大学完成
目の前には王妃の妹、カタリーナとカルロが歩いている。
二人の手は握られていた。
「シャーリー。あれはどういうことだろうか」
何をいまさらとグラベルを見ると二人の関係の驚いている様子はない。何が言いたいのかともう一度前を歩く二人をみる。
あっ!
カルロの歩き方がぎこちない。
右手と右足が同時に出ている。歩く速さもいつもより少し早い。カルロは隣を歩く人の速さに合わせて歩く速度も変えるくらい気遣いの出来る人物だ。それが、カタリーナより少し早く足を運んでいる。なにより顔が真っ赤だ。
「珍しいですね」
「奥手だからな。今まで恋愛とは無縁に近い生活をしていたから」
「あぁ~」
何となくわかる気がする。
カルロは薬草に愛を語る。人にはあまり関心がないと思っていたが…カルロの気持ちはどうだろうと今更ながらに思う。
「カルロの奥手はシャーリーが原因だぞ」
「私ですか?」
どうしてカルロの恋愛事情に自分が関わってくるのか驚いた。自分が王宮に来た時には既にカルロは薬草に愛を囁く少し変わった人物だったはず。
「シャーリーがまだ王宮に来るかなり前に、街で不良に囲まれた少女を助けたことがあるだろう。それがカルロの初恋の相手だ」
確かに剣術の稽古の帰りに助けた女の子はいた。それがどうしてカルロの奥手と関係するのか。
グラベルが内緒だと教えてくれたのは、その少女はその後、強い男が好きだと言い出したという。それがカルロの失恋を決定つけたらしい。
傷心のカルロは祖母の進めで猛勉強して王宮の薬剤師試験に受かって王宮に来たという。ちなみにその少女は現在、カルロの弟と結婚して弟が家を継いでいるそうだ。
私のせいでもないと思うのだが黙っていた。世の中にはいろいろあると改めて感じた。
「二人はどうなるのでしょうか」
「越えなければいけないものはあるが、カタリーナ様は待つと言っておられる。大丈夫だろう」
「待つって何を?」
「とりあえず、爵位かな」
カタリーナはカルロのそばに居られればいいらしい。
グラベルは簡単に言うが爵位はそう易々もらえるものではない。カタリーナ様の家は伯爵家なのでそれに釣り合うのは…せめて子爵くらいはないと伯爵様が許さないのではないのか。
カルロの実家は国内でも一、二の大きな商家とはいえ爵位はない。グラベルの口ぶりからそこも解決済みのような気がした。
カルロの爵位はどうするのかすごく気になるが、今は聞いてはいけない雰囲気なので黙る。
ぎこちなく顔を赤くして歩く同僚のカルロには幸せになってもらいたいと願う。
自分が王宮に来た時、周囲の人たちは令嬢の気まぐれだと噂したが、カルロとローレンスは差別することもなく分け隔てなく接してくれた。だからこそ自分に何か出来ることはないかと思ったが、グラベルは既に用意していると言った。
恋愛に関しては、私も助言できるほど経験があるわけではないが、それ以外なら何か出来るかもしれない。
ケンテル領に建設しているのは大学で殆ど完成している。後は薬草畑の整備を終えるだけだが、それは王宮の薬剤師たちが手分けして行っているので二週間後の大学入学までには準備出来るとのことだった。
周辺の道路も完成して、寮と大学、薬草畑を最短で行き来できるようになっている。更に温室も作られていてそこには既に植物が植えられていた。
「二人の心配ばかりしていないで、私とのことも考えてくれているのだろうか」
グラベルが恨めしそうに見つめてきた。
大学から少し離れたところにはグラベルとシャーリーの住む館の建設が進められている。
あとひと月もすれば完成するらしいのだが侍女は侍従たちの面接や家具、調度類の確認に追われている。決してグラベルを蔑ろしているつもりはないけど、王宮の薬室と結婚式の準備やらしているとどうしても時間がないのだ。無理だと目で訴えると手を握ってきた。
ここにも恋愛を楽しみたい人がいたらしい。
大学に入学する生徒たちが寮に入るために荷物を運んでいるのを横目にグラベルと大学の校舎に向かう。
「入学してくる生徒たちの名簿だ。目を通しておくように」
グラベルから渡されたのは三十人の名簿だった。
その中から成績ごとにクラス分けがされていた。いつの間に準備していたのかと見ているとローレンス様が準備していたものだと言われた。
「ここの学生でベスキドへ送る薬草と薬を作ろうと思う。カルロには伝えてあるが準備が大変そうだから手伝ってほしい」
「分かりました。アンヌ様はこのことは知っているのですか?」
「昨日伝えた。既に必要量の計算を始めている。あと、カルロからはトルン領で薬草を作るのを断念したと報告があった」
「作らないのですか?」
「あそこは元々農地で小麦の栽培が盛んだったのだ。それを薬草畑にすると国から補助金が出ると聞いて転換した経緯がある。ベスキドに食料を送るにしてもトルン領は比較的近いから効率がいいとカルロが言っていた」
トルン領の作物はマースが担当することになったらしい。大学での薬草と薬の管理はカルロとアンヌが担当してローレンスに報告が行くようになったと聞いた。
ベスキドへの物流はカルロの実家、ロウェル商店が担うことになった。
北の領地では元薬室長のアンリエットが報告をしてくれるようになったので、私はホルック領とフォアボルド領の報告と合わせて、国内の領地で不足しているところに薬草と薬を配布する手筈をするように言われた。
大学が始まって、それぞれが新たな担当をもって動き出した。カルロとアンヌが主な授業を担当するが、グラベルやローレンスも時々顔を出している。
「これ、ベスキドから届く予定のリストです」
シャーリーはローレンスに頼まれて持ってきたリストをカルロに渡す。カルロはさっさと目を通して机の上に置いた。
「しっかり見なくていいのですか?」
「グラベルから聞いていた内容と同じだったから大丈夫」
「学生たちはどんな感じ?」
「優秀だね。どんどん知識を吸収している」
三か月が過ぎるころには生徒たちの興味の対象が分かれ始めた。そこでグラベルは基礎教育を一年と定め、二年目からは興味のある分野を専門にするようカルロに伝えていた。
生徒の中には肥料や土の状態を専門にしたいと言い出す者や珍しい薬草を育ててみたいと言い出す者もいた。グラベルとカルロはそれ自体に反対することなく、出来る限り希望をきいていた。
半年を過ぎるころにはベスキドへ送る薬草や薬も十分な量を生産できる目途がたったことからベスキドへ送る準備が始まった。丁度、小麦も収穫を始めたことからローレンスとシャーリーは忙しくなっていった。
「ベスキドから鉱物が届いた。シャーリー、ここでは作れなかった薬が作れるようになるよ」
今日、ロウェル商店のハロルドが薬室にやってきてベスキドから受け取った鉱物を納入してきた。
以前、カルロに見せたリストに載っていた内容の物だ。その鉱物を見てローレンスの薬剤師としての興味が振り切ったようで、部屋から数冊の書物を持ってきて力説してくれた。
「ごめん、シャーリー。書物でしか見ることがなかったものだからつい興奮してしまった」
「ローレンス様のこんな姿は初めてなので少し驚きましたが、そんなに珍しいものなのですね」
「そうだよ。ベスキドでしか採れないのと高級でなかなか流通しないものなんだ。グラベルからは研究用に使っていいと言われたから早速、何か作ってみよう」
ローレンスが薬を作るのを見て、自分も興奮してしまった。鉱物を使った薬は何種類か作ったことがあるが、それとは全然違うものだった。
上手くできたら、大学でも作れるようにしたいってグラベルから頼まれているらしく、ローレンスは張り切っていた。
グラベルは一体どこまでのことを考えているのか驚くばかりだった。




