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初めての大仕事 後編

 大学の試験日が二日後に迫った午後、リズバルク伯爵が帰ってきた。


「試験の準備は出来ているか?」

「用意できています」


 ローレンスが答えている。薬室にはシャーリーとアラン、エレノアがいる。みんなに緊張が走った。

リズバルク伯爵の服装が交渉をしてきたと言ういで立ちではなかったからだ。

衣服は所々に黒ずみがあり、袖には切られた跡があった。


「なにがあったのですか?」

 シャーリーが聞く。

「ベスキドと交渉した帰り道、モージェルの兵士が奇襲をかけてきた」

 リズバルク伯爵は話しながら、上着を脱いだ。

「ベスキドとの交渉は上手くいった。ベスキドは知っている通り、高地で国内の半分以上が山岳地帯だ。先の流行り病での立て直しは上手くいったようだが農作物が少なくてベルファルト国に支援を求めてきた」

「支援?」」

 ローレンスが聞き返す。

「この国が順調に立て直しされているのを見て、支援してもらえないかと考えていたらしい」

「それで、モージェルを使って調べていたのですか?」

 エレノアも疑問に感じていたようだ。

「モージェルは関係ない。あくまでベスキドはベスキドとして内偵していたらしい」


 リズバルク伯爵は傍の椅子に座る。エレノアが急いでお茶を出していた。シャーリーたちもその傍の椅子に座る。

「モージェルはベスキドの名を勝手に使っていたことがわかった」

「支援はベスキドだけですか?」

「今回はベスキドだけと話をしてきた、モージェルとのことは解決していないし、ベスキドとの話し合いの帰りにモージェルの兵士の襲われたのだ。このことが解決できなければモージェルの話を聞くことすらない」

 リズバルク伯爵の厳しい言葉にモージェルとの状況は決していいものではないことが分かる。

「それで、ベスキドに何を支援するのですか」

 ローレンスが話題を変えようと聞く。

「食料と薬草、薬だ。代わりにベスキドの鉱物を取引することになった。グラベル様がリンゲル領で作った薬草をベスキドに送れないかと言っていた。どうだろうか薬室長」

「リンゲル領の領主に確認してみないといけませんが、出来ると思います」

「分かった、すぐに手紙を書く。エレノア、領主のエレク殿に手紙を届けてくれるか?」

「分かりました」

「カルロはいないのか?」

 リズバルク伯爵は周囲を見渡す。

「カルロ様とマース様、アンヌ様はトルン領へ行っています」

「何か手紙が来ていたな。責任者はそんなにダメだったのか?」

 ため息をつきながらリズバルク伯爵が聞いてくる。

「カルロが、かなり怒っていましたから。ダメだったのでしょう。今日は新しい責任者を任命して仕事の説明に行っています」

「そうか、あの三人には頼めないな。ローレンスとアランは国内にある薬草畑で収穫できる薬草の算出をしておいてくれ」

「分かりました。アラン、僕の部屋にすべての情報が届いているからそれで計算しよう」

 ローレンスがアランを連れて薬室長の部屋に行く。

「エレノアは今からリンゲル領へ行く準備をしておいてほしい、すぐ手紙を書く。あと、シャーリーは傷薬を作っておいてくれ」

 エレノアはリンゲル領へ行く準備のため薬室を出ていく。

「傷薬ですか?」

「グラベル様が怪我をされた。現地で応急処置はしたが、今はサイモン医師の治療してもらっている。傷薬が必要だとサイモン医師が言っていた」

「酷いのですか?」

「そんなにひどくなない。刀で腕を少し切られた。ひと月くらいで治ると言っていたから心配しなくていい」

「すぐ準備します」

 シャーリーは薬室の薬棚から必要な薬草を取り出し、薬を作り始めた。リズバルク伯爵は手紙を書き終えるとそれをもって薬室を出ていく。


「シャーリー」

 呼ばれて振り返るとサイモン医師とグラベルが薬室の入口に立っていた。

「グラベル様、大丈夫ですか?」

 シャーリーはグラベルの腕を見た。左腕に包帯が巻かれている。

「動かせるから大丈夫だ」

「何を言っているのですか。あなたは」

 隣で呆れた表情のサイモン医師。

「シャーリー、傷薬は準備できているか」

「こちらに」

 シャーリーは薬を見せる。

「それを毎日二回、傷口に塗って、包帯を交換するように」

 サイモン医師は手に持っていた籠をシャーリーに押し付けてきた。籠の中には包帯がいくつか入っている。

「サイモン医師、自分で出来ます」

 慌てて訂正しようとするグラベルにサイモン医師は睨みつけていた。

「腕を怪我しているのだ、自分で出来る訳がないだろ。やってもらえ!」

 怒りがこもった口調でサイモン医師はグラベルにいっている。

「ですが、傷も浅いですし」

 グラベルはまだ言い訳をする。

「シャーリー、頼んだぞ」

 サイモン医師はグラベルの話を遮り、さっさと薬室を出ていく。

「グラベル様、薬を塗りましょう」

 シャーリーはグラベルの腕の包帯をほどいた。傷口はまだ閉じていないが血は出ていない。

 先程作ったばかりの薬を傷口に塗り、包帯を巻く。

「すまない」

「いいですよ。怪我がひどくなくてよかったです。毎日薬を塗りますからね」

「そうだな。毎日だったな」

 グラベルは包帯を巻かれた腕を見ている。どうしたのかとシャーリーは様子を窺う。

「腕を切られたときにシャーリーに言わないといけないことがあったなと思ったんだ」

「奇襲の最中にそんなことを考えていたのですか?危ないから今度から考え事をしないでください」

「次からは気をつけるよ」

「約束ですよ」

 シャーリーがグラベルを見ると目が合い、グラベルがそっと視線を外した。

「シャーリー、皇太后さまから聞いていると思うが、俺と結婚してくれないか。嫌なら断ってくれていい」

 シャーリーはグラベルの腕の包帯を見る。

「もう、怪我はしないでくださいね」

「約束は出来ないが、気を付ける」

 包帯の上に乗せたシャーリーの手にグラベルの手が重なった。

「私を置いて死なないでください」

「それも……約束は出来ないな。すまない」

「薬剤師の仕事続けてもいいですよね」

「それは約束出来るな」

「それではお受けします」

「いいのか?」

「はい」

「ありがとう」

 グラベルはシャーリーの頭に自分の頭をくっつけた。

「ずっと、一緒にいよう」

「それだと大学も薬草畑も出来ませんよ」

シャーリーは笑えてきた。

「一緒に薬草畑を作ればいいだろ」

「そうですね」

 なんだか可笑しくなってくる。フワフワと心が浮足立っているのが自分でもわかる。

 幸せなんだろうなとシャーリーは感じた。

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