の映画の件だったわけ。んで、天海から『華恋は怖いの苦手だから、ホラー映画は止めてあげてくれないかな?』って言われたの。だから、そのまま天海から華恋の好きな映画を教えてもらって、変更したんだ~」
陸が、そんなことを?
でも、どうしてそんなことを陸が……。
いや、陸は聞いていたんだ。
あの朝の教室で、あたしと菫たちの会話を。
そして、あたしがずっと、そのことで悩んでいたことも……。
「ごめんなさい、華恋。私も気付いてあげられなくて……。華恋のことだから、私たちに気を遣って言わなかったんじゃない?」
「それは……」
「ごめんね、華恋」
菖蒲だけでなく、菫まであたしに申し訳なさそうに頭を下げる。
あたしは、まだ状況が整理できていなくて、謝る2人にどう声をかけたらいいのか分からなくなっていた。
「ってか、華恋! そういうのは菫たちにもちゃんと話してよっ! 危うく華恋に怖い思いさせちゃうところだったじゃん!!」
しかし、あたしの沈黙は菫の一声で吹き飛ばされた。
「でも……そんなことしたら……」
緊張が解けたからなのか、あたしにしては珍しく、本音が出てしまう。
「2人に……嫌われちゃうと思って……テニス部のことだって……一緒に入ろうって、約束してたのに……」
あたしは、2人から視線を逸らすようにして、消え入りそうな声で呟いた。
そう、あたしは2人と一緒にテニス部に入るって言ったのに、自分の都合で人形演劇部に入部した。
別にそのことに後悔なんてなかったし、菫と菖蒲も残念そうにはしていたけれど、今でもこうやって遊びに誘ってくれたり、クラスでも話しかけてくれたりする。
それが本当に嬉しくて、あたしが人形演劇部にいられるのも、彼女たちが背中を押してくれたからだ。
だから、そんな2人の期待に、友達として、裏切りたくなくて……。
「えいやっ!」
「!?」
パチン、とあたしのおでこが、派手な音を立てて弾かれた。
「華恋、そういうのはね『友達だからこそ』だぞ! そりゃあ、隠しごとはなし! って言うのは無理かもしれないよ? 菫だって、菖蒲が使ってるハンドクリームとか部活のあと勝手に使ったりしてんの内緒にしてるけど……」
「今、さらっととんでもないこと言いましたね、あなた」
「嫌いなものは嫌いって言ってくれていいの! そんなことで華恋を嫌いになったり除け者にしたりしないって! ね、菖蒲!」
「ええ、もちろんよ」
へへっ、と菫が笑い声を上げると同時に、菖蒲も優しいまなざしで微笑んでくれた。
その顔を見ていると、あたしが凄くちっぽけなことで悩んでいたんだと思えた。
「……ありがとう。菫、菖蒲」
だから、あたしは精一杯の感謝の意を込めて、2人に頭を下げた。
「いいって、いいって。『クビシソ』は今度、菖蒲と観ればいいし~。よ~し! そんじゃ!『マギ☆キュア』観るぞ~! ってか『マギ☆キュア』ってどんな話なの、華恋?」
「えっ!? 菫……もしかして『マギ☆キュア』観たことないの!?」
「ないない。菫ちゃん、基本的にアニメってジブラ映画しか観ないし。あ~、でもこの前の新森言成監督の『天界の子』なら観たけど」
「そうですね、私も日曜日は家族がニュース番組を観ていましたので……。華恋、私にも教えてくれませんか?」
期待を寄せるように、2人はあたしを見つめる。
「……うん! わかった!」
あたしは、そんな2人に向かって、息を弾ませながら、話し始めた。
「えっとね『マギ☆キュア』は、普段は普通の女の子なんだけど、魔法世界にいる『カオス』っていう敵と戦うときは変身して魔法少女になるの。それでね――」
映画が始まる時間まで、あと10分。
その間、2人はずっと、あたしの話を聞いてくれたのだった。
☆ ☆ ☆
「……そっか」
あたしの話を聞き終えた陸は、心の底からほっとしたように息を吐く。
だけど、次のあたしの台詞で、陸は再び凍り付くことになる。
「ってか、何であたしの好きな映画が『マギ☆キュア』だったのよ! 別にホラーじゃなかったら他の映画でも良かったでしょ!! そもそも、あたしが『マギ☆キュア』観てたの小学生までだって!!」
「ご、ごめん! 香澄さんに咄嗟に聞かれたから、つい……」
まぁ、菫たちは女児向けアニメに抵抗があるとか、そういうことはなかったから良かったんだけどね。
っていうか、菫に至っては、映画を見終わった後に「えっ!? このクオリティで子供向けなの!?『マギ☆キュア』やばくね!?」と興奮気味に話してくれたので、楽しんではくれたみたいだった。
「……ごめん、華恋」
だけど、陸は自分が失態を犯してしまったと思っているのか、あたしの想像以上に気を落としているようだった。
「もう、いいわよ……それに、そんなこと言うために、あんたを呼んだわけじゃないし」
「えっ?」
「…………ありがと」
あたしは、不思議そうに見てくる陸にも、聞こえるか聞こえないくらいの小さな声で、呟いた。
「あんたが菫たちに話してくれなかったら、あたしも後悔してたかもしんないし……だから、お礼は言ってあげる」
だって、あの陸がクラスメイトの女の子にわざわざ声をかけて、あたしが困らないように手をまわしてくれたのだ。
それを嬉しかったと……そう思わないといえば、嘘になる。
「ああ! もうっ! だから、これでお終い! じゃあね!」
なんだか、急に恥ずかしくなってその場を立ち去ろうとした。
「華恋!」
「ひゃ、ひゃあ!?」
だけど、陸の横を通り過ぎようとしたとき、ふいに腕を掴まれた。
「あの……本当にごめん……」
「だから、今日のことは別に……」
「いや、そのことじゃなくて……写真……だよ」
「あっ……」
陸は、少しだけ震える声で話を続ける。
「その……華恋からしたら、嫌だったよね。勝手に送られてきた写真を誰かに見られるなんて。だから、データも消したし、おばさんにも、ちょっと悪いと思ったけど、『もう華恋の写真は送らないでください』って言っておいた」
「陸……」
そうだ、あたしたちは、それが原因で喧嘩をしていたのだった。
それこそ、あたしが勝手に怒っただけで、陸は被害者みたいなものだけど……。
やっぱり、気にしてたよね。
絶対、あんたが悪いわけじゃないのに。
ごめん、陸……。
あんたはやっぱり、そういうやつ、なのよね。
「……いいわよ。そりゃあ、あたしだって、寝顔とか、その……下着とか見られたのは死ぬほど恥ずかしかったけど……陸だって……その、男なんだし、そういうのに興味があるのは当然っていうか……あたしのことも、ちゃんと女の子として見てくれてたんだっていうか……」
「……ん? ちょ、ちょっと待って華恋!」
「な、なによ……」
「寝顔って、何のこと? それに、し、下着姿、って……」
「……は? いや、あんた。あたしのお母さんから、あたしが寝てる時の写真を保存したって……」
すると、陸はあたしから手を放して、全力で否定する。
「ち、違うよ! 僕が保存してたのは華恋の私服姿で……ってか、そんな寝顔の写真なんて、僕見てないよ!」
陸は、慌てたように早口で取り繕う。その様子は、とても嘘をついている人間には思えなかった。
「ど、どういうこと?」
「僕にも分からないよ……。と、とにかく、おばさんから送られてきた写真は、公演会があったときの華恋の写真だけだよ、ほら」
と、陸は丁寧にメッセージアプリの履歴をみせてくれた。
そして、陸の言う通り、あたしのお母さんから送られてきた写真は、あの公演会のときの私服姿だけだった。
それ以外の写真が送られてきた形跡は、どこにもない。
このメッセージアプリは履歴を消すと、ちゃんと『○○さんがメッセージを削除しました』という表記が出てくるので、それもないということは、最初から陸にあたしの寝顔と下着姿の写真なんて送られていないということになる。
ちなみに、これは後日談になってしまうけれど、あたしの寝顔写真を陸に送ったというのはお母さんの勘違いで、ちゃんと当初の予定通り、お父さんに送っていたのだった。
なので、この事件はお父さんにスマホを日本海に沈めるか、あたしの写真を消すかの2択を選ばせ、無事、あたしの情けない写真はデータのゴミ箱へと葬り去ることで解決したのだが、それはまた別のお話だ。
「じゃあ、陸が保存した写真って……」
あたしの私服姿ってこと?
でも、どうしてそんな変哲もない写真を……。
「だ、だって……」
すると、陸は、顔を真っ赤にしながら、こう呟いた。
「華恋の姿が可愛かったから……」
「!?!?」
――その瞬間、あたしの心臓が止まるかと思った。
「で、でも! ちゃんと写真は消したから! おばさんにも、履歴ごと消してもらうし……」
「……り、陸!」
「はっ、はい!? って、うわっ!?」
あたしは、一瞬で陸の腕と自分の腕を絡ませると、彼を引き寄せるようにして密着する。
陸の呼吸音が聞こえるほどの距離。
そんな中、あたしはポケットにしまっておいたスマホを取り出して、天井に掲げる。
――カシャ!
無機質なシャッター音が、マンションのロビーに響く。
「か、華恋?」
突然のことで、戸惑う陸を放って、あたしは瞬時にメッセージアプリを起動させ、送信ボタンを押した。
ブブッ、と、あたしのスマホではなく、陸のスマホが震える音が鳴る。
「……見て」
「はい?」
「いいから! スマホ! 見る!」
カタコトみたいな指示に、陸は黙って従い、スマホの画面を確認した。
「……えっ?」
そして、陸は呆然と、その画面を眺めていた。
「……特別に、その写真は保存すること許してあげる! ってか、消したら陸のこと嫌いになるからね!!」
そう陸に告げて、あたしは今度こそ、ここから去ることにした。
「ちょ、華恋!?」
後ろから、陸があたしを呼び止める声がしたけれど、それを無視して、エレベータのボタンを連打して、自分の家へと戻って来た。
「あら、おかえり華恋ちゃん~。あら、どうしたの、そんなに息はずませちゃって?」
「な、何でもない!」
洗濯カゴを持ったお母さんとは、挨拶もそこそこにあたしは自分の部屋へと逃げるように入っていく。
バタンッ! と乱暴に閉じた扉が音を立てると同時に、あたしはそのままベッドへとダイブした。
そして、恐る恐るスマホの画面を開いて、先ほど撮ったばかりの写真を眺める。
そこに、写っている、あたしと陸だけの写真。
あたしは、間抜け顔の陸の顔を指でなぞりながら、昔のことを思い出していた。
あたしが子供のころ、間違って怖い映画を見てしまって大泣きしている間、陸はずっと、あたしの手を握りながら、言ってくれた。
――かれんちゃんは、ぼくがまもるから!
自分も泣きそうな顔をしてたくせに、その言葉は、とても安心ができて、胸が温かくなった。
「……約束は、ちゃんと守りなさいよ」
あたしは、スマホを抱きかかえるようにして、身体を丸めて呟く。
「陸の馬鹿……あたしをこんなに困らせて、どうすんのよ」
あたしの初恋は、今もまだ、続いている。
そして、これからも、きっと――。
〈End to Side 華恋〉
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